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英雄動く Ⅱ

「……アンテールも大変な目に遭ったな」


 ネラックとともにクペル城から戻ってきたというアンテールの元気な姿を見ると、まずは安堵し、それから労うようにボナールはそう声をかける。

 それに対して、心の中では同じように安堵の気持ちはあるものの、アンテールはそれほど浮かれた表情を見せぬまま口を開く。


「まあ、私はこうして生きています。ですが、攻撃に巻き込まれたマジュラは残念なことになりました」


 アンテールは口にしたマジュラとは、彼とともにクペル城に向かった魔術師のひとりで、他の者は、転移魔法でミュランジからクペル城まで一気に移動するためにおこなう「魔術師の記憶」を手に入れた直後すぐさまミュランジに戻る中、アンテールを連れ帰るためにひとり残ったアラン・マジュラのことである。


 もちろん有能な魔術師をひとり失ったのは痛い。

 だが、ボナールにとっては目の前にいる人物に比べればその価値はやはり数段劣る。


 そして、それよりもさらに興味を持ってしまうのは、これだけのことやってのけたまだ見えぬ敵であるというのは、ボナールもやはりそちら側の者だということであろう。


「それにしても、初手が魔術師狩りとは驚くな。つまり、これから魔族の大攻勢があるわけだ。それでロバウはそれに対してどう動いた?」


 さっそくやってきたボナールの問いにアンテールが答える。


「魔術師がいなくなったため、足に自信がある者を選抜してこちらに向かわせています」


「まあ、いつ来るかわからぬこちらの魔術師をアテになどできない。時間はかかるが連絡を取るにはそれにしかあるまい。それから?」

「敵の侵攻を遅らせるため、城の守りを一万だけ残し、すべて前線に送り込む命令をしていました。私たちが知るのはそこまでとなります。なにしろ再び魔術師を狙われたら脱出できなくなりますので、ネラック殿の到着直後こうして戻ってきたわけで……」

「わかった」


 ボナールが次の問いに進もうとした瞬間、相手の男の口が開く。


「それから気になる話がひとつ」


「実は魔術師に対しての攻撃に続いて、火球がクペル城に落とされたのですが、その発生元がアリターナの陣地上空だったというのです」

「アリターナの陣地の上空に現れた火球がそのまま落下せず、こちらにやってきたということか」

「そういうことです」

「……なるほど」


「ルルディーオ」


 アンテールから報告をすべて聞き終えたボナールが名を呼んだのは脇に控えている自らの部隊の魔術師長で、フランベーニュでも高位に位置する魔術師オーバン・ルルディーオだった。


「火球を使った攻撃というのは、自らの手元でつくったものを相手に向けて飛ばすと私は認識しているが、間違いないか」

「そのとおりです」

「一応聞く。たとえば、ここから遠くの場所に火球をつくり、さらにそれを飛ばすことは可能か?」

「私には少々難しいかと」

「なるほど」


 ……ルルディーオにできない。

 ……当然、他の者にも無理か。

 ……魔族がそれをおこなったのではないかと考えたのだが、そういうことであればそれはありえないということになる。

 ……だが、そうなるとその火球を飛ばしたのはアリターナの魔術師となる。

 ……それをどう……


「……ですが……」


 複雑に絡まった糸を解すようなボナールの思考を遮るようにルルディーオの声が彼の耳に届く。


「……クペル城もこの城と同程度の防御魔法は施されていたと思います。それを打ち破り、さらに魔術師だけに狙いをつけて攻撃するだけの実力があれば、あるいはそのような芸当も可能なのかもしれません」

「つまり……」

「その者が魔族なのか、アリターナ人なのかは別にして、その魔術師は私よりも上の術者と思ったほうがいいでしょう。残念ながら」

「ルルディーオより上?それはどの程度だ?」

「私とネラックが最大限の魔法で防御魔法を展開しなくては追いつけないほどと表現しておきましょうか」


「……そういうことならば、実際に戦う場合には、おまえたちふたりは防御に徹してもらおう」


 会話にまとまりがないことからもわかるとおり、ボナールは自らが意識している以上にこれまで蓄積された疲れはあった。

 本来であれば、まずは休養を取り、それから次の段階に進むべきであったのだが、好敵手と思わられる者と戦える高揚感に満たされたボナールはそれを拒む。


 すぐさま会議が始まる。


 その出席者の顔ぶれは、ボナールの配下の将軍と魔術師団の幹部とミュランジ城の城主クロヴィス・リブルヌだけで、大貴族たちはひとりも参加していない。


「……疲れと酒のおかげでお休みになっていた方々を叩き起こすのは申しわけないでしょう」


 その場にいない者への大いなる皮肉でその理由を口にしたのは、そうなるように指示した者である。

 ボナールはその男の機転に謝意を示すように小さく頷くと、早速本題に入る。


「私の遅延のおかげで敵に先手を取られてしまったわけなのだが……」


「とりあえず、敵が押し寄せている可能性もあるクペル城の救援。それが叶わない場合でも状況を把握しなければならない」


「エドメ・ジェネスルット将軍。旗下の部隊五千と魔術師四百を率いてクペル城に向かえ」

「承知」

「少々お待ちを」


 一瞬で終了したボナールとジェネスルットの会話に割り込んだのはリブルヌの声だった。


「何かな?」

「この城にも兵が多数駐屯しております。そこから一万五千をジェネスルット殿にお預けする。もちろん我が部隊はボナール殿の部隊ほど勇猛ではないでしょうが、もし、クペル城に入場していれば、その警備くらいは務まるでしょう。そうすれば、ロバウ将軍も前線に出ることは可能となります」


