第八話 連合国からの手紙
レイアが来た日から3日後の正午。
余はオスカルに呼ばれ、やつの執務室に来ていた。
椅子に座るオスカル。その前にある飾り気のない机には、数枚の便箋が置かれていた。すぐそばにある封筒にはリュミエール連合国の封蝋が押されている。
オスカルは机に手をつきながら、それをみて鼻で笑った。
「俺がターニャに操られてる、ねぇ? ターニャとの結婚を認めるかわりに関税を下げる約束だったんだけど……こんなこと手紙に書いてよこすなんて、向こうの王は大丈夫なのかな?」
「知らん。……貴様、そこまでして余との婚姻を認めさせたのか?」
根回しの内容が大規模すぎる。
国益は問題ないのか。
「元々貿易に関しては向こうの国から不満が出てたし、そろそろ交渉する予定だったから大丈夫。国王はレイア嬢に『勇者と結婚できれば関税自体を撤廃できるよう動く』とでも言われたのかね」
オスカルは呆れたように肩をひそめ、手紙を机にそっと伏せた。
「余を婚約者の座から退かせたとして、レイアがオスカルと婚約できるわけではない。それにも関わらず、リュミエール王が動くのか?」
「何かしら動くだけの理由があるんだろうね。あの二人の間には、さ」
含みのあるその言い方に、余は思わず眉をひそめる。
「貴様もまた厄介な小娘に目をつけられたものだな」
その様な魔性の女が、そこまでしてオスカルの伴侶になりたいと望むわけか。余も知らぬ何かが、二人の間にはあるのかもしれない。
余はじっと、オスカルの方へと目を向ける。
「こんなに迫られても困るんだけどね。俺は彼女のことほとんど何も知らないし」
「貴様が言うな」
魔王軍を壊滅させ結婚の約束をさせる勇者と、国のトップを転がし婚約に抗議する手紙を書かせる聖女。余からみれば大きな差などない。
「俺とターニャは違うだろう? 十年かけてお互いの手の内を見せあった仲じゃないか」
「含みのある言い方をするなたわけ! 剣をまじえ魔法を打ち合い、稀に言葉を交わすだけの関係だったであろう」
余はドンと机を叩く。
それを見たオスカルは肩を震わせ、満足げにすっと目を細めた。
「間違ったことは言っていないだろう? ターニャが俺のことをどれぐらい知ってるかはわからない。でも、俺はターニャの事をある程度理解してるつもりだよ。人魔共生を掲げるぐらい平和が好きなことも、誰より優しいこともね」
オスカルは椅子から立ち上がり、ゆっくりと余の前へと歩み寄る。
「皆、魔王だからというだけで君を理解しようとしない。俺はそれが悔しくて仕方がないんだ。ターニャは、誰よりも素敵な人だから」
そのままやつは余の前に跪き、そっと手をとり口づける。今までの強引さ等、嘘のような優しい手つき。初めて感じる感覚に、どきりと鼓動が跳ねた。
「……酔狂なやつだ。余の思想を優しいと評し、その上で愛を囁くか」
人間と魔族による平和的な共生は、余が魔王になったばかりの頃に思い描いた幻想だ。
親しい家臣以外誰にも理解されなかった。それを人間に、肯定される日が来るとは。
「俺はターニャを愛してる。何年かかっても、どんな犠牲を払っても良い。君が望む平和な世界を作りたいんだ」
余の問いかけに、オスカルは伏せた目を開く。
二十年前と変わらぬ、強い意志を秘めた青が余を貫いた。
歳を重ねても、中身は小童のままだな。
諦めの悪さも、常識等寄せ付けぬその勢いも、あの頃から変わらない。
夢みがちな子供のようなセリフだが……そのような考えも、また一興だ。
「いいだろう。貴様と共に、夢を追いかけるのも悪くない」
余はオスカルの手を握り返し、ぐいと上に引き上げた。
やつは大きく目を見開いてから、ふわりと頬を綻ばせる。
「ターニャ……!」
「勘違いするな。あくまで利害が一致しただけであって、貴様の配偶者になる事を心から認めたわけではない」
これは余のみでは達成できなかった理想を実現させるためだ。決してそれ以外の理由などない、はずだ。
余はそのままじっとオスカルを見つめ、言葉を続ける。
「まずはレイアを退ける。やつは余が直接教育してやろう」
レイアの生い立ち、人間関係、職務内容に至るまで、余は全てを把握している。
野蛮な汚れた血。やつは魔族をそう称した。
余の民を、国を嘲るように。
未熟な若人らしい思考だ。だが、褒められたものではない。正してやるのも我々年長者の勤めというものだ。
余は腕を組み、唇の端を吊り上げる。
あの小娘に身をもって教えてやろう。自身の価値観よりも、世界は広く――恐ろしいのだと。




