第十話 剥がれる表の顔
「な……なんで、ここに……?」
呆然としたレイアの呟きをかき消す様に、三人の男が部屋へ入る。
「余が招いたのだ。何か不都合でもあるのか? 全員、貴様の元恋人だろう?」
余が言い終えるとほぼ同時。
先頭に立つ赤髪の男ーー剣聖 アレックス・ハワードは、床にへたり込んでいるレイアを凄まじい迫力で睨みつけた。
「久しぶりだな、レイア。……話は聞かせてもらった。俺たち三人と同時に付き合っていたらしいな」
「ち、違うの、これは……!」
レイアの叫び声を遮る様に、青髪の男ーー連合国三大貴族 アルシニー・ルミナスが苛立たしげに声を上げた。
「違う? 交際期間が一致し、その上それぞれに婚約をちらつかせていたと聞きましたが……一体何が違うとおっしゃるのですか?」
「っ……!」
レイアを追い詰める様に、紫色の髪の男ーー稀代の魔術師 キリル・グリモワールが声を震わせ、静かに圧をかけた。
「連合国の繁栄のため、やむなく嫁ぐ。そのために別れてくれ。あの言葉も、全て、嘘だったのだな」
わなわなと唇を震わせるレイア。その顔は、まるで死体のように血の気が引いていた。
余は哀れみすら覚えるその様子を、静かに見下ろす。
「人心を惑わす悪女は、余ではなく貴様だったようだな、聖女殿」
レイアは、びくりと体を震わせた。
「違う……私は……」
弱々しい声が、冷えた部屋の空気を揺らす。
「違う? 先ほど言った右もものあざも生まれつきのものだと、そう話していたそうだな。いい加減、自身の行いを認めてはどうだ?」
レイアは、床を見つめたまま何も言い返してこなかった。
……ふむ、ここまでだな。
「力を持つものは、それに相応しい振る舞いを心がける必要がある。今後も聖女でありたいと願うならば、身の振り方を考えることだ。……いくぞ、オスカル」
余はそういうと、くるりとレイアに背を向ける。
それと同時に――ずしりと、空気の密度が増した。
「待ちなさいよ……」
地を這うようなその声に、余は勢いよく振り返る。
見えたのは、ゆらりと立ち上がるレイアの姿。
亡霊のような不気味な動きに、ざわりと胸が騒ぎだす。
「あんたさえ……あんたさえ大人しくしてれば、全部上手くいったのに!!!」
膨大な魔力が部屋を覆う。
空気が重みを増し、体を押し潰さんと力をかけ続けた。
まさか余に魔力で圧をかけようとするとは。
本当に、愚かな小娘だ。
余はレイアの方へ手をかざす。
その手の指の隙間から見えたのは、苦しげな表情を浮かべ、血を吐くレイアの姿だった。
「全て貴様の招いた事だろう、レイア」
レイアの魔力の隙間をぬい、やつの体に放った一撃。
それを受けてなお、やつはその場に立ち続けた。
小娘とはいえ聖女か。魔力量だけは一人前だな。
レイアの顔が、徐々に歪み始める。
吊り上がった目、食いしばりギリギリとなる歯。その醜悪な姿は徐々に光に包まれ、ゆらゆらと不安定に揺らぎ始めた。
「私は悪くない、だって、私は聖女だもの。愛されて、欲しいものは全部手に入れて、それが当然なの! 邪魔しないでよ!!!!」
獣のような叫び声が、部屋の中を揺るがす。
膨大な魔力に肌がピリつき、息が詰まるような気がした。
……まずいな、魔力が暴走している。
暴れる魔力を包むように魔力を展開させる。しかし荒波のようにうねるその流れが、包囲網の穴を無理やりこじ開けた。
何度も繰り返される事象に、余は思わず舌を打つ。
きりがない。
これでは制圧するまでどれだけかかるかわからん。
余は部屋の中へ視線を這わせる。
こんな時だというのに、オスカルは何故動かない?
こんな魔力の乱れた場所では転移系魔法は使えない。やつがこの程度でやられるとも思えない。
だが……万が一、オスカルがこの渦に巻き込まれ、気絶しているとしたら?
動けず、悲鳴も上げることができずにいるとしたら?
頭によぎったわずかな可能性。
背筋に、ぞわりと悪寒が走る。
気絶した状態で魔力を浴び続けた場合、精神に問題をきたす事もある。早く、救出しなければ。
手に、力がこもる。
流れを掴もうとすればするほど、制御しきれなかった魔力が隙間をするりとすり抜けていく。
「オスカル……!」
気がつけば喉からその名が漏れ出ていた。
自分でも驚くほどに震えた音。その響きは、余の気持ちその物だった。
その思いを上書きするように――耳元で、ふわりと優しい声がした。
「ターニャ、そんな声で俺を呼んでどうしたの? 手伝おうか?」
「オスカル!?」
ぐるりと後ろを振り返る。そこにはいつもの柔和な笑みを浮かべたオスカルが立っていた。
「いつの間に背後に!?」
「今さっきだよ。この魔力の中じゃ声が聞こえないからね」
オスカルは余から視線を移動させる。その先には、倒れた三人組がいた。
「剣聖と魔術師は問題なさそうだけど、公爵は大分体調が悪そうだね。あまり長くは持たないかも」
公爵の顔は気絶しているにも関わらず、酷く苦しげに歪んでいた。
「ターニャが直接教育するって言ったから何もしていないけど……君が一言『手を貸して』って言ってくれれば、俺はいつでも力の全てをふるうよ。どうする、ターニャ?」
まるで余を試すようにそう告げるオスカル。
聖女とはいえ小娘一人の魔力をろくに制御できない。
その事実を認め手を貸せば、魔王としてのプライドが傷つくのではないか。こやつはおそらく、そう考えているのだろう。
……侮られたものだな。
余は小さく息を吐き、ぐっと腹に力を入れる。
「手を貸せ、オスカル! 余は魔王ぞ! 無駄な誇りと命を天秤にかけるような、王の名を汚す行為はせん!」
オスカルはそれを聞いて、満足そうに唇の端を吊り上げた。
「仰せのままに、魔王様」
突き出した余の手に、そっとオスカルの手が重なった。
手を包む確かな温もりと、優しい魔力の流れ。
それが、不思議と心地よかった。
「いくぞ、オスカル!」
余の叫びに合わせ、魔力が形を変えていく。収縮し、分散し、少しずつ、しかし確実に余の支配下へとおさまっていく。
魔力回路が焼き切れそうなほどの魔力の嵐。
曖昧になる意識を繋ぎ止めながら、余はひたすらに暴れる魔力と向き合った。
それからどれだけ経っただろうか。
まばゆい光は消え失せ、レイアがどさりと床に崩れ落ちた。苦しげだった公爵殿は、静かに寝息を立てている。
なんとか……なった、のか?
余は肩で息をしながら、ゆっくりと、その場に座り込む。ふわふわする体を支えるように、オスカルは余の両肩にそっと手を添えた。
「もう大丈夫、みんな無事だよ。王としてのつとめ、お疲れ様、ターニャ」
そうか。余は、つとめを果たせたか。
そう言いたくても、喉が動かない。
瞼が、重い。
「あとは俺に任せて、ターニャ」
どこまでも穏やかで、優しい声が鼓膜を揺らす。
にも関わらず、ぞわりと胸の奥が撫でられるような、異様な感覚がして。
その感覚の理由を探る暇もなく、余の意識は、闇の中へと落ちていった。




