第29章:始まりの味の聖典、そしてネタに隠された暗号
高校の昼休み。今日の空気はいつもより重苦しく、どこか奇妙だった。6人は校舎裏、鳳凰木の影にある長いベンチに集まっていた。そこはサッカー場の中央で「発光」している校長の噂に興じる生徒たちの目から隠れられる、数少ない場所だった。
エンマは無表情にトレイを置いたが、その瞳には思索の光が宿っていた。サエルは隣に座り、深く長い溜息をつく。試験中の霊的な重圧による疲労で、食事を口に運ぶ力さえ残っていないようだった。
「最後の一問……」エンマが低い声で切り出した。「みんなも同じ問題を見たか?」
「ええ……魔法の源流たる『神なる存在』についての問題。分からなすぎて飛ばしたわ」ソフィアがタブレットを開き、世界中のデータベースを操作しながら答える。「試験後、世界議会のデジタルアーカイブや、禁書の集まるダークウェブまで調べたけれど、そんな存在の名前はどこにも記録されていなかった」
「私の頭も真っ白になったわ」サエルが認める。「あの問題を見た瞬間、絶望感に襲われて……諦めて他の問題を解くしかなかった」
「ふん! あんたたち、本当に甘いわね!」
(ズズズッ……!)
力強いストローの音が会話に割り込んだ。
ルリヒメはベンチに背を預け、不遜な態度で空を見上げている。手には半分ほど減ったイチゴミルクのパック。「こんな簡単なこと、どうして分からないのかしら。グループの『頭脳担当』を自称しておきながら、一番純粋な真実を見落とすなんて」
「……まさか答えたのか? ルリちゃん」隣でパンを齧っていたカナタが眉をひそめる。「全問マークシートの勘で解いたあんたが、その謎の答えを知っていると?」
ルリヒメは鼻で笑った。彼女はイチゴミルクを、妙に神聖な所作でテーブルに置くと、まるで万物の真理を悟った賢者のような口調で語り始めた。
「いい、あんたたち。よく聞きなさい。始まりの聖典の伝承によれば……大罪が消滅してから12億年後のこと。イチゴの味すら存在しない暗黒の虚無の中、静寂の中から最初の神が誕生した。それは比類なき甘みと香りの本質……その名は**『ストロベリー』**」
ソフィアの眉間にシワが寄る。キーを叩く手が止まった。
「ストロベリーは色彩に満ちた世界を創り、聖なるイチゴ園に住まう者として『ショタ』と『ロリ』を創り出した」ルリヒメは深い眼差しで続けた。「ストロベリーは彼らに自由を与え、園のどの果実を食べて命を繋いでもよいと命じた。ただし、たった一本の木を除いてね……。それは『美味しさの樹』。ストロベリーは警告した。もしその実を口にすれば、彼らは死ぬことになると」
テーブルの空気が凍りついた。それは敬虔な静寂ではなく、あまりの内容の「ガワ(ネタ)」っぷりへの困惑だった。
「ある日のこと……ロリはその樹のそばを通りかかり、立ち止まって見つめた」ルリヒメは身振り手振りを加える。「彼女は輝く真っ赤な実を見た。園の何よりも美味しそうで、力強く、価値があるように見えた。好奇心に駆られた一人のロリがその実を口にすると、それは至高の美的体験だった。彼女はその実を、共にいたショタたちにも分け与えたの」
「それを食べた瞬間……」ルリヒメは間を置いた。声が低くなる。「ロリとショタたちの目は、見開かれた(輝きだした)」
「輝いたって……悟りを開いたってこと?」ケレンが疑問を差し挟む。
「あんたたちが考えるような超能力的な意味じゃないわ!」ルリヒメが答える。「ストロベリーの力の一部を手に入れたけれど、最も重要なのは、彼らが宇宙の歴史上初めて**『美味しさ』**を認識したことよ! これまでは生きるために食べていただけ。けれどその実は、本当の『味』を彼らに教えたの」
「そして強欲が始まった……」ルリヒメは忌々しげな顔をした。「その味があまりに素晴らしすぎたために、二人は『美味しさの樹』のイチゴを瞬く間に食い尽くしてしまった。それによってストロベリー神の力の源だった実はすべて消え去り、神は一瞬にしてその力を失った。ストロベリーは神としての地位を失い、今私たちが目にしているような、宇宙中で愛されるただの果物になり下がったのよ!」
