天下無敵
このお話はかなり毛色の変わった恋愛小説です。
私のハッピーエンド定義が2人がくっつくというものを前提としていますので、このお話の終わり方は人によっては不幸な終わり方と感じる方もいるかと思います。
ほのぼの、甘々な幸せでロマンチックな恋愛小説をお望みの方はリターンをお願いします。
すぐ近くに住んでいる大好きな祖父はロシア人で、戦争の折、日本人の祖母と出会い結婚した。
戦争が終わって一度帰国したもののその間に祖母が亡くなり、祖父は男手1人で父を育てたらしい。
そんな祖父の趣味はボードゲームでオセロから始まって将棋や、囲碁。
特に得意だったのがチェスだった……。
私は大好きな祖父からチェスとロシア語も教えてもらった。
祖父の母国語が話せれば2人だけで内緒話しが出来て楽しいと思ったからだ。
チェスは西洋の将棋って言われるだけあって子供の私にもルールは難しくなく、すんなり私の遊びとなった。
チェスが強くなる度に喜んでくれる祖父を喜ばせたい一心で、いつしか私はチェスのジュニア大会にも出るようになり、国際大会にも出られるまで強くなれた。
そんなある時、私はスイスで行われる国際ジュニア大会に参加出来ることになり、わざわざスイスまで足を運んていったのだ。
チェスは現在、世界的にはロシアが一番強い。
強さを表すランキングであるレイティングの上位はほぼ、ロシアが占めていた。
ジュニアにも同じことが言えるようで、ジュニアの強い子もロシアが多い。
その中で抜きん出ているのが両親共にチェスのプロであり、天才と誉れ高いサラブレット、アレクサンドル・アレニチェフだ。
その辺のプロよりも強いと噂で、私の参加する国際ジュニア大会では、優勝確実とまで言われている優勝候補だった。
私は初めての海外大会で、関係者から噂を聞いていたこともあり、アレク……彼の名前は言いにくかったのでこう呼んでいるが、アレクに対しすごく興味を持っていた。
それだけでなく遠くからだったけれど、初めてアレクを見た時はあまりのキレイな容姿に、とてもビックリしたことを今でも覚えている。
絹のような美しく長い銀の髪を後ろでベルベットのリボンで1つに結び。
碧眼の瞳は白磁の肌を白く見せる。
男ばかりの兄弟に囲まれ人形で遊ぶ事のなかった私は、触ってみたいと思わせるほど人形のように美しいアレクに興味をそそられたのだ。
大会の前夜祭で大人に囲まれるアレクに何とか近づこうとしたが、相手はチェス界でも有名なサラブレット、そう簡単には近づく事は出来なかった。
そんな時、偶然の奇跡が起こったのだ。
当時、兄達に囲まれて育ったせいで自分が男の子だと思っていた私は、トイレに行くアレクの後ろをつけて行き。
なんとトイレの中まで押しかけていったのだ。
今思えばなんて事をしたのかと昔の自分を殴ってしまいたい気分になる。
その時の私は自分が男の子だと思っていたことと、アレクと友達になりたくてトイレまでついていたのだ。
何の考えもなく用を足している最中のアレクに私は覚えたロシア語で話し掛け、不信げな表情のアレクに構わずさっさと自分の自己紹介をし始めた事を覚えている。
用の終わったアレクが手を洗い終わっても、馬鹿みたいに『友達になって』と何度も言葉を繰り返した。
まだ覚えたばかりのロシア語は一方的に言う事ぐらいしか出来ず、言葉を理解できない私に痺れを切らしたのか、はたまた呆れられたのかアレクは疲れたような表情で友達になることを了承してくれたのだ。
さすがに今は無謀で一方的な展開により、アレクは言葉の通じなくて仕方なく友達になるのを了承した事はわかっている。
無理やりごり押しで友達になれた私はさっそくアレクの髪や肌を触りまくり、散々嫌がられ怒られていたのに言葉も通じず、アレクが何か言っているという程度の認識しか出来なかった私は心ゆくまでアレクを触りまくった。
ここまでくると嫌がらせとしか言えないだろう。
けれど昔からクールだったアレクは、その間、手を出すのを我慢しひたすら忍耐力と戦っていたのを今の私には充分すぎるほど判っている。
私が逆の立場だったらきっとすでに殴ってたと思うけどね。
どうやら私はその時に、非常にありがたくない感情をアレクに芽生えさせてしまったようなのだ。
それからアレクとは3回ぐらいジュニア大会で会う事があり、その3回とも嫌がっているアレクにまとわりついていたことを覚えている。
『アレク!』
『ヒカリ……、君もこの大会に出ていたのか……』
『うん!』
『知っていたら出なかったのに……』
