1-4
「そのMとHのキーホルダー!! 春奈のイニシャルなんだろう!!」
「違いますよ!!」
実際違う。
Mは確かに雅人のMだが、Hの方は通っていた高校のイニシャルだ。
卒業記念品として全員に配られたものだったのだが、つける場所が見つからなかった。
蛍光ブルーとピンクという奇抜な色、そして闇夜でも光るという不必要な高機能性を持ったそのキーホルダーは、カバンを無くさないですむ、と、一緒に暮らしている妹に無理やりつけられた。
特に気に入っているわけではないが、取る理由もないのでつけたままにしている。
正当な言い分があるにもかかわらず、男は一切話を聞こうとしなかった。
「何よりもお前がここにいるのが証拠だ」
「はぁ!? 僕は携帯を取りに……」
その瞬間、男が突然床を蹴って突進してきた。
そして雅人の正面に飛び込む。
ドンッ、と鈍い音がして、何が起こったのか分からないまま、腹部に冷たく鋭い痛みを感じる。
ゆっくりと離れた男の手は、真っ赤に染まっていた。
「あ……」
腹部が焼けるように痛い。
自分の腹に突き刺さったままのナイフをどうしていいのか分からない。
何かしなければ……。
頭は動くのだが体が動かない。
雅人はその場に崩れ落ちるように倒れた。
「何やってるんだ!!」
講義室の外から怒号が響く。
叫んだのは祐だった。
その後ろで抱き合っている男女二人組は叫び声を上げながら駆けて行った。
「春奈……?」
雅人を刺した男は、走り去っていった女子生徒を目で追って、彼女を追いかけようとした。
「こらぁ、待てよ!!」
走り出そうとした男の手を、祐が掴んでそのまま引き倒す。
それからうつぶせにすると男の上に馬乗りになった。
騒ぎを聞いたのか、逃げ出した生徒が呼んだのかは分からないが、警備員が数名駆け込んでくる。
暴れ、泣き叫び、発狂している男を警備員が三人がかりで取り押さえ、一人が警察を呼びに、もう一人は雅人に駆け寄ってきた。
祐も雅人に駆け寄ってくる。
祐はカバンからスポーツタオルを取り出し、雅人の傷口に押し当てた。
「おい、雅人、しっかりしろ!!」
祐が僕の体を抱き起す。
どこかで見た映画のワンシーンみたいだと思った。
腹が死ぬほど痛い。
呼吸をするのも辛い。
「祐ちゃん、僕、このまま死ぬのかな……」
「わけわかんないこと言ってんじゃねぇ。 黙ってろ。 すぐに救急車がくる」
「祐ちゃん……」
雅人の視界が徐々に霞んでくる。
「雅人!! 俺を見てろ!!」
祐はいつだってかっこいいんだもんな……。
完全に意識を失う直前に雅人の頭に浮かんだのは、そんなくだらない事だった。