長い演説を終え、ルリヒメは何食わぬ顔でイチゴミルクを啜り直した。残された5人は、しばらくの間、石像のように固まっていた。
「……ええと、新しい知識ね」ソフィアが正気を取り戻して口を開く。「人間としての敬意を持って聞くけれど……ルリちゃん、それをどこで学んだの? 教科書? 石碑? それとも、糖分の摂りすぎで見た夢?」
「ふん! そんなもの、人間の安っぽい図書館に記録されてるわけないじゃない」ルリヒメは髪をなびかせた。「それは、ストロベリーを信奉する真のロリの**『DNA』**に刻まれているのよ!」
「……まあ、話としては安っぽいファンタジー小説みたいでガワすぎるけど」カナタが胸に手を当てて言った。「これ、実は本当の話なんだ。俺も以前、闇の教会から脱走した司祭の手記で、この伝承の断片を見たことがある。その神の名は**『ストロベリー・カミ(イチゴ神)』**。名前はふざけてるけど、象徴学的には『人間の根源的な欲求によって、至高の権威が失墜した』ことを意味している」
「……肯定するのか?」エンマが厳しい視線をカナタに向ける。「あの最後の一問の答えが『イチゴ神』だと言いたいのか? 本気か……世界が日に日に狂っていくな。信じたくもないが、歴史バカのお前が言うなら……」
エンマは情報を処理し始める。「もし魔法が、食べられた神の欠片なのだとしたら、魔法を使う人間は全員、神の肉を盗んだショタとロリの末裔ということになるのか?」
「ルリヒメの話には一つ、気になる点があるわ」サエルが分析する。「どうして、ロリとショタに例えられているのかしら」
「そうね、サエル……って、あんたフォーカスするところそこなの!?」ソフィアが突っ込む。「まあいいわ……。もしストロベリーが宇宙に分散した普通の果実になったのなら、神の源流は数百万の欠片に分割されたということ。それをすべて集めれば、最初の神の力を取り戻せる……。まあ、不可能でしょうけど」
「最初はプラトン、次はイチゴ。歴史がめちゃくちゃに混ざり合ってきたな」ケレンが呟く。
「あー、深刻に考えすぎよ!」ルリヒメが不満げに言った。「私の輝かしいランチタイムが暗くなるじゃない。だから……いただくわね!」
ルリヒメの腕が閃光のように動き、カナタの皿のステーキを奪って口に放り込んだ。
「おい! ルリヒメ! このロリ! クソガキ! 何しやがる、俺の昼飯だぞ!」カナタが激昂する。
ルリヒメは答えず、ただ不敵な笑みを浮かべてイチゴミルクの底を見せた。そこには『天界の真実の味』と書かれていた。「無視しないでよ、このバカ女……」
カナタはこめかみに青筋を立て、皿から消えたステーキを、二度と戻らぬ親友を悼むように見つめた。「今すぐ吐き出せ、ルリヒメ!」
ルリヒメはどこ吹く風で肉を咀嚼し、五つ星レストランの料理を堪能したかのように満足げな溜息をついた。
「うーん、今日のステーキは焼き加減が最高ね。ストロベリー創世記の講義料として受け取っておくわ」
「誰が聞きたいって言ったよ!」カナタが叫ぶ。「それに何で講義料が俺の昼飯なんだ!」
向かい側のケレンが苦笑した。「正直に言うよ、カナタ。さっきのエンターテインメント料と思えば……ステーキ一枚くらい安いもんじゃないか?」
「お前までロリの味方かよ!」
「僕はただ、事実を報告しているだけさ」
タブレットを操作していたソフィアがゆっくりと顔を上げた。「論理的に言えば、あれだけの長話をすれば脳のエネルギー消費は激しい。ルリヒメはタンパク質の補給を必要としていたのでしょう」
「ソフィア、お前まで!」
サエルは笑いを堪えきれず、手を口に当てた。「少なくとも、デザートまで奪われなかっただけマシよ」
「それは俺がまだ食べてないからだ! ……普段から生意気だけど、ロリータさんが来てからさらに磨きがかかったな。何でみんな、何事もなかったみたいに振る舞えるんだよ。いつものお前らなら、もっと……」
カナタはトレイのプリンを、宝物のように抱え込んだ。
ルリヒメがそのプリンを意味深に見つめる。
カナタは即座に後退した。「……考えるなよ」
