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追憶の霧、眠りの淵への道   作者: Rurusia Lulihime
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第33章:モニター裏の危機 — 教師たちのシステム奪還戦

実技試験会場のホールは、いつの間にか冷徹で先進的な実験室へと変貌していた。白く無機質なネオンが、各座席にそびえ立つ磨き上げられた金属製のデバイスに反射している。まだ魔力が覚醒していない生徒たちのほとんどは、ニューラルリンク(Neural Link)システムを介して、合成マナによって構築された「仮想世界」へとダイブせねばならなかった。


「接続デバイス、装着」


中央制御室からのアナウンスと共に、機械的な駆動音が響き、生徒全員の顳顬こめかみにデバイスがロックされた。


エンマは静かに目を閉じ、神経系に流れ込む微弱な電流を感じ取った。一瞬の暗転の後、視界は眩い光に塗りつぶされる。気がつくと、彼は崩壊した都市の中心に立っていた。風が砂埃と焦げた匂いを運び、鼻腔を突く。瓦礫を踏みしめる靴底の感触は、恐ろしいほどにリアルだった。視覚、聴覚、嗅覚、そして痛み――それらすべてが99.99%の精度で再現されたシミュレーション世界。


この世界では、全員に全く同量の「基本マナ」が与えられる。しかし、それは形のない未加工のエネルギーに過ぎない。それを盾や炎、あるいは治癒魔法へと変換するには、座学で学んだ「公式構造フォーミュラ」を正確に、かつ精密に脳内で描き出す「イメージ力」が不可欠だった。


「脳波を一定に保たなきゃ……」


出現ポイントでサエルは自分に言い聞かせるように呟いた。彼女はマナを小さな氷の結晶へと変えるべく、精神の中で回路を構築し始める。


だが、この極限のリアリティには代償が伴う。仮想世界で火に焼かれ、刃に裂かれれば、脳は現実に痛みを感じる物質を分泌する。現実の肉体に傷はつかずとも、その痛みは精神を粉砕し、ショック死を招くことさえあるのだ。


「うっ……熱い……脳が……っ!」


近くにいた生徒の一人が膝をついた。自分の処理能力を超えた複雑な「大爆発魔法エクスプロージョン」を無理に構築しようとした結果、脳がオーバーヒートを起こす「ブレイン・ヒート(Brain Heat)」に陥ったのだ。


彼の視界はノイズで歪み、感覚に「ラグ」が生じ始める。仮想体の動きがぎこちなくなったのと同時に、現実世界の彼の鼻から鮮血が滴り落ち、制服を汚した。


「警告! 第4試験区にノイズを感知!」


制御室の技術兵が悲鳴のような声を上げた。それは、自動ログアウトのプロトコルが機能不全に陥ったことを意味する。もし仮想世界で敵に拷問を受ければ、生徒たちは試験終了まで逃げることもできず、永遠に近い苦痛のループに閉じ込められることになる。


システムの採点基準は冷酷かつ鋭利だ。最小のマナで最大の成果を出した者を称えるよう、徹底的にプログラムされていた。


巨大な仮想魔獣と対峙したエンマは、派手な大魔法を放つ代わりに、ただ静かに目を閉じ、イメージを極限まで固定した。彼が消費したのは、指先ほどのわずかなマナ。それを超高密度に圧縮し、一本の「極小の氷針」へと変えた。


――シュッ!


氷針は魔獣の急所を正確に貫き、巨体は一瞬でデータの塵へと霧散した。システムに表示されたマナ消費量は底辺を這っているが、効率スコアは黄金色の最高値を叩き出している。


「そんなに難しくもないな」


エンマは淡い口調で漏らした。仮想世界の時計は非情にも進み続ける。


三時間が経過し、本来なら試験終了を告げるチャイムが鳴り響くはずだった。しかし、起きたのは血のように赤いサイレンの絶叫だった。オペレーターのホログラム画面は漆黒に染まり、鈍い黄金色の次元の裂け目のような紋章が浮かび上がる。


『外部からの干渉を確認……ログアウト不能! セキュリティ・プロトコル、停止!』


システムAIの音声が途切れ途切れに響く。崩壊していた都市はさらにその惨状を増し、空は血の色に変貌。瓦礫はドロドロとした溶岩へと溶け出した。かつてはデジタルデータに過ぎなかった魔獣たちは「進化」を遂げ、エンマたちがかつて霊廟で遭遇した化け物に近い姿へと変異していく。


