第25章:終末の滅界大魔法、冥府最後の王が座す火炎の玉座 —— 地獄からの謀略「真なるミカエルの覚醒」
廃墟となった墓地の上空で、大気がねじれ、陽炎のような熱波がゆらめき始めた。周囲の空気は、まるで見えない鉄の壁に押しつぶされるかのように重苦しい。5キロ先の大灯台の頂上には、一人の謎の男が風に抗うように毅然と立っていた。彼は手にした槍を固く握りしめ、数万の悪魔の囁きにも似た古の詠唱を口にし始める。
「砕け散れ……我が影の底で」
詠唱が終わると同時に、巨大な血色の魔法陣がまたたく間に空を覆い尽くした。半径3キロに及ぶその陣は月光を遮り、地上を真っ赤な絶望の色で染め上げる。墓地は悲鳴を上げるように震え、数百年の風雪に耐えた石の墓標はひび割れ、塵となって崩れ去った。周囲の木々は炎もないのに一瞬で枯れ果て、焼き尽くされる。森の獣たちは悲痛な叫びを上げ、忍び寄る闇の中へと次々に消えていった。
「この世界の連中も、随分と弱くなったものだな……」青い瞳に冷徹な光を宿した黒衣の男は、愉悦に浸るような笑みを浮かべた。「だが、好都合だ。我が悪魔軍団が蹂躙しやすくなる」
ロリータは頭上で極限まで高まる大魔法を見上げ、その圧倒的なプレッシャーに肌が焼けるような痛みを感じていた。「まずいわ、防御が間に合わない……。範囲が広すぎる、サエルたちまで巻き込まれるわ!」魔法陣の中核が眩い光を放った次の瞬間、血色の破滅の光線が空から放たれた。それは光速をも超える、一瞬の刹那の出来事だった。
「ロリーターーーッ!」ルリヒメが喉を引き裂くような悲鳴を上げ、恐怖に目を見開く。
しかし、破滅の光がロリータに触れる寸前――ギィィィィンッ!
血に染まった空を切り裂くように、純白の黄金の閃光が降り注いだ。その力はあまりにも神聖で強大であり、周囲の空間そのものを震わせた。血色の魔法陣と激突した衝撃波は、断崖の瓦礫や塵を凄まじい勢いで吹き飛ばす。謎の力によって軌道を逸らされた破壊の奔流は、遥か彼方の無人の断崖へと叩きつけられた。
ドォォォォォォンッ!
爆発の余波で山一つが跡形もなく消え去り、数百キロ先からも視認できるほどの光の中で塵と化した。地震のような激震が走り、カナタたちは地面に激しく叩きつけられる。
灯台の上の男は、怒りで血管を浮き上がらせ、顔を真っ赤に染めた。「ミカエル……貴様か! またしても邪魔を……!」彼は震える声で叫んだ。「くそっ! これ以上留まれば捕らえられる。撤退だ!」
謎の男は槍を一振りし、目の前の次元を切り裂いた。漆黒の亀裂からは魔力の火花が散り、周囲の光を飲み込んでいく。次元が裂ける振動に全員が耳鳴りを覚える中、彼は影の中へと消えた。亀裂が収束し、後には硫黄の臭いと不気味な静寂だけが残された。
ロリータはその場に膝をついた。足元の地面は高熱によりガラス状に焼けただれている。彼女は激しく肩で息をしながら、惨状を見つめた。「あの霊力……ミカエル、なの? でも、前回の戦いとは比べ物にならない。破壊範囲を圧縮しながら、威力を維持するなんて……」
埃が舞う中、エンマたちが駆け寄る。サエルは震える手でロリータを支え、ソフィアは解析デバイスで今は亡き灯台の座標を凝視していた。
「今の次元圧、物理法則を完全に無視してるわ……」ソフィアは険しい表情で告げた。「私たちを助けた者の魔力値は、測定不能の限界を突破している。これは……人間の力じゃない」
ルリヒメは涙を流しながらロリータに抱きついた。「ロリータのバカ! 焼きエビになっちゃうかと思ったじゃない!」
ロリータは少女の頭を優しく撫でながらも、血色の雲が消えゆく空をじっと見つめていた。そして、疲れ切った様子で呟いた。「……朝になったら、すぐにここを離れなさい。事態は異常よ」
地平線が死の霧に溶け出し、煮えたぎる空が赤く広がる場所――「冥府」。
そこでは溶岩が川となって流れ、黒い岩山の頂には、燃料も絶えることもない「蒼い炎」が不気味に燃え盛っていた。
ゴゴゴゴ……
空間が裂け、黒衣の男・サキが姿を現した。彼が熱を帯びた大地に足を踏みろすと、周囲にいた数万の悪魔軍団が一斉に平伏した。鎖と武器が触れ合う音が、魔物たちの咆哮と共鳴する。
「おかえりなさいませ……サキ様!」
