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追憶の霧、眠りの淵への道   作者: Rurusia Lulihime
11/11

第11章:雨の日の相合い傘

かつて鈍いオレンジ色の夕日に照らされていた学校の風景は、約束でもしていたかのように急速に広がる巨大な雨雲の灰色に飲み込まれていった。放課後を告げるチャイムが廊下に響き渡ると同時に、窓ガラスに最初の雨粒がポツポツと当たり、やがてそれは激しい雨音へと変わっていった。


「参ったな、降ってきちゃったか」


エンマは力のない声で独り言を漏らし、持ち物を確認するためにカバンを軽く叩いた。だが、ある事実に気づいた瞬間、彼の顔から血の気が引いた。


「傘……。朝、下駄箱に置いたままだ」


彼は深く、重苦しい溜息を吐くと、一階のホールへと階段を下りていった。そこは、雨が弱まるのを待つ生徒たちでごった返していた。スライドドアの向こう側では、嵐のような豪雨が狂ったように降り注ぎ、視界を白く濁らせている。激しく揺れる木々のシルエットが、白銀の雨のカーテンの中に浮かんでいた。意を決して雨の中へ飛び出そうとしたその時、背後から肩を軽く叩かれ、エンマは心底驚いて飛び上がった。


「どこへ急いでいるの、エンマ? また風邪をぶり返すわよ」


耳元で聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこには家を出たばかりのように身だしなみの整ったサエルが立っていた。彼女の手には、強風にも耐えられそうな丈夫で紺色の長い傘が握られている。彼女はエンマの隣に寄り添うように立ち、わずかな咎めと、隠しきれない慈しみに満ちた微笑みを浮かべた。


「ちょうど前のスーパーで買い出しをしたいから……。バス停まで送ってあげるわ」


それは誘いというよりは、拒絶を許さない柔らかな命令のような響きがあった。彼女は傘を握る手に力を込める。


エンマは一瞬、呆然とした。トタン屋根を叩く激しい雨音の中で、目の前の光景が静止したように感じられた。湿った土の香りが鼻をくすぐるが、彼の心の中の不安は、目の前の少女の微笑みから広がる不思議な感覚に取って代わられていた。


「あ、ああ……。ありがとう、サエル姉さん」


彼は照れ隠しに後頭部をかきながら、たどたどしく答えた。「びしょ濡れの子犬になるところだったよ」


サエルが小さく笑う。彼女がさらに近づいてきた時、エンマの心臓が一回だけリズムを乱した。彼女の制服から、柔軟剤の淡く清潔な香りが漂ってくる。彼女は白い壁のような雨の向こう、出口の方を顎で示した。


「それじゃあ、はぐれないようにして。私の傘、そんなに大きくないから」


軒下を後にした瞬間、雨の冷気が肌を刺した。だがすぐに、隣にいる人の体温が背中に伝わってきた。サエルは紺色の傘を広げて雨を遮る。彼女は傘の柄を握り、自分よりもエンマの方へ大きく傾けた。そのせいで、彼女の左肩にはすでに雨粒が当たり始めていた。


「姉さん、傘が僕の方に寄りすぎだよ。姉さんが濡れちゃう」


エンマは申し訳なさそうに言い、傘の柄を持とうと手を伸ばした。


「いいのよ。あなたの方が背が高いし、それに病み上がりじゃない。私の方は丈夫なんだから」


彼女は前を向いたまま答えたが、二人の間の距離を縮めるように腕を寄せ、肩が触れ合うほど密着した。


二人の歩調は、傘に当たるパチパチという雨音の中で重なり合う。周囲は暗く沈み、街灯のオレンジ色の光だけが水たまりに反射していた。


エンマは、いつもは短いバス停までの道のりが、不思議と長く感じられた。そして、心のどこかでこのままずっと続いてほしいと願っている自分に気づいた。


「ねぇ、エンマ……」サエルが沈黙を破った。「今度から天気予報が雨だと言っていたら、家を出る前にちゃんと確認しなさい。私がいつも助けてあげられるわけじゃないんだから」


