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祐は雅人の言っている意味が分からないとでもいうように首を横に振った。
「激甘ランチパックの謝罪として、今すぐ携帯取ってこい」
「えっ!? なんで僕が……」
「いいから走れ!!」
「……っもう……」
祐の命令は否が応でも結局従うことになるのはいつものこと。
十五分しか休みがないため、次の授業に間に合うように急がなければならない。
雅人は小走りで戻り、既に誰もいなくなって静かになった講義室に足を踏み入れた。
電気は消されているし、所々ブラインドが下がったままになっているため薄暗い。
「あった、あった」
教室の一番端に祐の携帯電話が刺さっているのを見つけて手に取る。
携帯のディスプレイを出して時計を見ると、次の授業まであと十分。
キャンパスの真逆にある講義室までは走ってもギリギリだ。
雅人は振り向いて駆け出そうとしたが、そこに一人の男が立っているのに気づいて思わず足を止めた。
グレーのスウェットパンツに紺の大学のロゴが入ったパーカーを着ている。
一見大学生に見えるが、年代は自分より上に見えた。
しかし大学はどんな年代の人がいてもおかしくない場所である。
部外者が学内に立ち入るのはそんなに難しい事ではない。
険しい顔をしたその男は何故か、雅人を睨みつけている。
「お前が……、お前が春奈に手を出したんだな?」
春奈……?
無論、雅人に春奈なんて言う女性の知り合いはいない。
今まで彼女ができたことが無い雅人に、手を出したなんていう言葉は無縁である。
「ぼくは……」
雅人は決して空気を敏感に読み取ることができる人間ではない。
それでも、この人物が発している殺気には気が付いた。
目を血走らせ、凄まじい形相のままにじり寄ってくる。
雅人は自然に後ずさりをしていた。
――――こいつ、おかしい。
「ぼくは春奈さんなんて人知らないです!! 勘違いですよ!!」
「だったらどうしてそのカバンを持ってるんだ!!」
男の絶叫が講義室にこだまする。
驚いて飛び上がった雅人の背中が壁についてしまった。
自分の手が微かに震えている。
これはヤバいかもしれない。
助けを呼ぼうにも誰もいない。
電話なんかするそぶりを見せる訳にもいかないだろう。
しかたなく男に応じて時間を稼ごうとする。
その内だれか来てくれるかもしれない。
「これは……」
雅人が持っていたのはネイビーの肩掛けカバンだ。
郵便配達職員が持っているような大きなサイズで、いつもパンパンに膨れ上がっている。
確かにここまで大きなカバンを持っている人は少ないかもしれないが、別にブランド品ではなく、そして当然のことながらプレミアがついているものでもない。
こんなもの、かぶっている人なんて必ずいる。
何よりも、なぜカバンなんかで人を判断できるのかが分からない。