表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使の溜息、108っ!  作者: 汐多硫黄
第1章「始まりの天使リンネ」
9/14

第九輪「花と嵐と折れない鼻の会長選挙◆-鞍馬紅子の場合-」

第九輪 「花と嵐と折れない鼻の会長選挙◆-鞍馬紅子の場合-」


 季節は夏本番! そんな七月。

 僕の一番嫌いな季節の本領発揮。連日30℃を超える日々が続いている。

 この有無を言わせない暑さ。この季節、僕のインドア気質は一層その傾向を強める。

 唐突だが、夏の楽しみって果たして何だろう?

 祭り? 海? 花火? ノンノンノン。ガンガンに冷房の効いた部屋でだらだらする。

 これこそ至福。これこそ至高。この糞暑い中、わざわざ汗をかきに外へ出るなんて、全くもってナンセンスだと思わないか?

 少なくとも僕は、そういった事に幸せを感じてしまうタイプの人間故、毎日毎日カレンダーを睨みつつ、とっとと夏終わってくれないかなと、日々祈り続ける今日この頃。

 しかし、痛切なる僕のそんな思いとは裏腹に、イタルの発したある一言は、僕を未だかつて無い暑い暑い夏へと巻き込んでいくのだった。


          ◆


「嵐、頼む、付き合ってくれ」


 突然、そう言って頭を下げる親友に対し、僕のとるべき正しい行動とは一体何だろう?

 灼熱の夏は、彼に存在する僅かな思考能力さえ根こそぎ奪ってしまったらしい。

 一先ず、イタルを正気に戻すため、全力で殴ってみることにする。

 漢同士の会話といったら、昔から拳で交わすものと相場は決まっている。

 では、遠慮なく。

「げほぉっ、ごほっ、あ、嵐、きっさま、いきなり何をする!」

 僕に殴られ吹っ飛ぶイタル。僕は、そんなイタルをぐいっと掴んで引きずっていく。

「ちょ、ちょい待てやこら。いきなり殴りつけたかと思いきや、今度は俺をどこに連れていく気だ」

「いや、病院だけど」

「なんなんだよ、その飴と鞭!」

「勿論、治療が必要なのはその傷じゃなくて、お前の頭だぞ、イタル。見ろよ、お前の爆弾発言のおかげで皆引いちゃってるぞ。こっちはとんだとばっちりだよ」

「… あー。悪かった、俺の言い方が悪かったからまずその手を離してくれ。つーか、普段はもやしっ子のくせにどこにこんな力隠し持ってんだよ」

 僕らのこの珍妙なやり取りのせいで、教室が俄かにざわめき立っている。

 イタルは、ふらふらとよろめきながら立ち上がる。

「つまりだ。俺、生徒会長になりたいんだよ」

「イタル… やっぱり病院行こうな?」

「何だよその可哀想なモノでも見るような目は。俺は至って正常だし、本気なんだよ! だからよ、嵐には俺に付き合って欲しいんだよ。つまり、推薦人になって欲しいわけだ。な? 頼むよ」 

 生徒会長。つまり、生徒の中の生徒、ザ・生徒代表だ。

 こいつ、自分にそんな器があると思ってるのか?

 人望があるとでも思ってるのか? 

 クラス委員長に立候補するのとは分けが違うんだぞ。

「一応、聞くだけ聞くけどさ、何で会長になんてなりたいんだ?」

「ふっ、嵐よ、それこそ愚問。何故会長になりたいかって? それはな… 生徒会室が俺を呼んでるからだ!」

 駄目だコイツ。早く何とかしないと。

「お前を呼んでるのは、脳のお医者さんだけだと思うぞイタル。気をしっかり持て。それじゃぁ突っ込む気にもなれない」

「嵐、お前も俺の友なら覚悟を決めろ。俺の覚悟はとっくに決まってるんだ。その証拠にな、もう手続きは済んでるんだぜ」

 こいつが親友だということを、今日ほど後悔した日は無かった。

「は、ははは、は。イタル、お前まさか」

「ああ。もう立候補の手続きしてきた。勿論、推薦人はお前で登録したからな」

 そう言って、今世紀最高のドヤ顔でサムズアップして見せるイタル。

 手遅れだ。もう何もかも色々と深刻なレベルで手遅れだ。修正不可能レベルで手遅れだ。

 僕は、ぐったりとうなだれてその場で肩を落とす。

「ひゃっひゃっひゃ。そんなに嬉しいか? 俺と一緒に戦えてそんなに嬉しいのか? 流石は我が心の友だぜ」

「あっはははははっは。こいつめー。あっはははははっは」

 壊れる僕。きっと、あれもこれもぜーんぶこの暑さのせいだ。そうに違いない。


 こうして、僕らの選挙戦は唐突に幕を開けたのだった。


          ◆


 放課後 屋上


「実際のところ、何で生徒会長なんだ? どう見てもお前にゃ務まらんと思うけど」

「あ? 失礼だなおい。そりゃよ、俺だってモテたいとかモテたいとか、モテたいとかって気持ちは確かにある」

 今、確信した。こいつだけは、こいつだけは絶対に生徒会長にしてはいけないと。

 立候補の手続きが既に終わってしまっているというのなら、もうこの自由人を止められるのは推薦人である僕しかいない。

 とは言うものの、まぁ、普通に考えればこいつが当選するはずが無いわけで。

 成り行きとはいえ、こうなった以上、取り敢えずはしばらく様子を見てみることにした。

 そんな僕の決意をしってかしらずか、急に真面目な顔をしてイタルが語り出す。

「嵐、お前なら分かるだろ? 俺の家族がどんなやつらかって」

 イタルの家。堅氷家。

 実のところ、イタルの一家は俗に名門と呼ばれる家系であった。

 普段のおちゃらけた言動とは裏腹に、小さい頃からかなりのスパルタ教育を受けてきたらしい。

 その反動で性格は残念なものとなってしまったとは言え、それを除けば、実は意外とスペックが高かったりするイタル。

 つまり、彼の家族から言わせれば、堅氷家の一員なら生徒会長くらいなって当たり前、なれなければ一族の恥さらし、くらいの話なのだろう。

「まぁね。言わんとすることは分かるよ。分かるけど… 本気なのか? お前もそれでいいのか? 納得してるのか?」

 返事の変わりにニヤリと笑ってみせるイタル。こいつがこんな笑い方をする時、それはいわゆる本気の時、なのだ。

「はぁ、分かったよ。これは僕も、本気になるしかない無いみたいだな」

「あぁ! それでこそ我が心の友だぜ。私利私欲で生徒会長になって何が悪い! ってな」

「あっはっは、そうだそうだ、委員長の意地を見せてやれ」

 僕らが馬鹿騒ぎをする中、誰かが屋上へと駆け上がってくるような足音が聞こえてきた。

 そして程なく、屋上の扉が勢いよく開かれる。


「… で、どっちが堅氷って人?」


 開口一番そう告げる一人の女生徒。

 長身で、日本人にしては鼻が高く整った顔立ち。

 いわゆる美人と言ってしまっても差し支えの無いタイプのその女生徒。

「あん? 俺が堅氷だけど、あんた誰だ?」

「あんたこそ、このワタシを知らないの? ふん、底が知れるわね」

「おい嵐。この女、お前の知り合いか?」

 おいイタル、僕にふるな。僕をこれ以上面倒ごとに巻き込むな。

「いや、知らない。あの、失礼ですけど、どちら様ですか?」

「あ~あ、揃いも揃って馬鹿ばっか。あんた達、それでもワタシの対戦相手なの?」

 対戦相手?

