親子の絵画
これはあられの父の話です。
私は駄目な人間であることを先に述べておこうと思う。
私の家は明日の飯にありつけられるかも分からないような貧しい家庭の家だった。
私の父(あられから見て祖父にあたる)は無名の画家だった。酒、ギャンブル、煙草という三種の神器をそろえていたクズ人間のもとに、お金がたまるという概念は存在しえなかった。
そのせいで母は私が物心つく前に父に愛想を尽くし、出て行ったという。
父はほとんど帰ることはなくたまに顔を出し、私が生きていることを確認しては小さくため息をつくと、コンビニの半額シールのついた小さな菓子パンを置いて、またどこかへ出かけてしまっていた。
頼れる人もいない、食べ物もない、ただただ孤独感と部屋に入ってくる凍える風を感じて、布団にうずくまることしかできなかった。
”こんな人間にはならない”
父にその感情を抱くことになんのためらいもなかった。ただただ憎かった。
やがて父は死んだ。
どうやら酒の瓶を3つもあけた後、誤って道路に転げ込み車にはねられたらしい。
あっけなさと虚無感が押し寄せてきて気持ちが悪くなったのを今もなぜか鮮明に思い出せる。
その後、私の父方の祖父母が私を引き取った。
それまで私が住んでいたアパートとは無事におさらばすることとなり、掃除をしていた時の事だった。
ビール缶や生ごみ、ビニール袋で散乱した部屋の中の片隅に、なぜか大きな風呂敷で包まれた四角い何かがあった。
「これ、、、って、、、なんですか?」
祖母は”どれどれ”と私の眺めていたものを見つめ、やがて包まれていた風呂敷を丁寧に外していった。
目の前に現れたのは母親と思われる人物がまだ1歳にも満たないであろう赤ん坊をとても愛しく抱いている、ただそれだけの絵画だった。
それを見て私は初めて全身の鳥肌が立ち、心の叫びを抑えずにはいられないほどの高揚を覚えた。
その絵画に感動したのだ。
後で知ったことだがそれは父の絵だったらしい。
今となってはなぜ父がその絵を唯一売ることもなく、大事にしていたのは本人にしか分からない。
そう、分からないはずなのだ。
なのに今になってその時の父に共感を持ってしまうことは、私も父に似てしまった証拠なのかもしれない。
今の私はどうだろう、
厳しく指導するあまり、あられは、頼れる人もいなく孤独感に押しつぶされそうになって毎日部屋でベットにこもっている。あんなにも憎んで”こんな人間にはならない”と決意までした父に、少しずつ近づいてしまっていたのだろう。
あの絵はきっと、父の夢見た理想のアパートの風景だったのかもしれない。
あがいてもあがいても、到底手放すことのできないもの。
もしくは、もう、、、手放してしまっていたもの。




