ボナール将軍の優雅で憂鬱な日々 Ⅱ
ダニエルが父王を動かして各所に手配したことが功を奏し、突然と言いたくなるくらいにことが動き出し、それからほどなく王都アヴィニアから部下たちが待つミュランジに向かうことができたボナールだったが、一難去ってまた一難。
その道中も神経をすり減らす毎日だった。
……貴族が長く歩くことができないのはわかっていた。
……だが、そうであってもこれはひどい。
……こいつらは本当に戦争にいくつもりがあるのか。
ボナールのイライラは溜まる一方だった。
なにしろ大貴族が自らの足で歩いたのは王都の城門から見えるところまで。
それ以降は、日がな一日宴会をして時間を潰し、前進していた部下たちとともに歩いていた魔術師が転移魔法で迎えにくるのを待っていた。
しかも、自分たちは一歩も歩いていないものかかわらず、「遅い」、「まだ着かないのか」と不満の言葉を繰り返し口にして、部下たちを甚振っていたのだから。
そして、ミュランジまであと一日の行程となったところで、貴族軍をまとめる大貴族のひとり、タルドゥノア公爵がボナールのもとにやってくると、いつもと変わらぬ尊大な態度でこう切り出す。
「明日はようやくミュランジに入れるわけだな。ボナール殿」
「その予定です」
自らの言葉に表情を隠してボナールが答えると満足げな表情を浮かべたタルドゥノアは大きく頷く。
「では、ミュランジ城の物見やぐらから見える直前で一度休憩を取ってもらいたい。明日はそこで我々は転移してくるので」
「それは構いませんが、何を……」
「決まっている。そこからは歩く。我々貴族軍が堂々と行進してやってくる姿が見えれば、ミュランジで待つ下々の者たちも戦意が高揚するだろう。これこそ我々高貴な者の務めのひとつ」
「……なるほど」
これまでの疲れが一度にやってきたような表情のボナールは、それにふさわしい声でその言葉に応える。
そして、心の中で別の言葉を呟く。
……本当に外見や体裁だけがすべてなのだな。こいつらは。
そこにタルドゥノアからあらたな言葉がやってくる。
「ところで、ミュランジ城は大きいと聞いているが、我々が宿泊するにふさわしい部屋は用意されているのだろうな。ちなみに私はベッドの硬さにはこだわりがある。場合によっては入れ替えをしてもらわねばならぬ」
……いい加減にしろ。
この言葉にボナールの堪忍袋の緒が遂に切れる。
「公爵。我々が向かっているのは戦場であることはわかっているのですか。ミュランジ城は後方の拠点ではありますが、あくまで戦うための場所。公爵やそのほかの方々が普段過ごしているような部屋などありません」
予想外の、そして、これまでからは考えられないくらいの強さを持ったその言葉にタルドゥノアはたじろぐ。
「わかっている。ただここまでの旅で疲れたので要望を伝えただけで……」
「もちろん公爵が泊る宿は手配しましょう。ですが、それであっても所詮物売りや流しの剣士たちが泊るような場所。期待はしないでほしい。それから、大部分の兵は野営になることをお忘れなく。ベッドで寝られることだけでも感謝し、くれぐれもつまらぬ不満の言葉を兵たちの前で口にしないようお願いします」
「も、もちろんその程度の分別はある」
「それなら結構」
「では、よろしく頼む」
もはや不機嫌さを隠さなくなったボナールからタルドゥノアが逃げるように遠ざかると、代わりに現れたのは同じく公爵の爵位を持つブリアック・デ・シャンティオンだった。
「ボナール殿。タルドゥノア公爵はどのようなことを言っていたのですかな?」
「宿泊場所を気にされていた」
「それで?」
「ミュランジには公爵が休むにふさわしい場所はないと」
「なるほどな」
実をいえば、シャンティオンの要件も同じものであった。
というか、城内で一番いい部屋を自分に回すように交渉しようとやってきたのだ。
だが、ボナールの言葉からそれが叶わないことを察すると、早々に消える。
その後も、同様の案件で現れる貴族が後を絶たなかったものも、すべて追い払われる。
魔法のひとこと、「そのような部屋はミュランジ城にはありません」によって。
……これでは聞き分けのない子供のお守り役だな。
……早く戦いたい。
ボナールは眠りに就く直前そう呟いた。
まさか、それが自らの予想以上に早く実現するなどとは思わずに。