生と死の間で Ⅰ
さて、これからほんの一瞬でフランベーニュ軍約四十万人が消滅した「悪魔の光」が収束した後の話、すなわちこの戦いが「クペル平原の惨劇」ではなく「クペル平原会戦」と名付けられた理由、その核心部分に触れることになるわけなのだが、その前に少女がフランベーニュ有数の魔術師ふたりを葬ってからその光を顕現させるまでのほんの僅かな時間に起こった様々なことを語っておくことにしよう
消えた彼らへの手向けにとして。
「……状況の詳細を確認せよ」
ボナール軍本隊の事実上の指揮官となっているフレデリック・ロカルヌは貴族軍後方で上がる火の手を眺め終わると、斥候として魔術師ふたりを送り込む。
それとともに、伝令兵と魔術師という組み合わせによって各隊に連絡を届けるとともに、狼煙でも「魔法防御を展開せよ」と指示をおこなう。
やがて、同様の指示を示す狼煙がクペル城からも上がる。
「まあ、あの火柱はどの隊からも見えていたのだ。わざわざ連絡することはないだろうが、念のためだ」
「まあ、そうでしょうが、やはり連絡するに越したことはないでしょう」
独り言のようなロカルヌの言葉にそう応じたのはボナールからの連絡を届けたあとにこの陣に留まっている伝令兵アンダスト・バエルイだった。
「ですが、少々まずいことになりましたな」
「まったくだ」
「ルルディーオ殿たちが亡くなったなどということになれば、我々の防御力は大幅に低下するからな」
「まあ、それもありますが……」
「まだ、あるのか?」
「ええ」
自らの問いに対して、言いにくそうにしながらもそれを肯定するバエルイの顔を眺めたロカルヌの表情は曇る。
「その顔から判断するに、どうもろくでもない話のようだな。だが、聞かなければいけないのであれば、早い方がいい。言ってくれ」
「敵の魔術師は……」
「我々が考えていたよりも数段上の能力者のようです」
「数段上?」
もちろんそこの言葉どおりバエルイは、この時点で状況からボナールたちがギリギリまで辿り着かなかった恐ろしい真実にこの時点で気づいていた。
さすがは伝令兵でありながらボナールが配下の将軍たちと同等以上の地位と権限が与えただけのことがある才、というか見事な洞察力といったところだろうか。
だが、フランベーニュ側は、すでに「魔族軍の魔術師は自軍の最高峰の魔術師であるルルディーオよりも上」と評価を下している。
その数段上などと言われても、思考が直線的なロカルヌにはそれを想像するのは容易なことではなかった。
「……意味がわからない。それはどういうことだ?」
当然のようにやってきた問いにまず小さなため息で応じると、バエルイは目の前の戦場を指さす。
「あの見えない壁は破れる気配がありません」
「ああ、そうだな」
「つまり、あの壁は健在だということになります」
「忌々しいことにその通りだ」
「そして、その状況で我が軍の魔術師長は攻撃を受けた」
「ああ」
「あれはおそらく魔法攻撃」
「そうだ」
「ここでお伺いします。魔族はなぜ攻撃できたのでしょうか?」
「……何が言いたい?」
不快感を滲ませながら再度問うロカルヌの言葉。
それに対して、バエルイが答えたとしたもの。
それは……。
「……魔族の魔術師は強力な魔法障壁を維持しながら、我々が構築した最高級の防御魔法を突破できるだけの魔法攻撃ができるということ」
当然それは真実を示したものとなり、その言葉によってようやく自分たちが置かれた状況を理解したロカルヌは唸る。
「……それで……」
絞り出されたロバウの短い問い。
もちろんそれにやってきたものは最悪と呼べるものだった。
「我々は攻撃できず、相手は好きな時に好きな場所を攻撃できるのです。しかも、我々は魔術師長を失って防御力は大幅に下がっている状況で。このままこの状況を放置しておけば進む先にあるものはひとつだけ。それを避けるためには……」
……早急な撤退。
……そのための停戦。
「わかった」
ようやくその場所まで辿り着いたロカルヌは苦り切った表情でバエルイの言葉を遮る。
すでに動揺している周辺の兵たちにこれ以上の悪影響を与えぬために。
そして、この後にやってくるそれを防ぐための言葉を紡ぐ。
「バエルイ殿。今すぐボナール様のもとに行って意見具申をしてもらいたい。必要とあれば私の名を出してもいい。すべてを委任する」
「承知しました。では、クペル城へ向かいます」