「くっ……みんな、下がって!」


ケーレンが叫ぶ。仮想世界における彼女の身体から、青い電光が激しく弾けた。


現実の座席に座るケーレンの身体は激しく震え、鼻血が糸を引いて流れている。だが、ニューラルリンクの下にある瞳は戦士の闘志で燃え盛っていた。彼女こそがグループの中で最も「合成マナ」に対し、限界を超えた過剰な反応を見せていたのだ。


三体の刃の翼を持つ巨獣が、三方向からケーレンを強襲する。


「ヘヴィメタル・ストラクチャー:タイタンズ・ラース(重金属構成:巨人の憤怒)!」


システムから与えられた微々たるマナを極限まで絞り出し、超高密度に圧縮。彼女の両腕に巨大な鋼鉄の戦棍ガントレットを形成した。ケーレンが踏み込むと、仮想世界は激しいラグを起こし、大地は粉々に砕け散る。


ドォォォン!


右拳が一体目の魔獣の胸を粉砕した。衝撃があまりに強すぎて、魔獣のデータコードが引き裂かれ、黒い血がケーレンの顔を濡らす。溶岩の熱が仮想の肌を焼き、脳には最大レベルの苦痛信号が送られる。


「アアアアアアッ!」


ケーレンは絶叫しながらも止まらない。左の拳が二体目の顎をかち上げ、その頭部を光の粒子へと変えた。


「ケーレン! やめて! 脳がもたないわ!」


サエルが遠くから叫ぶが、通信は遮断されている。ケーレンの耳に届くのは、ドラムのように激しく打ち鳴らされる自身の鼓動だけだった。


第二陣として現れたのは、神経信号を乱す「シャドウ・ビースト」だ。それはケーレンに「自分の腕が切断される」という幻覚を見せた。耐え難い激痛が脳幹を直撃する。


「腕が……私の腕が……っ」


ケーレンの動きが止まる。現実世界の彼女は痙攣を始め、心拍数は毎分180回へと跳ね上がった。


「ゲームのことなら任せてよ。アルティメット・バースト:ハート・オブ・ジ・アンブロークン!」


ルリヒメの体から黄金のマナ衝撃波が放たれ、半径500メートル以内の魔獣をなぎ払った。シャドウ・ビーストは霧散し、幻覚が解けると、ケーレンの腕も元通りに再生されていた。


だが、魔獣が消えた瞬間、血塗られた空はさらに大きく裂けた。凄まじい引力が周囲のデータを飲み込み始め、高層ビルは不気味な肉の渦へとねじ曲がっていく。


ケーレンは熱を帯びた石畳に膝をついた。仮想体は激しく震え、鋼鉄のガントレットを作った腕には肩まで亀裂が走っている。合成マナの青い光は、切れかけの電球のように明滅していた。現実の彼女は滝のような汗にまみれ、長い髪が蒼白な顔に張り付いている。


「まだ……終わってないの……」


ケーレンは奥歯を噛み締め、立ち上がろうとする。だがブレイン・ヒートが彼女の五感を焼き、指一本動かすことを許さない。


「ケーレン! もういい!」


次元の裂け目を突き破り、エンマの声が響いた。彼は間一髪で彼女の体を支える。続いて、サエル、ソフィア、カナタもまた、脳波を一つのネットワークとして繋ぎ合わせるという「禁じ手」を使い、この危険地帯へと突入してきた。


「ソフィア、カナタ! ケーレンを安全なポイントまで運んでくれ!」


エンマは鋭い声で指示を飛ばす。「ルリヒメ! お前は出口を探せ。そして、こいつを全力で介抱してやってくれ!」


ルリヒメは抱えていたイチゴミルクのパックを強く握りしめ、おろおろと狼狽えた。「りょ、了解!……って、出口なんてどうすればいいのよ! とりあえず病人のお世話ね。応急処置の授業なら受けたことあるし、そんなに難しくないはず……!」


だが、実際のルリヒメは看病のいろはも知らなかった! 彼女は気絶したケーレンの耳元で「大丈夫? 生きてる?」とひたすら喋り続け、右往左往する。ルリヒメの喧しい声は、ケーレンの意識の底で最高に疎ましいバックグラウンドミュージックとなった。


仮想世界が「コア・グリッチ(Core Glitch)」との衝突で加熱する一方、試験棟の「中央制御室」も負けず劣らずの危機に瀕していた。鼓膜を突き破らんばかりの警報音と共に、赤いライトが激しく点滅している。


「学園長! エンマたちのニューラルリンクのパラメーターがロックされています! 切断できません!」


技術担当の教師がキーボードを凄まじい勢いで叩き、絶叫した。「セキュリティ・プロトコル、100%沈黙しています!」


そこへ踏み込んできた担任教師は、巨大なホログラムに映し出されたケーレンの脳波グラフが、不吉な濃紫色に染まっているのを凝視した。ステータス欄には「Critical Brain Heat(致命的脳過熱)」の警告が明滅している。