 成程、つまり彼女も生徒会長に立候補したということらしい。

「へいへい、ねーちゃん。いきなりかましてくれるじゃないの。よーするに、お前も生徒会長選の立候補者ってわけかい」

 イタルの対立候補は、不敵な笑みを浮かべる。

「そうよ、その通り。ワタシの名前は鞍馬紅子。覚えておきなさい、あんた達の生徒会長になる女よ」

 立候補者ってことは、この人、僕らの同級生だろ? 何でこんなに偉そうなんだ?

「つまり、早速俺達をスパイしにきたってわけか?」

「ふっ、スパイだなんて図々しいわよ。ワタシね、あんた達に降伏するよう言いに来ただけよ。生徒会長になるのはワタシ。堅氷君、さっさと諦めれば?」

 Oh、なんて自信と傲慢さ。やっぱり、生徒会長になるにはこれくらいの器ってやつが必要なんだろうか?

 だが、このイタルに関しても、その二点においては十分負けていなかったわけで。

「紅子だがベニヤだが知らんが、会長になるのはお前じゃ無い、この俺だ。ひゃっひゃっひゃっひゃっ」

 これじゃあまるで子供の喧嘩。先行き不安でいっぱいになった僕が、二人の仲裁に入ろうとしたその瞬間、この屋上にまた新たな人物が姿を現した。

 鞍馬さんと違い、身長は低く、良く言えば清楚な、悪く言えばちょっと地味めな感じの小柄な女性。

「べ、紅ちゃん。止めてよ、こんなところで騒いじゃ駄目だよ」

「アズネ、止めないで。こいつワタシに喧嘩売ってきたのよ? だってベニヤよ? ベニヤ」

「でもでも、たぶん紅ちゃんも酷いこと言ったんでしょ?」

 アズネと呼ばれたその女生徒は僕らの方に向き直り、深々とその頭を下げる。

「あのあのっ、紅ちゃんが、ご迷惑おかけしました。… 堅氷至君と、花嵐君ですよね?」

「ええ、まぁ。えーっと、もしかして君、この鞍馬さんの推薦人?」

「はいっ。私、私、東あずねって言います。紅ちゃんったら、ワタシの対戦相手がどんな奴か見てくるって言ったきり、一人で突っ走って行っちゃって。どうもすみませんでした。ほら、紅ちゃんも」

「何よアズネ、こんなやつらに謝ることなんて何もないわ。もういい、行こっ」

 去り際、何度も頭を下げていった東さん。それに引き換えこちらに振り替えることも無く嵐のように去って行った鞍馬さん。

「行っちゃったよ。結局何だったんだ、あの二人? でもまぁ、あんな奴と争うはめになるとは、前途多難だなイタル」

 ……? 可笑しい。反応がない。

 イタルの奴、二人が出て行った扉を何故かじっと見つめている。

「おい、イタル? どうした?」

「………………可憐だ」

「カレンダー?」

「あずま、あずねちゃんか……。うひゃひゃひゃひゃっ」

 そう言い残したイタルは、心ここにあらずといって状態で、僕を置いて一人校内へと戻って行ってしまうのだった。


 前途多難。

 とは言うものの、一度引き受けてしまった以上、中途半端で終わるわけにはいかない。

 鞍馬紅子。まずはこいつがどんなやつなのか調べてみる必要がある。

 だが、ここで僕は、ふとある疑問が浮かんだ。

 … そもそもどうして鞍馬さんは、僕らが屋上にいるって分かったんだ? 

