5話 向いてないよあんた
一夜明けた今日、早朝から馬車でドナレスクを出発したわたしは幾らかの手荷物とギルドに溜め込んでいたモンスターの素材。そしてハンスさんから預かっていたホーンベアの燻製肉をまたぞろ風冷魔法で冷やしつつリンドブルへ向かっていた。何故、肉をわざわざ魔法で冷やすか。凍らせると味が落ちる氷に浸けても味が落ちる。
いや、わたしがやっている保存術式をオートでやってくれる素敵な魔道具も存在するのだがいかんせん
「高いんだよねぇ……」
そんなわたしの呟きを耳聡く聞きつけた馬車の御者のサムソンさんが何故か申し訳なさそうに口を開く。
「いやぁゴメンねアリシアちゃん。最近この辺りに盗賊が出るって話も聞くし相場が上がっちゃってるんだよ」
どうやら誤解させたらしい。
「ああ、違う違う。こっちの話。ほらわたしが冷やしてるこのお肉保冷庫が有れば楽なのにってボヤいてただけ」
「ああ、そういう事。確かに保冷庫は高いね」
保冷庫は食材等を保存するのに使う魔道具で食料の移動を前提に作られており、大きい物では10頭近い馬で引く物もある。無論そんなものは一般には出回らず、所有している者等は大商人か軍の輜重隊程度だ。
「保冷庫が有ればわたしはお肉を冷やす業務から解放されるの」
「はは、そりゃいい」
めちゃくちゃ適当な返事だが仕方ない事である。保冷庫は通常大きくなるほど高価になるが、携帯用の小型の物でもそれはそれはお高い買い物になる。
保冷庫はマジックバッグと並んで高価な魔道具であり、動力現の魔石も消耗品なので維持費もかかる。
しかし、我々はの様な零細ギルドでも無理すれば買えない事は……。
「無理無理……。てか先に冒険者を確保しないと……」
中央のギルドにいた時の事を思い出す。広いロビーには数多の冒険者が集まり情報交換や依頼の選定を行っていた。
舞い込む依頼の数は相当なものであり民間の依頼は勿論、公共事業として行うべき事案だが軍を動かす程では無いものは国や軍からギルドに振られてきた。
弱い魔物の間引き等がそれに当たるのでそれらは新米の冒険者達の当面の食い扶持と程よい戦闘訓練として機能している〜。
間違っても冒険者が居なくなったり。受付が依頼をこなす必要性に駆られたりしないのだ。だってギルド事務員の必須技能に戦闘技能等含まれていないのだから。
「まぁ、なまじ戦えちゃうからここに飛ばされたのかしらね」
わたしとミーシャは……ではあるが。オーランド支部長はよく分からない。来たらもういたのだ。
どれほど居たのかは分からないが結構長いらしい。戦ってるところは見たことないが、よくロングソードの手入れをしているので、多分戦えるんじゃない?というのがわたしとミーシャをの見立てであるがまぁ、正直普段何をやってるのか分からない。昼ランタンみたいな人だ。
「取り敢えず冒険者の確保は急務として、魔物素材を迅速に解体出来る設備と人員。そしてバラした素材を卸す市場の形成と街で捌けない素材を迅速に届ける輸送手段が必要か……。無理無理、わたしの手に余るわ。ねえサムソンさん。知り合いで腕のいい運び屋とか居ない?」
先程以来ずっと口をきいていなかったサムソンさんに話を振るも返事は来ない。
「サムソンさん?」
「アリシアちゃんごめん。あれ、盗賊かな?」
御者歴の長いサムソンさんだ。盗賊と一般の通過者を今さら見間違える事も無いと思うのだがこの歯切れの悪さは一体なんだろう?そう思ってサムソンさんの指し示す方を見てみる。男性が3人組が武装して道を塞ぐように立っているのでそれだけ見れば完全に盗賊なのだが立ち振舞が全くの素人と言うか、此方からから見ても物凄くビクビクしてると言うか。武器を構えては居るものの不思議なステップを踏みながら馬車から距離を取る様に後退している。
「……何あれ」
「やっぱ分からないよね。盗賊なら普通はもう襲ってきてる筈だし。矢の一本位飛んで来てもいい頃なんだけど。」
「跳ねちゃえば?」
「あれを跳ねて馬に怪我させたくないしよ。ちょっとどいてもらって来るよ」
そう言ってサムソンさんは馬車を止め、御者台に置いてあったウォーハンマーを手に取り謎の武装集団に近付いて行く。
「わたしも行きますよ」
私も自分の槍を手に取るとサムソンさんに続く。まぁ、基本的に馬車の御者なんて常に盗賊や魔物から襲われるリスクを背負っているので何らかの戦闘技能を持っている事も多いのであの程度ならサムソンさんに任せても問題無いのだが、不本意ながらギルドの戦力として今回の遠征に来ているので盗賊のモドキの排除も手伝わねばと判断した訳だ。
武器を持ってツカツカ歩み寄るわたし達を見た三人衆はそれはもう慌てていた。
進むか逃げるか留まるかを判断しかねるようなステップを踏みつつもこの身体はわたし達から距離を取る方向に動いていた。うん、あれは人様から略奪出来るような肝っ玉等ない小心者の集いだ。
そうこうしてる内にわたしとサムソンさんは賊らしき人物の会話が聞こえてくる距離まで近づく訳だが、それはそれは狼狽していた。
「あ、アニキ!あいつら武器持っていますぜ」
「も、もうだめだ。だから辞めようって言ったんですよ!」
「お、落ち着けお前ら!相手は2人だ!き、気持ちで負けんじゃねえ!」
サムソンさんがウォーハンマーを肩に担ぎ何とも言えない表情で3人組を見つめていた。わたしも同じような表情をしているのではなかろうか。そして今さらわたしたちの接近に気が付いたかのように3人組の大柄な男が上擦った声でこう言った。
「い、今すぐちゅみにを置いてけ!あ、あとそれ以上近寄るな!」
わたしとサムソンさんは一度顔を見合わせると構わず歩を進め。普通に賊を生け捕りにした。
「「「すみませんでした」」」
5分後、地面に正座させられた三人衆がそんな事を宣っていた。
「アリシアちゃん、コイツらどうする?衛兵に突き出す?」
「あんたら、盗賊とか向いてないから止めときなさい」
人に武器を向ける事すら躊躇って居る連中だ。絶望的に向いてない。このまま盗賊稼業を続けるなら多分すぐ死ぬ。
「悪い事言わないから真っ当な職について地道に働きなさい。今回は見逃してあげるから」
「いいの?盗賊なら突き出した方がいいんじゃない?」
「コイツら見張りながら馬車て後2日ですよ。面倒臭いです」
「不良冒険者」
「冒険者じゃなくて受付です」
わたしとサムソンさんの話を聞いていた男の1人がガバっと顔を上げた。
「ね、姉さんギルドの人かい?頼む!俺達に冒険者登録する為の金を貸してくれ!」
「……嫌よ」
何故そうなる。
「大体その年まで働いてたなら冒険者の登録費用位払えた筈でしょ。そんなに法外な金額を取るわけでも無いでしょうに」
「騙されて有り金全部無くなっちまったんだ。もう3日も何も食べてねぇ。頼む!金が駄目なら食料だけでも分けてくれ。お願いします」
「うわぁ、面倒臭」
どうしよう。こいつら盗賊から物乞いにジョブチェンジしやがった。