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ボナール将軍の優雅で憂鬱な日々 Ⅰ

 「マンジューク防衛戦」の第二幕ともいえるクペル城を巡る戦い。

 実を言えば、その一方の主役であるアポロン・ボナールはクペル城に姿を現わすよりずっと前から動いていた。

 その戦いの前段になるものとして。

 そして、後世の者たちはこれについて多くの意見を表明していた。


 ボナールがあと一日早くクペル城に到着していれば、「マンジューク防衛戦」でグワラニーがおこなった大仕掛けがここまで完全な形で成功していなかったであろう。

 いや、その時点でボナールはこの世の人でなくなっていたに違いない。

 いやいや、あと何日か早く到着していれば、グワラニーは準備が整わないまま仕掛けを動かしていたか、別の迎撃戦をおこなっていた可能性があるのだから歴史は大幅に変わっていたなどなど。


 そして、実を言えば、当初の予定では、ボナールはグワラニーが渓谷内で動き始めるよりずっと早くクペル城到着しているはずだった。


「惜しむらくは、ボナールがこの地に三十日前に来られなかったことだ。もし、それが実現していれば、我々は現在我々が知るものとは違う歴史を見ていたことだろう」


 フランベーニュ人の著名な歴史家ウスターシェ・ポワトヴァンはこの件に対するフランベーニュ人の思いを代表してそう語り、同じくフランベーニュの軍事研究家エリック・シュルアンドルはさらにもう一歩踏み込んだこの言葉を口にした。


「予定通りボナールがクペル城に到着していれば、その後やってくる魔族の将は持ち込むはずだった自らの計画を大幅に描き変える必要に迫られたのは間違いない」


「それどころか、その魔族の将は防御を固めたフランベーニュ軍が籠る山岳地帯の攻略戦をおこなうことになったであろう」


 つまり、それほど時を置かずにボナールに率いられたフランベーニュ軍はマンジュークを攻略していた。

 シュルアンドルはそう主張したのである。


 ただし、その意見に真っ向から反対する者は多い。

 シュルアンドルと同時代のブリターニャの戦史研究家ブライアン・マルハムはその急先鋒だった。

 彼はシュルアンドルの主張を根拠のないものとして一刀両断にした。


「魔族の将アルディーシャ・グワラニーが渓谷内で戦いを一日で終わらせられたのはその策の緻密さと思われているがそうではない。アリスト・ブリターニャ率いる勇者チーム以外ではグワラニーだけが持っていた特別な力によるものだ。つまり、その力を持たないアポロン・ボナールはどれほど策を巡らそうが数日でフランベーニュ軍をマンジュークに導くことなどできるわけがないのだ」


 マルハムの言葉はそれに続けてこの言葉をつけ加える。


「フランベーニュ人としてそう思いたいのは理解できるが、自らの希望を事実のように伝えるのは同業者として看過しかねる」


 アリターナの元将軍アントニオ・リヴィーニョもフランベーニュ人のその主張に懐疑的なひとりである。


「シュルアンドル氏は、早く到着していればアポロン・ボナールは間違いなく渓谷内の膠着状態を一挙に解決したと主張する。そう主張したいのであれば、どのような策を用いてそれをおこなおうとしていたのかも示す必要がある」


「だが、寡聞にして、シュルアンドル氏の口からそれが語られたという話は聞いたことはないし、私が探した限りという限定の文字はつくが、アポロン・ボナールが用意していたその策に繋がる証拠も発見されていない」


 彼らの主張は多くの者に受け入れられ、フランベーニュの愛国者を除けば、たとえボナールがグラワニーよりも戦場に早く到着していても、膠着状態はそう簡単に解決できないままその時を迎えていただろうというのが、後世の歴史家の主流的な意見となる。