この言葉を残して、バエルイはただちに魔術師とともにクペル城に向かうのだが、その後消息が途絶える。
そして、残された形となるロカルヌは、その直後攻撃を受けるクペル城を目撃することになる。
同じ頃、もっとも早くこの戦場に姿を現わした貴族軍の中にもそれに気づく者が現れる。
ボナール軍魔術師長ルルディーオと副魔術師長ネラックが魔法攻撃で炎の中に消えたのに続き、ボナールが大急ぎで発出した配下の魔術師に防御魔法を展開させるようにという命令に従い、貴族たちは配下の魔術師に最大級の防御魔法を張り巡らすように命じるなか、その命令と逆行する動きをみせる一隊があった。
シャンティオン公爵の息子ブレソール・シャンティオン。
彼がが率いる部隊である。
「ブレソール様。各隊が防御魔法を展開している中で、我々だけが傘なしで戦うのはさすがに無謀ではないでしょうか」
執事兼相談役のトネールはそう進言すると、その場にいるブレソール部隊に属していた貴族たちも大きく頷く。
……木っ端貴族がトネールを焚きつけたのか。
唾を吐きたくない感情を抑えながら、ブレソールはそれらをすべて無視するが、さすがに最側近であるトネールにだけはその意図を伝えねばならないと思い直す。
腕組みをし、戦場を眺めながら執事を呼び寄せると、その男にだけ聞こえる程度の声でそれを伝える。
「魔族はこれだけの大軍の中で魔術師長たちをどうやって見つけ出したかわかるか?」
忠実と誠実、そして、その同類の要素だけで出来上がったトネールからその質問に対する的確な答えが返ってくるはずもなく、ブレソールは自問自答のようにその答えを自ら語る。
「上位の魔術師になると、敵の魔術師の存在を感知するだけではなく、その位置さえ把握することができるそうだ」
「そして、その探査方法は、相手が使用している魔法や魔力」
「だが、逆に言えば、それは魔法を使わなければ、我が部隊の魔術師の位置を特定されないということになり、魔術師狩りの巻き添えになることはない」
「ですが……」
「攻撃されたら防ぎようがないと言いたいのだろう。だが、最高級の防御魔法を展開していた我々の魔術師長を葬ったことから魔族軍の魔術師は相当な術者。魔術師長たちよりも遥かに能力が劣る我が配下の魔術師ではそれを防ぐことはできない。つまり、攻撃されれば終わりだ。だが……」
「最初に言ったとおり、魔族の魔術師はこちらの魔法を頼りに攻撃していると思われる。つまり、見つからなければ助かる可能性はある」
「なるほど。であれば、御父上にもそれを教えて差し上げるべきでしょう」
「いや。それは父上ご自身で判断することだ」
「ですが……」
「いいのだ。残念なことだがこの際仕方がない」
直接的な言葉にはしなかったが、それは子が父親を見捨てた瞬間だった。
……父上が黙って私の指示に従えばいい。
……だが、実際はそうならない。
……父上自身がそうするか、腰巾着どもがそうするかはわからぬが、その方策を自慢気に他家に話す。そうなれば、それが次々と伝播する。もちろん敵に感づかれ、更なる攻撃を受ける。
「足枷があっては助かるものも助からなくなる」
そう言ったところで、ブレソールは忠実な執事と護衛隊長ほか数人の護衛、それからひとりの魔術師に、集団から大きく離れた位置に移動するよう命じる。
「機を見て戦場を脱出する。その準備をしておいてくれ。もちろん敵はもちろん味方にも気づかれてはならぬ」
そう。
ブレソールは最初の一撃直後であるこの時点で、この戦いは負けると悟り、ボナールを見限って逃げ出す算段をしていたのだ。
しかも、その理由としたものは、ほぼ正解を射抜くもの。
豊富な知識と素晴らしい洞察力に基づいた的確な状況判断。
この時はまだ父親の陰に隠れていたものの、ブレソール・シャンティオンという男は肩書だけが取り柄の多くの貴族とは一線を画していた。
王都出発からここまでの一連の行為はその根拠とするに十分なものだといえるだろう。
そして、彼の希望通り、王都に無事帰り着き、さらに経験を積むという未来があれば、将来のフランベーニュは豊かな才を持つ新たな人材を得ることになったことだろう。
だが、残念ながら現実での彼は、最後の瞬間まで自分たちの身に何が起こるかわからなかった彼の足下にも及ばぬ才しか持たぬ多くの貴族と平等の扱いを受ける。
そう。
もうまもなくやってくるのである。
彼のもとにも。
それが。




