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奪われた者

 最初は何が起きているかなんて判らなかった。

 ただアレクの整った顔がすぐ側に見えて、唇に心地よい人の体温を感じた。

 それが息苦しいほど段々と深くなって、呼吸が上手く出来なくて、酸素を求めて開いた口内にアレクの舌が入り込む。

 舌が私の口内を好き勝手に中をかき回す。


 背中がむずがゆいのに体に力が入らなくて逃げられず、アレクのなすままになるしかなかった。


 アレクが自分に触れているという事と、その触れた場所のどこもかしこも熱。

 熱にうかされたように意識が朦朧といていく。


 目の前で揺れて輝る銀色。

 それが大好きなアレクの髪だと理解した時は無性に嬉しくて、なのになぜか切ない。


 戸惑っている私にアレクは大人しくしているように優しく言い含め、私はそれに従順なほど大人しく従った。


 絶対量の熱。

 焼け付くような感触。


 今まで感じた事の無いすべてに翻弄され困惑していた。


 アレクが自分に何をしても、けして悪いようにしないと安心感だけはあったから身を任せたけれど、初めて知る感覚に少しだけ恐怖がわき上がった。

 ただ触れられているだけなのに、おかしくなってしまうほど体が熱く体の奥から痺れる。


 最後は脳天に稲妻が落ちたみたいにスパークして頭の中が真っ白くなる。

 後はけだるい感じと「気持ちいい」の余韻が残る。


 私が呼吸を整えている間、アレクも服を脱ぎだした。

 透き通るほどの白い肌。

 細身のわりには均等に筋肉がついていてそこへアレクの銀の髪がぱらぱらとこぼれていく。


 まるで美しい彫刻。

 まさに芸術作品だった。


 そして私の上にのしかかる。


『アレク?』


 唇に人差し指が押し付けられた。

 話すなってことらしい。


 言われた通りに口を閉ざす。


 お互いの肌が直接触れ合う。

 誰かとこうして肌に触れたのは初めてだ。

 心臓がどんどん早くなっていく。


 もう子供ではない。

 これから何が起こるのかはわかっている。

 初恋の王子様だったアレクは自分の目の前で男の顔をしていた。


 アレクが中に入ったとたんすさまじい激痛が襲う。

 初めてなせいもあったがサイズ的にも無理があるみたいで、痛みを訴えてもアレクはやめようとはせず、肉の裂けるような痛みで声も出ないほどだった。


 痛い思いを我慢してやっと拷問みたいな時間が終わった後は、もう疲れ果てて腕1本上げる気力すら残っていなかった。

 何も出来ない私のかわりに、後はみんなアレクがやってくれた。


 下腹部がひどく痛みを訴えていたけど、それが気にならないほどの眠気が襲ってきて、すぐにそのまま眠りへと引き込まれていく。


 アレクと1つになった。

 これで恋人同士になったのだろうか?


 そんな事を眠りに落ちる前に考えた……。








 ほんの1時間程度の睡眠から目覚めた私はすっきりとした気分だった。

 寝起きが良く目が覚めたとたん活発に行動出来る私は、ちょっと寝ただけでも元気だ。


 ふと横を見れば私はアレクに寄り添って寝ていたようで、アレクの綺麗な顔がすぐ横にあった。

 静かに眠っているアレクの顔を、眠っているからこそじっと観察してみる。


 へ~、やっぱり睫毛も銀色なんだ。


 そう思いながら、一番好きなアレクの髪に手を伸ばす。


 アレクは綺麗な銀髪はいつも首の後ろでリボンで結んでいたけれど、さすがに今はそれが解けている。


 長い髪がアレクの素肌を流れていて、それを目で辿っていくと私の体にまでアレクの髪が一房触れていた。

 それを見ただけで、ドキリと胸が高鳴る。


 アレクの髪が自分の体に触れている……。


 たったそれだけの事なのにその事が信じられないほど恥ずかしくって、顔が赤くなっていくのがわかる。

 私はそれぐらいアレクの髪が昔から好きなのだ。


『ヒカリ?』


 小さな声で呼びかけられビックリして顔を上げたとたん、体に激痛が走った。


 なっ、何?

 すげぇ痛てぇ……。


 痛みに顔をしかめている私をアレクは訝しげに見ている。

 アレクの表情を見る限り痛みを感じているのは自分だけだと判った。


 そんなアレクを見ているうちに、ふつふつと怒りが湧いてくる。


『体がすげぇいてぇ!』

『ああ、そうだろうね』

『ああ、そうだろうね。……なんてさらりと言うな! アレクのせいなんだろ!』


 いきなり怒り出した私に、アレクは理解出来ていない表情を浮かべた。


 男兄弟に囲まれて生活していればアレクが初めてじゃなかったことくらい判る。

 こんなに痛いのもアレクは知っていたはずだ。

 それなのに労わりの言葉もかけようとしないアレクにさらに私の怒りに油を注いだ。


『大体、何でいきなりああなるんだよ! あれ、SEXだろ?』

『そうだが……』

『するならするって、する前に言えよ!!』

『……』


 何が何だかわからないうちに始まって、何がなんだかわからないうちに終わっちゃったじゃないか。

 俺の記念すべき初体験だっていうのに!