 誰かに行き先を告げておいた覚えは無いし、たまたま姿を見られていたなんて可能性も低いと思う。

 僕の考え過ぎだろうか? 何だか堪らなく嫌な予感がすることだけは確かだった。

 僕がそんな事とを考えていた刹那、おなじみのボンという効果音とともに、リンネが突然姿を現す。

「お待たせしましたー、リンネちゃん登場でーす。ってあれ? 一足遅かったかな? 嵐、今ここに誰かいたでしょ」

「あ、ああ。いたよ。いたけど… まさか」

「にゃはははは、そうだよ、そのま、さ、か。次の試練だよ、嵐。さっきまでこの場所であたしのセンサーが反応してたんだよ?」

 ノォオオウ。やっぱりか、やっぱりそうなのか。

「となると、対象者はイタルか、鞍馬さんか、東さんってことになるわけだ」

 僕の見た限り、イタルはいつも通りのダメ人間だった。やつを除外すると考えれば、残り二人のうちどちらかということになる。

 これは聊か厄介なことになってきた。唯でさえ苦労の多いこの会長選に、もしも何らかの伝承まで絡んでくるとしたら。

 僕は、そう考えただけで眩暈がしてくるのだった。

「リンネ、反応は? センサーは今どっちを指してる?」

 そう言って見上げたリンネのアホ毛は、いつも違い、光り方が微弱で方向も定まっていなかった。

「あちゃー、圏外だねこれは」

「はぁ? 圏外? そんな事ってあり得るのか?」

「対象者があたしからよっぽど遠くに離れた場合、一時的にこうなることもあるけど」

 おいおいおい、二人はさっきまでこの屋上にいたんだぞ。どんなに早くてもそう遠くへは行けないはず。これって、つまり。

「何らかの伝承による影響。それ意外考えられないよな。何がどうなったのか僕には想像もつかないけど」

「しょーがない、今日のところは一先ず様子を見よっか、嵐。この学校に通ってるとしたら、明日も必ず現れるよ」


         ◆


 翌日


 結局、幸か不幸か今年の立候補者はイタルと鞍馬さんだけ。つまり、二人の直接対決となる。

 桜ヶ丘第二学園の場合、立候補者が決まってから実際の投票日までの時間はわずか3日間しかない。

 つまり、今日が火曜ということで、金曜日が投票日ということになる。何と言っても時間との勝負なのだ。

「なぁ嵐。選挙運動って言ってもさ、具体的には何すりゃいいんだろな?」

 こいつ、そんなことも知らずに立候補したのか。僕は、ますます気が遠くなるのを感じた。

「まぁ、お前のことだからそんなことだろうとは思ってたけどね。ほら、コレ」

 僕はイタルの前に何十枚ものポスターを差し出す。

「! おおおお。ポスター、俺のポスターじゃないか。やるな嵐。昨日のうちに作ってくれたのか? それにしてもよ、やっぱり俺ってこう見るとカッコいいよな? な?」

 そりゃそうだ… スマンなイタル。ばりばり修正済みだ。フォトショの力って凄い。

「ほら、取り敢えずイタルはこいつを校内に張ってきてくれ。あ、くれぐれも節度を守ってだぞ?」

「うおっしゃー、任せろー」

 自らのポスターを抱え、勢いよく教室から飛び出るイタル。

 本当に分かってるのか? あいつは。

「はぁ、委員長のくせに世話が焼ける。よし、次は…」

「あは。花君、何だか委員長のお母さんみたいだね」

 僕らのやりとりを見ていたクラスメイトが話しかけてきた。

「え? お母さんは勘弁してよ、せめてそこはお父さんかお兄さんでしょ」

「えーっ、絶対お母さんだよ。それで、どう? 2-Dの鞍馬さんには勝てそう?」

「うーんどうだろう。僕が幾らこうやってサポートしても、結局はイタル次第だからね。あ、そうだ。その鞍馬さんってどんな人なのか、何か知ってる?」

「鞍馬さん? 見たまんまだよ。気が強くて、我の強い高飛車な感じ。実は私、中学の時彼女と一緒のクラスになったことがあったんだけどさ、やっぱり昔からあんな感じだったなー。自然と周りに敵を作っちゃうタイプっていうの? だから、一人でいる事が多かったかも」

 確かに、いきなり僕等に宣戦布告をするくらいだ、負けん気が強そうなタイプではある。

「でもね? この高校に入って、東さんっていう友達が出来てからは、そういうことも大分減ったみたいだよ」

 あずま。昨日のあの東さんの事だろう。彼女が暴走しがちな鞍馬さんのストッパー的な役割をしているのかもしれない。そう言えば昨日もまさにそんな感じだったな。

「そっか、ありがとう。確かに強気なタイプだとは思ってたけど、昔からそうなんだね」

 お調子者委員長 VS タカビークイーン

 生徒会長としてはどちらも微妙なんじゃないかだなんて、口が裂けても言えない。

 それに愚痴っていても仕方がない、一先ずは行動あるのみ。

 僕は、残りの分のポスターを抱え教室を後にした。


          ◆


「遅い、遅すぎるわ、あんた達」

 高圧的なこの言い草、僕が後ろを振り向くと案の定、そこには鞍馬さんがいた。

「今更ポスターを張り出すようじゃ、遅すぎるって言ったのよ、花君」

 そう言って辺りを指差す鞍馬。ここらの掲示板は、既に鞍馬のポスターや応援文で埋め尽くされていた。

 どうやら僕達、大分後れを取ってしまったらしい。

「確かに、君達の方が一枚上手だったみたいだね。… 流石は東さんだ」

「くぉおら、そこはワタシでしょ。ワタシを褒めるところでしょ。まぁ、あずねの指示ってのは事実だけど」

 こうして顔を会わせたのも折角の機会だ。何でもいい、情報を引き出せるだけ引き出してみよう。

「ところで鞍馬さん、君は何で生徒会長になりたいんだ?」

「はぁ? 花君、そんなくだらない質問しないでよね。そんなの決まってるじゃない。この学校をワタシの思い通りにしたいからよ。学校の為でも、ましてや生徒のためでもない。ワタシは、ワタシの為だけに、生徒会長になるの。文句ある?」

 イタルといい、鞍馬さんといい、私利私欲をここまで全面的に押し出せるってのはある意味恐れ入る。

「そう言えば堅氷はどうしたのよ?」

「ああ、イタルなら」

 僕がそう言いかけた瞬間、僕の言葉をさえぎるように鞍馬さんが叫ぶ。

「あんにゃろう、アズネに何してんのよ!」

「え? どこ? どこにいる?」

 鞍馬さんの言葉に辺りを見渡してみるも、イタルも東さんの姿も見えない。

 不審に思った僕は、再び鞍馬さんに向き直る。

「二人とも姿が見えないけど… って何やってんだよ、鞍馬さん! 嘘だろ、ここ何階だと思ってるんだ!」

 三階だ。にもかかわらず、何を考えているのか廊下にある窓から直接下へ飛び降りようとする鞍馬さん。

 僕が止めたのも束の間、彼女の姿は既に窓から消えていた。

「おいおいおい、冗談だろ。とてもじゃないけど正気とは思えない…」

 すぐに窓へと近づき、恐る恐る窓下を見るものの、既に彼女の姿はどこにも見当たらなった。

「嵐、見た? 今の。あたし今ので確信しちゃった」

 僕の隣に、いつものごとく突然リンネが現れた。

「やっぱり伝承か。ということは、鞍馬さんがとり憑かてるってことで間違いないんだな?」

「うんうん、しかもそれだけじゃないわ」

「それだけじゃない?」

「あの子に取り憑いた伝承は恐らく天狗。厄介な事に、彼女はその力を使いこなしてしまっている」

 伝承の力を使いこなす? そんな事ありえるのか? 相手は人間に対して害をなすだけの存在のはずである。

「そもそも人間が伝承の力を使うなんて事、あり得るのか? しかも天狗ってあの鼻の長い天狗?」

「とり憑かれた人間との相性が、恐ろしく良かったりすると極々稀にね。ねぇ、嵐、天狗ってどんな力を持ってるかしってる?」

「空飛んだり、団扇で風を起こしたり、神通力を使ったり、怪力だったり。何か仙人みたいな感じ?」

「うんうん。どう? 何か思い当たる節は無いかな?」

 … あ。

 昨日、僕らの居場所にいきなりやってきたり、さっきもイタルと東さんがどこにいるのかも分かってたみたいだった。

 それに、窓から飛び降りたのもきっと。

「リンネ、彼女がその伝承の力をコントロールして、その力を使いこなせてるんだったらさ、僕らがそれをとり祓う必要ってあるのか?」

「大アリだよ、嵐。だって相手は天狗だよ? 今はまだ彼女が制御出来てるみたいだけど。天狗の力なんて、一人の人間がコントロールするには大きすぎる。力が暴走しちゃうのも時間の問題だよ」

