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アグリニオン戦記 外伝 クペル城攻防戦  作者: 田丸 彬禰


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クペル平原会戦 

 三年間続いた「マンジューク防衛戦」終結直後に起きた「クペル平原会戦」は、その過程を考えれば、本来「マンジューク防衛戦」の一部として捉えられるべきものといえるかもしれない。


 だが、歴史家の大部分はこのふたつは別の戦いとする。


 その理由となるのは、大きく分けて三つある。


 ひとつは戦場。

 距離的には目と鼻の先ではあるものの、一方は狭い渓谷という特殊な場所で、もう一方はこの世界での戦場として極めてオーソドックスな草原。

 当然ながら、そこで披露された戦い方はまったく違う。

 同じ戦いにすべきではないというもの。


 次は戦闘をおこなった者。

 もちろん戦ったのはふたつの戦いとも魔族軍とフランベーニュ王国軍。

 だが、魔族軍はともかく、フランベーニュ軍に関して、指揮官もその下で戦い兵たちもまったく違うと言ってもいい。

 それを同じ括りにはできないというものである。


 特に「クペル平原会戦」において、両軍を指揮したグワラニーとボナールに関しては、これから半年もせずに戦場において初めて顔を合わせることになるグワラニーとアリスト・ブリターニャを除けば、この時代最高レベルの戦術家の組み合わせといえるもの。

 そのふたりの最初で最後の戦いとなる「クペル平原会戦」を、その一方であるボナールにまったく関わりのない戦いの一部に組み込むわけにはいかないという思いが多くの歴史家、戦史研究家にあった。


 さらに、「クペル平原会戦」という戦いの名称自体についても異論は存在する。

 ただし、こちらの論争については専門家対それ以外の者というあまり見かけない構図となっていた。


「『クアムートの殲滅戦』よりも多くの被害が出ているにもかかわらず、なぜ『クペル草原の殲滅戦』ではなく、『クペル平原会戦』なのか?」


 これがいわゆる一般人による疑問の形をした意見表明となるのだが、実を言えばこの意見は素人の的外れな主張というわけではない。

 なぜなら、この戦いでの犠牲者はクアムートの戦いでノルディア軍が被った被害の十倍以上だったのだから。

 つまり、フランベーニュが被った被害は「殲滅」という言葉にふさわしいだけのものはあったというわけである。


 名もなき者たちの声は続く。


「クアムートの戦いの名称に殲滅戦という言葉を使っているからという理由ならば、そちらを改名し、その名にふさわしいこちらの戦いに殲滅戦という名を与えるべきだ」


 改名。

 実はこれは比較的頻繁におこなわれることだった。

 戦いの記録をつけるため呼称はすぐにつけられるものの、その後研究課程においてそれがふさわしくないとなれば変更されることは珍しいことではなかったのである。


 ちなみに、「クアムート殲滅戦」も、ノルディア軍の記録に載る呼称は「クアムート城攻防戦」であった。

 それが、その被害があきらかになった時点で「クアムート殲滅戦」に変更されたという経緯がある。

 当然自らにとって不名誉なものとなるその名称変更はノルディア側の激しい抵抗があり、現在にいたるまでノルディア国内では正式名称を「クアムート城攻防戦」としている。


 まあ、そういうことで名称変更は可能であり、正当な理由があるのだから変更、というよりも、「クアムート城攻防戦」に戻すべきだ。

 そして、クペル平原でおこなわれたものに殲滅戦という名称を与えるべきだ。


 それが多くの者の声であった。

 だが、専門家たちはそれでも頑として拒んだ。

 なぜか?


「……少なくても、『クアムートでの殲滅戦』は戦いと呼べる程度のものはあった。だが、クペル草原でおこなわれたことは戦いとすら呼べない。そうかと言ってより実態に近いあれがいいのかといえばそうではない。……責任のない者があの場でおこなわれたことをどのように呼ぶかはもちろんその者の自由であるが、この世界の歴史を記録することを生業としている者はそうはいかない」


 苦しさがよく滲み出る言葉であるこれがその回答となる。

 そう。

 実をいえば、この「クペル平原会戦」には、別の名が存在する。


「クペルの惨劇」


 言うまでもない。

 「クペルの大虐殺」とも呼ばれるこれは、フランベーニュ海軍が「大海賊の宴」で全滅した「タルノスの惨劇」に続いて訪れた「フランベーニュの三大厄災」ひとつである。

 そして、本来であれば、その名をそのままこの戦いには与えるべきというのが、口には出さないものの専門家の大部分が持つ秘めた意見なのである。


「数ドゥアも経たずに四十万人が命を失う。しかも、その間に相手は一兵すら傷ついていない。この状況をどうやって戦いと表現するのだ。あれは単なる虐殺である」


 度重なる質問に苛立ったウスターシェ・ポワトヴァンが思わず漏らした言葉が専門家全員の思いを表している。


 もちろん、同類の言葉は、この戦いの直後から溢れていた。

 アポロン・ボナールの剣の師でもあったフランベーニュの高名な騎士で、将来はボナールの後継者となると言われていた息子ふたりをこの戦いで失ったベルネー・オルベックの言葉。


「お互いに剣を振う。当然、得られるものの対価としてこちらも相応のものを差し出す。それが戦いというものだ。いうまでもなく相手も本気で向かってくるのだ。当然負けることもあり、そこで命を失うこともある。戦いの場に身を投じた以上、それは甘受するべきものである。だが、一方だけに命を差し出すことを要求するものを私は戦いとは認めない。そんなもので私は失ってはならぬものを失ったのだ」