 そう言ったところで、リブルヌは五人の男を呼び寄せる。


「アメデ・グルゴア、オーバン・マロル、バスチアン・ボニエール、アルセール・アルボン、アルマン・サベ。おまえたちに兵三千ずつを預ける。ジェネスルット殿の指示に従って働け」

「承知」

「よろしくお願いする」


「感謝する。では、すぐに出発しろ。くれぐれも無理はするな。それから……」

「状況を速やかに報告せよ」


 もちろん数が限られた将兵を前線へ小出しにするように送り出すのは好ましいことではないのはボナールも承知している。

 だが、まずは状況を把握しなければならない。

 さらに手持ちの兵の大部分を渓谷内に送り込んでいるロバウの手元には一万程度しか兵は残っていないという。

 クペル城はマンジューク攻略をするための重要拠点。

 すでに落とされているなら仕方がないが、そうでなければ救うべき場所ではある。

 そうなれば、増援は必要となる。

 それがボナールの判断である。


 さらにもうひとつ。

 

 現在クペル城には魔術師がいない。

 この補充も兼ねている。


 その場にいる全員が大きく頷くが、実をいえばリブルヌはその決定に疑問を感じていた。


 ……そうは言うが、防御魔法を突破したうえ、魔術師を狙い撃ちにするような奴らがいるのなら、こちらからいくら送り込んでもやられるだけ。貴重な魔術師を減らすだけになるのではないか?


 だが、そう言った直後、彼は自らの言葉を否定する。


 ……それを言ってしまえば、これから彼らがおこなおうとしている戦いにも防御魔法は必要ないということになってしまう。

 ……さすがに魔術師の援護なしに魔術師たちと戦えとはいえない。


 ……それに、そんなことはボナール殿もわかっている。だが、状況がわからない以上、最低限の備えをするつもりで動くことは必要。そういうことなのだろう。


 ……だいたい実際に戦うのはボナール殿たち。

 ……彼らがそう言うのであれば、この城に留まる自分はこれ以上口出しをすべきではない。


 ……ここは無言を貫くべき。


 心の中でそう割り切り、自らの主張をあっさりと消し去った。

 ボナールはそんなリブルヌの様子を訝し気に眺めていたが、やがて言葉を続け始める。


「では、実際の戦いについて話をしようか」


 実をいえば、このあとすぐにリブルヌは退室する。

 そして、ボナールがマンジューク攻略策を用意していなかった根拠とされているもののひとつが、部屋を出てきた直後のリブルヌが、その理由を問うた部下のひとりに「ボナール将軍は無策でここまで来たため、クペル城を救い、マンジュークを攻略する策をこれから考えるそうだ」と答えたことが記録に残っていたためである。

 だが……。


 クペル城には同行しないリブルヌまで参加させていた軍議に自分たちを呼ばなかったことを大貴族が知れば揉めるのは必定。

 しかし、ここで自分が退室すれば、それはあくまでボナール軍の部隊内の打ち合わせと言い逃れが可能となる。

 

 そのような奥深い配慮からリブルヌは退席した。


 それが真相。

 そして、当然ながらリブルヌが部下に対して口にした言葉はどこにいるかわからぬアリターナの間者への備えも兼ねた冗談の一種。

 それが後世に大きく取り上げられることになるとは大いなる皮肉と言えるだろう。


 とにかく、そういうことで未来に大きな誤解を生むその小さな配慮により、その部屋にいるのは身内だけとなった。

 

「諸君」


「プレゲールで私が語ったことは覚えるか?」

「もちろんです」

「では、あのときマレストロワが口にした疑念はどうだ?」


 いつもどおりの自信満々にそう言ったボナールの視線はひととおり部下たちへと動き、最後に当の本人のもとにやってくる。

 視線によって指名されたその男が口を開く。


「魔族を平原地帯に引きずり出すために大幅な後退をおこなうのは仕方がないとして、奴らの前進がキドプーラで止めた場合、我々は魔族に占領地を返しただけになる。その責任を問われることになるのではないか。そのようなことを言ったと思います」

