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アグリニオン戦記 外伝 クペル城攻防戦  作者: 田丸 彬禰


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それぞれの思惑

 準備でき次第クペル城から退去することを約束したロバウを見送ったグラワニーの顔にようやく本物の笑みが零れる。


「もちろんクペル城が手に入るまで気を抜くわけにはいきませんが、とりあえず今日はお疲れ様でした」


「特に魔術師長をはじめとした三人の魔術師とタルファ将軍には感謝しております。クアムートに戻りましたら今日の功に見合うもので報いたいと思います」


「そして……」


「今回は色々と勉強させてもらいましたが、それを踏まえて宣言しておけば、今後二度と決闘などというものに勝敗結果を委ねることはないです」


「やはり、多くの情報を手に入れてそれに基づいて策を練り、入念な準備をして戦い望む。面白味はないですが、私にはこの戦い方が向いているようです。まして、その決闘を自らがおこなわないなどあってはならない話だということに気づかされました」


「今日のタルファ将軍の戦いを見ながら本当に反省しました」


 そう。

 つまり、これはグラワニーの反省の弁。


 それをおこなう者を選んだあとはその戦いに関与できず、ただ胃をキリキリさせながら決闘が終わるまで見守るだけなどというのはもうこりごり。

 それがグラワニーの心の底からの声である。

 だが、実際に決闘をおこなった当事者とその仲間の、決闘に対する見解はそれとはだいぶ違うものだった。


「いやいや、そう言わずにこのような機会があれば是非受けてください」

「まったくだ。こちらから決闘を挑む必要まではないだろうが、申し込まれたのなら、断る必要などないでしょう。もったいない。いや、それが礼儀というものだ」

「そのとおり。そして、次回はこのナチヴィダデを決闘者として指名していただきたい」

「そうはいかん。貴様の前にまず私がやる」

「ふざけるな……」


 冗談に聞こえるが、実はこれこそが彼らの本音である。

 そして……。


 剣を振るって戦える場面が欲しい。


 それがその根底にある彼らの願望なのである。


 だが、それと同時に彼らは多くの部下を抱える部隊指揮官。

 大事な部下はなるべく失いたくないし、彼らを待っている彼らの家族のためにも、安全かつ勝利が確約される完璧な策を捨て、己の欲望のためだけにわざわざ兵を危険な目に遭わせるような無謀な選択をするなどということは絶対に許されない。


 その相反する課題を解決する輝かしい光となったのが、今回ボナールが提案された決闘という行為だったのである。


 決闘の場に現れるくらいなのだから、当然相手は剣技の優れた者。

 そのような者を相手に誰にも邪魔されることなく全力で剣を振るって戦えるうえ、それによって部下の誰かが傷つくことはない。

 つまり、すべてが自分だけで完結する。

 いわば、彼らにとってこれ以上ない舞台なのである。


 彼らが持つ、剣を振るって戦いたいという気持ち。

 それを薄々感じていたグラワニーは、クアムートにおいては瀕死に近い相手に対する掃討戦を、そして、渓谷地帯では全兵士が活躍できる大きな出番をつくってガス抜きをおこなった。

 だが、彼らが持つ、戦場に怪しげなロマンを求める救いがたい願望はその程度で消えるものではなかった。

 彼らの言葉はそれを如実に表した言葉といえるだろう。


 ちなみに、一対一の勝負を望む将軍たちからはいたく評判が悪かった決闘禁止令であるが、その後それが発動をされる場面は一度たりとも訪れなかった。


 もちろんやってきた決闘申し込みをすべて受け、将軍たちの願望が叶ったというわけではない。

 では、どういうことかなのかといえば……。

 実は将軍たちの期待と希望に反して、その後、彼らに決闘を挑む者が現れなかったのである。


 まあ、血で血を洗うだけの魔族と人間との戦いにおいて今回のようなロマン臭漂う出来事が起きること自体奇跡のようなものであったのだからそれは当然ともいえる。


 だが、剣士としても名高かったフランベーニュの英雄を一刀両断にしたタルファの勝利が、魔族との一騎打ちを人間たちに躊躇させることに一役買ったことは疑いようもないだろう。

