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第二話 甘い言葉とプロポーズの理由

 魔王城とは正反対の白く清らかな空間。

 ソーレディオ王城、最上階にある王妃の寝室。


 余はベッドから起き上がり、白く可愛らしいドレッサーへと足を運ぶ。


 そこに映る余の姿は、とても魔王だとは思えなかった。

 美しい光沢を放つ、ウェーブがかかった黒髪。

 左角の根元を彩る、赤いバラの髪飾り。

 余の体を覆う、動きを妨げるほどに重いドレス。

 その色は、オスカルの瞳と同じ深い青だった。

 

 ……わざとか、あやつ。

 余に着せるならば他に良い色があるだろう。


 あのプロポーズから一日。

 具体的な理由を聞く間もなく、あれよあれよと王城へ連れてこられ、気がつけばこの有様である。


 何故、急に婚約などと言い出したんだあやつは。

 余は軽く息を吐き、記憶の奥へと思いを馳せる。


 あやつに初めて会ったのは、二十年前。

 『魔王こそが諸悪の根源である』

 民の不満の矛先を逸らすため、この国の愚王はそう言いよった。


 魔王を倒すのだ。王はそう言って、一人の孤児を祭り上げた。勇者 オスカル・ソルスパーダを。


 今考えても酷い話だな。

 何も知らぬ十五の子供に一体何ができるというのか。


 今日何度目かも知れぬため息をつく。

 その音を掻き消すように、コンコンコンと扉がなった。


「ターニャ、入るよ」


 記憶より低い落ち着いた声に、びくりと体が跳ねる。

 

「待て――」

 

 余の返事を待つことなく、ガチャリと扉が開いた。

 その先にいたのは、柔らかな笑みを浮かべたオスカルだった。昨日は気が付かなかったが、その目元にはうっすらとくまができている。


 あの哀れな少年とは似ても似つかぬ整った仕草。

 その動きが、余の心をざわりと騒がせた。

 


「ノックをしたなら、せめて返事を待て」


 余は腕を組みオスカルを見やる。

 奴は悪びれた様子もなく、こちらの方へと歩いてきた。

 

「待ったところで結果は変わらないからね」

「なおたちが悪いではないか」


 本当に腹立たしい男だ。昨日も余の疑問に答えもせず、仕事があるとだけ言ってこの部屋から去っていった。

 おかげで聞きたいことが山の様に溜まっている。


「諜報部隊の魔族は生きているんだろうな?」


 余は真っ先にそう尋ねた。

 他にも疑問があるがまずは部下の命からだ。


 返答によっては、今後の接し方も考えねばなるまい。

 

「もちろん。君が無益な殺生を好まないことは知っているからね」


 オスカルの答えに、余は胸を撫で下ろす。

 無事であったならば良い。だが同時に、とある疑問が湧いてきた。

 

「ならば良い。だが、何故誤解される様な事をした?」


 殺さず捕えることの方が難易度は高い。何故わざわざ手間がかかる捕獲を選んだんだ?

 

「女性はサプライズを好むんだろ? 事前に知られていたら台無しじゃないか」


 斜め上をいく回答に、肩の力がどっと抜ける。

 

「こんな最悪なサプライズがあってたまるか。この一週間、余がどれほど気を張ったと思っている」


 余は争いは好まない。だがそれだけで避けられるほど、世界は清らかではないことは理解している。

 安寧のため世界中に配置した諜報員は数知れず、存在自体もバレていない、はずだった。


 それなのに急にソーレディオ担当の諜報員と連絡が取れなくなったのだ。胃が痛くなるなんて言葉では言い表せない状態だった。

 

「悪かったよ。次からは早めに言うようにする」


 オスカルはわざとらしく肩をすくめる。

 本当にわかっているんだろうか、この小童は。


 余はまた一つため息を重ねてから、自身の胸へと手を置いた。


「……そもそも、これは一体どういう事だ」

「どういう事? あぁ、ドレスか? 似合ってる。俺の色を身につけたターニャが見れて嬉しいよ。……君は十年前から、変わらず美しいままだ」


 オスカルは胸に置かれていない方の余の手を取る。そして跪き、そっと指先にキスをおとそうとした。


「なっ、何惚けた事を言っているんだ貴様!」


 余はその手を振り払い、ピシャリとそう言い放った。

 急に口付けようとするとはなんてふしだらなやつなんだ……!

 

「まさか、あの頃と変わらぬターニャに会えるとは思ってなかったから。十年もすれば、変わってもおかしくないしね」

「魔族の容姿は二十を過ぎるとほぼ変わらん。種族を考えれば当然だろう。……貴様は、あの頃とは随分と変わったようだな」


 余はじっと、オスカルの方を見た。

 伸びた背筋と、余裕の表情が妙にしゃくに障る。

 

 二十年前、震える剣で余に斬り掛かり、その後即座に魔法で眠らされ、国境付近の人間の街に転がされた無力な小童。あやつと同一人物だとはとても思えなかった。


「君に見合う良い男になっただろう? 君の前から消えたあの時より、ずっとね」

「ふん、急に消えておいて今更いい男も何もあるまい」


 十年間、オスカルは毎日のように余に挑んでは街に転がされ続けていた。なのにある日急にぱたりとこなくなり、そのままこやつは姿を消した。


 その日からしばらく、魔王城が酷く静かに感じられたものだ。別に元々そうであったから、何が悪いというわけでもないが。


 オスカルは余を見て、困ったようにまゆをひそめる。


「拗ねてるのかい? 大丈夫、これからは会えなかった分もたくさん時間を重ねていくつもりだから」

「違うわ、たわけ!! 余が聞きたいのは、何故十年間顔を合わせてもいない貴様と結婚せねばならぬのか、という事だ!」


 余は奥歯を噛み締めながら、オスカルのことを睨みつける。しかしやつは子猫でも見るかのように、柔らかく頬を緩ませた。

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