生と死の間で Ⅱ
さて、話を本筋となる部分へ戻そう。
「……ロカルヌ様」
「うろたえるな。ボナール様は無事に決まっている」
クペル城の物見櫓、その頂上からの白煙が上がるのを見て狼狽する側近たちを叱咤しながら、ロカルヌは少し前に自らもいたその場所をもう一度睨み続ける。
「都合がいいことにバエルイ殿がボナール様のもとに向かっている。何かあればバエルイ殿が伝えてくれる。それにクペル城の城門前にはジェネスルットもいる。何かあれば奴から連絡がある」
「何も確定していないうちに右往左往するような失態があれば、皆に笑われるぞ」
「まあ、我々もこれだけ慌てたのだ。他もそうなっている可能性はある。つまらない動揺を見せぬよう伝えておくべきか」
「伝令兵」
三十人の伝令兵及び、彼らの転移をおこなう魔術師が集合すると、ロカルヌはまず全員を眺め、それから口を開く。
「連絡事項。ボナール様の安否確認にはすでにバエルイ殿が向かっている。わかり次第連絡がはいる。それまではこれまで通り攻撃を続けろ」
「行け」
各将への連絡をする伝令兵を見送り終わると、ロカルヌの表情はさらに厳しいものに変わる。
そう。
何事もなさそうな顔をしていたものの、実はロカルヌ自身も動揺していたのだ。
……わざわざあの場所を攻撃したということは魔族どもに相応の意図があったと考えるべき。
……見張りを攻撃したのであればまだいい。
……だが、ボナール様があの場所にいることを察知して攻撃をしているとなれば……。
ロカルヌの思考は当然最悪の事態に突き当たる。
……その場合はどうするべきか。
だが、そこまで歩みを進めたところでロカルヌは思考を止める。
いや。
その道を進むのをやめたという方が正しい。
……敵を攻める算段ならいいが、この手の話は苦手だ。
……ひとりで思い悩んでもろくでもない答えしか出てこない。
……ここは誰かと……。
……だが、いったい誰が相談相手として適当なのか。
ロカルヌの頭に同僚たちの顔が浮かぶ。
続いて、ふたりの公爵。
……公爵?
……いや。
……ここはジェネスルットかアンテール、またはエルヴェルムだな。やはり。
……だが、彼らは自軍の指揮がある。離れるわけにはいかない。
……それは私も同じ。
……となると、バエルイ殿か。
ようやくたどり着いたロカルヌの思考。
だが、その直後、彼にとっての悪い連絡が入る。
「ロカルヌ様。クペル城の城門付近に猛烈な火柱が上がっています」
「なんだと」
見張り兵の叫び声に反応するように望遠鏡がその方向を眺める。
「……くそっ」
望遠鏡一杯に広がる炎。
それが何を意味しているかわからぬロカルヌではない。
……さすがにあれに巻き込まれれば助からぬ。
……だが、ジェネスルットがあの中にはいるとは限らぬ。
……とにかく、ジェネスルットの安否も含めてバエルイ殿の報告を待つしかあるまい。
ロカルヌが自身の不安を強引に押し殺したところで、見張りの兵がさらに報告をおこなうため声を張り上げる。
「さらにもう一か所。火柱が上がりました。右です」
「……そうか」
その声に火柱というにはあまりも広範囲なその炎の塊の後方に上がるもうひとつの火柱に視線を動かしたものの、ロカルヌは視線をすぐに最初の現場に戻す。
最初の火の塊の周辺にいるかもしれない生存者を探すために。
だが、ロカルヌの興味をほとんど引かなかったその小さな火柱は彼が帰還を待ち望んでいたバエルイを包んでいたものだった。
そう。
最大級の警戒レベルに引き上げられていたクペル城の防御魔法の影響で直接転移できなかったバエルイは、城門よりかなり遠い場所から城に向かっていたのだが、同行した魔術師が展開していた防御魔法に気づいたデルフィンが、ついでのように杖を向けていたのだ。
こうしてボナール軍でもっとも有名な伝令兵アンダスト・バエルイは誰にも知られぬままこの世界での生を終えることになる。
もちろんロカルヌはそのことを知らない。
そして、その帰りを待つことになる。
あれがやって来るまでのほんの短い時間ではあるのだが。
もちろん、クペル城の物見櫓への攻撃に続いて城門付近で起こった炎の塊はボナール軍の各隊の陣地からでも確認できた。
見張り兵からの報告に驚いた将軍たちは一斉にその方向に望遠鏡を向ける。
「あの場所は……」
……ジェネスルットがいた場所。
……数万の軍とともに。
そのひとりとなる男がそう呟く。
ボナール軍に所属する将軍たちは性格や得意とする戦術は様々であり、功を争う競争相手ではあったが、お互いに認め合い特別に不仲という間柄という者はいなかった。
