7話 逃げちゃ駄目よ
三人衆がわたしの事をどう思っているかは後でゆっくりと聞き出すとして、リンデルに到着したのでサムソンさんとは一度ここで解散である。
王都と比べると鄙びた印象を受けるリンデルだがドナレスクよりは明らかに活気がある。
街の中と外を分ける城壁の門前にはキチンと衛兵が配置されており諸々の徴税及び荷物検査を行なっている。
それらを終え、城門を潜ると石で舗装された立派な通りとレンガ作りの建物が並んでいた。
土を転圧しただけの通りと木造の建物がメインのドナレスクとは街としてのステージが違う。お隣だと言うのに何故こうまで差がつくのだ。
などと釈然としない思いは横にうっちゃり取り敢えず、市場にて中々の激臭を放つ3人衆の着替え一式と取り敢えずの革製の胸当てと適当な盾を購入し宿へと向かう。
激臭を放つ3人衆に顔を顰める宿の店主からタライいっぱいの水とボロ布と石鹸カスを買い体を拭かせた。まぁ、タライ一杯の水等見事に真っ黒になった訳て、結局主人に頼んで宿屋の裏で水魔法で丸洗いと相成った。主人がいい人で助かった。基本的に水は宿屋から買うのが暗黙の了解なので魔法で水を出したりするのはあまりよく思われない。辺に目をつけられると面倒なのだ。丸洗いして幾分身綺麗になった盗賊モドキ三人衆を中古で買った服に着替えさて取り敢えず一段落といったところか。
「姉御、何から何まで本当にありがとうございやす」
改まった様子でそんな事を言ってくるザムザ。まぁそれなりの出費ではあったが先行投資である。投資した分はきちんと返してもらう。
「そう思うなら、せいぜいこれから頑張ってね」
「へい!ここまでしてくれた姉御の顔に泥を塗らねえよう精進いたしやす」
全て鵜呑みにするわけではないが、恩義に厚いのはプラスポイントだ。意外といい人材を拾ったかもしれない。中途半端な実力で我の強い奴より余程有用だ。なに、実力なんてこれから付けて行けばいいのだ。しかし荒事が苦手そうな性格なのでやや心配だが、まぁどうしても合わなければギルドの解体部門や運搬部門や運送部門への転属……というより正式雇用になるがそれも考えようじゃないか。そこはオーランド支部長との相談にはなるが我がギルドに人がダブついてる部署はないのだ。
越権?オーランド支部長?なに、地方の零細ギルドなんだ。規則とか責任の所在とか持ちうる権限とか色々とユルユルなんだよ。わたしが普段から模範的な勤務態度でいたのはこう言う機会に我儘を通す為だ。まぁ、組織の腐敗ってこう言う所から始まっていく訳だが、そんなの気にしたって始まらん。どうせこのままでも腐るか干からびるかのどっちかなのだ。
「そう、まぁ頑張りなさいな。それでこの後の事なんだけどね。取り敢えず、ハンスさん……ギルドの依頼を先に片付けようと思ってるの、多分依頼品を依頼主に納入すれば終了だからその後ここのギルドに顔を出してあんたらの登録やらわたしの野暮用やらを済ませようと思ってる。あんたらには道中の荷物持ちをお願いするわ」
「あ、姉御。質問があるんですが」
一通り説明し終えるとザムザが強張った表情でビクビクと手を挙げた。
「何?」
「荷物持ちって具体的に何を運ぶんでしょう」
「そんなの宿に運び込んだ物全部よ。結構重たいから持って運べばちょうどいい体力づくりになるじゃない。あ、ちゃんと買った防具と武器も身につける事。一日中引きずり回すからまぁ、頑張りなさいな」
「あれを全部……」
ザムザ、ハイジ、レントの3名は何やら打ちのめされてるが容赦等しない。
「逃げちゃ駄目よ」
笑顔で釘を刺して置いた。
話を聞いてから捨てられた子犬のような目でわたしを見つめる3人を無視し準備を整えるととっとと宿を出て第1の目標地点であるザボエラ商会を目指す。
場所はそれほど離れてないのだが、ギルドで溜め込んだ魔物素材の袋をそれぞれ持った3人衆は滝のような汗を流しながら歩いている。
わたしも一応ホーンベアの燻製を持っている訳だがまぁ、重量的には3人衆のが上であろう。
「そんなペースじゃ日が暮れちゃうわよ。キリキリ歩く」
言葉で鞭を入れるわたしに3人衆が何か言いたげにこちらを見るが無視。
「ね、姉さん。ちょっと、ちょっとだけ休憩させて」
「もう少しだから頑張ってー」
「やばい……死ぬかも」
さっそく弱音を吐いたレントの訴えをバッサリ切り捨ててわたし達は歩を進める。 あと、殺すわけなかろう。
それから四半刻程後。赤いレンガ造りの建物の前に息も絶え絶えの3人衆を背にわたしは立っていた。
「よし、到着」
「やっと休める……」
「死ぬかと思った……」
「……吐きそう」
口癖に溢れる弱音が聞こえて来るのでそろそろ一度飴を与えようか。
「まぁ、頑張ったし少し休憩してなさい。レント。吐くなら目立たない場所に吐いてね。あと、水分取っときなさい」
3人に用意していた水嚢袋を投げ渡して最後に一言。
「逃げちゃ駄目よ」
笑顔で釘を刺して一人商会へと入った。