 別にこの歳まで大事にとっておこうと思ってとっておいたわけじゃないけど、だからと言って気軽にアレクにあげたつもりもない。

 アレクだったからあげたのだ。


 アレクがもらって喜ぶかどうかは別として、あげられるものが選んだ相手にあげるのだから相手を選ぶのは当然の選択だろう。

 だからこそ今みたいに何がなんだか判らないうちにあげてしまったのは、ちょっと不本意でもある。

 それを怒りにすり替えて気持ちを逃がす。


 ぶりぶりと怒っていた私の目に、ふと床に落ちている服が目に入る。

 それだけで今考えていた事が吹っ飛んだ。


 ちょ、ちょっと待て!

 私の服は床に落ちて少しくらい汚れたりシワになってもいい。

 どうせ普段着だし、いつも汚すからいまさら汚れても変わらないだろう。


 けど、どうしてアレクの服まで落ちているんだ?

 アレクのは普段着ですら馬鹿高いブランド物なんだぞ。


『何で服が床に落ちているんだよ!』

『何故って……、ヒカリ?』


 激痛を堪え急いでベットから起きると、床に落ちている服を拾う。


 アレクの服を拾っては軽く汚れをはたいてみたけれど、埃は払えてもシワはとれない。

 次々に拾っていくと、次にとんでもないものが目に入ってきた。


『ア、アレク、これ!!』


 悲鳴のような声をあげ、それを指差す私の様子に、アレクはベットから身を乗り出して指差している物を見るが、それがどうしたのかと言わんばかりの表情だ。


『馬鹿かーっ! 血は布についたらすぐに洗わないとシミになっちゃうんだぞ!』

『それぐらいは、僕も知っているが?』

『じゃあ何ですぐ洗わなかったんだよ! もう! 今から洗っても落ちるかわかんねぇじゃん!』


 床に服と一緒に落ちていたシーツを掴むと、上手く動かない体のまま洗面所へと向う。


 体のあちらこちらがぎしぎしと悲鳴を上げている。

 特にしたのあそこが痛い……。


 何とかユニットバスの浴槽に入って石鹸でシーツをじゃかじゃか洗う。

 いつもとは違って上手く動かない体にイライラしながらもごしごしこすって洗うが、やはり完全に落ちることはなく薄い赤茶のシミとなっていた。


 こんなに血が出てるってことは、やっぱ裂けちゃったんだ……。

 この場合、病院に行って診て貰った方がいいのかな?

 それとも場所が場所だし自然治癒するか?


 悩みつつも洗い終えたシーツを絞って、それを洗面所にそのまま置く。


 シミになっちゃってたけどちゃんと洗ったんだし、怒られるのはアレクだからいいや。

 すぐに洗わなかったアレクが悪いんだもん。


 そんなふうに責任逃れの理由を考え、ユニットバスから出た。


 まだよろよろした感じでしか歩けなくて、何とかベットにいるアレクのところへ戻ると、椅子にかけておいた服に着替え始める。


『やっぱ血だったからシーツはちょっとシミになっちゃったけど、洗うだけは洗ったんだし、文句を言われるのはアレクだからな。もういいや。とにかく部屋に戻らないと。同室の子と一緒に食べる約束してんだ。急がないと夕食が食えなくなる』

『夕食を摂るつもりなのか?』


 アレクに信じられないって顔をされ、むっとしてしまう。


 夕食を摂る事の何がいけないのだろうか?

 それに、一緒に食べるって約束してたんだから相手を待たせちゃうじゃん。


『食べなきゃ明日の朝まで何も食えないじゃん。そりゃ食うよ』


 ぷりぷりした気持ちのまま、軋む体を無理やり動かして無事に着替え終わった。


 アレクはまだ裸でベットにいたけど元気そうだし、メシを食べたくなったら自分で行くだろう。

 そう思ったので、あえて食事の事はアレクに聞くことはしなかった。


 それより体がめちゃめちゃ痛ぇ……。

 次がまた痛かったら絶対にアレクを殴ってやる。

 とりあえずお腹減ったしさっさと部屋に戻らないと……。


『じゃあ、またな』


 それだけ挨拶すると、ふらふらと部屋から出る。

 上手く歩けなくて何だか体がよろよろするけど意識ははっきりしているし、今夜一晩寝れば直るでしょ。


 そう考えながら自分の部屋へと戻っていった。

 

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