彼は答えず、ただ静かに頷いた。同じ一本の傘の下で、外の嵐の寒さは彼らには全く届かなかった。


傘の布を叩く雨音は規則正しく響き続ける。熱を帯びていたアスファルトは冷やされ、一本の傘の下で寄り添う二人の影を映し出していた。


サエルが傘をエンマの方に傾け続けるせいで、彼女の左肩はしぶきでしっとりと濡れ始めていた。


「ほら姉さん……。もっと自分の方に傘を差してよ。肩が濡れてる」


エンマは傘の柄を押し戻そうとした。


「さっきも言ったでしょ……大丈夫よ」彼女は傘を握り直した。「それより、今日の部活でカナタ君が言っていた『反映』の話……。エンマはどう思う?」


エンマはしばらく沈黙し、傘の先から滴る水滴を見つめた。


「分からないよ……。もしこの世界が本当にただの反映だとしたら、僕たちの『夢』は何なんだろう? それはもっと卑しい、ただの絵に過ぎないのかな……。まあ、百パーセント信じてるわけじゃないけど。カナタの故郷のタイリン(Thailyn)は、過去の知識が集まる中心地だし、太古の八氏族の一人であるあいつが言うことなら、多少の信憑性はあるのかもしれないけどね」


サエルは弟を穏やかな眼差しで見つめた。


「世界がどうであれ、私にとって……エンマが幸せに成長して、良い大学に入るのを見守ること。それが私にとっての、唯一ケアすべき『真実』よ」


「姉さんはいつも受験のプレッシャーをかけてくるんだから」エンマは苦笑いした。「じゃあ、姉さんの夢は? 僕のことじゃなくて、姉さん自身の夢だよ」


サエルは少しの間、言葉を失った。雨音さえも、彼女の思考の中では遠のいていく。


「そうね……。私は何になりたいのかしら」


しばらく思考に沈んでいた彼女が、ようやく口を開いた。


「秘密……。当ててみて」


二人が狭い道を抜け、バス停にたどり着いたその時、広告板のネオンがパッと灯った。空気中に漂う細かな雨の粒子が、宝石の粉のようにキラキラと反射する。二人は雨が激しく打ちつけるトタン屋根の下で立ち止まった。湿ったコンクリートの地面が、周囲の空気をさらに冷やしていた。


サエルは紺色の傘を鮮やかに閉じ、軽く水気を切ると、目の前の少年の身なりを点検するように見上げた。エンマの制服の袖が少し湿っているのを見て、彼女は小さく眉を寄せた。


「私はスーパーへ行くわね。エンマの乗るバスがもう来るわ」


彼女はそう言いながら、雨の中を直進してくるバスのヘッドライトを指した。そしてカバンから小さなハンカチを取り出すと、それを彼の手に押し付けた。


「家に帰ったらすぐに体を拭くのよ。お白湯を飲んで体を温めることも忘れないで。分かったわね?」


彼女が十回目になる心配の言葉を繰り返すので、エンマは近づいてくるエンジンの音の中で思わず吹き出した。


「はいはい、分かりましたよ、サエル姉さん……」


彼は周囲の空気よりも温かい微笑みを浮かべた。「姉さんこそ、買い物に夢中になって遅くならないでね。雨の中を歩くのは大変なんだから。それから……送ってくれてありがとう」


エンマはバスのステップを上がりながら手を振った。ディーゼルオイルとシートの微かな匂いが、雨の香りに取って代わる。彼は窓際の席に座り、水滴に覆われたガラス越しに外を見た。そこにはまだ、ネオンの光の下でサエルが立っていた。彼女は傘を持ち、バスが動き出すまでそこから動こうとはしなかった。


