第四話 一週間の軟禁を終えて
温かな日差しが降り注ぐ、王宮の空中庭園。余はそこにある椅子に腰掛けて、咲きかけの千日紅を眺めていた。
まさか部屋から出る許可を得るだけで一週間も要するとは。いくらなんでも不便すぎる。
オスカルは外は危険だと言っていたが、余は魔王である。例え国一つ滅ぼすような古代竜がはびこっていたとしても、窮地に立たされる事などあり得ない。
「うっわすっげぇこの姉ちゃんツノ生えてる!!」
「!?!?」
不意に、ガシリとツノを掴まれる。頭部にかかるありえない方向への圧力に、頭蓋骨が軋む音がした。
敵襲か!?
ぐるりと後ろを振り向く。だがそこには影すら存在しない。
何処へいった!? もしやオスカルが言っていた危険とはこの事か!?
余は立ち上がり周囲をぐるりと見渡した。
「うわっ! 急に立つなよびっくりすんだろ!?」
頭上から甲高い声がする。
そのまま頭から重さが消え、すたりと地面に小さな影が着地した。
「っとと、ギリセーフ……」
影は赤髪を揺らしながらバランスをとる。くるりとこちらを振り向く影。その黄色の瞳が、日に照らされきらりと光った。
「子供……?」
影の正体は、十にも満たぬであろう男童だった。
何故こんなところに童がいる?
余に気配を覚らせずに、背後に近づけるような輩が。
「貴様、一体――」
「サイモン! 急に走らないでよ!」
余の言葉を遮るように、叫び声が空気を揺らした。
そちらの方に視線をやると、女童が桃色の髪を揺らして走り寄ってくるのが見える。
「イリーナ! 見ろよこの姉ちゃん頭にツノ生えるぜ! 超カッケェ! オスカルのおっちゃんが言ってた魔王みてぇだな!」
「みたいじゃなくてご本人だよ! バカサイモン! すみません魔王様、すぐにいなくなりますので!」
イリーナはペコペコと頭を下げてから、サイモンの首ねっこを掴んだ。ぐぇっという苦しそうな声が、彼女の力の強さを示している。
礼儀正しい態度の割にやることが過激だな、この娘。
「……構わん。離してやれ」
この様子だと、首が締まってでも連れていきかねん。
流石に気の毒だ。
「魔王様がそう言うなら……」
イリーナはしばし迷ってから、パッと手を離す。
余はしゃがみ、咳き込むサイモンに視線を合わせた。
「貴様、このツノが怖くないのか」
ツノは人間と人型魔族の最も大きな違いである。恐怖の象徴とされてきたツノをかっこいいと称するとは。
余の問いかけに、サイモンは不思議そうに首を傾げた。
「別に怖くねぇけど。オスカルのおっちゃんが魔王はいいやつだって言ってたしな」
「いいやつ?」
想定外の回答に、ぴくりと自身の眉が動く。
「だって、お前は喧嘩を終わらせるために魔王になったんだろ? 前のすげぇ強い魔王を倒して、平和にした英雄なんだっておっちゃん言ってたぞ」
「あやつがそんなことを……」
あやつにその話をした覚えはない。
資料を見て、その上で余に対し英雄という評価を下したわけか。……ふむ、中々良い心がけではないか。
「よくオスカルのことを知っているのだな」
「赤ん坊の頃から知ってるからな!」
「私たち、オスカル様が育った孤児院に住んでるんです。そこでよくお話をしてくれて」
なるほど、この二人はオスカルの後輩にあたるわけか。
それならば詳しいのも頷ける。もし全国民に余の話を長々としていたら、と心配したが、どうやら考えすぎだったようだ。
「魔王ってことは、おっちゃんのお嫁さんになるんだろ? おっちゃんやっと結婚するんだな!」
「こら! そんな言い方しないの!」
けらけらと笑うサイモンを、イリーナがたしなめる。
人間は二十かそこらで結婚する生き物だと聞いた。オスカルは今三十五、茶化されるのもおかしくはないのだろう。
「今まで何度か婚姻の話は出ていたが、全て断ったと聞いた。その辺りも何か知っているか?」
数年前に隣国の聖女や他国の姫君との婚姻話もでたが、オスカルは全て断ったと聞いた。そこに、余との婚約にこだわる理由があるやもしれん。
サイモンとイリーナは顔を見合わせ、困った様に眉をひそめた。
「ごめんなさい、詳しくわからないです」
「俺もしらねぇ。でも、『俺を王にしたのは魔王だ。あいつ意外との結婚なんてあり得ない』ってずっと言ってたし、姉ちゃんのことが好きだからじゃねえの?」
サイモンの言葉に、余は思わず目を見開く。
「余があいつを王にした? どういうことだ?」
奴が王になった理由を考えなかったわけではない。
勇者としての責任や、育てた孤児院に恩を返すため。そんな内容だろうと考えていたのに、まさかここで余の名前が出てくるとは。
「どうって、それは――」
口を開きかけたサイモン。その音を遮る様に、カツカツと足音が聞こえてきた。
「楽しそうだね。何の話をしてるんだい?」
私は靴音につられるように視線を上げる。
その先にいるオスカルは、くまのできた目で余を見下ろしていた。




