2話 ここはわたしが引き受ける
ギルドから薬草の群生地まではそれほど時間がかからない。なんなら町中にも雑草の様に生えている事もあるのだが、町中の薬草は中々まとまった数が揃えられずまとまった量が欲しい時はこうして群生地まで足を伸ばしたりする。
元々鉱山地帯だけあって街の周りには山が多いので野草やキノコの類は良く食卓に並ぶ。因みに元々魔鉱石が豊富に取れる地域と言うだけあり周囲の魔素濃度は高く、強力な魔物が多数生息もしているのだがまぁ、そう言った魔物は先ず人里には降りてこない。まぁ来たら来たで全滅するしかないわけだが我々のような弱小ギルドでどうこう出来るほど組織というのは軽くない。
それに、強力な魔物の依頼が無かったとしても定期的な魔物の間引きは必要になるので普通はその手の依頼が国やら領主やらから出るのだがそれも出ない。理由は色々とあるが一番は町人の習慣だった。
「町の近くに出る魔物なら町の人が倒しちゃうんだよね。この町」
「どうしたんですか?今更」
ポツリと呟くわたしにミーシャが怪訝そうに聞いてくる。
「町の人が自分達で魔物倒しちゃうから討伐系の依頼ってないよねって話。国はおろか領主様からも」
「まぁ、あたしも初めて来たときは驚きましたけどね。どう見ても普通の人たちが農具片手に魔物引きずってるんですから。今となっては見慣れた光景ですけど」
「この辺の魔物って一応Dランクが最低なんだけどね」
ギルドでの魔物危険度はFからSで等級訳されているのでDといえば下の上位の危険度である。王都のギルドにいた頃はこの手の魔物を自分で狩る町人等皆無なのでそこに魔物討伐の需要があったのだが、ここではそれが通用しない。
「やっぱこの町、冒険者ギルド必要なくないですか?なんか魔物の解体も手慣れてるし」
「あれ、猟師のハンスさんが魔物の解体レクチャーしてるらしいわよ」
「ハンスさん。冒険者になってくれないですかね」
「魔物も狩れて捌き方も知ってて独自の販路もある。ううん……無理じゃないかな」
「やっぱいつ潰れてもおかしくないじゃないですかうちのギルド」
町の人はある程度普通に魔物と戦えて腕の良い猟師も居る。まぁ、山の奥には強力な魔物も居るわけだが、人里には先ず降りてこない。入って来る依頼は採取系の依頼が多く、難易度の割に報酬が安い。そんな町に冒険者が居着く筈もない。仕方がないのでこうしてギルド職員が依頼をこなすしかない訳だ。
「そうならない為に、定期的に依頼を出してくれる人たちは大事にしなきゃいけないの」
クレアおばさんとか。
「あたしとしても。ダラダラ出来る今の環境は気に入ってますからね。せいぜい潰れない様に立ち回りましょうか……って魔物ですね」
等と軽口を叩きながら歩いていると魔物の気配を感じたミーシャがホルスターからダガーを抜き臨戦に入る。
わたしもショートスピアの穂鞘を取り穂先を露出させた。
出てきた魔物は3体。全部同じ種類だった。その魔物はハルピュイア。人と鳥が融合したような魔物だ。顔は人間の女性に近い。腕がある部分には黒い翼が生えている。股関節からしたは鳥の羽毛が生えた人の足足先は鳥の鉤爪の様な形状をしている。胴体は人に違いがやはり羽毛が生えている。
3体のハルピュイアはわたし達を中心に威嚇するような奇声をあげながら上空を旋回している。
「最近多いわね。ミーシャ、ナイフ投げて打ち落とせる?」
「はーい」
軽い返事と同時に投擲されたダガー3本上空を飛び回るハルピュイアに突き刺さる。全て命中、2本は翼を傷つけ地面に落下。一体は頭に突き刺さり即死。
わたしは落下するハルピュイアに駆け寄り落下と同時にトドメを刺そうと2体の落下予測地点に走った。
2体の落下場所は近かったので一息で仕留める。一体は落下と同時に喉をブーツで踏み砕き、もう一体は普通に槍で突き殺した。
トドメを刺した2体からミーシャのダガーを回収しすると合流してきた彼女に渡した。
