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人形と少女ゾンビ

 世界はすっかり変わってしまった。


 建物は崩れ、道路にはひびが入り、あちこちで朽ちた車が放置されている。

 風に乗って、どこか遠くからゾンビの呻き声が響く。


 けれど、この世界の変化は、私には関係がない。

 私は人形。生きていないもの。

 だから、ゾンビたちは私に気づいても、すぐに視線を外し、無関心を貫く。


 「まあ、とても都合がよろしいですわ」


 私は人形特有のぎこちない足取りで、崩壊した町を歩く。

 誰にも邪魔されず、誰にも襲われず、ただ静かに。


 ――と、そのとき。


 私は、目の前の道端にぽつんと立ち尽くす少女を見つけた。


 「まあ……?」


 それは、ゾンビだった。


 けれど、これまで見てきたゾンビとは違う。

 身体はほぼ無傷。

 服も破れておらず、肌もまだ血の気を失っていない。

 まるで”まだ生きている”かのような、そんな不思議な雰囲気を纏っていた。


 「……あなた、どうしたのです?」


 私は軽く手を振ってみる。


 少女ゾンビは、ゆっくりと私を見つめる。

 だが、襲ってくることはない。


 「まあ、どうしましょうか……」


 この少女も、ゾンビではあるのだろう。

 ただ、どこか寂しそうに見えた。


 「……ならば」


 私は彼女の手をそっと握った。


 ひんやりとしていた。


 それでも、手を離す理由にはならない。


 「よろしければ、一緒に参りませんこと?」


 当然、答えはない。

 けれど、少女は手を振り払うこともなく、そのままゆっくりと私の後をついてきた。


 ――呪いの人形と、ゾンビの少女。奇妙な二人組の旅が始まる。




 夕日が傾く頃、私は少女ゾンビの手を引きながら、適当な廃墟に入り込んだ。

 屋根が残っている建物を見つけるのは、意外と骨が折れる。

 とはいえ、夜になったところで、ゾンビたちが急に襲いかかってくるわけでもないので、私はそこまで気にしてはいなかった。


 崩れた椅子に腰掛けながら、私はふと考え込む。


 「……そういえば」


 少女ゾンビを”ルル”と勝手に名付けたことを思い出す。


 「私、自分の名前をつけるのを忘れていましたわ」


 私は人形。

 かつては誰かに所有されていたはずだが、目覚めたときにはすでに世界は崩壊していた。

 つまり、今の私は**誰のものでもない”ただの人形”**ということになる。


 「それはそれで、少し寂しいですわね」


 私はルルの手を握ったまま、考える。


 「何か、それらしい名前はないかしら?」


 とはいえ、人形が自分で名前をつけるというのも、おかしな話である。

 だが、せっかく新しい世界で自由になったのだから、名前くらいは自分で決めてもよいのではないか――。


 「……ふふっ、まあ、急ぐことではありませんわね」


 私はルルの髪を優しく撫でた。

 彼女は相変わらず無表情のままだったが、私の動きにほんの少しだけ目を瞬かせた。


 ――崩壊した世界で、私は名を持たぬまま、ゾンビの少女と旅を続ける。

 けれど、そのうち、ふさわしい名が見つかる日が来るかもしれない。

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