「一字一句正確とはいかないが、まあ、そういうことだ。そして……」


「驚くべきことに現状はおそらく我々が想定していた最悪の形であるその状態になっていると思われる。つまり、マレストロワが懸念したことはもう我々のもとにやってこない」


「さらに、その状況になったということは、あと少し奴らを挑発してやれば、当初の予定が完璧な形で実現する。そうなれば……」


「あとは、魔族を打ち破り、逃げる奴らを追いかけて、マンジュークを一気に落とすだけだ」


「渓谷内の味方には申しわけないが、彼らの不幸を可能なかぎり利用させてもらう。その段取りだが……」


 それからしばらく経った同じ場所。


「……実を言えば、これにはふたつほど問題がある」

「聞きましょう」


 マンジュークまでの道のりを示したものに続いてボナールの口からからやってきた言葉にフレデリック・ロカルヌが全員を代表してそう応じると、ボナールはまず小さく頷く。

 そして、それを口にする。


「そこで最初の問題となるのは、魔族がどれくらいの規模なのかということだ」

「と、おっしゃいますと?」

「奴らを巣穴から引きずり出すには、『これなら勝てる』と思わせなければならない」


 ……つまり、勝てないと思わなければ、安全な場所から魔族は姿を現わさない。


 ……たしかにそうだな。


 ……だが、被害を抑えるために囮役をケチると、数の少なさに相手に疑念を持たれ罠が見破られる。

 ……難しいな。確かに。


 全員がその意味を心の中で読み解き、頷く。

 そして、次々と口を開く。


「となると、前面に並べるのは相手と同数」

「または、三倍以下」


 まずはアレクシ・アンテール、続いてアリスチド・ブリュエールが続いて答えとなるものを口にすると、ニヤリと笑うボナールが口を開く。


「まあ、奴ら自身は『自分たちは人間の五倍強い』と豪語しているそうだから、最大で五倍といいたいところだが、敵将が慎重で気の利く男だろう。伏兵を疑うだろうから、本来であれば二倍くらいまでが限界だろう」

「となると、魔族の数の見積もりが大事となるわけですか」

「そういうことだ」


「それで、ボナール様は奴らの兵力をどれくらいだと考えているのですか?」

「王都で調べたところでは渓谷内の魔族は総勢三万から四万。そのうち一万程度をアリターナ側の渓谷に向けているようだから、守備に残す分を差し引けば我々のもとに現れるのは二万程度」

「つまり、最初に陣を敷くのは、五万程度ということですか」

「そうだ。そして、そのうちの一万五千はすでに出ているので、残りは三万五千」


「と言いたいところだが、実はここにもうひとつの問題が絡まってくる」


「貴族とその私兵十万だ」


 ボナールが口にしたその言葉は、一瞬の間を置き、嘲笑が方々で巻き起こる。


「そんなものここに置いていけばいいでしょう」

「同意」


 ロワイヤの言葉にロストレネンが素早く同意する。

 もちろんそれはその場にいる者の大部分の意見であったのだが、それを否定する者がいた。

 ボナールである。

 一度頷いてから、黒い笑みを含んだ口が開く。


「そうしたいところだが、そうはいかぬ」

「そうなると、その選抜が難しくなりますね。戦意過多でも困りますが、その逆でもそれはそれで難しそうですから」

「いや」


「我々はそれほど暇ではない。そんなものに煩っている時間はない。全部出す」

「十万全部ですか?」

「そうだ」


「それでは先ほどの言葉との矛盾が……それよりも功を貴族どもにもくれてやるということですか?」

「まさか」

「では、どのような意味があるのですか?」

「わからぬか」

「……はあ」


「つまり、貴族の十万は先陣。つまりエサだ」


 ギリアの不満そうな言葉を明確に否定したボナールは口にした、先ほどは説明しなかった策の肝。 


 それはこういうものだった。


 まず貴族軍十万を前面に展開する。

 おそらく敵の指揮官が余程の無能でないかぎり、ひと目見ればそれがどの程度の兵かはわかる。

 つまり、数は多いが弱兵。

 そうなれば、その将が考えるのはこうだ。


 絶好の獲物。


 そして、狩猟本能が刺激された魔族は狩りにやってくる。

 すぐに戦闘になる。

 そこに我々が姿を現わす。

 両側面に。

 戦いを続けるか、すぐさま逃げるか。

 そこまではわからない。

 だが、最終的には魔族は渓谷内に逃げ込むことになる。

 そこを逃がさず、追撃する。

 マンジュークまで。


「ですが、貴族たちが応じますかね。そのエサ。よく言って囮になるその役を」


 ロストレネンが黒い笑みを浮かべてボナールに尋ねると、それと同じくらいの黒い笑みでボナールが答える。


「奴らには形どおり先陣と言っておけばいいだろう。そうすれば喜んで引き受ける。自尊心だけで出来上がっている奴らの頭では我々の思惑などわかるはずがないからな。それと……」


「本当の狩りをおこなう我が軍であるが、先ほどの借りがある。リブルヌ殿の部下たちも加えることを承知してくれ」

「つまり、一万が加わると?」

「リブルヌはここに駐屯している兵の大部分である七万から八万を貸し出すつもりだ。先ほど部屋を出ている間際にそう言っていた」


 その数にどよめきの声が上がる。


「それで、出陣は?」

「明日の朝には動かねばなるまい。もちろんジェネスルットから情報によって若干の手直しは必要になるのだろうが……」


「すでに勝利は確定しているが、その勝利に逃げられぬよう完璧な準備が必要だ。寝ずになるがいつでも戦えるように準備を急げ」


「解散」

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