英雄動く Ⅰ
どうにかミュランジ城に辿り着いたボナールと十万人の貴族私兵部隊。
さすがに豪語するだけのことはあり、貴族の私兵たちの行進は見事なものだった。
何もないときならば、大いに盛り上がったことだろうが、残念ながら実際にはそうはならず、歓声が上がるどころか最低限の出迎えさせなかった。
当然貴族たちは激怒した。
だが、これには正当な理由あった。
実をいえば、このとき城内は大混乱に陥っていており、そんなものに関わっている暇がなかったのである。
この日より少し前、ボナールより軍を任せられていたフレデリック・ロカルヌはアレクシ・アンテールを連絡係としてクペル城に送り出していた。
だが、予定日なってもアンテールが帰ってこないため、副魔術師長エクトル・ネラックを探索のためクペル城へ送っていた。
そのネラックがほんの少し前戻ってきた。
アンテールを連れて。
むろんロカルヌは喜ぶ。
だが、その直後、驚愕した。
アンテールによってあの情報がもたらされたのである。
もちろん、アンテールが伝えられたのはその前段部分だけだったのだが、ロカルヌ経由でその情報を手に入れたこの城の城主クロヴィス・リブルヌにとっては、その後に何が起こるかを予測するのに十分過ぎるものだった。
渓谷内からのフランベーニュ軍一掃。
そして、魔族軍のクペル城侵攻。
さらに魔族軍の南下。
一刻も早く対策を協議したいリブルヌが真っ先に手を差し伸べた先は当然アポロン・ボナール。
むろんリブルヌが自分たちのもとに飛んでくると思っていた大貴族たちはリブルヌのこの振舞いに不満の言葉を上げるわけなのだが、それを宥めるように現れたのはリブルヌの副官で男爵の爵位を持つエルヴェ・レスパールだった。
「……リブルヌ殿は平民出身で不調法。その点私は男爵とはいえ爵位のある者。皆さまのお相手をするのは私の方がよろしいでしょう」
リブルヌがいない場所で口にしたその言葉に貴族たちは一斉に飛びつく。
「なるほど」
「たしかにそうだな。ボナール将軍もそうだが、平民出身の者は我々貴族に対しての敬意を払い方が足りない」
「まったくそのとおり。では、男爵よろしく頼む」
「かしこまりました。それで、皆さまの宿泊先ですが……」
……たわいもない。
もちろんレスパールが爵位持ちであるのは事実。
だが、それだからといって、彼も大貴族側の人間なのかといえば、そうではない。
むしろその逆。
彼らを誰よりも軽蔑し嫌う者である。
つまり、会話はすべて演技。
当然、その笑顔の裏で、レスパールは舌を出していた。
……この程度の言葉はコロリとはやはりチョロいな。馬鹿貴族は。
相手には絶対聞こえない声でレスパールはそう呟いていた。
「尊い身分の方のみでおこなう宴の準備ができましたら、お迎えに上がりますので、それまでは用意した部屋でおくつろぎください」
……これで、リブルヌ様とボナール将軍の打ち合わせに邪魔は入らぬ。
……完璧だ。
レスパールは誰もいないことを確認してから黒い笑みを浮かべた。