「どけ! 私がやる!」


担任は技術兵を突き飛ばしてメインコンソールに座った。その瞳には冷徹なまでの鋭さが宿る。「我が校のサーバーに干渉するとは……いい度胸だ。お前ら、こいつらの正体をすぐに突き止めろ」


新たな敵、システムのエラーから生まれた異形「コア・グリッチ」が次元の裂け目から溢れ出す。それは形を自在に変える黒い物質であり、周囲に破滅的なノイズを撒き散らしていた。


「あいつ、私たちの存在データそのものを消そうとしてるわ! 成功したら私たちは間違いなく死ぬ!」


ソフィアが叫びながら、空中に魔法回路のパネルを展開した。「私がアルゴリズムを解析する。サエル、弱点を見つけたらすぐに凍らせて!」


「了解しました!」


サエルは目を閉じ、脳波を極限まで安定させる。彼女が作り出したのは巨大な嵐ではなく、数百万本の「原子レベルの氷針」。それが彼女の周囲を静かに旋回する。


カナタがイメージで形作られた光の剣を手に、地を蹴った。「私が注意を引く! エンマ……トドメを刺して!」


制御室のモニターには、担任のアクセスを阻もうとする黒い炎の壁が映し出されていた。彼がハッキングを仕掛けるたびに、ウイルスは新たな障壁を生成する。それはプログラマー同士の、一瞬の油断も許されない知恵比べだった。


「先生! 生徒の心拍数が190を超えました! 急がないと、彼女の脳が本当に死んでしまいます!」


「黙って予備エネルギーを私に回せ!」


担任が怒鳴りつけた。「教え子を試験会場で死なせるような真似は、死んでもさせん!」


戦いは苛烈を極めた。カナタが影のように動き、黒い塊を切り裂く。それが再生しようとするたびに、ソフィアが指定した「コードの欠陥」へサエルが氷針を打ち込み、形状維持を阻害する。


そして、エンマが天に手を掲げた。周囲の合成マナが彼の手元に収束し、小さな特異点ブラックホールを形成する。「パラドックス・イレイザー(矛盾抹消者)!」


サブモニターでエンマの動きを見た担任は、小さく口角を上げた。「あのガキ……内部からシステムをシャットダウンさせる気か。無茶苦茶やりやがって……だが、それしか道はない。お前たちが代償を恐れないなら、教師の私が日和っている場合じゃないな」


彼は即座にプランを変更した。接続を切るのではなく、エンマのシャットダウンを支援するための「データ高速道路」を構築する。崩壊するシステムの中に「ホワイト・ホール」を作り出し、暴走した合成マナが脳ではなく中央処理装置(CPU)へと逆流するように最後のコードを打ち込んだ。


――フッ。


視界のすべてを飲み込む白い光が炸裂した。次元の裂け目は卓越したイメージ力によって縫い合わされ、コア・グリッチはコンピュータコードの悲鳴を上げながら消滅した。


試験座席に座っていた生徒たちが、一斉に飛び起きた。全員の体は激しく震え、明らかなブレイン・ヒートの症状が出ていた。


ケーレンがゆっくりと目を開ける。瞳にはまだ痛みの残滓があったが、彼女は堪らずに毒づいた。


「……うるさすぎ。仮想世界の中にまで……ずっと文句を言いに来るとか。……ごめん、みんな。迷惑かけたわね。……私も少しは、役に立ちたかっただけなのよ」


「あ! 起きた! 本当に起きたわ!」


ルリヒメがぴょんぴょんと跳ね回る。「見た? 私のマシンガントークはどんな病気も治しちゃうんだから!」


担任教師は焦げた袖を気にすることもなく、椅子の背もたれに体を預けて荒い息を吐いた。額の汗を拭い、彼は正常に戻ったモニターを見つめる。そこには、エンマたちがようやく動き出そうとする姿があった。


「危ないところだった……」


彼がそう呟いた、その時だった。


平穏が戻るはずの会場に、数十人の男たちが突如として姿を現した。それは、列車の中でエンマたちに返り討ちに遭ったはずの、あの強盗団だった。


「ケッ、ルシファー様々だぜ! 俺たちをブタ箱から引きずり出してくれた挙句、こんな力まで授けてくださるとはよぉ……。おまけに、ガキどもは揃いも揃ってボロ雑巾ときた。最高の御膳立てじゃねぇか、あぁん!?」



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