「まぁ、そういうものか。でも天狗ねぇ」

 確かに、なんとなく天狗が似合いそうな感じだよな、鞍馬さんって。

「でもね、その天狗の場合、祓う方法の相場は決まってるんだ」

「待て、リンネ。言うなよ、絶対言うなよ…… ズバリ、鼻をへし折ることだろ? 勿論、比喩的な意味で」

「にゃはははは、嵐大正解。ね? 分かりやすいでしょ?」

 そのまんまだな。しかも今回の場合、ご丁寧にもその舞台までちゃんと用意されている始末。

「それじゃつまり、イタルのやつに本当に生徒会長になってもらうしかないじゃないか」

「そーいうこと。で、肝心のそのお友達は? 嵐、あなたは天狗ちゃんを追わなくていいの?」

「そうだった。あーくそ、嫌な予感しかしない」

 僕は急いで鞍馬を追いかける。とは言うものの、僕には彼女のような力があるわけじゃない。

「リンネ、お前のセンサー反応してる?」

「うん、今は大丈夫みたい。あっちだよ、嵐」

 リンネの力を借り、僕は鞍馬さんを追いかける。


          ◆

 

 中庭


「って言ってんでしょ? えーい、とにかくアズネから離れなさいよ!」

「べ、紅ちゃん、落ち着いて」

「そうだぞ、俺はただあずあずと喋っていただけじゃないかよ。同じ生徒会長選の関係者としてな」

「お前があずあず言うな!」

 案の定、言い争いになってしまっている様子。僕は慌てて仲裁に入る。

「はいストーップ。イタルも鞍馬さんもそこまでにしとこう。唯でさえ選挙運動中なんだ。こんなところを見られでもしたら、どちらにとっても利益にはならないはずだろ?」

「そうだよ、そうだよ紅ちゃん。こんなことしてちゃ駄目」

「止めないでアズネ。だって、こいつが」

「だからさー、俺が何したって言うんだよ? ただ単にあずねちゃんと喋ってただけじゃんよ」

「それよ! さっきからあずあずだとかあずねちゃんだなんて馴れ馴れしいって言ってるの」

 全然僕の話を聞いてくれない二人。頭が痛い。何というかこの二人、実は似たもの同士なんじゃないだろうか。

「イタルも鞍馬さんも静まれこんにゃろ、人の話を聞けー」

 僕や東さんの仲裁も虚しく、静まることを知らない二人。

 こうなると僕等に出来る事はただ一つ。気の済むまでやらせてあげることだけ。

 僕と東さんは近くのベンチへと腰を下ろした。

「ごめん、東さん。うちの馬鹿イタルが迷惑かけちゃったみたいだね。そのせいで鞍馬さんまで」

「そんなそんな。迷惑なんて何もありませんよ? それに、こうしてみるとあの二人、何だか似たもの同士って感じしません?」

「それは僕も思ったけどさ、あれは似たもの同士っていうより、同族嫌悪って感じじゃないかな?」

「そうかも。どちらかといえば、似た者同士は私達の方?」

「あー、そうかも。お互い、苦労が絶えないみたいだし」

「あは、苦労は言い過ぎですよ、花君。でもでも、そんな紅ちゃんだからこそ、本気で彼女を生徒会長にしたいって思ってるんです。だから、二人には負けませんからね?」

 やっぱり、あちら側も本気だ。本気で生徒会長を狙ってくる。これは… 是が非でも負けられない。


 それぞれの私利私欲思想思惑を内包しながら、選挙運動一日目は幕を閉じた。

 残すは二日。投票前日の三日目には全校生徒前での演説がある。

 つまり、それまでに何とかある程度の差をつけたいわけで。

 何かとっておきの秘策でもあれば…。


          ◆

 

 選挙運動二日目。

 僕とイタルはいつもより大分早く登校していた。ズバリ、朝から校門で挨拶運動するためだ。

 生徒会長選の定番だけど、まさか自分がこれをやる日が来るなんて夢にも思わなかったわけで。

 余談だが、あまりに早く起きすぎてしまったので、今朝は僕がダンゴをたたき起こしてやった。勿論、ヒップドロップでだ。

 我ながら大人げないとは思いつつも、積年の思いもあった故、躊躇することなく思い切りかましてやった。あいつの驚きっぷりといったら、BDディスクに保存して後世に残したいくらいだった。おかげで朝からダンゴの鉄拳制裁をあびたものの、僕はいつにもまして上機嫌だった。

「何だよ、嵐、やけに嬉しそうじゃねーか。何かいいことでもあったか?」

「ああ。たまには早起きもいいなと思って。でもお前から挨拶運動したいとか言い出すとは思っても見なかった。やっと本気になってきた?」

「だからよ、俺は最初っからずっと本気だっての。勿論、あの紅子とかいう女にも負ける気はないぜ」

「そっか。そりゃ悪かったよ」

 そんな事を話すうちに、我が校の校門が見えてきた。同時に、見覚えのある人物が二人。

「イタル、門の前見てみろ」

「あ? … うぉおお、あずあず!」

 イヤ、確かにそうなんだけど、僕が言いたいのはそこじゃない。つまり、またしても二人に先を越されたってこと。

「あら、あんた達。やっぱり遅っそいのよね。遅すぎる。ワタシ達と本気でやりあう気あるの?」

「笑止千万。紅子よ、これくらいで俺に勝ったつもりか?」

 相変わらず、顔を会わせれば言い争いを始める二人。そんな二人をよそに僕は暢気に挨拶を交わす。

「お早う、東さん。流石に早いね。僕達もかなり早く来たつもりだったんだけどな」

「お早う嵐君。これ、紅ちゃんの提案なんですよ? 私もちょっと早すぎだよって思ったんですけど、結果的には嵐君達より先にはじめられたわけですから。やっぱり紅ちゃんは凄い」

