ゾンビだろうと呪いの人形だろうとも、私達は腐らず優雅たるべきですわ。
私とルルは、相変わらず崩壊した街を歩いていた。
ゾンビの群れの間を縫うようにして進む私たちは、まるで誰にも気づかれることのない亡霊のようだった。
彼らは生者の匂いにしか反応しない。
つまり、私たちのことは、見えていながら見えていない。
「便利なことですわね」
私は独り言のように呟きながら、ルルの手を引いた。
彼女は私にされるがまま、淡々と歩いている。
この少女が、かつてどんな人間だったのか、私は知らない。
彼女自身も、もう覚えていないのかもしれない。
けれど、そんなことは関係ない。
“今の彼女”が、私と一緒にいる。
それがすべてだった。
⸻
廃墟の屋敷にて
私たちは少し立派な屋敷の前で足を止めた。
「まあ、なかなかの佇まいですわね」
とはいえ、すでに屋根は崩れかけ、外壁には蔦が這い回っている。
それでも、扉はまだ原型を保ち、建物全体の雰囲気はどこか気品すら漂わせていた。
私はルルの手を引きながら、ゆっくりと扉を押す。
ギィィ……
埃っぽい空気が舞い上がり、古びたシャンデリアの光が窓から差し込む薄明かりに映えた。
割れた鏡が床に落ち、壊れた家具が転がる中、それでもなおこの屋敷がかつての栄華を物語っている。
私は足元の破片を避けながら、ゆっくりと奥へと進んだ。
「少し、休んでいきましょうか」
ルルは無言のまま、ただ私の言葉に従う。
⸻
屋敷の奥、広間にはまだ使えそうなソファが残っていた。
私は優雅にそこに腰を下ろし、ルルを隣に座らせる。
私はふと、ルルの顔を眺めた。
ゾンビのくせに、彼女の顔はほとんど傷ひとつない。
普通のゾンビたちが日に日に朽ちていくのに、彼女は変わらない。
私もまた、人形である以上、時間が経とうと劣化することはない。
――ならば、私たちはこの終わった世界において、“腐敗しない者たち”ということになるのかしら?
ふと、そんなことを考えた。
私は足を組み、埃を払うようにスカートを整えた。
「ゾンビだろうと呪いの人形だろうとも、私達は腐らず優雅たるべきですわ」
ルルは何も言わない。
けれど、私の言葉を否定する様子もなかった。
私はそのまま、彼女の髪を指で梳いた。
「ほら、ご覧なさい。髪が少し絡まっておりますわ」
ゾンビだから仕方がないのかもしれない。
それでも、私は彼女の髪を梳かし続けた。
どれだけ世界が朽ちようとも、どれだけ文明が滅びようとも――
私は、私として在り続ける。
そして、この少女もまた、私とともにある。
それだけで、十分だった。
⸻
ルルの髪を整え終えた頃、廊下の奥から物音がした。
私はそちらに目を向ける。
――ゾンビ?
いや、違う。
ゾンビなら、あんな慎重な足音を立てるはずがない。
まるで、何かを警戒しながら進んでいるような足取り。
「……珍しいですわね」
私はゆっくりと立ち上がる。
ルルもそれにつられるように立ち上がった。
侵入者は、この屋敷に何を求めているのかしら?
私は思わず口元に微笑みを浮かべた。
――この世界において、久々に”出会い”というものが訪れる予感がする。
腐らずに在り続ける私たちの旅は、まだまだ続く。