星の海から age零“フロンティア”
- I -
二人の眼下には、茶色い、広大な地平線が広がっていた。
「でっけえなあ。」
「こんなにでっかく見えるのに、まだまだ大気圏まで千五百もあるんだな」
カンザルとナフ。
二人は、巨大ガス状惑星「モッペザイル」へ、カプセルに乗りガスの大気圏外からゆっくりと降下していた。
そのカプセルは、その気になれば上に百人は乗れるような大きな物だった。しかし、その大部分は重力緩和装置、それを維持するバッテリー、そして、遥か上の母船から電力を受け取るためのソーラーパネルだった。
「さて、そろそろだな。うらよっと。」
カンザルは、重たい耐圧スーツの腕を持ち上げ、頭上の赤いスイッチを押した。
頭の上で、手を叩いたようなパンという音がして、そのあとにカラカラという音が続いている。
まもなく、母船から「ブイの打ち上げを確認」という通信が入った。
その間もカプセルは降下を続け、先ほどまで少しは丸く見えたガス惑星は、真っ平らな壁となって迫ってきていた。
「さて、そろそろだな」
と、ナフが言った直後、ぷーぷーぷーと、気の抜けたブザーが三回鳴った。
ここからは、母船からの電力供給がたたれ、バッテリーのみがたよりになる。
緩和装置の出力は抑えられ、落下速度が速くなった。
惑星のガスはまだ薄い。だが強烈な相対速度でカプセルを襲い、容赦なく叩きつける分子がカプセルの表面を赤熱させる。
そのガスは、カプセルを熱すると同時に、ブレーキの役割を果たした。
きつめGが二人をシートに押し付ける。
「へへへ、キツいな、おい」
「ぬははは。まだまだ!こんなことで、緩和装置のパワーは上げられねえ」
二人はそれに笑って耐えた。
――世界一タフなヤツら
それが、彼等に付けられた俗称であり、勲章だ。
そして他の誰にも出来ない『モッペザイルに降下して、見た物を記録し、あわよくば何かを持ち帰る』という任務を与えられていた。
もちろん、初の試み。この第三次探検隊でようやく実現したことだ。
「こういうことは、やっぱり無人の探査機じゃいけねえのよ。
なぁ!」
ナフが豪快に言った。
「そうさ、はじめは、誰かがその目ン玉で見てこねえとな」
にやりとカンザルが返した。
そう言っている間に、窓のシャッターは閉じられ、代わりに船外カメラの映像がスクリーンに映し出された。
その映像も、表面が白熱している現状では、真っ白でなんだか分からない。どのみち、凄まじい振動が二人を揺さぶり、まともに見ることなどできないのだが。
- II -
振動は激しさを増し、延々と続いた。
「かったりーな。まだかよ」
と、ナフがぼそりと言った。
生まれ故郷の惑星なら、とっくに大気圏を抜け、地面に突き刺さっている頃だ。
そこへ、ドン、と壁に叩き付けられたような衝撃が二人を襲った。
直後、強烈なGにさらされ、スクリーンに「落下傘展開」と表示された。
十分にガスの大気が濃くなったのを、センサーが感じ取ったようだ。
振動が急に弱まり、惑星の重力が徐々に彼らにのしかかる。
そして、窓のシャッターが開いた。
同時に、二人はそろって「おお」と言葉にならない声をあげた。
窓からの景色は、どこまでもどこまでも晴れ渡っていた。なんとも、恐ろしいほどの透明度を持った大気だ。母なる陽「メンザイル」は遠く、薄暗いのだが、それでも肉眼で遠くまで見渡せた。
景色を遮るのは、所々に浮かぶ雲だけ。想像を絶するスケールに、その雲が大きいのか小さいのか、感じ取ることすらままならない。遥か眼下には、重たいガスで構成されているであろう雲海が広がり、それより下の景色を覆い隠している。
「ナフ、カメラはちゃんと動いてるか?」
「おう。異常なしだ」
二人は、景色に見とれながらも、機器のチェックなどの仕事を淡々とこなした。
カプセルからは、第二第三の落下傘が開き、ゆっくりと降下を続ける。
ここ大気上層部にあっても、体重が普段の倍以上に感じる。
カプセルを支える落下傘も、それに応じて巨大な物だ。
「なんじゃ、あれは。」
「どうした?カンザル」
「何かが前を通り過ぎた……おおっと!」
――どすん
そう思った瞬間、カプセルは音を立てて、なにやら個体の上に墜落してしまった。ものすごい埃が立ち上り、視界を塞ぐ。
「イテェ! おいナフ、生きてるか?」
「俺もいてぇ、痛ぇのは生きてるからだ。」
機器類は正常、二人も無事。落ちたのは柔らかいものの上の
ようだ。