先ほどまでの激昂は消え、サキの表情は氷のように冷徹な落ち着きを取り戻していた。彼は煤けたマントの埃を払い、巨大な槍を握り直すと、炎の海に鎮座する玉座を見据えた。
「自ら確かめてきたが……」サキの声は静かだが、悪魔たちを震え上がらせる威圧感に満ちていた。「今の時代の人間はあまりに脆弱だ。彼らの魔力はあまりに薄い。表向きだけを見れば、軍勢を出すまでもなく、私一人で根絶やしにできるだろう」
彼はふと動きを止めた。脳裏に、自分の大魔法を打ち消したあの閃光がよぎる。
「だが……ミカエルのように、歴史の闇に潜んでいる古代の生き残りがまだ何人いるか分からん。あ奴が動いている以上、計画の失敗リスクは『中』から『大』へと引き上げざるを得ないな」
サキは黒鉄の籠手に覆われた手で頬杖をつき、玉座に深く腰掛けた。「残された僅かな光とて、侮りはせん。計画を続行せよ。先遣アズール軍の復活準備を進め、世界評議会への潜入をさらに深めろ」
「御意、サキ様!」悪魔たちの雄叫びが地獄の大地を揺らした。
荒れ狂う大海原に面した断崖絶壁――エメラルド・ヴィラの喧騒から遠く離れたその場所。嵐の後の深い藍色の空の下、古い灯台が孤独に立っていた。
切り立った崖の縁に、一人の女性が佇んでいる。銀色の髪が風になびき、それは決して折れることのない軍旗のようであった。彼女が纏う純白のケープには古の金糸で刺繍が施されていたが、その端にはサキの魔法を止めた際のものと思われる焦げ跡が、かすかな煙を上げていた。
彼女の顔立ちは端正で、北極の氷のような冷ややかさと、力強い慈愛を同時に湛えていた。彼女は自身の掌に残留する白い電光を見つめ、それから数千マイル先の水平線へと視線を投げた。
「山が崩れ、時が流れれば、砂は山となり、海は砂漠に変わることもある……」彼女の声は、過去からの残響を重ねたように重厚に響く。「だが、権力に飢えた犬の性根だけは、風が吹こうとも決して変わらぬものね」
「次元を超えた干渉は成功。あの『奇跡の世代』の子供たちを死なせては、後味が悪いもの。狙う相手を間違えたわね、サキ」ミカエルは風に向かって独り言を漏らした。「闇の中で偽りの勝利に浸っているがいい。真の黎明が訪れる時、貴様の誇る地獄にさえ、逃げ場所など残されてはいないのだから」
数日前――予期せぬ敗北の直後。
ロリータに圧倒され、満身創痍となったミカエルは、顔を隠した謎の男によって救い出されていた。彼らが辿り着いたのは、魔法で隠蔽された古びた寺院の跡地。
その時のミカエルは、あまりにも無惨な姿だった。恐怖に震え、敗北の屈辱に打ちひしがれた彼女は、泣きじゃくるのを止められなかった。冷たい石の台の上で、水も食べ物も受け付けず、魂が壊れてしまったかのように震えていた。
「ミカエル、強くならねば……」謎の男は必死に励ました。「まだやり直せる。お前だけが最後の希望なのだから」
だが、静寂を切り裂くように、虚空から**「灰色の霧」**が溢れ出した。それは執念と殺意が凝縮されたかのような、禍々しい霧。性別も判別できない数千の声が、脳をかき乱すような圧迫感と共に響き渡る。
「私の分身でありながら……これほどまで無価値で、役立たずで、救いようがないとは」
その凍てつくような声に、謎の男は圧倒され、膝をついた。霧の中から、若き乙女のように白く透き通った手が伸び、怯えるミカエルの顔へと近づく。
「やめて……嫌! 来ないで!」ミカエルは絶叫した。自身の弱さを飲み込み、塗りつぶそうとする「真の自分」の存在に、極限の恐怖を感じていた。
「アァァァァァァーーーッ!」
寺院を揺るがすほどの断末魔が響き、灰色の霧がミカエルの五感へと流れ込む。泣き虫な精神は一瞬で粉砕され、純白の光が彼女の体から爆発的に放たれた。
光が収まったとき、そこにはもう、すすり泣く少女はいなかった。
凛として立ち上がった彼女の瞳には、一切の迷いもなく、冷徹な静寂だけが宿っていた。そして、彼女の前にはもう一人の女性が立っていた。
「貴様……正体は……」謎の男が驚愕に目を見開く。その時、女性の姿は引き裂かれた次元の向こうへと消え去り、最後に言葉だけを残した。
「驚く必要も、急ぐ必要もない。時が来れば、私の『真実』は自ずと姿を現すのだから」




