第22章:ベッドの戦場と義姉(自称)の哀歌。夕陽の中の「義理」と「本命」の味。赤土のコートは燃え、無冠の女王が隠れた天才と激突する。
激動の漁村を後にした一行は、切り立った崖の上にそびえ立つ「エメラルド・ヴィラ」へと到着した。ロリータがスマートウォッチをひと叩きしてチェックインを済ませると、巨大な門が開き、豪華絢爛な内部が姿を現した。
「キングサイズベッドが3台! 早い者勝ちだぜーッ!」カナタが叫び、真っ先に突進する。
「止まりなさい、このホームレス! 窓際のベッドはLoli-kamiだけのものよ!」ルリヒメがカナタの背中に飛びつき、二人は最高の陣取りを巡って厚手のカーペットの上で取っ組み合いを始めた。
ソフィアとカレンが静かに、かつシステマチックに右側のベッドを確保する傍ら、エンマとサエルは巻き上がる埃の嵐を眺めながら溜息をつくしかなかった。
ベッド争奪戦が(ルリヒメの必殺技「噛みつき」によって)終結した後、全員が着替えのために解散した。
「せーの……三、二、一!」
バルコニーの扉が一斉に開け放たれる。潮の香りが鼻を突き、目の前にはどこまでも続くターコイズブルーの海が広がっていた。太陽の光を反射して、水面が眩いほどにきらめいている。
「海だあああーーッ!」ピンクのアヒル柄の水着を着たルリヒメが真っ先に砂浜へ駆け下り、派手な花柄の海パン姿のカナタがそれに続く。二人は大きな水しぶきを上げて海へ飛び込んだ。
「どっちが先にブイまで着くか勝負だ!」エンマが挑発し、猛スピードで泳ぎ出す。
しかし、平和は長くは続かなかった。カナタが水中に潜り、エンマの足を引っ張って沈没させる。それを見たルリヒメは、優雅に泳いでいたサエルの背中にダイブ。競技はいつの間にか水中の乱闘へと変わり、最後には全員が波に巻かれて敗北した。
「ゲホッ! ゲホッ! 死ぬほどしょっぺえ!」カナタが顔を真っ赤にして海水を吐き出す。
「誰……誰が海に塩を入れたのよ、ゲホッ!」ルリヒメも咳き込みながら、全員が濡れた子犬のような姿で這い上がってきた。
体が乾き始めると、午後のアクティビティは二手に分かれた。左側には巨大観覧車のある「パラダイス・パーク」、右側には世界基準の競技場「オリンパス・センター」がある。
「私は遊園地に行くわ! 巨大な綿あめを食べるの!」ルリヒメがカナタの腕を引っ張る。
「おう、行こうぜ。絶叫マシンも試してみたいしな」カナタが応じる。
「ルリちゃん! お姉ちゃんも行くわよ!」ロリータが目を輝かせて飛びつく。「二人で観覧車に乗って、沈みゆく夕日を眺めましょう!」
「嫌よ! どきなさいよ、この変質者! サエルお姉ちゃん、助けてー!」ルリヒメは泣き真面目な顔で暴れながら逃げようとする。
エンマと共に競技場へ向かおうとしていたサエルがピタリと足を止めた。彼女は「最高に優しい」笑みを浮かべながらも、凄まじいプレッシャーを放ち、ロリータの襟首を掴んでひょいと持ち上げた。
「今日はビーチバレーの練習の約束でしたよね……ロ・リー・タ・さん?」サエルが一文字ずつ強調する。
「何するのサエル! 離して! 私の妹! 私は妹と行くのよ!」ロリータは吊るされた猫のように空を蹴って暴れる。「ルリヒメ、お姉ちゃんを助けて! 嫌よぉ、妹と行きたいのぉぉ!」
「バイバーイ、うざい女!」ルリヒメはあっかんべーをして、カナタと共に遊園地へと走り去った。
「行きましょう、エンマ、ソフィア、カレン……。ロリータさん、もしこれ以上抵抗するなら……午後の間ずっと、エンマのサーブをレシーブし続けてもらいますわよ」サエルは淡々と告げ、絶叫するロリータを引きずって競技場へと向かった。
赤土の決闘:ロリータ vs サエル
海辺のクレーコートに引きずり出されると、ロリータの叫びは止まった。午後の日差しがレンガ色の粉塵を照らし、まるでグラディエーターの闘技場のような様相を呈している。
「バレーボールなんてやらないわよ、ルール知らないもの!」ロリータはオフショルダーを整えながら不機嫌そうに言った。
サエルは静かに微笑み、軽量のカーボンラケットを差し出した。「ではテニスにしましょうか。……もしロリータさんが私に勝てたら、ルリヒメのところへ行かせてあげます。ただし、魔法の使用は一切禁止。能力が目覚めているあなたと、未覚醒の私では不公平ですから。ルールは『1セットマッチ』のみです」
ロリータがラケットを強く握りしめる。その瞳はわがままな子供から「捕食者」へと変わった。「いいわ……『本物の王者』がどう戦うか、教えてあげる」
サエルのサーブで試合開始。予想を上回る速度でボールがコートをかすめる。ロリータはバックハンドで鮮やかに返し、最初の4ゲームは互いに探り合いが続いた。そのラリーはシンプルだが、チェスのように緻密な配置の妙が含まれていた。
第5ゲーム、空気が一変した。
「本気で行くわよ!」ロリータが叫び、トスを上げる。つま先から肩へと体重を乗せ、全力で振り下ろした。ボールは空気を切り裂く音を立て、ラインぎりぎりに突き刺さる。
サエルは放たれた矢のように飛び出した。魔法は使わず、**「純粋物理(Pure Physics)」**を用いて風向きと弾道を読み解く。手首を返し、鋭いスピンで返球。ボールは高く浮き上がり、赤土に突き刺さるように沈み、ロリータを後退させた。
「こいつ……」ロリータは歯を食いしばる。「今の動き、ただの人間じゃないわ!」
打ち合いは激しさを増し、ラケットがボールを捉える音が銃声のように連打される。ロリータは数々の強豪を沈めてきた世界クラスの技術でサエルを左右に振り回すが、サエルは秒単位で肉体を**「再校正(Re-Calibrating)」**し、ロリータの打球パターンを読み解いていった。
スコアは5-5、そして果てしないデュースへ。
二人の額から大粒の汗が流れ落ちる。サエルの服はスライディングによる赤土で汚れ、優雅だったロリータは肩で息をしていた。
「この女、強すぎるわ……!」ロリータは内心で毒づきながら、スマッシュを叩き込む。「どこの大会にも名がないのに、元世界王者の私をここまで追い詰めるなんて!」
サエルは空中でそのスマッシュを拾う。骨がないかのようなしなやかな動きで死角へ返球。ロリータは土煙を上げながらスライディングし、ネット際へ絶妙なドロップショットを放つ!
