2.【マシューとコミュニケーションをとりました】
(ほう、ほかの人の怪我も直せるんだ、なんか青い光に包まれてたよな、あの光が治療したのかなあ、とりあえず死ぬ恐れはなくなったから話を聞くとするか)
猿轡を外すと男が叫びだした。
「‘&%$#“!$&”’$‘!%」
(だめだ、わからねぇ、異世界転移って言葉使えるようにしてくれるのが常道なのに、これ、結構つらいかも。まあ俺の言葉は理解できるかもしれないから一応話してみよう)
「うるさいので静かにしてくださいね、私の言葉がわかりますか?わかったらすぐに黙ってもらえますか」
「!#%‘」%#“$’%#」
(通じないか、そりゃそうだよな。まず静かにさせてダイニングに行ってから仕切り直すか)
暴れる男に猿轡を付け直し、少しは歩けるようにと足を縛り直した。
身振り手振りを活用して男をダイニングテーブルにつかせたうえで猿轡を外した。
「¥‘$“#”&%$#%)」
「うるせえ、いい加減黙れよ。あ~あ翻訳アプリ使えれば解決するのにな」
この時、家の照明が点滅した。
スピーカーがドラムロールをならし、「所有者の指示により通訳1がスキルに加わりました。通訳1の機能で異世界人との会話が可能になります。」と奏でた。
(おっ、脅せば静かになるかな)
「うるさいので黙っていただけますか、喚き続けるなら家から放り出して橋の下に戻しますよ」
効果は覿面で男は慌てて口を閉じた。
「言葉が通じたようですね、ではまず名前からですかね、私は『ヨシト』と言います。あなたの名前、年齢、職業、橋の下に転がされていた理由を教えてください」
「私はマシューと言います、28歳です。仕事は商人でトヌムの町で店を開いています。今回は仕入れのために領都に行く途中だったのですが、臨時雇いの冒険者に裏切られて縛り上げられたのです」
私はマシューの顔を見ながら信じてよいものかどうか思案していた。
「ヨシト様、私から話しかけてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいですよ」
「ヨシト様、助けていただいてありがとうございます。もしかしたらヨシト様は彷徨人様ですか」
「彷徨人、なんですかそれ」
「彷徨人様をご存じないですか、この国では子供のころに、建国のお話というのを聞いて育つのですが、その中に建国王を助けてくれる彷徨人様が出てくるのです。彷徨人様は黒目・黒髪で不思議な神のような力をお持ちだったのです。
そのようなおとぎ話は全く信じていなかったのですが、ヨシト様は黒目・黒髪ですし、私の怪我を治してくださり、あっという間にここに連れてきてくださったりと不思議な力をお持ちなので彷徨人様だと思ったのです」
「彷徨人ねぇ、確かにお話と一致する部分はあるようですね。でも私は違いますよ、と言っても信じていただけないでしょうけど。
マシューさんが私を彷徨人だと思い込むのは止められませんが、そうするとマシューさんはこれからどうするのですか」
「建国王のお言葉に、もし後世の民が彷徨人様に会うことがあればお仕えするようにというのがあります。でも私は建国王のお言葉が無くても、命の恩人であるヨシト様にご恩返しをしたいと思ってます。
それからヨシト様はこの国のことは不案内ですよね、彷徨人様のこともご存じないくらいですから、私は商人でこのあたりのことには詳しいのでお役に立てると思います。というかお役に立ちたいです」
「そうですか、確かに困っているところをお助けしたのは事実ですから、恩返しをしたいといわれるのも不思議ではないですね。
それに私もこのあたりの人と知り合いになりたいとは思っていますけど、もう少しお互いをよく知ることが必要ですね。
実はマシューさんは私の許可がないとこの家から出られないのですよ。
まず実感してもらうために私についてきてください。」
玄関まで来て扉を開け外の景色を見させる。目の前にはマシューが縛られていた橋が見える。そのまま扉を閉め直ちに開けるようにマシューを促す。
当然ながら扉は開かない。
再び私が扉を開いてマシューと一緒に外に出る。言葉が通じなくなったので身振りで先に進むことを指示する。
数歩歩いてマシューを振り向かせると家が見当たらないことにマシューは愕然とする。
そのままそこに待機しているように指示して私だけ家に戻り玄関からマシューの行動を観察する。
私が消えたことに呆然としているのか待機命令を守っているのか判然としないがとりあえずマシューはその場にとどまり続けていた。
少ししてから私が外に出るとマシューは安心した表情になり、再び二人で家に戻る。
「マシューさん、これからマシューさんの拘束を解きますが、今示した通り私に何かあるとこの家から出られなくなりますので私に危害を加えないでくださいね」
何か考え込みように動きを止めているマシューの拘束をすべて解く。
我に返ったマシューは私の前に跪いた。
「ヨシト様、やはりあなたは彷徨人だと思います。ぜひともヨシト様にお仕えさせてください」
「お仕えねぇ、まあ数日二人だけで暮らすのですから答えはそのあとのことにしましょう。早速ですがマシューさんにお願いがあります。そこの扉を開けると浴場になっていますから体を洗ってきてくれますか。実は結構臭いのですよね。それから風呂から出たらこちらの服に着替えてください。服も洗わないと臭くて。」
マシューが入浴している間に簡単に食事の準備をした。
レトルトのカレーを出すと貪るように3杯食べると、疲れていたのだろううつらうつらしだしたので客間のベッドに放り込んだ。
(さあ、マシューがいなくなったのでレベルアップの確認をしよう)
スマートホーム:異世界の家
レベル:1