 ……今のところ、鞍馬さんは天狗の力を制御出来ているようだった。

「先をこされちゃったなら仕方がない。イタル、反対の門の方に行こう。ここより人通りは少なくなるけど、やらないよりマシだ」


「お早うございまっす。生徒会長候補、堅氷至をよろしくお願いします」


 疲れた。

 正直朝から声出しっ放しってのは結構疲れるもんだ。

 とは言え、相手は天狗。こちらの行動を先回りするくらい訳ないのかもしれない。事実、イタルの行動なんて始まって以来ずっと読まれっぱなしだ。

 ここらで一発逆転しないと、どう考えても勝機はないわけで。


「あれぇー、嵐くーん。こんなところでどうしたのぉ?」

 頭を抱えてうんうん唸る僕に、どこか聞き覚えのある声が掛けられる。

「え? 小雨先輩! 先輩こそどうしたんですか? こっちの門から入ってくるなんて珍しいですね。まさか、また放浪してたんですか?」

「あはははは、良く分かったねー。おねーさん嬉しいなぁ」

 相変わらずの小雨先輩である。

 良し。

 ……ちょっと反則技な気もするけど、手段を選んでいる場合じゃない。

 これはもう、ただの生徒会長選挙ではないのだから。

「小雨先輩。先輩にはいつも助けてもらってばかりですけど、僕の我儘をもう一つ聞いてもらえますか?」

「んもう。遠慮なんてしないでよぉ嵐くーん。ウチと君の仲だもん。ウチも、嵐君に頼られて嬉しいんだよぉ?」

「うぅう、先輩有難う。先輩こそ本物の天使ですよ。それで、実はですね」


          ◆


 お昼休み 校内 


「あーあー、ごほん。えーっとぉ、生徒会長に立候補しました花嵐をよろしくぅー」

「先輩、立候補したのは僕じゃなくてコイツですって。堅氷イタル。僕はただの推薦人」

「あははは、そうだっけ? ごめんごめん。いやぁー、でも何だか緊張しちゃうなー」

「俺ぁもう、先輩が俺の応援をしてくれるってだけで感無量っス。もう一生ものの思い出っスよ」

「君、大げさだなぁ。あはははは」

 僕とイタル、そして小雨先輩はお昼休みを利用して校内での挨拶回りを行っていた。

 こちらとて必死。利用できるコネクションは何でも利用させてもらう。

 案の定、小雨先輩の知名度を利用した挨拶回りは大成功だった。

「でもよ、嵐。前から思ってたんだが、お前と雨守先輩達って一体どういう知り合いなんだよ? 俺が先輩達の話をした時なんて、この学校にそんな先輩達がいることすら知らなかったじゃねーか。それからの短期間でどうやってお近づきになったんだ?」

 イタルよ、何も今それを言い出す必要は無いんじゃないのか。普段は細かいことなんて全然気にしな癖に、こういうことだけは鋭いから困る。

「あー、それはねぇ、嵐君がウチらの… もががが」

 僕は慌てて先輩の口をふさぐ。この先輩のことだ、聞かれたら素直にリンネや伝承の事を喋ってしまいそうで気が気でない。

 別に誰かに喋ったらいけないという制約はないものの、あくまで今は眼の前の生徒会長選挙に集中して欲しかった。

「ごほん。いーだろ、イタル。たまたまだよ。それに、人と人との出会いに理由なんてい必要か?」

 一先ず口から出まかせでごまかしてみる。まぁ、こんないい加減な回答で誤魔化し通せるとは思えないが。

「うぉい、嵐! お前………今、実にいい事言った。その通りだ。理由なんていらねぇよな。流石は我が心の友だぜ。ひゃっひゃっひゃ」

 そして何故か小雨先輩まで。

「うぇええん。おねーさん感動しちゃった。やっぱり嵐君はかっこいいんだからぁ、もう」

 ははは、良かった、二人ともちょっとアレな人で本当に良かった。

「よぉーし、おねーさん頑張っちゃうぞぉ。みなさぁーん、花嵐ぃをよろしくぅーー」

 先輩、だから立候補者は僕じゃないんですって。


 こうして、何だかんだで昼休みの間中、挨拶回りを続けた僕達三人。

 流石に雨守の名は伊達ではなく、効果は抜群。鞍馬勢に大きな差をつけられた気がする。

 やっぱりちょっと反則技な気がするけど、こういう人脈やコネも実力のうちってことで。


          ◆


 放課後


「そう言えばイタル。お前、明日の全校生徒の前での演説、内容はちゃんと考えてあるよな?」

「嵐、そりゃー愚問ってもんだぜ。俺はな、この高校に入った時から生徒会長を夢見てたんだ。当然、そんなこたぁ考えてあるし、何十回とイメージトレーニングをしてきてる。抜かりはないぜ」

「へぇ、そっか。イタルがそこまで考えていたとは全然知らなかったよ。まぁ、そこまで言うなら大丈夫そうだな」

「当然だ。ひゃっひゃっひゃ」

「よし、選挙活動も後半戦。放課後も、門の前で挨拶運動やらビラ配りでもしときますかね」

 ボンという効果音と共に、そんな僕等目の前に、慌てた様子のリンネが現れた。

「嵐、大変だよー。天狗ちゃんの反応が可笑しいの」

 こんな時に限って…… イヤ、こんな時だからこそ、か。

「スマン、イタル。先に始めててくれ。僕、ちょっと用事を済ませてから合流する」

 僕はそう言い残し、大急ぎで教室を後にした。

 リンネのセンサーを頼りに、鞍馬さんの元へと向かう。ちなみに、リンネのセンサーは、何故か先ほどからちかちかと点滅を繰り返している。

 最悪の事態。

 恐らく、最も恐れていた力の暴走が起こってしまったのだろう。場合によっては、生徒会長選挙どころではなくなってしまうかもしれない。

 リンネのセンサーの反応が強くなる。

「嵐、近いかも。この辺りだと思うんだけどなー」

 この辺り。僕らは体育館の裏に来ていた。

 ドラマなんかだと良く使われるロケーションだけど、実際にこうして来るのは初めてだ。

 鞍馬さん、どうしてこんな人気のない場所にいるのだろう?

「あ、見て嵐。あそこ」

 リンネとセンサーが指し示すその場所。そこに、鞍馬さんは倒れていた。

「鞍馬さん! 大丈夫か? しっかりして」

 案の定、天狗の力を制御しきれなくなったようだ。大粒の汗を額に溜める鞍馬さんを何とか抱き起こす。

「… えっ、花君? あんたどうしてここに?」

 未だ虚ろな表情の鞍馬さん。一先ずは意識を取り戻したのはいいが、これはもう猶予が無い。僕は単刀直入に切り出した。

「鞍馬さん、君、不思議な力を持っているみたいだね」

「…… 何で知ってるの? ワタシの秘密、何であんたが知ってんのよ!」

「落ち着いて。とにかく僕の話を聞いてくれ。君のその力。例えば三階の高さから飛び降りたり、思い浮かべた人物が今どこにいるかを感知出来たり、もしかしたら、空を飛ぶこともできるのかもしれない。でもね、これらの力は元々、君にとり憑いた天狗の伝承による力なんだ」

 鞍馬さんは黙って僕の話を聞いてくれている。もしかしたら、ただ単に意識が薄れて言っているだけかもしれないけど。 

 とにかく、僕はあのワードを言うため話を続けた。

「僕はそんな伝承を祓うための天使の使いなんだ。荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないけど、実際にその力を使っていた君なら、こんな僕の話も信じられるよね?」

