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第七話 聖女襲来

 王宮の廊下。夕日に照らされた空間を、余はあてもなく一人歩いていた。


 あの後オスカルはしばらく余の部屋の前で何か言っていたが、最終的には諦めて去っていった。

 そんなに聖女に会いたくないのか、あいつは。

 

 呆れる気持ちはある。しかし、オスカルを責める気にはなれなかった。

 

 余もできる事ならば聖女には会いたくない。やつはオスカルに何度も婚約を申し込み、毎回断られているはず。顔を合わせれば面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだ。


 しばらく歩いた先で、余はふと足を止めた。


「……行き止まりか」


 軽く息を吐き、余はくるりと後ろを振り向き――息が、止まった。


 人の気配などなかった。

 しかしそこに見えたのは、光に照らされた人影。


 いつの間に……?


「ご機嫌よう。少し、よろしいかしら」


 余の疑問を遮るように、鈴を転がすような美しい声がきこえた。

 微笑む水色の髪の乙女。愛くるしい桃色の瞳は、柔らかな弧を描いている。


「何故、ここに聖女殿が?」

「あら、私をご存知なのですね。お初にお目にかかります、魔王 サターニャ・チェーニミル様」


 女はわざとらしく目を見開いてから、うやうやしくスカートの端を摘んで礼をする。胸が焼けそうなほど甘ったるい香水の匂いがした。


「改めまして、私はリュミエール連合国のレイア・ウラノスと申します。お会いできて光栄ですわ」


 貼り付けたような柔らかな微笑み。

 報告書通りのその姿に、私は内心舌を打つ。


「遠路遥々よくきてくれた、聖女殿。特に余との面会希望はなかったと記憶しているが」

「突然申し訳ございません。偶然お姿が見えたものですから、つい」

「こんな王宮の奥で"偶然"出会うとは、数奇なこともあるものだな」


 余の言葉にレイアは肩をすくめる。控えめなその態度に、余はすっと目を細めた。

 

 特に何も言ってこないのか。ならば面倒な話をされる前に去るのが得策だな。


「特に要件がないのであれば、余はこれで失礼する」


 余はそのままレイアの横をすり抜けようとする。


「お待ちください」


 しかし余のいく手を阻むように、レイアが横へ一歩移動した。柔らかでありながら自分を貫くその態度に、思わず足が止まる。


 そしてレイアは問い詰めるようなきつい声色で話し始めた。

 

「聞きました。勇者様と婚約なさったとか」

「そういうことにされたな」


 全く納得はしていないが。

 

「魔王が勇者と結婚など前例がありません。王国民はオスカル様の判断ならば、と納得していますが、国外には反対の声も根強く残っています。……貴女の存在が彼の未来を困難なものにする。そうは思いませんか?」


 厳しい視線でこちらを見つめるレイア。その真剣な表情に、余はたまらずため息をつく。

 

「知らん。余だって帰ることが叶うのならば今すぐにでも魔王城に帰りたい」

「なっ……!? それならばどうして、結婚なんて……!」

「オスカルが勝手に言い出したことだ。急に婚約だの、愛していただの。こちらからすれば意味がわからぬことばかりだ」


 余よりも良い配偶者がいる事などわかりきっている。こやつの言い分を否定する理由はない。

 

 しかしレイアは余の態度が癪に障ったのか、キッとこちらを睨みつけた。

 

「それならば今すぐにお帰りください。貴女はあの方に相応しくありませんわ。オスカル様は聖女として、私が、支えますから」

「聖女として支える、か」

「ええ。彼には私のような清廉で、周りからの祝福を受けられる人間こそが相応しいのです! 魔族などという野蛮な汚らわしい血とは、違いますから」

 

 汚らわしい血。

 その言葉に、自然と眉間にしわがよった。


「ほお。貴様は男三人と同時に付き合う聖女は清廉で、罪のない魔族の血は汚らわしいと言うのだな」

「と、どうしてそれを……!?」


 目を大きく開くレイア。

 今度は素で驚いたのか、その顔は先程よりも崩れていた。


「有名な話だ。相談に乗った男を取っ替え引っ替え部屋に連れ込み、様々な品物を献上させているのだろう? そのような欲の権化に、汚らわしいなどと言われる筋合いはない」

 

 まさか無駄な争いを避けるための収集した情報をこのようなところで出すことになろうとは。

 しかし、民を嘲られたのに黙っているのは余が望む王としての姿ではない。今の言葉に後悔はなかった。


「自身が王に相応しい女であるというのならば、それ相応の態度を心がけることだな」


 余はそう告げて、その場から立ち去ろうとする。

 横をすり抜けた時に、ぎり、とレイアが奥歯を噛み締める音が聞こえた。


「年増の汚れた血のくせに……! 今にみてなさい!」


 ぼそりとつぶやかれた、不穏な怒りに満ちた声。

 余はその声を背中に受けながら、小さくハッと鼻を鳴らす。


 威勢のいい子娘だ。また面倒なことになりそうだな。


 カツカツと靴音を響かせながら、余はオスカルの執務室へと歩を進めた。

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