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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

深淵を覗く時、深淵もまた、あなたを覗いているのだ。

掲載日:2025/11/25

《深淵を覗く時、深淵もまた、あなたを覗いているのだ》

文豪が死ぬ理由が分からない?


分かりました。とりあえず、座って楽にしてください。


リラックスして。



座りましたか。



じゃあ、説明していきますね。


そうですね、まず、あなたは文豪ってことにしておきましょう。



(パンッ)手を叩く音。



はい、今からあなたは文豪です。


だから、小説を書きます。



その小説のテーマは『死』ということにしましょう。


文学らしく重いテーマは売れますからね!



しかし困りました。


あなたが書く小説はどうしても嘘っぽいんです。


読者が言います。『死』を書いているけど、手触りが薄っぺらいって言うんです。



困りましたね・・・。


小説が売れないと家族を養えません。



・・・でも、安心してください。一緒に書けるようになりましょう。


え、どうやってって?



落ち着いて、想像すればいいんです。


一緒に、見に行きましょう。



一旦、深呼吸して、すー、はー。では、場面を切り替えますよ、はい!



(パンッ)手を叩く音。



あなたは彼女と同棲している青年です。


年は・・・30前後ですか。



あぁ、彼女はちょっと精神的にマズイみたいですね。処方箋と薬を持っています。


あなたは炬燵に入っている。彼女は・・・向かいで深刻そうにあなたを見ていますね。



想像できましたか。ちょっと空気がピリついてますよ。とっても静かです。



彼女が言います。


「生きるのが辛いの。ねぇ。○○君(あなたの名前です)、一緒に死んでくれない?」



さて、あなたはなんて答えますか?


元気出せよ? 大丈夫だよ?


あぁ、そんな言葉では、死んでほしいという人を止められないですねぇ。



心臓がドキドキしてきた。いいですね。リアリティが出てきました。胸がつっかえて、言葉が出ない。


「えっ」か「はっ」という言葉が出て、止まりましたね。いい感じです。リアルです。



時間は進みます。



一人で死ぬのは怖いと呟いて彼女が視線を落としました。髪の毛の下の表情が見えません。


どうしましょう?


逃げますか。抱き締めますか。


金縛りにあったように動けないですか。なんて言ったらいいか分からない。いいですね。リアルです。



彼女がふらりと立ち上がりました。泣いているようです。可哀そうですね。


でも、危機感もある、どうしたと思いましたね。正解です。


彼女が台所に向かい手に取ったのは、包丁でした。



困りましたね。誰を刺すつもりでしょうか。誰でしょう?



刃先は自分ではなく、あなたを向いていました。えぇ、そういうことでしょう。


彼女がごめんと呟いています。何度もぶつぶつと、仕方ないとも言っていますね。



どうしましょう?


おっと、逃げないで。集中してください。目をそらしたら、刺されますよ?



視線はどこを見てますか? 外の景色?部屋の様子?顔? 違いますよね。


包丁です。


自分に向けられたその包丁だけしか見ないはずです。


ほら、今、ゴクリと唾を飲んだ。それがリアルです。


息が上がってきましたね。いいですよ。



あぁ、時間切れです。


動けなかったあなたの方へ、彼女が一歩ずつ歩き始めましたよ。


どうしましょう?



・・・



殴りますか?逃げますか?蹴りましょうか?


あぁ、手を掴んで止める。いいですね。やりましょう。


立ち上がったあなたは、彼女の手を取って制止しようとしました。


彼女は・・・包丁をふるいましたね。



──ザシュッ



刃物を持つ人の手を掴むのは難しいですね。



ポタリと、あなたの親指が落ちましたよ。どんな気分ですか。


もう二度と、利き手で物を掴めないですね。あ、そんなこと考える余裕はなさそうだ。



「痛い。痛い。痛い」



そうですね。


指が切れたら痛いですもんね。


切れただけで痛いんです。落ちたらどうなりますか?