 リンネは慌てて天使のキッスを施す。

 鞍馬の顔から少しだけ苦痛の色が消えたように見える。

 良かった。リンネが干渉する事で、天狗の力を多少なり押さえつける事が出来たようだ。とは言うものの、こんなの当然、ただの一時凌ぎに過ぎないわけで。

「やほー、くららちゃん。あたし、天使のリンネ。あなたにとりついた天狗を祓いに来たよー」

「天使? じゃあやっぱり、ワタシ死んだの?」

「にゃはははは、だいじょーぶだいじょーぶ、死んで無いよ、くららちゃん。今はまだ、ね」

 笑い顔から一変、急に真剣な顔になったリンネが続ける。

「くららちゃんも自覚してたでしょ? あなたがその力を使うたび、あなたは自分が自分で無くなるような感覚に襲われていたはずだもん。このまま天狗の力を使い続けたりしたら、間違いなく体を乗っ取られちゃうよ? くららちゃん」

「鞍馬さん。だから僕達が君の…」

 そんな僕の言葉をさえぎり、鞍馬さんは叫んだ。

「絶対に嫌。この力を手放すなんて、考えられないわ。ワタシがどうなろうと、そんなのワタシの勝手。天使だか何だか知らないけど、余計なお世話だっての。それに、あなた達との勝負はまだ終わって無い。そうでしょ? ま、一応は助けてくれてありがとう。それだけはお礼を言っておく。それじゃ、ワタシ帰るから」

 そう言ってふらつく足取りで立ち去ろうとする鞍馬さん。

「お、おい、鞍馬さん」

「待って嵐。無駄だよ」

「無駄って、リンネお前。このままじゃ鞍馬さん、伝承に乗っ取られちゃうんだろ? いいのか、このままで」

「嵐、思い出してみて。この悪魔を祓うのに必要な事が、何だったかを」

 天狗を祓うために必要な事…。

「彼女の鼻、まだ折れてないでしょ? いづれにして、このままじゃ彼女の中の天狗を祓うことはできないわ。それに、くららちゃん自身もきっと自覚してると思う。自分の力が普通じゃない事も、このままじゃいけないってことも。だからこそ、こんな人気のない場所で一人、伝承による精神汚染に耐えていたんだと思う」

「結局、鞍馬さんを救うには生徒会長選で彼女に勝しか無いってわけか」

「うんうん。それに、あたしが干渉した事でその決着がつくくらいまでなら、彼女の体も何とか持つと思う。いい、嵐? くららちゃんを天狗にしちゃ、絶対にダメだよ?」

 僕は、静かに頷き返した。


          ◆


 選挙運動三日目

 

 今日の午後には全校生徒の前での演説がある。それが選挙運動の締めになっていて、後は翌日の投票&開票を待つだけという形になっている。

 残された短い時間を有効活用するため、僕らは朝から再び校門の前に立っていた。

「うぃーす。おはよーさん。元気かー? えー、花嵐をよろしくー」

「いやいやいや、先輩、五月雨先輩、立候補したのはこっちですよこっち。僕はただの推薦人」

「あぁ、そうだっけ? どっちでもいいだろそんなの」

 どっちでも良くないです先輩。というかめちゃくちゃ眠そうだな五月雨先輩。僕と同じで朝は苦手なタイプなのかもしれない。

「やるからには、勝ってもらわなければ、わたくし達が協力する意味がありませんわ」

 と、春雨先輩。

 昨日の鞍馬さんの様子を受けて、もはや完膚なきまでに叩き潰し、その鼻をへし折る事でしか彼女を救えないと理解した僕は、昨日の小雨先輩に引き続き、朝から春雨、五月雨両先輩方にも協力を仰いだ。

「嵐よぉ。俺ぁ、夢でも見てるのかな? あの雨守先輩達が、わざわざ俺のために、俺のために……あの五月雨先輩が……」

 そう言って涙ぐむイタル。 

 そう言えばコイツ、五月雨先輩のファンだったっけ? そのくせ、東さんにも気があるようだし。なんとも無節操なやつである。

 本人曰く、それはそれ、これはこれ。お前には絶対に分からん。とのこと。

「五月雨先輩、コイツ、先輩のファンらしいですよ? 物好きなや」

 ごふっ。先輩から拳を受け、うずくまる僕。そんな僕を尻目に五月雨先輩に近寄るイタル。

「お前、アタシのファンなんだって? なかなか見どころあるじゃねーか」

 そう言ってイタルの肩をばしばし叩く五月雨先輩。

「!!!!! うぉおおおおおお、生徒会長に、俺はなる」

 そう叫んだあと、どこかへと走り去ってしまったイタル。

 気合いが入ったのはいいことだけど、あれではただの不審人物である。

 仮にも生徒会長になろうという人物があれなのだから、僕は頭を抱えずにはいられなかった。

「なんつーか、流石にお前の友達だけあって… 変態だな。伝承絡みの話とはいえ、本当にあいつが生徒会長なんかになっていいのかよ? アタシは不安だぜ」

「そうですわね… まぁ、そこは花さんに責任を取って子守りをしてもらうしかないでしょうね。ねぇ、花さん。あなた、ただの推薦人で終わろうなんて思っていませんわよね? もしも堅氷さんが生徒会長になったあかつきには、あなたにも勿論生徒会に入っていただきますわよ」

「くっくっく、いいなそれ。しかしお前が生徒会か。心底似合わねーな」

「天使代行としての仕事もあるでしょうけど、あなた、帰宅部ですし基本的に暇人ですものね? 問題なしですわ」

 やはり、この禁断の手は悪魔の取引だったらしい。よもやこんな展開になるとは。というかこの二人、僕に対して容赦ないなー本当に。

「ま、まぁ、本当にイタルが生徒会長になれたら考えますよ」

「あら? 何言ってますの? こうしてわたくし達が応援している以上、あなた達が負けることなんて、断じてありませんわ!」


 こうして朝の挨拶運動に次いで、お昼休みは小雨先輩も加わり、実に豪華なドリームメンバーでの選挙運動が行われた。

 残すは午後の立候補者による演説。

 だが、ここに来て一つ気になる事が浮上した。今日の朝から、鞍馬さんと東さんの姿を見ていないのだ。昨日も僕らより早く門にいたものだから、てっきり今日もいるものとばかり思っていたが、何故かその姿を見つける事が出来なかった。

 これには彼女たちなりの何らかの意図があるのだろうか? それとも単に、鞍馬さんに何かあったということか?

