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19話 わたしは激怒した

 既にない筈のゴブリンホームの偵察の為にひた歩くマーヤちゃんとミーシャとわたし。少し距離を空け、わたしたちの荷物を一手に運ぶ3人衆が追従している。


 違うよ。彼らが自発的に荷物を持つって言ってきたんだよ。決してわたしが押し付けた訳では無い。しかしやっとわたしをか弱い乙女として扱うようになったか、3人衆も成長したではないか。


 少し前に少し重い(当社比)荷物を持たせただけでへばってた頃と比較して体力も付いてきた。これは何か褒美を考えねばなるまい。


「やっぱこの武器重てえな。アリシアの姉御、こんなの振り回してんのか。俺なら一振りで腰が壊れるぜ」


 ハイジ……


「こんなのアリシア姉さんしか扱えねえっす」


 レント……


「姉御のパワーは世界一!」


 ザムザ……








 ………っ!







 ーーわたしは激怒した、必ずかの無知蒙昧な3人衆を矯正すると決意した。奴らの精神と肉体に乙女の何たるかを叩き込んでくれる!


 とまあ3人衆の処遇は後でゆっくり考えるとしてだ。マーヤちゃんがぎゅっと杖を握りしめて口を引き結んで緊張感を保つ姿をみるたびに心が痛むわ。ゴブリンホームはもうないのである。そこまで緊張しなくて大丈夫と教えてあげたい。


 何故死んだ目の工作員のアリバイ作りにマーヤちゃんの善意が利用されるのか。全くもって遺憾である。


 横目でミーシャを見るとなんかもう表情というかを醸し出す雰囲気全てで投げ遣りを表現していた。投げ遣りの権化である。


「マーヤちゃん。そんなに緊張してたら目的地に着く前に疲れちゃうよ」


「は、はい!」


 わたしの言葉に頷くものの握りしめられた杖がさらに強く握りしめられる。済まぬ。






 結局のところ山場なんてない。マーヤちゃんはゴブリンの巣が崩落していた事に驚愕していた。この調査が茶番だと言うのはわたしが責任をもって墓場まで持っていこう。


 あれか。ドナレスクの皆さんもわたしと接している時、こんな気分だったのだろうか。オーランド支部長の死んだ目もこう言ったことの繰り返しでそうなっていったのか。オーランドアイを手に入れた自分を想像し身震いする。悪霊退散。


 ギルドへの報告はつつがなく終わった。報告の最中、アーノルド支部長が「オーランド……」等と呟いていたが知らん。後はオーランド支部長が何とかしろ。


 そして支部長室を後にしてマーヤちゃんに大怪我した相方は大丈夫かと聞くと「まだ本調子ではないけど意識は戻りました」と改めてお礼を言われた。


 部屋を出てギルドのロビーへと行くと、ホールには席に座って静かに酒を飲む冒険者風の二人組と目が合う……アイツラ何してるん?


「なんだか最近、見ない顔の冒険者が増えましたね」


 マーヤちゃんがポツリと言った。うんそうだねこの辺の人じゃないからね。それどころか冒険者ですらないからね。


 わたしの元同僚です。古巣の人間です。あれだ浮浪者に扮してる山賊系貴族よりはマシな変装だと思う。


 リンデル駐屯軍に気取られないようにいろんな身分に扮して入ってきているのよね。冒険者ロールは当たりなのだろうか。


 その元同僚の一人がが酔った振りしてわたしとミーシャのほうに近づいて来る。わたしへのコンタクトを測るためだろう。別に彼らは諜報員とかでは無い。一応隊の性質として少数で動く事も多いので、市井に紛れる訓練をされているだけだ。


「ヒック、姉さん達いい女じゃねえか。ちっと俺たちの酌してくれよ」


「……」


 黙り込むわたしに舌打ちすると腕を掴まれる。そして手の平に紙を握らされる。


「生憎だけどこれから用事があるの。あまり騒ぐと問題になるわよ」


 わたしが言うと絡んできた元同僚は舌打ちして仲間の座る席へ戻って行った。


 心配するマーヤちゃんに大丈夫だとだけ告げ、彼女と別れた後にミーシャと渡された紙を確認した。



 今夜、遊園亭にて待つ。














 わたし、ミーシャ、それと3人衆もついでに引き連れ。紙に書かれた場所に向かった。と言っても何のことはない普通の酒場である。扉を開くと酒精に混ざって肉の焼ける匂いや香辛料の匂いが鼻腔を擽る。お腹減った。



