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第五話 勇者が王になった訳

「オスカル……!?」

 

 童達の前にしゃがみ込むオスカル。やつは慈しむような柔らかな表情を浮かべ、二人の頭を優しく撫でた。

 

 「二人とも、マザーが探してたぞ。そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」


 オスカルの問いかけに、サイモンは細めていた目を大きく見開く。

 

「まじか! やべぇ、マザーに怒られる! またな、魔王、おっちゃん!」

「あっ、待ってよサイモン! すみません、失礼します!」


 扉に向かって走りだすサイモン。イリーナもその後ろを追いかけて、ドタバタと慌ただしく去っていった。


 オスカルは二人の影を見送ってから立ち上がり、くるりと余の方へ体を向けた。


「それで、何の話をしていたんだい?」


 余はその声にハッとする。

 そうだ、一つこやつに聞かねばならぬことがあったのだ。

 

「貴様が王になったのに、余が関わっていると童達に話しているそうだな。一体、どういう事だ?」


 オスカルは一瞬表情を強張らせてから、ふっと笑みを浮かべる。いつも通りのはずのその笑顔。なのに何故か、いつにも増して不気味に見えた。

 

「あぁ、その話をしたんだ。……そのままの意味だよ。俺は君がいたから、王になると決めることができたんだ」


 オスカルは柔らかな声で、言葉を続ける。


「俺と同じ、孤児から成り上がった君のおかげでね」


 どきりと、鼓動が跳ねた気がした。

 オスカルと余の視線が交差する。

 どこまでも深い青の瞳。それはまるで、余の全てを見透かしているかのようだった。


「……何故、それを知っているんだ?」


 確かに余は前魔王が引き起こした戦で親を亡くした。そして、戦いを終わらせるために魔王になったのだ。


 それを聞いて王になったと言うならば、理由としては妥当だろう。だが、出自に関してこやつに話した覚えはない。


「十年も挑めば魔王城の門番とも顔見知りになるだろ。そこで教えてもらったんだ」


 昔馴染みの顔が脳裏によぎる。

 あやつは妙に情に厚い。何度もくるオスカルに情が移るのも不思議な事ではない。


 ……やはり、他部署へ異動させるべきだったか。

 舌を打ちたい気持ちを飲み込んで、余はオスカルへと言葉を投げた。

 

「だから王になろうと思ったのか? 余の様に、国を変えるために」

「半分正解だね。俺は君のような平和な国を使って、周りにいる人を幸せにしたかったんだ。まさかそれを実現するために、十年かかるとは思わなかったけど」

「貴様が王になり、国を変えたのは七年前だろう。そこで目的は達したと言えるのではないか?」

 

 オスカルが即位した三年前の地点で民の暮らしは安定していた。その上王家を断罪した際の混乱もほとんどなかったと聞いている。

 

「さっき言っただろう、半分だけ正解だって。俺がどうして、十年間君に会わなかったと思う?」

「単に忙しかっただけではないのか?」

「そんなわけないだろ。一日たりとも君の事を忘れた日はないのに。……ターニャと結婚するには、色々と場を整える必要があったんだ。残りの三年はそのための時間だ」


 さらりとオスカルはそう言った。


 人間の寿命は短い。

 それにも関わらず、余と結婚するためだけに三年もかけたというのか?

 

 意味がわからなかった。

 正気の沙汰だとはとても思えない。


 理解できない行動だった。

 なのに……何故余の心臓は、こんなにもうるさいのだろう。


 脳が溶けたようだった。

 暑くて、頭が働かなくて、体が動かない。

 

 オスカルは固まった余の手を取ると、優しく口付けた。

 

「ターニャと結婚するのに相応しい男になるため、俺は王になったんだよ」


 手に当たる生温かい吐息。こちらを見つめる、獣のような獰猛さを秘めたその瞳。

 その全てが、余から体の自由を奪っていく。

 

「そんな、理由で……?」


 自然と溢れた余の問いに、オスカルはにこりと怪しく微笑んだ。

 

「十年前、ターニャの言葉で俺は救われた。その時から俺の時間は君を軸に回り始めたんだ。君がいない人生なんてあり得ない」


 オスカルは余を抱き寄せると、そっと耳元で囁いた。


「俺はターニャのもので、ターニャは俺のものだ。これからずーっと、ね」


 初めて会った時は余よりも低かった背丈。それにもかかわらず、今のやつの口元は、余の耳よりも高いところにあった。

 

 頬が熱い。心音がうるさい。

 経験したことがない体の異常に、心が悲鳴を上げ始める。


「貴様っ……い、一体、何のつもりだ……!?」


 余は両腕でオスカルの胸を押しのける。

 でなければ、頭が沸騰してしまいそうだった。

 

「夫婦は愛を確かめ合うものだろ? それともターニャには刺激が強すぎたかな?」


 からかうように笑うオスカル。

 その様子に、思考回路が焼き切れた。

 

「だっ、黙れ痴れ者! これ以上は貴様の話に付き合ってられん! 余は部屋に戻る!」


 余はオスカルの腕から抜け、追いつかれないよう急いで中庭を後にする。


 なんだあれは! あやつは何を考えている!

 公共の場で愛を囁き、挙げ句の果てにあんな風に触れてくるなど……!


 『十年前、俺はターニャの言葉に救われたんだ』


 オスカルの言葉が耳の奥に蘇る。それを振り払うように余は激しく頭を揺らす。


 十年前の言葉など覚えていない。

 余は、一体何を口にしたんだ……!


 疑問だけが悶々と胸の中を満たしていく。

 その不快さに悩まされながら、余は自室の扉をバタンと閉めた。

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