 昨日の今日だけに、恐らく後者の確率の方が高い。

 僕は、午後の演説が始まる前、二人を探してみる事にした。

「リンネ、居るか?」

 ぼぉん! という聞きなれた擬音とともに、何も無い空間から突如として天使が現れる。

「居るよー。くららちゃんを捜すんでしょ? あっちだよ」

 リンネのセンサーには反応がある。どうやら、校内にいるのは確かなようだ。

「あっちも移動してるみたい。上だよ、上ー」

 何故かは分からないが、彼女達は屋上に向かっているらしい。

 僕が屋上への扉を開けた瞬間、一人の人物が横たわっているのが眼に入った。

「あ、誰か倒れてる。くららちゃんだよきっと」

「ちょっと待ったリンネ。あれは… 東さんだ」

 僕は急いで彼女に駆け寄り声をかける。

「東さん、東さん大丈夫か? あー糞、何でこんなことに」

「嵐、この子命に別条は無いみたいだけど、天狗の神通力で気を失わされたみたいだよ」

 何があったかは分からないけど、鞍馬さんと一緒にいた東さんは、鞍馬さんの天狗の力により、倒れた。

 鞍馬さん自身は恐らく、この屋上から直接飛び降りて姿を消したのだろう。

「とりあえず、東さんを保健室に運ぼう」

 僕が彼女を運ぼうとした瞬間、屋上の扉が開かれた。

「さぁーてと、最後の演説練習でもしときますかね…… って嵐? 何でお前こんなところに?」

 次の瞬間、眼にも止まらぬスピードで、イタルの拳が僕を見舞った。

「嵐、貴様! あずねちゃんに何をした? 何しやがった!」

「ちょっと待てイタル。落ち着け、僕じゃない。これは鞍馬さんが…」

 しまった。イタルのあまりの剣幕に、思わず口を滑らせてしまう駄目人間な僕。

「あの高飛車女が? おい、本当か嵐?」

「あー、そうだよ。僕も何があったかまでは知らんけどな。僕が屋上に来た時には既に鞍馬さんは消えた後で、東さんが倒れてたんだ。状況から考えても鞍馬さんが何か知ってるのは確かだろーよ」

「嵐のバカバカ、煽るってどーすんのよー」

「あの野郎……」

 そう言い残し屋上から立ち去るイタル。

 イタル、分かってるのか? もうすぐ立候補者の演説が始まるんだぞ?

 鞍馬さんの力が暴走し、生徒会長選挙もめちゃくちゃなんて事になったらなす術なし。

 だが一先ず、今は東さんを保健室に運ばねば。

「……はな、くん。べ、に、ちゃんを…おねが、い」

 うわ言のように、その消え入りそうな声で僕に訴える東さん。

 そんな彼女に対して僕は、ただただ頷く事しかできなかった。


 彼女を日射病で倒れていた、という名目の元保健室へと送り届けた僕は、急いで校庭へ向かう。

 まずい、もう演説開始の時間だ。イタルは? 鞍馬さんは?


 僕が校庭に到着したとき、演説は既に始まっていた。

 意外な事に、鞍馬さんは壇上でとても伝承に取り憑れているとは思えないくらいに、冷静に淡々と演説を行っていた。

 どうなってる? 彼女の力は暴走したんじゃなかったのか? それに、イタルの姿がどこにも見当たら無い。

 状況をイマイチのみこめない僕は、しばし様子を伺うため、鞍馬さんの演説に耳を傾ける。

「ワタシは、ワタシ自身の力で… この力で、この学校を、いえ、あなた達を変えて見せる……例えば、こんな風に……ねっ!」

 その言葉の直後、校庭に大きなつむじ風が発生する。

「おいおいおい、冗談じゃない。彼女、ついにやっちまったぞ」

「うはぁー、さっすが天狗だよね。風を操るくらいわけないってんだもん。そもそも風を操る事が天狗の本来の能力なんだよ」

「いやいや、感心してる場合じゃないだろリンネ。どーにか出来ないのかこれ…ってうおおお、こっちきたぞ!」

「にゃはははは、あたしの力じゃ無理無理。こうなっちゃったら、くららちゃんを止めない限りこの風は止まらないよ」

 完全に力が暴走している。というか、まさか全校生徒のいる前でこんな風に能力を発現させるとは。

 結局、リンネの干渉でも天狗の力を押さえつけておくことが出来なかったらしい。

 ド畜生。とにかく今は、彼女をなんとかするしかない。

 校庭の生徒達が避難していく中、ただ一人壇上の鞍馬さんに近づく僕。

 が、簡単に行くはずもなく。そもそもこの風は自然現象ではなく、彼女が引き起こしたつむじ風なのだ。当然、彼女の想いのまま動いている。 つまり、その場に僕しかいなくなれば、必然的にターゲッティングは僕の方に向くわけで。

「ちくしょーー。まさか、こんなバカでかい風に追いかけられる事になるなんて思いもよらなかったあああああああああああ」

 あ、駄目だこれ、死んだかも。

 そもそもリンネと出会ってから、もう普通の人生には戻れないんじゃないかなんて思ったりしていたけど、まさか、死ぬときまでこんな風に普通じゃないなんて、考えもしなかった。

 正に、僕の真後ろまでつむじ風が迫ってきたその時、予想しなかった一人の人物が、颯爽と鞍馬さんに近づきその胸倉を掴んだ。

「うぉい! 貴様! 自分の親友を傷つけておいて、何が生徒会長だ! 底が知れるぞ、鞍馬! お前、自分が偉くなったとでも思ってるのか? 全部自分の思い通りになるとでも思ってたのか? ふざけるな! 友達一人とも分かりあえない奴に、上に立つ資格なんかあるわけねーだろが!」