それは、灰色に沈んだ日の中でも、彼の胸を高鳴らせる小さな、確かな感情だった。


エンジンの音が雨の中に消え、濡れたアスファルトに反射する赤いテールランプが見えなくなると、サエルはしばらくバス停の軒下に佇んでいた。エンマとの会話が消えた後の静寂の中で、雨音は先ほどよりも大きく聞こえた。彼女は白い息を吐き、紺色の傘の柄を握り直した。


彼女はふとした雑念を振り払い、再び傘を広げた。ピンと張った布が鳴らす「プッ」という音が耳に響く。彼女はすぐ近くのスーパーマーケットへと歩き出した。だが、一人で歩く道は先ほどとは全く違っていた。つい今までエンマの体温を感じていた隣の空間を、冷たい風が通り抜け、彼女の肌を震わせた。


凸凹の歩道には水たまりができ、閉店し始めた店の明かりが水面に揺れている。サエルは足元を濡らさないよう慎重に歩いたが、意識は自分の傘の先にあった。右肩の制服が、広く濡れていることに気づいた。


「もう……。あんなに傾けすぎるなんて、どうかしてるわね、私」


彼女は自嘲気味に呟きながらも、唇には微かな微笑みを浮かべていた。弟のような親しい存在がまた風邪を引かないかという心配で、自分のことはすっかり忘れていたのだ。だが後悔はなかった。肩の冷たさは、共に歩いた短い時間の愛おしい証拠のように感じられた。


スーパーに入ると、自動ドアが開くと同時にエアコンの冷気が吹き付けた。彼女は傘を丁寧に折り畳み、入り口にある傘袋に収めた。店内の焼き立てパンと洗剤の混ざった匂いが、外の湿っぽさを一瞬だけ忘れさせてくれた。


サエルは小さなカートを押し、棚の間を歩いた。雨の日のスーパーは閑散としており、時折流れるセールの放送が静かなBGMに混じっている。真っ白な蛍光灯の光が清潔なタイルに反射し、先ほどのバス停の淡い光とは対照的だった。


彼女はポケットから買い出しのメモを取り出した。


「豚ロース、白菜、卵豆腐……」


今夜作ろうと思っている献立を指でなぞる。彼女は落ち着いて品物を選んでいたが、心の中では先ほどの会話を思い出していた。


『姉さんこそ、買い物に夢中になって遅くならないでね』


エンマの気遣う声がまだ耳に残っている。彼女は冷蔵ケースの前で立ち止まり、牛乳やヨーグルトを眺めながら、しばらくぼんやりとした。ケースのガラスに映る自分の姿。いつも冷静で、周囲からは強く完璧に見られている自分。だが、今はたった数言の言葉で、その瞳が柔らかな光を帯びていた。


彼女は大根を手に取った。その冷たさが、傘を持とうとしたエンマの手を思い出させた。一人前になろうと背伸びをしている彼の姿を思い出し、彼女はふっと笑った。彼女の目には、彼はいつまでも放っておけない守るべき存在だった。


飲料コーナーを通り過ぎようとして、彼女は生姜湯の棚で足を止めた。「体を温め、風邪を予防します」という能書きを読みながら、バス停で渡したハンカチのことを思った。


「ちゃんと体を拭いてるかしら……」


結局、彼女はメモにはなかった生姜湯の箱をカゴに入れ、さらに「またエンマが傘を忘れた時のために」と、地味な色の折り畳み傘を一つ買い足した。


会計を済ませ、再び外へ出た。雨は小降りになり、霧のようなしぶきが風に舞っている。街灯がすべて灯り、街を深い群青色の空とコントラストをなす琥珀色に染めていた。


彼女は再び紺色の傘を差したが、すぐには家へ向かわなかった。三十分前にあのバスが通り過ぎた大通りを、じっと見つめて立ち尽くした。不意に訪れた小さな寂しさが、風に乗って心をかすめた。


左手に買い出しの袋を持ち、右手に傘を差して、彼女は静まり返った夜の道を帰路についた。不思議ともう、最初ほど寒さは感じなかった。彼女の心はバス停でのエンマの面影で満たされており、その温もりがあれば、一人で歩く雨の夜道も、人生で最も穏やかな時間の一つに変わるのだった。


