17話 誰だわたしとゴリラを紐づけた奴は
巣穴前のゴブリンや兵隊を片付けた私たちは現在、ゴブリンホームを探索中である。兵隊は先の地滑りで全員外に出たと思われ、中にはゴブリンしかいなかった。
今さらだけどゴブリンの巣穴ってめっちゃ臭い。出会った時の3人衆も激臭だったけどそれらを掻き集めて濃縮したくらい。
例えるならヤギの乳を拭いて暫く放置した布と暫く体を洗えなかった時に首筋を掻いた後の爪の臭いを混ぜ合わせたようなそんな臭いだ。
なんでそんな事知ってるかって?軍隊って不衛生なもんなんだよ。一緒にいた隊の奴らが日に日に臭くなって行く過程は記憶に焼き付いている。臭いって記憶に残りやすいんだよね。
因みにわたしは何時でも薔薇の匂いだと自負している。誰がどう言おうと薔薇だ。
誰にも文句は言わせなかった。
「先輩。よく平然と進めますね」
鼻を摘んだミーシャが顔を顰めて言う。
例え笑顔で人を殴れる女だろうと、顔は可愛いミーシャだ。鼻を摘んだ事により舌足らずな雰囲気が出てさらに可愛い。
可愛いと思ってしまう事実が悔しい。
「かまととぶってないでとっとと慣れなさい」
「臭いものは臭いんです。大体かまととぶって特になる相手なんて居ないじゃないですか……」
私は同行するメンバーを確認する。ハンスさん、サムソンさん、オーランド支部長、ロペス軍団長、気が付くと当然の様な顔で付いてくる3人衆。こいつらなかなかどうして適応力が高い。意外に軍隊向きかもしれん。
皆特に臭いを気にしてる様子はない。
「確かにそうね」
損得で考える辺りが実にミーシャだ。安心した。さて、いつまでもミーシャを弄って遊んでる訳にも行かないので気持ちを切り替えよう。
未だに鼻を摘み顔を顰めるミーシャから視線を外すとロペス軍団長にずっと気になってた事を尋ねる。
「ところでロペス軍団長はどうしてここに居るんです?」
わたしの問を聞いたロペス軍団長がギロリとした目つきでわたしを見る。
「近々予定されてる。盗賊の掃討作戦にワシの部隊が参加するからに決まっとろうが……」
要するにクレイル帝国の工作部隊の殲滅である。軍隊が動いてるというのまだ伏せときたいらしいので、少数の精鋭部隊が送り込まれるんだろう。
「それぐらい、状況を見て推測出来んとは、頭まで鈍っとるようじゃな」
知っとるわ!ただの嫌味だよ。
「ーーアーノルド支部長からは軍から50人ほどが参加予定だと伺ってもいますけど。どの部隊が来るんです?ロペス軍団長の直属部隊ですよね。わたしとミーシャの古巣ですか?」
「だったらどうした」
ロペス軍団長の眉間に縦皺が寄り、口元が不機嫌そうに引き伸ばされた。
若い娘が接待してやってるのに何がそんなにご不満なんだこの爺は。
「ああ、なんというか少し顔を合わせ辛いなと」
昔の職場の人と会うのってなんか恥ずかしいよね。
「ふん!お前にも軍を逃げ出した負い目があったとはな!」
「逃げてないですー。任期満了の円満除隊ですー。ちゃんと暖かく送り出してもらいましたー」
最後の日に貰った贈り物だってちゃんと大事にしまってある。シルドランド王国に伝わる霊獣ゴリラの刻印がされた、ずっしり重たいレリーフだ。どういう意味の贈り物なのかは未だに分からないけど……大丈夫だよね、あれ嫌味じゃないよね?
「あ、あたしも貰いました。ガーベラの刻印がされたレリーフ。家に飾ってあります」
「なんーーだと」
ミーシャとわたし、一体何が違う。顔か?顔なのか?
「オーランド支部長!わたし可愛いですかね」
「ーーアリシアちゃん大丈夫?疲れてない?」
オーランド支部長が何故か気遣わしげにわたしを見てくる。止めろそんな目でわたしを見るな。何時もの死んだ目はどうした。
「姉御は俺達のアイドルでさぁ」
ザムザが言ってレントとハイジがしたり顔で頷いている。
うん、有り難う3人衆。でも君たちの棒読み可愛いは忘れてないよ。
「はん!相変わらず人をたらし込むのは上手いみたいだな」
3人衆を見たロペス軍団長が吐き捨てるように言った。
「お前は軍隊時代も信奉者がおったからな。縁起物だと王都からゴリラの木彫りが消えたなんてこともあったな」
この爺人のコンプレックスを実に楽しそうに話すな。
「どうしよう。微塵も嬉しくない」
それでは私が霊獣ゴリラと同一視されてるみたいではないか。大体誰だわたしとゴリラを紐づけた奴はーーわたしのイメージと全然合わないじゃないか。
「「「す、すげえぜ姉御……」」」
お前らは何を感極まってるんだ。
腹立ち紛れに飛び出してきたゴブリンにビンタした。首が180度回って崩れ落ちる。この可愛らしい攻撃のどこがゴリラだ。失礼にも程がある。
その後もゴブリンを処理しつつ巣穴内をくまなく探索。それにしてもオーランド支部長勝手知ったるみたいな感じで巣穴をスタスタ歩いてたから不思議に思ってたけど話を聞いてみたら。既に内部地形の情報は調査済みだとの事。あとは本当に仕上げだけだったらしい。なんか本隊はまだ泳がせたいからみたいな事を言ってた。通りで穴から飛び出してきた兵士の死体を念入りに処分してる訳だ。死体が見つかって厳戒態勢とかになられても困るのだろう。
「敵兵、結構死にましたけど勘づかれるんじゃないですか?」
「敵側に潜入してる人間が上手くやるよ。多分、脱走した事にするんじゃないかな。まぁ、数日持てばいいんだからそんなに難しくないよ」
いつの間にか死んだ魚の目に戻ったオーランド支部長。流石に生涯掛けて秘密を隠匿しようとした人間は言うことが違う。
かなり先の話になるがこの話を聞いていた3人衆は生活基盤が整った後にゴリラの置物を買って来てわたしが軽く傷つく事になるのは別の話である。
彼女をゴリラと紐づけた奴は私です。