 そして、ボナールに多くの将兵を貸し出し、そのほぼすべてを失ったミュランジ城主クロヴィス・リブルヌがその報告を受けた直後に側近のエルヴェ・レスパールに語った言葉。


「予想以上……いや」


「あり得ぬことだ。だが、それが本当なら……」


「クペル草原で魔族の将がおこなったことは戦いではなく、単なる虐殺だ」


 そう。

 多く者がそれを虐殺と呼んだのだ。

 それにもかかわらず、専門家たちが敢えて「クペル平原会戦」と呼称し、その名に拘った理由。

 それはその戦いを指揮したフランベーニュ軍司令官アポロン・ボナールへの敬意ということになる。


 それを端的に表したウスターシェ・ポワトヴァンの言葉がこれである。


「最後の最後にアポロン・ボナールが見せた武人としての意地。それに敬意を表してその名を冠しているのだ。これを簡単に変えるわけにはいかない。それがどれだけ正しい主張であっても」


 それから、クペル平原でおこなわれた戦いを独立したものとして扱う、最後の、そして最大の理由は、戦いの規模である。


 両軍合わせれば参加人員四十万人を超える。


 「会戦」と称するに値するこれほど大規模な戦いを「マンジューク防衛戦」の一部にするにはあまりにも無理がある。


「……そうかといって、その規模を考えればクペル草原でおこなわれたものを「マンジューク防衛戦」を一部にすることには反対である。では、三年間に及んだ『マンジューク防衛戦』を『クペル平原会戦』の前哨戦と位置づけるようなその反対が正しいのかといえばそういうわけではない」


 ウスターシェ・ポワトヴァンは、長々とふたつの戦いの連続性を語ったあとに、その言葉を口にし、ふたつの戦いに別々の名を与えることに賛成の意を示す。

 そして、驚くべきことに、ポワトヴァンとは常に対立関係にあるアシュリー・ウエルスもこのときばかりは同じ側に立つ。


 この言葉とともに。


「戦いがおこなわれていた期間の長さと、戦術、戦略双方の重要性から考えれば、『マンジューク防衛戦』がこの戦いの本質であり、直後にやってきたボナールと、それを迎撃した魔族軍の戦いはいわばオマケだ。だが、その規模があまりにも大きい。幸いなことに、ボナールが到着したとき「マンジューク防衛戦」はすでに決着し、フランベーニュは渓谷から完全に叩きだされていた。心の中ではひとつの戦いと扱いたい者たちも、これを根拠にすればふたつを独立した戦いとすることに承知することだろう。まあ、そのひとりである私がそう言うのだから間違いない」    


 最後につけ加えておかねばならぬこと。

 それは……。

 実をいえば、フランベーニュ側が持ったものとほぼ同じ感情は戦いが終わった直後の魔族側にも流れた。


 大軍相手に勝ったことはうれしい。

 だが、自分たちは本当にこの結果を望んでいたのか。

 それほど目の前に広がる光景は酷いものだったのである。


 そして、それはグワラニー自身がこの場にいる誰よりも感じていることだった。

 そう。

 これと同じもの、正確にはその効果が同じ武器を彼は知っていた。


 ……この状況を間近で見て、平常心を保っていられるとは、私の精神も焼きが回ったものだな。


 口には出さない言葉でそう呟く。


 ……いや。

 ……本当のことをいえば、この場から逃げ出したかった。

 ……なぜなら、大部分の者と違い、私はそれをおこなった後に何が待っているのかを知っていたのだから。

 ……だが、私はそれを現場で見る義務と責任がある。

 ……これを命じた責任者として。


 ……そして、なによりも……。


 ……幼い少女にこの虐殺行為をおこなわせたのだから。


 ……勝つため。いや、四十万人の敵相手に二万弱で勝ち、全員を連れて帰り、さらにこの方面の戦いを終わらせるにはこれ以外の選択肢が思いつかなかったとはいえ、それに手を出してしまったのだ。今後ずっとその十字架を背負って生きなければならない。もちろん、彼女に対しての責任も……。


 ……敵を殺すことに躊躇いなどなく、それどころか快感すら覚えるゲームの世界とまではいかなくても、ここが映画や小説のように、自分たちは正義で敵は悪という簡単なものであれば、こんな思いをしなかったかもしれない。

 ……だが、殺すということは、死にゆく者のうめき声を聞き、斬った者の返り血を浴び、死体が焦げる匂いを嗅ぐこと。

 ……そして、敵を殺す拠り所である自分たちの正義でさえ、同じくらいの大きさの正義が相手の側にも存在する。

 ……それが現実なのだ。


 ……だが、殺さねば殺される。

 ……好き嫌いではない。

 ……生きる残るためには殺さなければならないのだ。

 ……それが戦争。


 ……そして、この世界に来て初めてわかった、


 ……戦場にいない者に、戦争がなんたるかを、まして必要性など語ってもらいたくないという言葉の意味を。


 ……だが、それでもこの世界にいるかぎり、殺さねば殺されるという理から逃げることが出来ない。

 ……自らが生き残るために他人に理不尽な死を強要しなければならないのだ。

 ……せめて、必要以上の殺戮は避けること。今の私にできるのはそれだけだ。


 矛盾だらけ、または混沌の世界に沈む、自らの胸の内を吐露し終えたグワラニーは、表面上それをどこにもあらわすことなく、複雑な表情を浮かべる部下たちに目を向ける。


「諸君。これは私が命じたものであり、すべての責任は司令官である私にある。だから、これに対する非難はすべて引き受ける。諸君は胸を張って進め」


「そして、戦いはまだ終わっていない。諸君の奮闘を期待する」


 完勝したにもかかわらず、勝った側にも喜びとは別の思いが残るその戦い。

 それがこれから語る「クペル平原会戦」の真実といえるものだった。

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