『何?』
『……いや、なんでもない』
こんなふうに会話からわかるように、私はアレクに非常に嫌がれていた存在だったのだ。
けれど、アレクは文句を言いながらも海外に不慣れな私の面倒を見てくれた。
『水が飲みたい!』
『それが水だが?』
『違うって! 普通の水はこんなシュワシュワ言わねぇもん!!』
『炭酸水なんだから仕方ないだろう。水はこれしかないんだからこれで我慢しろ』
『こんなの嫌だ~! 普通の水を探しに行こよ~』
『馬鹿を言うな。もうすぐ開場なんだぞ』
『喉が渇いた~!』
『飲みたければ、自分1人で探しに行け』
『アレクと一緒に行きたいんだってば!』
『僕は行きたくない』
『アレク~』
『……』
『アレク~~~』
『……』
『アレクってば~』
『ったく……、うるさいな君は僕にとって君は疫病神だ』
『……』
『君の面倒を見るのはこれで最後だからな。ほら来い』
『うん!』
純真でただアレクが大好きだったあの頃。
アレクは嫌がってはいけたれど、けして他の人のように冷たくすることはなかったから……。
だからこそ私はアレクと一緒にいる事が出来たのかもしれない。
そして、その時を最後にアレクとは会うことはなかった。
だって……、私は大切だったもの全てを失ってしまったのだから……。
うちの家族は、大好きな祖父。
父、母、兄5人、弟2人の大家族だ。
ある日、珍しく外食しようと免許を取りたてだった兄の運転する車と2台でレストランに行った日のことだった。
運転席に一番上の兄。
助手席に祖父。
助手席の後ろから、私、弟2人の順で乗っていた。
信号待ちをしながら楽しく会話しつつ、弟が両親が乗っている車に手を振る。
そんな幸せの時間。
けたたましいブレーキの音とともにいきなり目の前に車が現れ、そのまま私の乗っている車に突っ込んできたのだ。
どかっ!って大きな音がして、次の瞬間、手と足に痛みを感じた。
一瞬意識が飛んでいたらしく、気づけばすぐ目の前に迫った助手席。
食い込んでいる前の車。
助手席に挟まれている私の手と足。
……そして、血まみれの祖父。
それからは何も覚えていない。
気づいた時は腕と足をギブスで固められていて祖父は亡くなっていた。
動かない腕とともに、亡くなった祖父の死を受け止めることが出来なかった私はチェスに触れられなくなった。
チェスは私にとって大好きな祖父との思い出ばかりだったから……。
チェスに触れられるようになったのは中学生の頃あたりからだ。
けれど大会に出ることまでにはならず、あくまで触れる程度しか出来なかった。
大会に出られるようになったのは成人した大人になってからだ。
それでも国際大会は辞退していた。
心の傷は思ったよりも深く、長い時間が必要だったようだったのだ。
アレクのことはずっと気になっていたが、チェスを出来ないのではどうにもならない。
携帯番号もメールアドレスも知らなかった私にはアレクとの連絡手段がなかったのだ。
それに何て言うか……。
自分が男の子じゃなかったと知ってからは、アレクに会いにくくなってしまっていた。
アレクと出会った時は自分は男の子だと思い込んでいたし、さなぎが蝶になるようにいつか自分も兄達と同じ体に変わるのだと思っていたからだ。
事故の後、病院で看護婦さんにその話をして真実を教えてもらった時は、かなりショックでさすがに1週間は立ち直れなかったけれど……。
今回、アレクの参加している国際大会の見学に誘われた時は迷うことなく返答してしまっていた。
ま、なんて言うか。
どやら私にとってアレクは初恋の相手らしい。
男ばかりに囲まれて自分が男の子だと思って育った私にも、ちゃんと乙女心みたいなものがあるようで、大人となったアレクを自分の目で見たくて、いそいそと国際大会へとエントリーしたのだった……。
ホテルで偶然遭えたアレクは想像通り、王子様のようにカコイイ大人になっていた。
私だと気付かなかったようだったし、アレクの横にはすごい美人さんの恋人がいたから話かけることは出来なかったのだけれど。
記事の写真じゃない生のアレクに急に私の心臓はドキドキと鼓動し、その場から逃げ出したのだ。
全19話の予定です。
サラブレットの王子様と平凡な娘って設定が書いてみたくて、色々と考えたお話です。
チェスの公式試合のこととか、ルール以外は、一切判らず調べているたので殆ど変なところばかりかと思います。
なので絶対にこの話の内容を信用しないで下さい!
興味がある方は自分で調べてくださいね。