槍の穂を持ってきたボロキレで拭くとゲンナリとハルピュイアの死体を見遣る。
「解体は……面倒だし土に戻すか……」
一応ミーシャから了承を得て土魔法でハルピュイアの死骸を土に返した。
生命の宿って居ない有機物を土に還す農業用の魔法だ。以外と便利なのだが、殺人を犯した犯人が死体を処理する時にも使われる問題の多い魔法だ。特定の状況を除き、許可なく人の亡骸に使った場合厳罰に処されるがそれが抑止になっているのかは定かではない。
ハルピュイアを土くれにしたのは単純な理由で放置すると別の魔物が寄ってくるからだ。後、腐敗すると単純に臭い。
人里近くでの魔物の死体放置も違法なので自分で処理するかギルドに報告して有料で処理する必要がある。
わざわざミーシャに確認を取ったのは解体して素材を持ち帰るかの確認。まぁ、ハルピュイアなんてゲテモノ、解体しても碌な使い道がないので本当に儀礼的に確認しただけだ。
「相変わらず、見事なお手並みですね」。魔物の死骸処理でも食べていけるんじゃないですか」
「夏場、臭いから嫌。ミーシャだって炎魔法で灰に出来るじゃない」
「なんか死体の肉の焼ける臭いが苦手で、肉になった魔物肉なら大丈夫なんですけど、何なんですかねこの違い」
必要な処理は終えたので軽口を叩きながら薬草の群生地を目指して歩く事約半刻件の薬草の群生地に辿り着いたわたし達はせっせと依頼の薬草を摘み取っていた。
今回はあらかじめ用意していた複数枚の麻袋に種類毎に薬草を袋詰めし一杯になった薬草は持ってきたカゴに放り込むと言う方法を取っていた。
「アリシア先輩収納魔法とか使えないんですか?」
使えたらカゴなんか担いてえっちらおっちらせんわ。
「あんな高等魔法使える訳ないでしょ。もし使えたら今頃わたしは此処に居ないわよ」
「ですね。じゃあマジックバッグ買いましょうよ。経費で」
超高級品である。
「そんな金は無い。黙って手を動かす」
そうこうしていい感じに薬草が集まったと思った時にはさらに一刻程の時間が経っていた。
「ふう、こんな所にしときましょうか」
喋り疲れたのか黙々と薬草を取ってたミーシャに声をかける。
「そうですね。流石に腰がいたいです」
立ち上がり片手を腰に当てもう片方の手で腰をトントンとたたくミーシャはそこはかとなくおっさん臭かった。
「顔は可愛いのよね……」
「あ、先輩今あたしの事褒めました?」
「どうかしら。わたしにも分からない。素直に褒めさせて欲しいんだけど」
わたしが物思いにふけるのを知ってか知らずか、ふんふんと調子外れな鼻歌を歌いながら帰り支度を行うミーシャだったがピタリとその動きを止めた。
「先輩……」
ああ、ミーシャが真面目になる時等限られている。こういった場所では魔物の接近を表している。
「逃げられそう?」
「ああ、ちょっと難しいかもです。かなり近くまで来てます」
各々、武器を構えて臨戦体制を整える。
「Groooo!」
咆哮と共に選ばれたのは角の生えた熊だった。
「ホーンベア!」
ミーシャが叫ぶ。わたしもその存在を確認した時、溜まっていた唾を飲み込んでいた。
「ミーシャここはわたしが引き受けるわ!悪いけどダガーを貸してちょうだい。あなたは町に戻ってこの事をオーランド支部長に伝えてきて。ハンスさんと手の空いてる大人をなるべく沢山連れてきて」
「先輩……わかりました」
そう言って構えていたダガーをわたしにも手渡すミーシャ。
「先輩。分かってると思いますけど狙うなら首です」
「分かってるわ」
わたしの真剣な返事を聞くとミーシャは疾風の様な速さで走り去って行った
これでいい。ミーシャは足が速い。この事を町に伝えて応援を連れて来るまでの時間は短い方がいい。これは時間との勝負だ。
わたしは手に持っていた槍からミーシャのダガーへと武器を持ち替え。ホーンベアと対峙した。
「さあ、来なさい!」