サエルは必死に突進したが、指先がわずかに届かない。ボールが二度跳ねた。
「ゲーム、セット、ウォン……ロリータ!」コート脇で見ていたエンマが、驚きを隠せない声で結果を告げた。
ロリータはラケットを放り出し、赤土の上に大の字になって倒れ込んだ。「ハァ……ハァ……勝った……私の勝ちよ!」
サエルは歩み寄り、冷たいタオルを差し出した。その微笑みは、地獄のような死闘を終えた直後とは思えないほど穏やかだった。「おめでとうございます、ロリータ様……。さすが世界王者ですね。最後の一点の執念、見事でしたわ」
ロリータは、敬意の混じった複雑な眼差しでサエルを見上げた。「あなた……もし本気でスポーツ界に入ったら、プロは全員廃業するわね」
サエルは小さく笑った。「私はただ、空間計算が得意なだけです。……さあ、約束通り遊園地のルリヒメのところへ行ってくださいな」
「もういいわ……」ロリータは目を閉じ、呟いた。「ここで10分寝かせて……体力が……空っぽよ……」
黄昏の告白:資本主義を超えたバラ
オレンジ色の夕日が沈みかける中、エンマはロリータの顔を拭いてやっている姉を見つめていた。
黄金の光が水面を渡り、寄せ返す波が静かに鳴る。テニスの熱狂が冷めた後、サエルはエンマを黄昏時のプライベートビーチへと呼び出した。
サエルは、バラ模様の淡いピンクのドレスに赤いカーディガンを羽織って現れた。彼女の顔は空の色よりも赤く染まり、手には金のリボンがかかった赤いハート型のボックスを大切そうに抱えている。
「エンマ……これ、私が作ったの」サエルは照れながらチョコの箱を差し出した。「プロのシェフには及ばないけれど、精一杯心を込めたわ」
この世界の文化では、バレンタインは女性が男性にチョコを贈る日。義理と本命に分かれるが、サエルの瞳を見れば、それが後者であることは明白だった。
エンマは箱を受け取った。高級ココアの香りが微かに漂う。彼は少し沈黙した後、手元の箱を深い眼差しで見つめた。
「ありがとう、サエル姉さん。バレンタインの手作りチョコか……」
エンマは微かに苦笑し、水平線を眺めた。「昔、この文化は滑稽な不平等を含んでいると思ってた。女性に感情的・金銭的負担を強いて、虚飾の関係を維持するために『義理チョコ』を配らせる……友情という名の皮を被った悲惨な資本主義の構造だ、とね」
彼は向き直り、サエルの瞳を射抜いた。「さらに悪いのは、三倍返しを強いるホワイトデーの『お返し』システムだ。純粋な感情を、砂糖とミルクの量で計るただの商取引に変えてしまう」
サエルは苦笑いしながら聞いた。「そうですね……」
「だが……」エンマが言葉を継ぐ。「もしそれが、姉さんが『俺』一人のために心を込めて作ってくれたものなら……今はその理屈を捨ててもいい」
エンマはコートのポケットに手を入れた。彼は一輪の真っ赤なバラを取り出し、用意していたもう一つのチョコの箱と共にサエルへ差し出した。
「3月14日まで待つつもりはありません。誰が決めたか分からないルールに従って愛を囁くのは、俺の性分じゃない」
彼は一歩近づき、サエルの細い手を手に取ると、波音の中でその手の甲に静かに、しかし情熱的な口づけ(ハンド・キス)を落とした。
「俺からも、姉さんにチョコを。そしてこのバラは『義理』じゃない。俺の目には、真の平等なんて一つしかない。世界のルールを待たずとも、互いに抱くこの感情こそが唯一の真実だ」
サエルは立ち尽くした。心臓が胸を突き破らんばかりに高鳴る。手の甲に触れた唇の感触は、沈みゆく太陽よりも熱く感じられた。
「エンマ……ありがとう」彼女はバラを抱きしめ、幸せそうに呟いた。