舞い上がった埃は、強めの重力に引かれ、すぐに晴れた。
窓から見る限り、カプセルは、彼らの母船がすっぽり収まるほどの、大きなドームの上に少し潜り込むように乗ってるようだった。
「浮き島があるとはなぁ。ちょっと外をみてくるわ。」
カンザルは、耐圧服のヘルメットを確認しながら言った。
「おいおい、本気か。」
「なあに、重力が二倍、気圧は身の丈五個分ほど海に潜った程度だ。スーツを着ていればどうってことない。」
- III-
『変な感触だ。なんつーかな、肉の上を歩いてるみたいだ』
外に出るたカンザルが、早速第一印象を無線で言ってきた。
「肉の上って、どんなんだよ。俺は歩いたことないぞ」
『俺もないわい。だが、他に言いようがない。それと、ちょっと風があるが、吹き飛ばされるほどではないな。』
そう言っている間に、カンザルがゆっくりと窓から見えるところに歩いてきた。
「外に出たついでに、落下傘をどけられないか」
『おーう。このままじゃ、帰れねえ』
そう言ってカプセルの方を見上げ、カンザルは再び視界から消えた。
トントンと屋根を歩く音が響き、しばらくして、またおりてきた。たくし上げた落下傘の縁を担いで、重たそうにしている。
そして、カプセルから少し離れたところまで引きずっていき、放り投げた。
『ぬぉりゃ、ふぅ。これで大丈夫だ。いやおい、なんか動いてねえか』
「風のせいだろう」
『まぁ、そんなところ……うわ!』
――もぎぁ。
外部マイクがそんな音を拾った。
そして、「それ」は落下傘の下からもそもそと這い出し、もう一度「もぎぁ」と声を発すると、両手足と尾の間の膜を広げ、風に乗るように去っていった。
「なんだ、今のは!?」
『しらねえ、俺が聞きたい。』
「一言で言うと、ここにもイキモノがいるってことだ」
『ああ。重力も気圧も、なにも生息できないほどではないからな。』
「それは、そうだ。ちょっとまて、この辺りの大気成分の分析結果が出た。」
『どうだ』
「窒素が六割、残りのうち半分が酸素。あとは、ヘリウムとメタンと言ったところのようだ。」
『メタンがなければ、メット外せるなぁ』
「潜水病で死にたければな」
『がはは、いけねぇ!まだ何かいるかもしれねえから、ちょっと見てくるわ』
「時間はそんなにないから、手短にたのむわ」
『おう』
- VI -
しばらくうろうろしていたカンザルは、急に立ち止まり、しゃがみ込んだ。
「どうした」
『うむー』
「おい!」
カンザルは、いきなり後ろ向きにひっくり返った。
手には、何かを掴んでいる。
『キノコを採った!』
「キノコだぁ?」
『ああ、キノコだ。少々毛が生えているが。なんかコイツ、やけに軽いというか、質量と重量が一致しねえというか、けったいな掴み心地だ。』
「重力のせいだろう。さあ、そろそろ戻ってきてくれねえか。母船においてかれちまう。」
『了解。今戻る』
ほどなくカンザルはカプセルに戻ってきた。
途中で、地面のサンプルと、飛ばされてきたキノコを一つ採集してきた。
「ブツは、ちゃんとコンテナに入れた。さあ、行こう。」
「ベルトはしたか。よし、発進。」
ナフがスイッチを入れると、バッテリーから重力緩和装置にエネルギーが供給され、急に体が軽くなった。
そして、もう一つのスイッチを入れると、カプセル下部のロケットが点火され、急上昇をはじめた。
下の方では、先ほどの浮き島がどんどん小さくなっていく。
その浮き島、視界の遥か彼方まで、あるところでは群れるように、あるところでは独りでぽつんと、大小さまざまなのが点在していた。
よく見ると、その一つ一つは、クラゲのような、キノコのような姿をしていた。
「どうやって浮いてるんだか」
「さあな。もしかして、俺が採ってきたキノコは、アレの子供じゃね?」
「まさか」
「それより、後で喰ってみようぜ。キノコなら美味いはずだ!」
二人を乗せたカプセルは無事に母船に回収され、拾ったキノコ状のモノは、研究に回された。
そして、安全が確認された後、なんと、皆で試食してみたのだ。
「美味い!キノコとトリ肉のアイノコみたいだ。」
焼いたのを真っ先に喰ったナフの、最初の一言である。
ホンザイルに帰還した後のことである。
拾ってきた二人は、彼らの言葉でモッペザイルのキノコを意味する「モッペドンド」と名付けた。そのままでいいじゃないか、と。
後に、それらが飛ぶ機構が、彼らの宇宙進出の大きな原動力となる。
Age零 完