そして、その男アルシュ・エルティーニとジェネスルットは、戦い方も性格も両極端にありながら自宅が近いこともあり非常に仲がよかった。
直情的なエルティーニが友人を包む炎の塊を睨みつけながら何を思うかなど自明の理というものであろう。
心の中である決断をすると望遠鏡を地面に叩きつけると、剣を抜く。
「……おのれ魔族」
「……ジェネスルットの仇は私が必ず取る」
「全軍に告ぐ。目の前にある障壁が強力である。だが、我々なら突破できる。そして、ギリエの部隊より早く突破し、ボナール軍最強がどの部隊かを皆にハッキリと知らせてやれ」
「そして、障壁を突破したら、真っすぐ本陣に突入し全員皆殺しにしろ」
「突撃しろ。必ず障壁を破れ」
もちろんそれはボナールからの命令に反するものである。
それはエルティーニも重々承知している。
承知しているうえでの命令。
その意味を部下たちも理解している。
当然呼応した彼らからやってきたのは物凄い熱量を帯びた雄叫びだった。
エルティーニの部隊はボナール軍でもその突進力は抜き出ている。
それは人狼を揃えているギリエ軍と同等。
自己申告だけで言えばその上。
だが、前に進む力はあるものの、戦術の理解力という点ではやや難があるため、常に先陣ギリエを譲っていた。
むろんその単純な突進力が必要な場面があればボナールはエルティーニに出撃を命じる。
いわゆる切り札として。
もちろんそこで多くの戦果を挙げていたものの、彼らがその評価に決して満足していたわけではない。
彼らが目指すものはあくまで最強部隊という評価とその証となる先陣の名誉。
そして、遂にそれを手に入れるチャンスがやってきたのだ。
エルティーニを先頭に猛烈な勢いで結界に殺到する。
欲していたその名誉を自らの力によって手に入れるために。
そして、魔族の首を上官の友への手向けにするために。
「エルヴェルム様。エルティーニ隊が……」
「ああ」
エルティーニの左隣で攻撃をおこなっていたクリエル・エルヴェルムは熱狂的に結界に殺到して攻撃を始める同僚の部隊を冷ややかに眺めていた。
「まあ、小細工なしの突撃ならエルティーニの部隊は我が軍随一と言ってもいい」
「あの魔法障壁がどのようものかはよくわからないが、力業で破れるのなら可能性は十分にあるな」
「なるほど。では……」
指揮官の独り言めいたものに口を挟んだのは副官というより参謀に近いデュール・ペルジャンだった。
「我々も参加すべきではないでしょうか」
「ほう」
「一応理由を聞いておこうか。いや、まずそれについての私の意見を言っておこう」
次の将軍候補、その筆頭に挙げられているペルジャンだが、上官と同様、冷静な判断で敵の急所を突くという効率的な攻めを得意とする慎重派というのがその評価となっている。
そのペルジャンが猪突猛進の見本のようなエルティーニ隊の攻撃に同調するというのはエルヴェルムの興味を引くには十分過ぎるものだった。
「エルティーニの目的はおそらく親友のジェネスルットの敵討ち。ボナール様の命令を無視して敵の本陣にいる全員の首を刈り取るつもりだ。そんなものに加わったら我々もエルティーニと同罪になると思うのだが?」
エルヴェルムはまず自身の意見を口にし、それから問いに対して答えるように促すと、部下の男は薄い笑みを浮かべながら口を開く。
「勝利を得るためにはこの際仕方がないでしょう」
「こちらは障壁を破れず、敵は好きなところに魔法攻撃をおこなっているという状況を見れば、ボナール様の策はすでに破綻しています。このまま漫然と命令通りに動いていても敵の魔法攻撃の的になるだけです」
「そうかと言って、それに対応する策を持ち合わせていない以上、エルティーニ様の突破力に期待しながらその復讐劇の手伝いをするのも悪い策ではないと思います」
「……なるほど」
実を言えば、エルヴェルム自身も同様の意見を秘めていた。
そこにペルジャンの意見。
……まあ、そうなるな。
やってきたその意見に小さく頷くと、すぐさま伝令兵を呼び寄せ、指示を伝える。
「今から我が隊はエルティーニの復讐の手伝いをおこなう。ただし……」
「敵大将と目障りな魔術師の首をエルティーニに譲る気はない。どうせ叱責を受けるのなら、それに見合う功は上げる」
「我々も魔法障壁の突破に挑む。エルティーニ隊に後れを取るな。絶対に先に突破し、本陣にいる魔族幹部を狩れ」
「突撃せよ」
そして……。
「ギリエ様。エルティーニ隊に続き、エルヴェルム隊も力攻めを始めました」
「ふん」
各隊の様子を見守っていた兵からの報告を聞き終えたギリエはすでに心は決まっていた。
「タラヴァオを呼べ」