切断された断面から血が出ますね。どのくらい出てますか。



あ、痛くてそれどころじゃない。なるほど。そうですね。リアルです。



あなた、今、なんて言ってますか。右手の親指が落ちた。左手で握り込んでますか。止血、いや、咄嗟に掴んだんですね。


おや、いつの間にか、跪いてますよ。立っていられない? 痛いから。



なるほどです。



彼女に何か言いましょうよ。


痛い、止めて、助けて・・・あれ、呻き声しかでないですね。


じゃあ、彼女は止まりませんね。



──トンッ



彼女が抱き着いてきましたよ。温かいですか。


残念ですが、お腹に包丁が刺さっていますよ?



どんな気持ちですか。痛さは増えましたか? 視界が真っ赤になった。いいですね。そんなもんですよ。刺されたら。


しかし、臍の上、鳩尾の下ですか。腹筋を突き抜けて、内臓に達してますよ。これ。致命傷でしょう。


急いで病院にいかないと死んじゃいますよって、聞いてますか?



返事がないですね。苦悶の表情で冷や汗を垂らしていますね。とってもリアルですよ。いいです。



ねぇ。何か言ってください。


なんていいますか。今の感覚でも、感情でもいいです。教えてください。



「痛」



・・・まぁ、そんなもんでしょうね。



あら、すいません。よく見たら刺さったのは胸でした。


あなたの心臓に包丁がかすめて、破裂していました。



痛いですか。心臓麻痺って人生最大の激痛みたいですし、僕の声も聞こえないくらいに痛いですよね。


あなた、あと後2~3秒で意識を失いますよ。



ねぇ、今、どんな気持ちですか。


視界は?全身の感覚は?刺された痛みと心臓が破れた痛みのどっちが痛いですか?


答えがないですねぇ。



だって、あなた、もう──





































『死』にましたから。



(パンッ)手を叩く音。



はい、お疲れ様でした。


少し、『死』の感覚がイメージできましたね。


これで、リアルな死が書けそうです。



小説をリアルに書こうとすると、こういうことをするわけですよ。


これが、文豪が死に至る理由です。



え、ぞっとしたけど、死ぬほどじゃないって?


センスありますね。ここまで死に近づいて、案外大丈夫って、文豪の才能が有りますよ。



勘違いしないでください。これは初歩です。色んな死に方があります。そういうのを何パターンも考えるわけですよ。


毎日。


それが消耗させるんです。



例えば・・・



(パンッ)手を叩く音。



あなたは今から自殺します。


何故、自殺するのでしょうか。



考えてみましょう。



失恋した? 恋人が死んだ? 借金ですか?


ねぇ、あなた、どういう状況なら自殺してくれますか?



考えてください。教えてください。あなたが死ぬ条件を。



おや、右手に包丁がありますね。


それで自分を刺すわけですか。痛いですね。さっき刺されて知っているからなお痛い。


それを首に、なるほど。



ねぇ、その包丁で首を裂く理由を教えてください。


どうして自殺できるんですか?



考えましたか。答えは出ましたか。


・・・出ない?


それじゃあ、主人公が自殺するシーンは書けませんねぇ。。。



え? 辛い? ギブアップ?



(パンッ)手を叩く音。



お疲れ様でした。


怖くなりましたか。ドキドキ、キツかったですか。


すいません。


まぁ、そういうことを毎日やっているから、文豪って病むわけですよ。



自分が自殺するシーンを考えるとね、分かるんですね。


この瞬間、この状況で、きっと僕は首を裂けるって。


納得するんですよ、自分の死に。その気持ちが分かるんです。



あなたは踏みとどまった。


僕はその先に進んだ。


文豪たちも進んでいった。


だから、死んでいくんです。



そろそろ、帰りますか。


理由が分かった? それは良かった。話した甲斐がありました。



じゃあ最後にお土産です。



あなたはギリギリまで深く覗き込みましたね。


自分が自殺するときの気持ちまでは踏み込めませんでしたが。


『死』までは潜った。あの時、あなたは『死』と出会ったわけです。



《深淵を覗く時、深淵もまた、あなたを覗いている》



ニーチェの厨二病溢れる言葉です。


今のあなたなら、この言葉を、実感を持って書けるはずです。



それでは、良い執筆を!



お礼?


そうですね、お代は、帰る前に☆を付けていただければ、と思います。

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― 新着の感想 ―
「死」の瞬間めっちゃリアルでよかったですー!確かに…深く潜ると文豪たちも病みそうな気がしますね。何となく自分の作品を振り返ってしまった…ッ!(笑)
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