慣れ親しんだバスの中は、他の乗客の服についた雨の湿った匂いが充満していた。エンマは最後列の窓際に座り、ガラスに厚くついた結露を指で大きく拭った。サエルの後ろ姿を探したが、見えるのは霞んだ雨のカーテンと、遠ざかっていくコンビニの明かりだけだった。


彼は背もたれに体を預け、サエルの小さなハンカチを握り締めたまま手元を見つめた。彼女特有の、冬の花のような清潔な香りが布地から漂ってくる。その香りは、雨嵐で騒いでいた彼の心を不思議なほど落ち着かせた。


「まったく……僕はダメだな」


エンマは自分を恥じるように、そして照れくさそうに呟いた。彼女が自分に傘を傾けてくれたせいで、彼女の肩がどれほど濡れていたかを思い出したからだ。


肩と肩が触れ合った感覚。雨の中を共に歩いた時に伝わってきた彼女の体温。呼吸を乱すことさえためらわれるほどの近さだった。激しい雨で前も見えない状況だったが、あの紺色の傘の下にいる間、彼は言いようのない安心感に包まれていた。世界が、雨の届かないあの小さな四角い空間に彼と彼女の二人だけになったかのような。


バスが急ブレーキをかけ、体が前に揺れた。意識が現在に引き戻される。彼はスマートフォンを取り出し、メッセージを入力した。


『エンマ:姉さん、もうすぐ家の近くだよ。傘とハンカチ、本当にありがとう。姉さんが帰ってきたら、お礼に僕が夕飯を作るから……。それから……体を温かくしてね。姉さんの肩、あんなに濡れてたから。』


彼は送信ボタンに指をかけたまま、しばらく迷った。最後の一文が少し「お節介」すぎないか、それとも隠そうとしている自分の気持ちが透けて見えすぎないか。結局、彼はため息をついて最後の一文を消し、短い感謝の言葉だけを送った。


停留所に着くと、彼は意を決してカバンを頭に乗せ、小降りになった雨の中を家へと走った。静まり返った家の鍵を開けると、彼はサエルの言いつけを守る良い子のように、すぐに体を拭いて着替えた。そして彼女のハンカチを、どこよりも丁寧に手洗いで洗い、自室の扇風機の前に干した。


机に向かい、窓ガラスを伝う水滴を眺めながら、彼は明日のことを考えた。学校へ行く前に、彼女が好きな菓子でも買ってこようか。あるいは、後でまたスーパーへ行く口実を作ろうか。でも今度は、自分が傘を持ってあげる番だ。


鍵が開く音がして、サエルが帰宅した。彼女は扉を閉め、少し疲れた様子でキッチンへ入ってきた。肩口の濡れた制服からは、まだ雨の匂いがしていた。彼女は重い袋をテーブルに置くと、無事に帰れたことに安堵して長く息を吐いた。


「おかえり、姉さん」


リビングから聞き慣れた声がした。エンマが清潔なタオルを手に持って現れ、それをすぐにサエルの濡れた肩に掛けた。制服の雨染みを見て、彼の瞳には申し訳なさが滲んでいた。


「言っただろ、傘を傾けすぎだって。ほら、肩がびしょ濡れだよ」


彼はぶつぶつ言いながら、吸水しやすいようにタオルを整えてやった。


「いいじゃない、私はお姉さんなんだから。弟を風邪引かせるわけにはいかないわ」


サエルは勝ち誇ったように微笑み、エプロンを手に取った。「さあ、夕飯は私が作るわね。あなたは休んでいなさい」


「ダメだよ!」エンマはすぐに彼女の腕を止めた。「今日は僕が作る。姉さんはお風呂に入って着替えてきて。ほら、震えてるじゃないか。姉さんが濡れたのは僕のせいなんだから、この食事は僕が責任を持つよ」


