復活...しかし
第一話 呪いの人形、目覚める
静寂を裂くように、視界が開けた。
長い、長い眠りの果て。私はようやく目を覚ました。
――待ちに待った復活の刻。
私を呪い、封印した者たちへ報いを与える時が、ついに訪れたのだ。
この身に刻まれた怨嗟の呪詛が解け、再び自由を手にした私は、まず己の姿を確かめる。
「……?」
おかしい。
部屋は埃まみれで、家具は崩れ落ち、かつての主たる屋敷はすっかり廃墟と化している。
長い時間が経過していることは明らかだった。
遠くから、不気味な呻き声が響く。
肉を引き裂くような、じゅるじゅると湿った音も混じっていた。
私は静かに窓辺へ歩み寄り、外の様子を確かめる。
「……まあ、なんてこと」
視界に広がるのは、かつての華やかな町並みではなく、荒れ果てた廃墟の群れ。
そして、その隙間を埋め尽くすように徘徊する無数の異形の群れ――。
ゾンビ。
腐敗し、肌はただれ、目は濁り、どろどろと崩れ落ちそうな死者たちが、町全体を埋め尽くしている。
彼らは歩き回り、時折、まだ生きている者を見つけては貪り喰らっていた。
「……まあ、大変」
驚くべき光景ではあったが、どこか実感が湧かない。
というのも、私は人形。
つまり、生きていない。
ゾンビたちは、生者の匂いに反応し、襲いかかるもの。
ならば、生きていない私には――
――なんの興味も示さない。
私は試しに屋敷の外へ一歩踏み出してみた。
ゾンビたちが、ぴくりと反応し、腐った顔をこちらに向ける。
「……あら」
しかし、その濁った目が私を捉えたのも束の間。
彼らはすぐに目を逸らし、何事もなかったかのように彷徨い続ける。
「まあ、便利なこと」
私はくすくすと微笑んだ。
なんということでしょう。世界は滅んでいるというのに、私にとってはなんの障害もない。
これほど自由な状況が、かつてあったかしら?
――復讐?
そういえば、目覚めた時にそう考えたような気もする。
だが、もはやその必要もないのではないか。
私を封印した者たちは、とっくの昔に死んでいるか、もしくはこのゾンビの群れに飲み込まれたのだろう。
ならば、過去に囚われていても仕方がない。
「……それに、なんだか楽しそうですもの」
私はゾンビたちの間を、優雅に歩き出す。
彼らはまったく気に留めない。
普通の人間ならば、息を潜めて歩いても、すぐに襲われるというのに。
けれど、私は違う。
私は”ただの人形”。
不老不死で、滅びることのない存在。
そんな私だけが、この終末の世界を悠々と歩くことができる。
「ふふ、これは、存分に堪能させていただかなくてはなりませんね」
終わった世界。
死者の群れに満ちた荒廃した町。
私以外に、理性を持つ者はもういないかもしれない。
――でも、それがどうしたというの?
むしろ、これほど自由な状況が他にあるかしら?
私は軽やかにスキップしてみる。
人間サイズの体ではないから、ぎこちない動きになってしまうけれど、それすらも可愛らしい気がしてしまう。
「さて、何をしましょうか?」
久しぶりに目覚めたのだから、まずはこの新しい世界を見て回りたい。
人間たちが築いた文化の残骸、ゾンビの支配する荒野。
どこへ行こうと、誰にも咎められない。
そう考えると、心が弾んだ。
私は再び歩き出す。
目的地は決まっていない。
ただ、無邪気な子供のように、壊れた世界を楽しみながら進んでいく。
――呪いの人形の、気ままな旅が始まる。