「ふん、怖いわね」ルリヒメは肩をすくめ、ストローを吸った。「私を食糧泥棒の悪魔みたいに言わないで」
沈黙を守っていたエンマが小さく溜息をつき、箸で自分の皿の卵焼きを半分に切ってカナタに差し出した。
「ほら」
カナタが目を丸くする。「え?」
「午後、空腹のあまり腹を鳴らされたら試験室で迷惑だ」エンマが淡々と言う。
カナタはオーバーなほど感激した表情でそれを受け取った。「エンマ……お前こそが真の友だ……」
「命を救ったような顔をするな」
ルリヒメはその光景を見て鼻で笑った。「仲が良いことね。土曜の夜には、悪魔に粉々にされかけていたっていうのに」
その一言で、テーブルが静まり返った。
サエルがフォークでご飯を弄ぶ。「そう聞くと、あの夜の出来事が嘘みたいね」
「ああ」ケレンが頷く。「今、僕たちはステーキ一枚で言い争っている」
ソフィアが呟く。「おそらく……これこそが、最も『普通』なことなのよ」
鳳凰木の葉が風に揺れ、サッカー場から生徒たちの声が届く。
ルリヒメは満足げにベンチに寄りかかり、空になったイチゴミルクを見つめた。
「あーあ、なくなっちゃった」
カナタが即座に警戒する。「こっちを見るなよ。もう何もやらないからな」
「誰が頼むって言ったのよ」ルリヒメが悪戯っぽく笑う。
彼女は手を伸ばし、彼の皿のフォークを奪った。
「おい!」
ルリヒメは残っていたフライドポテトを涼しい顔で口に運んだ。
カナタはついに机に突っ伏した。
「もういい……この世界、生きづらすぎる……」
ケレンが静かに笑い、ソフィアは騒ぎから逃れるように画面をスクロールし続ける。
サエルはしばらく仲間たちの顔を見つめていたが、やがて静かに語り出した。
「……そうね。もしあの時、私たちが好奇心を出さず、ロリータさんを問い詰めなければ、何も知らずに済んだのかもしれない。正直……知らない方が幸せだったのかもしれないって、思うこともあるわ」
風が鳳凰木の葉を優しく揺らす。その言葉に、全員が動きを止めた。
エンマが静かに箸を置いた。「問い詰めなければ、僕たちは今も、世界が平凡なままだと思い込んでいたはずだ」
「それが、何かいけないこと?」サエルは肩をすくめた。「普通の高校生として、朝起きて、学校へ行き、試験を受け、昼休みには食べ物のことで言い合う。そして家に帰る。それほど悪い生活じゃないわ」
カナタが机から顔を上げた。「まるで、パンドラの箱を開けちまったみたいだな」
「ええ、そんな感じ」サエルが答える。「あの夜以来、私たちの日常はもう、元通りじゃない」
ソフィアが顔を上げずに呟く。「新しい情報には、常に支払うべき対価があるものよ」
「真剣すぎるよ」ケレンが笑った。「最初は知りたくなかったけれど、よく考えれば知るべきことだったんだ。正直に言えば、時間を戻せても、僕はもっと早く知りたかったと思うよ」
サエルが眉を上げた。「そう?」
「当然さ」ケレンが答える。「少なくとも、人生が退屈じゃなくなった。……そういうことだろう?」
ストローで遊んでいたルリヒメが顔を上げた。「そうそう! これを知らなきゃ、今頃私たちはあの地獄みたいな数学の宿題の文句でも言ってたわよ。あの問題作成者、絶対悪魔の変装だわ。一度も遅刻も欠席もしないし、授業延長は当たり前なんだから」
カナタが溜息をつく。「……俺は、宿題の文句を言う生活の方が良かったよ、正直なところ」
全員が小さく笑った。
エンマは一人一人の顔を見渡し、冷静に告げた。
「……知りたくなかったとしても、もう遅い。変わってしまったものは、二度と元には戻せないから」
その言葉が、再びテーブルを静寂で包む。
ルリヒメが空のパックの中でストローを回した。「そうね。頭の痛いことはもうやめましょう。頭が爆発しそうよ。昼休みが終われば家に帰れるし、初日の8科目も終わるわ」
サエルはベンチに背を預け、木々の向こうに広がる青い空を見上げた。
「知ってしまった以上、もう二度と元には戻れない……。みんな、前と同じように振る舞おうとしているけれど、それはどこか無理をしていて、自然じゃないわね」