サエルは、頼りがいを見せようとする背の高い弟をまじまじと見上げた。「責任? キッチンをめちゃくちゃにすることの責任? 十時過ぎに皿洗いをさせられるのは御免だわ、エンマ」


「ひどいな、姉さん。温かいスープを作るだけだよ。それに、あれは十年前、五歳の時の話だろ」


「絶対にダメ」サエルは断固として首を振った。その瞳には、ある種の申し訳なさが混じっていた。「エンマ……。本当は、この食事を自分で作りたいのは、私があの家政実習の件を気にしてるからなの……」


エンマは一瞬、動きを止めた。あの「塩と砂糖を間違えたケーキ」の光景が脳裏に蘇った。


「ルリヒメが塩を入れちゃった、あの件?」エンマは思わず吹き出した。「あれは姉さんのせいじゃないよ」


「でも私が注意していなかったせいだわ。あんなの食べさせて、死なせるところだった! それに無理やり食べさせたし」サエルは顔を赤らめて言い返した。「だから、今夜は名誉挽回させて。うちの本当の味噌汁の味を思い出させてあげるわ」


「でも姉さん、今ずぶ濡れで震えてるじゃないか! コンロの前で倒れたらどうするの?」


二人は狭いキッチンで、外の雨音に負けないくらいの声で言い合った。互いに「申し訳なさ」を理由にして、相手を世話し合おうとしているのだ。結局、サエルが溜息を吐き、折衷案を出した。


「それじゃあ……一緒に作りましょう」彼女は袋の中の野菜を指差した。「私が洗って切るわ。あなたは味付けと火の番。いい?」


エンマは少し考えてから頷いた。「分かった。でも、姉さんは先に着替えてきて」


十分後、キッチンには活気が戻った。部屋着に着替え、花柄のエプロンをつけたサエルが弟の隣に並んだ。長ネギと豆腐を切る規則正しい音が響き、エンマは湯気の立ち始めたスープの鍋を見守っている。


「姉さん、入れていいよ」


サエルは豆腐の欠片を慎重に鍋へ流し入れた。彼女は、お玉でスープを混ぜる弟の横顔を盗み見た。オレンジ色のキッチンの光が、彼のまだ少し湿った髪を茶色く染めている。静寂は決して気まずいものではなく、二人がずっと共有してきた心地よい時間だった。


「ねぇ、エンマ」サエルが沈黙を破った。「バス停でのこと、ありがとう」


エンマの手が止まった。「何のこと?」


「買い出しを急ぎなさいって言ってくれたことよ……。普段、あなたはあんまり私にそんな風に言わないもの」


彼女はネギをいじるふりをしたが、口元の笑みは隠せなかった。


エンマは顔が熱くなるのを感じた。彼は急いで顔を伏せ、お玉を鍋の底へ押し込んだ。「だって……姉さんは買い物になるとぼーっとするだろ。放っておいたら期限切れのものとか買いそうだし」


「失礼ね!」サエルは笑って、エンマの耳を軽く引っ張った。


熱い味噌汁と炊きたての白米がテーブルに並ぶと、二人は向かい合って座った。雨に濡れた窓に反射する家の明かりが、この小さな場所を寒さから切り離されたシェルターのように見せていた。


「いただきます」


エンマが一口スープを啜る。熱と出汁の味が喉を通り、体内の冷えを一気に溶かした。彼はリラックスした表情で食事をするサエルを見た。


「どう? 今日の午後のよりはしょっぱくないでしょ?」サエルがいたずらっぽく聞いた。


「美味しいよ……。最高に美味しい」エンマは心から答えた。彼の瞳は優しく細められた。「今度また雨が降ったら……傘、もっと自分の方に差していいからね。姉さんの肩は僕よりずっと小さいんだから。少し濡れただけで震えちゃうんだからさ」