所有者:ヨシト
使用可能スペース:ダイニングキッチン・リビング・寝室・応接間・客間・倉庫
スキル
外部接続2:所有者が行ったことのある場所と玄関を接続できる。
:メンバーとして行ったことのある場所と玄関を接続できる
:玄関を通らずに接続できる場所に直接出ることができる
帰宅接続2:所有者が家に帰りたいと思うと家の中の好きな場所に戻れる
:メンバーはダイニングキッチンか倉庫に自分の意志で戻れる
資源調達1:家にある消耗品が24時間後にすべて補充される。
アカシックレコード1:地球のすべての書物が閲覧できる
治療2:所有者が帰宅すると怪我が直ちに治癒する
:所有者が指定した家の中にいる人の怪我が直ちに治癒する
回復2:所有者が帰宅すると所有者のステータスが全回復する。
:所有者が指定した家の中にいる人のステータスが全回復する。
通訳1:所有者とゲストの会話支援のため翻訳ソフトが同時通訳を行う
使用者権限:権限1-所有者-異世界の家の機能をすべて使用できる
所有者は家の利用者の権限を設定できる
権限2-副所有者-所有者の承認で家の機能をすべて使用できる
権限3-管理スタッフ-未発生
権限4-メンバー-未発生
権限5-ゲスト-マシュー:
ゲストはダイニングキッチン・応接間・客間・倉庫を自由に
移動でき、中にあるものは自由に使用できる。
(そっかー、メンバーがいれば家の利便性が向上するのかあ、信でもじられる人じゃないと危ないよな)
「おはようマシューさん、疲れは取れましたか」
「おはようございます、ヨシト様、体は万全です。あと、昨日は申し訳ございませんでした、いつのまにか寝てしまって」
「いいって、昨日は体も心も疲れていたでしょ。それで今日なんですけどマシューさんのことをもう少し詳しく教えてくれると嬉しいな」
「はい承知しました」
マシューはトヌムの町で生まれ両親は食堂をやっていたとのことだった。料理の才能は妹のリタにだけに引き継がれていたので、マシューは父親の友人の商人のところに見習いに入ったそうだ。
マシューは商人の娘のアイリーンと愛し合うようになり、まじめで商才もあるマシューを気に入った商人はアイリーンとマシューを結婚させてマシューを跡継ぎにする予定でマシューの両親と話を進めていた。
両家で婚約を祝うためのパーティーを町の近くにある湖畔でしているときに突然ゴブリンの集団に襲われた。
気づくのが遅れた両親たちはあっという間に殺されアイリーンとリタを守りながら戦っているマシューもこれまでかと覚悟した時に冒険者のガラハドが助けに入ってくれたのだ。
ゴブリンを撃退できそうになった時、ゴブリンメイジがリタに向かってファイヤーボールを打ち出してきた。とっさにリタをかばったアイリーンは顔にファイヤーボールを受けてしまった。
何とか四人で町まで戻ることはできたがアイリーンが治療魔法を受けるのに膨大な費用が必要になりアイリーンの家の権利を売ることになってしまった。
それでもアイリーンの怪我は完治せず視力を失ってしまったのだ。
ただ治療の過程で治癒魔法をたくさん掛けられていたアイリーンに清拭魔法が発現した。
清拭魔法は傷口を綺麗にすることで治癒魔法の効果を高めたり洗い物や掃除ができるため、司祭の好意により教会で助手として働くことになった。
マシューはアイリーンに何度も自分と結婚してほしいと説得したがアイリーンは教会にいれば人の役に立てるけどマシューと結婚しても役に立たないからと今でも頑なに結婚を拒んでいる。
また、マシューの実家も料理人の両親を亡くし、料理が得意とはいえリタもまだ若かったので店を続けることはできなかった。その代わり店の権利を売ったお金でマシューが商店を興したのだ。
商店の経営は順調だったがマシューはアイリーンを治す資金をためるため危険を伴うキャラバンにたびたび参加していた。
ゴブリンに襲われたときに助けてくれたガラハドはマシューと気が合ったのでキャラバンに出るときは必ず護衛として参加していたそうだ。
ガラハドはリタの勧めによりマシューたちの店に住んでいて護衛仕事がないときはダンジョンで採集の仕事をしていた。
今回は出発直前にガラハドが怪我をしたため臨時の冒険を雇ったのだがそいつに裏切られて橋の下に放置されたとのことだった。
殺されなかったのは、殺すと町に入るときの魔道具によるチェックに引っかかるため、縛って放置して殺人履歴がつかないようにするというのが良くやられることなのだそうだ。
「ということはさあ、マシューさんは早くトヌムに帰りたいよな」
「ええ、まあそうですが、私はヨシト様の役に立つことを最優先すると自分に誓ったので…」
「わかった、じゃあこれからトヌムに向かおう。徒歩になるけど何日くらいかかるの」
「普通だと10日くらいかかりますけど」
(家の機能を使って荷物なしでひたすら歩けば5日くらいで着きそうだな)
2人で水とマチェットだけを持って歩くことにした。
一時間歩いたら家に戻って全回復というリズムにしたらとんでもないスピードで進むことができた。
「ヨシト様、これ商売するにもとんでもないアドバンテージになりますね」
「ああ、だけど私にとっては外に出ると言葉が通じないほうが問題だな、早々に覚えたいのでよろしく頼む」
「はい、承知しました。それから明日は森を切り開いたところを通るのですがたまに小さい魔獣が出るのでお気を付けください」
「ああ、わかった注意する」
森の中の道は少し狭かったが、ところどころに花が咲き果実も実っていた。
「マシューさん、この道は気持ちがいいよね」
言葉は通じなくても気持ちは通じるだろうと思い振り返って話しかける私をマシューが力いっぱい突き飛ばした。