 なにしろ、世の理どおり、この世界の末端に伝わった頃にはその話はとんでもないものへと成長し、ボナールと対峙したその物語の主人公たるタルファは人間どころか魔族でもなく、なんと魔族の戦士が十人がかりでやっと持てる戦斧を振り回す狂暴な巨人に祀り上げられており、場所によってはさらに進化し、羽が生え、四本脚で歩く炎も吐く伝説の魔獣になっていることさえあったのだから。


 さらにもうひとつここで語っておかねばならない話。


 それは、決闘とその後に起きた小さな事件も終わった直後の短い合間。

 そこでクペル平原に展開する魔族軍の司令官アルディーシャ・グワラニーと彼の結婚相手である少女の間で交わされていた会話である。


「……助かりました」


「一瞬何が起こったのかわからず、判断が遅れました。ですが、まさか私が声をかける前にフランベーニュ兵士をすべて打ち倒してくれるとは思いませんでした」


 もちろん、これはタルファに襲いかかろうとした者たちを一撃で打倒したことへの言葉である。

 そして、実をいえば、この出来事は少々大袈裟にいえば、「歴史的な」ものでもあった。


 なぜなら、これまでは少女が攻撃魔法を展開させるのは、グラワニーか祖父の指示によるもので、ふたりから命令されていない相手に対して自らの意思でそれをおこなうことはこれまでなかったのだから。


 グワラニーから言葉を掛けられたその少女が口を開く。


「アリシアさんの悲しい顔を見るのは私も嫌でしたから」

「……なるほど」


「ですが、あそこでよく攻撃魔法を選択しましたね」


 もちろんグラワニーはそれを咎めようという気はまったくない。

 単なる興味。

 それだけで出来上がった言葉である。

 それに対する少女の答えがこれである。


「私たちは多くの力がありながら、規則に従って使用を控えていました。それなのに結果が気に入らないからといって、双方が合意した取り決めを守らないというのはこのような場にいる資格のない者と感じました」


 微妙な言い回しではあるが、つまりルールを違反した者への怒りということである。


 だが、少女がグラワニーから元々依頼されていたタルファに対しておこなわれる物理攻撃を防ぐための防御魔法ではなく、予定外ともいえるフランベーニュ兵に対しての攻撃魔法を展開するものとして選択をしたのには、もうひとつ理由があった。


 そのタルファに対する防御魔法はすでに展開されていた。


 むろんそれをおこなったのは彼女ではない。

 では、それをおこなったのは誰なのか?

 その答えは、彼女の祖父である魔術師長アンガス・コルペリーアとなる。


 そして、コルペリーアがその魔法を展開させたのは、タルファがボナールの死を確認するため近づいたとき。


 ……さすがにこの場に及んで武人の名に泥を塗る行為をおこなうとは思えぬ。


 ……だが、正規の戦いでは勝てぬのであればと考える可能性もある。

 ……それに、ボナールはもう助からぬ。

 ……そうであれば、将来祖国の障害になりそうな男をひとりだけでも道連れにしようなどと考えないとも限らない。

 ……最後の力を込めて襲いかかる。一方のタルファ殿は正直者。そのようなことが起こるなど考えてもいないだろう。

 ……成功する可能性は十分にある。


 ……勝負に勝った者も敗者の誓約違反によって命を失うなどあってはならぬことだ。


 その言葉とともに、ボナールの渾身の一撃を撥ね退ける程度の結界を展開していたのだ。

 もちろんそれはすぐに上級の魔術師である少女が知るところになる。

 その強さ、それからそれを展開させた術者についても含めて。


 ……防御は完璧。そうなれば、後は無礼者を排除するのみ。


 それが起こったときに、少女の思考がそのように進むのは当然のことである。

 もちろん余計なことをしたと叱責されぬように、祖父が密かに防御魔法を展開していたことを少女はグラワニーには黙っていた。

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