サエルは一瞬、呆然とした。そして、慈しみを込めてエンマの頭をコツンと叩いた。


「食べてなさい、口の減らない子ね。私の世話を焼こうなんて、百年早いわよ。あなたを世話し続けるのは、お姉さんである私の特権なんだから」


二人の笑い声が雨音に溶けていく。灰色の空の下の質素な食卓は、どんな場所よりも明るく輝いていた。


温かな食事が終わり、屋根を叩く雨音も、激しいドラムから静かな囁きへと変わっていった。家中が静まり返り、キッチンでは二人が片付ける皿の音だけが小さく響いている。


「私が洗うから、エンマは拭いて棚にしまって」サエルが袖をまくり、しなやかな手首を見せた。


「了解、姉上」エンマは素直に従い、清潔な布を持って姉の隣に立った。子供の頃から繰り返してきた、日常の光景だ。


サエルの手にある白い泡が柔らかそうで、エンマはそれをぼんやりと眺めていた。水面に反射する電球の光が目に優しい。学校のこと、宿題の多い先生のこと。たわいもない会話が疲れを癒していく。


キッチンが片付くと、二人はお気に入りの場所――リビングの長いソファへと移動した。サエルは読みかけの翻訳文学を開き、エンマはその隣であぐらをかいて新しい漫画を読み始めた。


時折聞こえるページをめくる音。まだ少し湿り気を帯びた彼女の髪が首筋に垂れている。読書灯の光に照らされた彼女の横顔は、自分を叱る時よりもずっと穏やかだった。


「サエル姉さん……」エンマは漫画から目を離さずに、小さく呼んだ。


「ん? なあに?」彼女もまた、文字を追ったまま答えた。


「貸してくれたハンカチ……洗っておいたよ。扇風機の前に干してあるから、明日には乾くと思う」


サエルは本を閉じ、弟を見て微笑んだ。「ありがとう。でも、そのままにしておいてくれれば私がやったのに」


「いいよ、姉さんにはたくさん助けてもらったし。傘も、ご飯も」エンマは漫画を閉じ、姉に少しだけ体を寄せた。「今度また雨が降って僕が傘を忘れても、無理に迎えに来なくていいからね。雨が止むまで待つよ。もう雨の中を飛び出したりしないから」


サエルは本でエンマの頭を優しく一回叩いた。「何を言ってるの? あなたをそんな夜遅くまで待たせたら、私が眠れなくなっちゃうわ。それに……雨の中、一人で傘を差して歩くのは寂しいものよ。あなたが隣でああだこうだと言ってくれる方が、ずっと楽しいんだから」


エンマは姉のまっすぐな言葉に言葉を失った。胸の奥が熱くなり、彼は笑みを隠すように急いで顔を伏せた。


「じゃあ……次は僕が傘を差してあげる。姉さんは持っちゃダメだからね」


「はいはい、頼もしいことね」サエルは笑いながら、大きく伸びをした。「さて、もう夜も遅いわ。寝なさい、エンマ」


それぞれの部屋へ分かれる直前、サエルはエンマの部屋の前で足を止めた。彼女は振り返ると、いつもの癖で弟のパジャマの襟元を整えてやった。


「おやすみなさい、エンマ。毛布をちゃんと掛けて寝るのよ」


「おやすみ、サエル姉さん……。いろいろ、ありがとう」


部屋のドアが閉まると、家の中に再び静寂が戻った。窓の外では雨が止み、枝に光る雫と澄んだ空気が残されていた。この夜、サエルとエンマは、厚い毛布ではなく、雨の中で交わしたささやかな気遣いが生んだ温もりに包まれながら、深い眠りにつくのだった。



読者の皆様、いつも応援ありがとうございます。

おかげさまで、物語は第1シーズンの折り返し地点を過ぎました。


現在の構想では、この物語は全3シーズンを予定しています。第2シーズンは10編、第3シーズンは5編構成という壮大な物語になる予定です。


これからも驚きの展開を用意していますので、最後まで一緒に歩んでいただけると嬉しいです。引き続き、応援よろしくお願いします!

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