その言葉で部下たちは察した。
ギリエが擬態ではなく本気で立ちはだかる障壁を破る決心をしたのだと。
……まあ、これの方がギリエ様らしい。
……いや。こうでなくてはならない。
心の中でそう呟きながら。
そして、もちろんそれは彼ら自身もそれを望んでいたこと。
「お呼びだそうで……」
その声とともに姿を現わした男にギリエは声をかける。
「タラヴァオ。おまえは先ほど自分たちなら目の前の魔法障壁を破ることができるなどとほざいていたが、あれは戯言か」
「まさか。信じられないというのなら、今すぐご覧にいれますが」
あきらかなアジテーションに応え、当然のようにやってきた答えにギリエは満足そうに頷く。
「エルティーニとエルヴェルムが抜け駆けを狙っている。まあ、奴らにこの障壁が破れるわけがないだろうが」
「だが、これで我らがそれをおこなっても問題にならない理由ができた。まあ、そういうことでは奴らに感謝しなければならないな」
そこまで言ったところで、ニヤリと笑ったギリエは、同じ種類の笑みを浮かべたタラヴァオを見やる。
「ということで、タラヴァオ。おまえが率いる人狼兵三百人が奴らに障壁突破の手本を見せてやってもらいたい。もう一度尋ねるがそれができるか?」
「くどいですぞ。ギリエ様」
「わかった。では、タラヴァオに命じる」
「目障りな障壁を破壊し、魔族どもの刈り取れ」
「承知」
「では、直ちに攻撃の準備をしろ」
命令を受け取り、タラヴァオが踵を返すと、伝令兵を集めると、ギリエは檄を飛ばすような命令を伝える。
「我が部隊は、これより全力で障壁突破をおこない、敵将の首を落とす。先陣のタラヴァオに続き、他の者もすべて魔族兵狩りに参加せよ」
「なお、生意気にもエルティーニとエルヴェルムが、我が隊より先に障壁を破ろうと攻撃を開始している。だが……」
「これはボナール軍の先陣を常に務める我が隊の力を示す絶好の機会。一番乗りは絶対に我が隊だ。もう一度言う。必ず奴らより先に障壁を突破せよ」
ギリエは煽り文句を並べて立て、自隊の突撃準備のための部隊再編制を急がせる。
だが、このとき魔族軍の陣ではグワラニーと魔術師長の最終確認がおこなわれており、当然ながら、ギリエの軍は攻撃を始めることなく、やってきた「悪魔の光」によってこの場から消えることになる。
さて、ここまで話したのだ。
せっかくだからもう少しだけ話を続けよう。
もちろんこれは仮定の話となるわけなのだが、ギリエ隊の準備が間に合ったら、魔族軍の結界は破れたのだろうか?
答えは、おそらくノーであろう。
タラヴァオが率いる人狼兵のパワーは尋常ではなく、通常の結界なら破ることができたかもしれないし、現にクアムートの戦いでは同じ人狼が老魔術師の結界を突破しているのだから、こちらでもそれが起こりそうなものなのだが、なぜそう否定できるのか?
それは同じ魔術師が展開した結界ではあるが、その質がまったく違うからだ。
つまり、クアムートでの結界は物理攻撃、魔法攻撃両方に備えた結界だったのに対し、今回のものはこれからやってくる火球に耐えるために完全に物理攻撃のみに耐えるためのものだからだ。
当然対魔法の防御は弟子のセンティネラが担っているのだが、ルルディーオがこの時を狙ってそれこそ渾身の一撃を撃てば、結界を抜ける可能性はある。
だが、そのルルディーオと副魔術師長のネラックはすでに冥界に居を移し、その代役を担うだけの魔術師はこの場にやってきているフランベーニュ側にはいない。
つまり、その心配はないわけである。
そして、デルフィンの魔力から考えれば、考慮にも値しないような防御力しかないにもかかわらず、魔族軍が第一撃のターゲットとしてルルディーオたちを狙った真の理由、それがこれである。
それから結界についてもうひとつ。
たとえタラヴァオたちが結界を突破しても、後に続く者はいない。
ギリエは結界とは壁のように一度破れたらその穴は塞がらないと思っているがそれは大きな間違いである。
なにしろ結界突破とは、壁を破るというよりは、自らの体力を引き換えにすり抜けるようなものなのだから。
つまり、体力自慢の人狼は結界突破に対価として提供するのは体力となるが、一般の兵士がそれをおこなった場合、万が一突破に成功しても、通行料として差し出すものは自らの命となる。
そういうことで、彼らが魔族軍の陣にやって来られるのは、その術を展開した魔術師がそれを解除してから。
この場合でいけば、人狼たちが本陣に突入した後のことになったということである。
まあ、相手がグワラニーであるかぎりそのような場面は絶対にやってこなかったであろうが。




