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追憶の霧、眠りの淵への道   作者: Rurusia Lulihime
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第27章:銀翼の女神降臨――ミカエル対融合魔獣

廃墓地の空気は再び臨界点へと達した。ロリータに粉砕されたはずの異形たちの死骸が、突如として痙攣し、耳をつんざく金切り声を上げたのだ。飛び散った黒い組織が磁石のように引き合い、混ざり合い、溶け合いながら、神の逆鱗に触れた心臓のように脈動する巨大な肉塊へと変貌していくต์


瞬く間に、天を突くほどの巨大な**「融合魔獣」**が誕生した。そのマナは島周囲の領界を歪めるほど強大で、意識を取り戻しかけたロリータはその圧に耐えきれず再び昏倒した。エンマが彼女を抱きかかえる中、魔獣は島一つを消し去らんばかりの破壊力を秘めた拳を天へと突き上げた。


「終わったの……?」ソフィアがビーチを覆う巨大な影を見上げ、絶望に声を震わせた。


しかし――。


黄金の次元の裂け目が、絹を引き裂くように滑らかに開いた。白地に金の縁取りがなされた法衣を纏う女性が、一瞬で闇を払う光の中から歩み出た。ミカエル。その琥珀色の瞳は、氷のように冷たく、微塵の揺らぎもない。


「古の魔術より生じし魔物。正しき方法で滅ぼさぬ限り、勝利はない。肉体、魂、精神、あるいは存在……それらを壊すことでは足りぬ。現在いまから消し去られた深淵にあるもの、すなわち『概念』を断て。ゆめゆめ忘れるな」


融合魔獣は地響きのような咆哮を上げ、その肉体から数十本の巨大な腕を触手のように伸ばし、全方位からミカエルを強襲した。腕の先は高速回転する生体ブレードへと変じ、空気を切り裂く音は巨大な鋸が次元を削るかのごとく鋭く響く。


ミカエルが虚空を一度踏むと、彼女の姿はかき消えた。残されたのは線のような次元の亀裂のみ。次の刹那、彼女は魔獣の頭上に現れていた。抜き身の剣が月光を浴びて銀色に輝き、垂直に一閃。巨大な肉塊を肩から胸まで一刀両断にする。だが、斬られた断面は千の生物が悶えるようにのたうち回り、瞬時に癒着・再生した。


魔獣は胴体中央の四裂した口を開き、紫黒色のエネルギー波を至近距離から放った。爆風がミカエルを光の線となって弾き飛ばし、墓地の地面に巨大な溝を刻む。しかし、彼女は空中で優雅に身を翻し、六枚の銀翼を羽ばたかせて慣性を完全に無視して停止した。


「再生速度……なるほど、高い部類に入るようね」ミカエルが淡々と呟く。魔獣は応じるように全身に百の口を開け、呪いの光弾を嵐のように降らせた。ミカエルの剣が描く聖なる軌跡がそれらを迎撃し、空中では絶え間ない魔力の爆発が連鎖する。その衝撃波は気絶しているロリータの体を、古のマナの共鳴に反応させるかのように小さく震わせた。


魔獣が地を踏みしめると、大地が持ち上がり、数十の石柱が宙を舞った。それらは圧縮され、無数の鋭い礫となってミカエルへと殺到する。ミカエルが腕を軽くかざすと、彼女を中心に薄い銀色の円環が広がった。触れた礫はすべて塵へと帰し、彼女の肌に届くことすらなかった。


間髪入れず、ミカエルは次元を折り畳むほどの速度で肉薄した。一呼吸の間に十合以上の斬撃を浴びせ、巨大な腕を次々と切り落とす。黒い血が霧となって舞うが、切り離された肉は空中で蠢き、瞬く間に本体へと回帰する。魔獣は嘲笑うかのように咆哮し、胸の中央に漆黒のマナの核を露出させた。次元構造そのものを崩壊させるほどの高密度エネルギーが一点に凝縮される。


「危ない――!!」エンマが叫ぶ。


魔獣の核から放たれたのは、破壊の光ではなく、**「存在の消去」**を司る呪光だった。大地は削れ、空には長い裂け目が走る。ミカエルは剣を掲げ、銀色の十字の盾を展開した。衝撃に六枚の翼が震え、彼女の体は数百メートル後退させられたが、その表情には初めて微かな重圧が浮かんだ。


魔獣は両腕を掲げ、全身の肉を腕へと集束させ、二本の巨大な生体大剣を形成した。同時に振り下ろされた呪いの雷撃が、空中で黒い十字を描く。ミカエルがそれを受け止めると、神の金属と悪魔の牙が衝突したかのような轟音が響き、墓地は同心円状に陥没した。衝突が収まる刹那、ミカエルは一歩退き、静かに目を閉じた。


世界が静まり返る。彼女の周囲の光が凝縮され、剣先に純粋な銀色の輝きが収束していく。魔獣は制御不能な恐怖に震え、咆哮は怯えた獣の悲鳴へと変わった。ミカエルが目を見開く。その琥珀色の瞳は終焉を映していた。


「……遊びは、ここまでにしましょう」


魔獣が最後の呪光を放つが、彼女が指先を振るうだけで、聖なる障壁がその破壊エネルギーを屈折させ、霧散させた。


ミカエルはレーザー光のごとき速度で突進した。抜き身の剣が空をなぞり、魔獣の肉を微塵に切り刻む衝撃波を発生させる。再生が追いつかぬほどの猛攻。次元の限界を超えた攻防により、エメラルド・ヴィラが崩壊しそうなほどの大地鳴動が起きた。