「アリシア、ミーシャコッチだ!」


 声でけえよ。お前ら潜入中だろか


 わたし、ミーシャ、3人衆が声の主に近づいて行った。


「何してるんです?お二人とも」


 上機嫌で酒を飲む元同僚共に問いかけると兎に角座れと席を勧められる。3人衆はなんかビビって借りた猫になっている。まぁ、無理もない。3人衆が一週間で人格崩壊した懲罰式訓練を半年もの間やり続けた者たちだ。面構えが違う。


 それがわたしとミーシャの元同僚。王国軍特殊戦技隊の者たちだった。


「まぁ、ロペス軍団長が来てた時点で来るとは思ってましたけどいいんですかこんなところで騒いで」


 わたしが腰を下ろしたながらそう問うと。カップに注がれたエールを勢いよく煽りモジャモジャの顎鬚に泡を付けた元同僚ガレスさんが言った。


「俺達は今冒険者だ。冒険者が騒いで何が悪い!」


 そう言って。ガハハと笑うガレスさん。とんだ偏見である。


「アリシアもミーシャも変わんねえな。どうだ?シャバの空気は」


 くすんだブロンドの髪の毛をオールバックに撫でつけた男、ゲイルさんが言った。人をムショ帰りみたいに言うな。


「ガレスさーん、ゲイルさーんお久しぶりですぅ」


 ミーシャがブリブリしながら2人の前に腰を下ろすと自分もエールを頼みだした。ミーシャ、目の前の2人に可愛こぶりっこしても意味ないぞ。君の本性は既に割れている。ほら見ろめっちゃ爆笑してるじゃん。ーー後、そのエール、わたしももらおうか。自分の分も注文した。ついでに3人衆の分も注文したら超恐縮してた。


「大丈夫!このおじさん達の奢りだから」


 安心させる3人衆にそう言うとギョッとした顔つきに。


「おう、飲め飲め!誰だか知らんがな!」


 3人衆が一人、ザムザの背中を叩きながら言うゲイルさん。なんか凄く縮こまってる。ザムザ君、軍では舐められたら終わりだよ。


 まぁ、軍隊入れば金なんて割と貯まる。使う場所も暇もないからね。今のわたしミーシャみたいな宙ぶらりんは別として。

 だからここはタカっておくことにしよう。


「いやぁギルドで暇つぶしてたら、見知った顔が階段降って来るもんだから面食らったぜ!笑わせんじゃねえよ」


 見目麗しい女子団が上品に階段を降りてきただけだ。笑う要素などなかろう。


「何が可笑しいので?」


「だって、なぁ」


 思い出したようにクックと笑い出すガレスさん。


「わたし、ギルドの受付になって文化的な生活を送るんですー」


 両手を組んで祈るようにしながら声を高くして当時わたしが言ったことをリフレインするゲイルさん。本物の魅力的を1ミリも引き出せていない。やり直し。骨格ごと入れ替えてこい。


「そう言って軍を去った2人が武装して階段降りてきたら笑うだろ。楽しいか?文化的な生活」


 ニヤニヤしながらエールを口に含むゲイルさん。うるせぇ。こっちにも事情があるんだよ。


「信じて送り出したゴリラが別の場所でも相変わらずで、俺は嬉しいぞ」


 とガレス……


「ーーゴリラだと?」


「クハハハ!懐かしいな。なぁゲイルよ!」


 そう言って机をバンバンと叩くガレス。わたしは、貴様をバンバンと叩いてやりたい。


「よく殴られたな!」


 昔を懐かしむように言うゲイルさん。

 ーーこいつらマゾか?


 結局報復の拳は二人を喜ばせるだけだと知ったこの衝撃たるや。生理的嫌悪感で怒りのボルテージが一気に下がるほどだった。


「それで、何なんです?わたしたちを呼び出した理由は」


 あんな小細工までして呼び出したんだ。なんか理由あんだろ、吐け!


「まず、俺達を含めた戦技隊の面々も当然今度の合同作戦には参加する。それでだ、アリシア、ミーシャ。俺達と誰よりも早く敵の中枢を落とすぞ」


 剣呑な光を目に宿したガレスさんが言った。


 「敵の頭は必ず生かして捕らえる。絶対に殺すな。情報科が身柄をご所望だ。お前、復帰したんだろ?協力してもらう」


 ガレスさんの目が、冗談の通じない任務の重さを物語っていた。


  ……そして、わたしの胸に、久しく忘れていた感覚が蘇る。


ーー戻って来ちゃったなぁ。

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