両開きの扉を開けると正面に見える受付まで行き来訪の目的を伝えた。
「小々お待ち下さい」
受付にいた。女性は笑顔で告げると奥へと消えた。
無人になったエントランスにてしばし三人衆の今後の事を考える。初日としてはまぁ、上々であろう。為に貯めた魔物素材は普通に重い。
それを弱音を吐きながらでもここまで運んだ訳だからまぁ、そこは評価するとして、レントはそろそろ限界だろう。
折り返しはわたしが荷物を持ってレントは普通に歩かせようか。それともぶっ倒れるまで放っておくか。うーん、この辺の塩梅は難しいのよね。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
思考の渦に嵌っている内にいつの間にか受付の女性が戻って来ていた。考えかけの思考はうっちゃり、女性の案内に付いていくことにした。
「こちらでございます」
案内されるままに付いて行き。行き着いた先は何やら凝った装飾の施された扉の前。結構偉い人の部屋っぽい。ハンスさんのパイプマジ欲しい。
「旦那様。ハンス様の代理の冒険者の方をお連れしました」
冒険者じゃなくて受付嬢です。との突っ込みは流石に入れなかった。
「入って貰いなさい」
扉の向こうから男性の声がした。
「どうぞ」
受付の女性がそう言って扉を開けてくれる。部屋に踏み込んだ先には上等な衣服をまとったちょび髭のナイスミドルが笑顔で立っていた。あらやだ、いい男。
「お初にお目に掛かります。冒険者ギルドドナレスク支部のアリシアと申します。ハンスの代理で品物をお持ちいたしました」
机を挟んで無礼にならない程度の距離まで近づき挨拶と来訪目的を完結に告げる。言葉使い?知らん。
「遠い所お越し頂き有難うございます。ザボエラ商会リンデル支部長のロイドと申します」
目の前のナイスミドル改めロイド氏は慇懃に自己紹介を行い続けてこう言った。
「まさかハンス氏の代理でいらっしゃったのが見目麗しい女性だとは思いませんでした」
よくわかって居るではないか。無遠慮に肩やら足やら髪の毛やらを捏ねくり回した挙句、無自覚にわたしに言葉のナイフを突き立てた何処ぞの3人衆に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「有難うございます。さっそくですが、運び込んだ荷物の確認をお願いして宜しいでしょうか」
社交辞令とか言えなくてスイマセン。生物運んでるもんで、とっとと手放したいのが本音です。
「ええ、もちろんですとも。それで、お持ち頂いたものは抱えておられる袋に入っているものでしょうか」
「ええ、ハンスから話が言っているとは思いますがホーンベアの燻製です。机にお出ししても?」
一応確認を取るとお願いしますと返答が返って来たので麻袋から肉を取り出し梱包を解いた。暫く燻製肉を真剣に見つめていたロイド氏。
「確かに確認しました。いやいや、助かりました。ハンス氏には以前からお願いはしていたのですが、中々取れるものではないと言われて、それ以来ホーンベアの話が無かったので、半ば諦めていたのですが、どうやら覚えて下さったみたいですな。ハンス氏にはロイドが感謝していたとお伝え下さい」
どうやら品質は問題無かったようだ。しかし、あれだ。ロイド氏の口ぶりがちょっとなんというか。
「あの、もしかして私、アポも無く来てしまいましたか?」
「ああ、どうぞお気になさらずにハンス氏も突然やって来るので慣れてますよ」
まじかよあの爺さん。先に話通して無かったんかい。しかしよく考えればホーンベアを狩った翌日の依頼なのだ。手紙がつくかも怪しい。
「なんかすいません」
何故わたしがこんなに気まずい思いをせにゃならんのだ。
「いえいえ、本当に気にしないで頂きたい。ハンス氏が持ってきてくれる肉や魔物素材には本当にお世話になっていますので」
「え、ええ、お気遣い有難うございます。それでは依頼は完了と言う事で宜しいでしょうか?」
「はい、それではこちらが代金です」
「……相場よりだいぶお高いようですが。宜しいのですか」
「おや、お詳しいですね」
「ええ、一応ギルドの受付も兼務しておりますのでモンスター素材の相場は一通り把握しています」
「受付?冒険者ではなく?」
「ええ、その、なんと言いますか、お恥ずかしい話ですがドナレスクの冒険者ギルドは人手不足でして……。わたしも一応冒険者としても登録はしてありますので、その、受付と冒険者の兼業しております」
自分で言ってて思うのだが受付嬢ってなんだっけ?
「凄いですね。いやいや面白い。しかし兼業は大変そうですね」
「もともと体力はある方なので何とか。それに運良く人員の目処も立ちそうなので取り敢えずは何とか成りそうです」
「ほう、それはよかった。冒険者が新しく入ったのですかな?」
「ええ、まぁ、そんなところです」
食い詰めて盗賊行為働きそうなホームレスをリクルートしたとは流石に言えない。後、そろそろお暇したい。