「すごい……均衡を超えているわ……」ソフィアが冷や汗を流しながら分析する。「あの怪物のマナは死者の魂を糧にした無限。対してあの人は……私たちの世界の知恵を、いえ、この時代を超越した力を使っている」


ミカエルは顔をかすめる毒爪を紙一重で回避し、折れた石柱の頂上に着地した。狂乱する魔獣を見下ろし、彼女はゆっくりと宙へ浮き上がる。周囲の光はさらに収縮し、宇宙の構造さえも軋ませるほどの超高密度エネルギーへと変わる。


「実に、失望したわ……」ミカエルの声が、その場にいる全員の魂に響き渡る。「これにて……終幕としましょう」


彼女が獲物を頭上に掲げると、六枚の銀翼が月を隠すほどに広がり、島の周囲の海面が時間が止まったかのように静止した。


「グランド・クロス:エターナル・レクイエム(大十字:永劫の鎮魂歌)!」


ミカエルが巨大な十字の軌跡を描いて剣を振り下ろした。純粋な白光が魔獣の胴体を貫き、その力は肉体だけでなく、黒いマナの構造、さらにはその存在の深淵までもを虚無へと還元していく。断末魔を上げる暇もなく、その巨躯は夜の雪のように降り注ぐ白い光の粒子へと崩れ去り、完全に消滅した。


光が収まり、静寂が戻った。ミカエルは静かに草原へと降り立ち、計り知れない眼差しでエンマたちを振り返った。


「安全よ」彼女は短く告げ、特にエンマと視線を合わせた。「真の戦いは……これから始まる。心の闇に、内なる光を負けさせてはならないわ」


夜風が廃墓地を吹き抜け、焦げた魔力の残香を運ぶ。月光に照らされた銀髪のミカエルは、静謐そのものだった。


ルリヒメは勇気を振り絞り、エンマの後ろから二歩前へ出ると、礼儀正しく小首を傾げた。「ミカエルお姉ちゃん……どうしてここに?」


ミカエルはかすかに微笑んだ。「ちょうど、近くを通りかかっただけよ」市場へ行く途中に立ち寄ったかのような気軽さだ。「少し騒がしい音が聞こえたから、様子を見に来たの」


ルリヒメは絶句し、苦笑いを漏らした。「お姉ちゃんの『少し』って……島が消えかけるレベルなんですけど」


ミカエルは少し照れたように視線を逸らした。「……悪かったわね」


ロリータを抱えるエンマが歩み寄る。「ルリヒメ、お前……この女性と知り合いなのか?」その声には明らかな警戒が混じっていた。


「知り合いどころか、一緒にゲームをしたこともあるわよ! 私が勝ったけどね、天才だから!」ルリヒメは誇らしげに胸を張る。


「そうか……怪我はないな?」エンマはミカエルを信用しきれない眼差しで見つめる。


「致命傷ではないわ」ミカエルは一瞬でロリータの状態を見抜いた。「マナの限界を大幅に超えただけ。一晩休めば回復するわ。……目が覚めてすぐに起き上がらせないように。立ちくらみがするでしょうから」


「俺が言っているのは、『あなた』のことだ……」エンマが冷徹な声で応じる。


「心配いらないわ、私は……これっぽっちも、何ともないから」ミカエルは平然と答え、横目でエンマを捉えた。


ルリヒメは安堵して頷いた。「よかった……また変な治療が必要になるかと思ったわ。ロリータってば、いつも他人の足を引っ張るんだから」


ミカエルは静かに首を振った。「水と温かい食事、そして十分な睡眠。それだけでいいわ」彼女は破壊し尽くされた墓地を見渡し、小さく溜息をついた。「けれど、今夜の宿は……変えたほうが良さそうね」


ソフィアが背後で呟く。「ここで野宿するのは、さすがに風情がなさすぎるわね……」


張り詰めていた空気が、解かれた糸のように緩んでいく。


ルリヒメが興味津々に尋ねた。「お姉ちゃんは……これからどこへ行くの?」


ミカエルは少し考え、短く答えた。「元の場所へ戻るわ。確かめなければならないことがあるの。……あなたは、今日は疲れたでしょう?」


ルリヒメは一瞬驚き、満面の笑みを浮かべた。「疲れました! でも、ロリータ以外はみんな無事でよかったです!」


ミカエルは、いつになく穏やかな微笑みを浮かべた。「そう。なら、よかった」


サエルが思い出したように咳払いをした。「それなら……移動する前に、もう少し安全な場所を探すべきですね」


「ええ」ミカエルは頷いた。「東の海岸へもう少し行けば、風避けになる岩場があるわ。そこなら休める」


ルリヒメの目が輝いた。「じゃあ、ロリータが起きたら何か食べましょう! 朝からほとんど何も食べてないんですもの!」


そのあまりに日常的な言葉に、全員が思わず顔を見合わせて笑った。しかし、ミカエルだけは冷徹な眼差しを崩さない。「……それは無理ね。ロリータが目覚めた時、私がいるのは良くないわ。数日前に喧嘩をしたばかりでしょう?」


そう言い残すと、ミカエルは夜の闇に溶けるように姿を消した。

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