 イタルだ。

 どうやら、東さんを傷つけられて臨界を突破してしまったらしい。

 と言うか、あいつ、あんなに熱いやつだったのか。普段お茶らけちゃいるが、流石は御曹司。やる時はやるやつなのだ。

「… だって、だって」

 その目から一筋の涙を流し、気を失う鞍馬さん。

 と、同時に僕の後ろに張り付くように追って来ていたつむじ風は、跡形も無く消え去った。

 や、やった。何とか、助かった。

「お疲れー、嵐。今回、カッコいいとこ全部持ってかれちゃったね? でも、つむじ風に追いかけまわされるなんて本当嵐らしいよね。ぷぷっ」

 ほっとけ。どうせ僕はいつもいつもそんな役ばっかりだよ。

 僕は壇上の二人に走り寄る。

「イタル、お前どこいってたんだよ。啖呵切って僕より先に屋上から出たくせに」

「ん? ああ、あれな。あずねちゃんのあんな姿見せられてよ、一気に頭に血が上っちまったせいか、どこかに演説のメモ落としちまって」

「ずっと探してたのか? あれだけ格好つけて啖呵切って出てったのに?」

「みなまで言うなよ、恥ずかしい。まぁ、結局見つからなかったんだけどな」

「お前らしいよ、イタル。まぁ、どっちにしろこれじゃあ、演説も一時中断だろうな。一先ず彼女を保健室に連れて行こう」


 結局、会場が吹っ飛んだ事もあって、この日の演説は中止。

 一見するとただの自然現象だけに、それが鞍馬が引き起こしたものだと気づく者もおらず、鞍馬の責任問題には発展しなかったということが不幸中の幸いだったと言える。

 当然、雨守三姉妹は気が付いていただろうけど、だからといってそれをどうこう言うような先輩方ではない。

 つまり、僕の事を信頼して、処置は僕に任せてくれているということ。


          ◆


 翌日


 早朝。鞍馬さんが生徒会長候補を辞退したことで、投票が行われる事も無く、実にあっけなくイタルが新生徒会長に決まってしまった。

 実のところ、鞍馬さんの鼻は、昨日の出来事で完全にへし折れてしまったのかもしれない。

 前任である元生徒会長、影山薄子元会長の話をを聞きながら、僕は鞍馬さんと東さんの姿を探す。

 … 居た。

 昨日あれから二人に何があったのかは、僕の及び知るところではないが、二人一緒に居るところをみる限り、どうやら彼女達の仲に亀裂が入ったりはしていない様子だった。

 そんな二人に、僕はほっと胸をなでおろす。

 

 物事の幕切れなんて、案外こんなものなのかもしれない。

 僕等の選挙選は、こうして幕を閉じた。


          ◆


 放課後 屋上


「鞍馬さん、体の方は大丈夫? まさか、こんな幕切れになるなんて思ってもみなかったよ」

 鞍馬さんはどこか吹っ切れたような顔つきで空を見上げ答える。

「ええ、ワタシもよ。でもこれで良かったのよ。堅氷君の言う通り、ワタシには上に立つ資格なんて無かった。あんな力を手に入れて、ついつい思いあがってしまった。この力があれば、何でもワタシの想い通りになる、なんて思ったりしてさ。最初は、ワタシを馬鹿にしたやつらを見返してやりたいだけだった。この学校を、生徒達をワタシの思い通りにしたいだなんて、そんな邪な感情、思い上がりもいいとこよね。その力が天狗によるものだなんて、皮肉もいいところよ」

 そんな僕らのやりとりを横で聞いていたリンネがそっと鞍馬さんに語りかける。

「いい、くららちゃん。今からあなたの中に潜むその天狗の伝を完全に取り払うからね?」

「ええ、お願いするわ。ワタシにはもう必要のない力だし。こんなもの、もういらない」

 彼女のその言葉を聞き届けた後、リンネは何か唱えた後、光の弓を取り出した。

「くららちゃん。最後の仕上げよ。何があってもあたしと嵐を信じてね」

 一度だけこくりと頷く鞍馬さん。

 それと同時に矢を放つリンネ。… 矢は見事鞍馬さんに命中。

 彼女の体から黒い煙が浮かび上がる。

 天狗である。

「さぁ、嵐、いっちょ決めちゃって」

 リンネのその言葉とともに、僕の右手に鋭い痛みが走る。

 さて、今回はどんな天使子武器出てくるのか?

 僕の右手に出現した武器、それは。

 団扇だった。

 天狗だけに? それとも夏だからか?

 武器って感じは全然しないけど、ねこじゃらしなんて事もあったからな、文句は言えない。

 僕は両腕に力を入れ、思い切り団扇を振るった。

 団扇から発せられた光り輝く強風は、鞍馬を覆っていた黒い影を跡形も無く吹き飛ばした。

 うーん、気持ちのいい風だ。

「お疲れ様、嵐。これで生徒会長選挙も、天狗退治も終わったね。どう? 肩の荷が下りた気分は」

「ああ、いや、まだだよリンネ。実はまだもう一つだけ、仕事が残ってるんだ」

 そう言って僕は鞍馬さんに近寄る。

「鞍馬さん。君の中の天狗は、僕らが責任もって追い払ったから。もう安心していいよ。それと、はい、コレ。うちの馬鹿大将から」

 そう言って鞍馬さんにイタルからの手紙を渡す。

 その手紙には、汚い字ででかでかと「召集令状」と書かれていた。

「君も知っての通り、生徒会の人選は生徒会長に一任されてるんだ。君がどんな人物なのか? どんな想いを持っているのか? 今回の騒動を通じて僕らは君の事が良く分かった」

 手紙を読みながら、鞍馬さんは反論する。

「だったら、だったら、何故ワタシ何かを副会長に指名するのよ!? そんなの有りえない」

「だから、だよ。やり方はどうあれ、君が本気で生徒会長になりたかったってことは事実。そんな君にだからこそ、副生徒会長を任せたいんだ。鞍馬さんには、あんな天狗の力なんてなくても、十分副会長としてやっていけるだけの能力があると思ってるんだ。… まぁ、ぶっちゃけると、僕一人じゃあの馬鹿大将を制御する自信がなくてね。君に一緒に見張ってもらいたいんだ。勿論、君だけじゃなく東さんにも声をかけてある。彼女には、会計をやってもらおうと思ってるんだ」

 ちなみに僕は書記というポジションに落ち着いていた。

 当初、イタルのやつ僕に副会長をやれなんて無茶ぶりを振ってきたものだから、慌てた僕は鞍馬さんを推薦した。そうなると当然東さんも生徒会に入ってくれるに違いないという理由で何とかイタルを説き伏せ、こうやって彼女を勧誘している訳。

 そもそも僕は、会長や副会長なんて器じゃない。せいぜい書記か会計が妥当なところなのだ。

 二度目となる彼女の涙を見届けた後、彼女は笑顔で答える。

「いいわ、そこまで言うなら引く受けてあげる。ただし、あいつが生徒会長に向かないと判断したら、あいつの寝首をかいてワタシが代わりに生徒会長になってやるんだからね」

 そう言い放った彼女の手には、イタルの手紙とは別の紙がしっかりと握りしめられていた。

 ……あれって確か、昨日イタルが無くしたっていう演説のメモ紙? 何故かは分からないけど、彼女が持っていたらしい。

 そこにどんな内容が書かれていたのか? 今となっては、それを知るのはイタルと鞍馬さんだけ。


 なにはともあれ、副会長を無事引き受けてくれた鞍馬さん。

 御愁傷様、イタル。良かったな。


 こうして僕は、成り行き上、柄にもなく生徒会入りしてしまったわけで。

 

 これも全部、この夏の暑さのせいに違いない。そうに違いない。


 僕は、溜息を一つつき、鞍馬さんと共に生徒会室へと向かった。



END


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