 だが、守勢に立たされた後もシュルアンドルは自らの主張を取り下げることはなかった。

 風向きが悪くなってからも彼はこう主張し自説の正当性を説いていた。


「ボナールもマンジュークの道のりが困難なことは知っていた。その彼がそれを知りながら、何の策も用意せず戦場に出るはずがないのだ」


「つまり、効果的な策を用意できなかったのではなく、策は用意されていたものの、使う機会を失ったまま、考案者とともに消えただけである」


 実はこの後おこなわれる戦いにおいてアポロン・ボナールはもちろん、彼の手足として働いた将軍や副官はすべて戦死している。


 つまり、策が存在しなかったのではなく、それによって不幸にも伝えられなかっただけ。


 それがシュルアンドルの主張である。


 「証拠が見つからないからと言って、あのボナールが戦況の膠着状態を早期に終結させるためのアイデアを持たずただ戦場にやってきたと断定するのは早計に過ぎる」


「そして、証拠がないのも、それを聞かされていた可能性の者がすべて死んだのだから当然であろう」


「この時代の将軍としては珍しくボナールは配下の将軍たちを集めて頻繁に会議を開いていたのは有名な話である。そして、そのことを考えれば、もし、それが存在していたのなら、その席で概要だけでも話していたことも十分に考えられる。そういう意味からも戦場からその場にいた者がひとりも戻らなかったことは、フランベーニュという国家だけではなく、歴史を研究する者にとっても残念なことである。ひとりでも戻れば、少なくてもその口からその策の有無は聞けたのだから。そして、それが存在していれば、概要だけでも聞くことができたわけで、そうなれば当然そこから用意されていた戦術はいくらでも再構成できたのだから」


 これがシュルアンドルの言葉となる。


 さて、せっかくだ。

 答え合わせ的なものをしておこう。


 前半はともかく、後半部分についてはシュルアンドルの主張は正しかった。

 これが正解になる。


 実をいえば、ボナールは渓谷地帯の戦いを終わらせ、マンジュークへたどり着く策を用意していた。

 そして、自身の到着が遅くなったことにより使えなくなったその策を若干変えグワラニーに挑むことになる。


 さて、そういうことでアポロン・ボナールが膠着状態を打破する算段をしていたのか、そして、その結果どのような未来が待っていたのかどについては多くの意見があるものの、彼が遅延し歴史を変えそこなった原因についてはすべての専門家の意見が一致している。


 王都に長期滞在したこと。


 しかも、その間のボナールはたいした仕事もせず、多くの時間を酒場で過ごしていたことから、もし、ここで話を終わらせてしまえば、当然その原因はすべてボナール自身にあったといえるだろう。


 だが、彼の名誉のために真実を語っておけば、ボナールは拝命後すぐさま王都を出立したいという希望を持っていた。

 つまり、王都長期滞在は彼が望んだものではなかったのである。

 では、なぜそうなったのか?


 その理由。

 それは同行者たちの準備が間に合っていなかったのだ。


 もちろんその状況を聞かされたボナールは顔を顰める。

 だが、その相手は貴族。

 しかも、そこ「大」がつく。

 さすがに名将もこればかりは如何ともし難かった。


 もちろん怒鳴りつけたい衝動を押し殺してボナールは必死に貴族たちを宥めすかし、出陣を促した。

 だが、効果はなし。

 挙句の果ては「慌てる蟹は穴へ入れぬ」的な言葉でその言動を諫められる始末である。


 このように。


「ボナール殿。敵は逃げることはありませんぞ。そのような余裕がない姿を見せていては、いざというときに敵に足を掬われることになりますので、ご注意あられたし」


 もちろん、多くの仲間の前で披露したミルボー伯爵のその言葉は周囲からは賞賛の嵐となる。


「さすがはミルボー伯爵。余裕がありますな」

「それはラガレンヌ伯爵も同じ」

「いやいや……」

「とにかく、ボナール将軍は大船に乗った気持ちで我々の準備が整うのを待つがよかろう」

「そのとおり。将軍配下の二十万に我々の私兵十万が加われば、魔族を粉砕し、マンジュークを落とすことは疑う余地もないことなのですから」

「まったく、まったく」


 もちろん彼らの自画自賛の言葉に対してボナールは反論しない。

 表面上は。

 だが、それが彼の本心なのかといえば、まったく違う。


 ……こいつらは渓谷地帯の戦闘の厳しさを知っているのか。

 ……というよりも、本当に戦いに参加をする気があるのか。

 ……こいつらの妄言を聞いて初めてわかった。陛下からの密命である「代替が利くものであれば、貴族を積極的に利用し、自らの直属部隊を減らさぬ努力をせよ」という言葉の意味が。


 心の中のものとはいえ、口を極めて目の前にいる者たちを罵ってから、ボナールは少しだけ冷静になる。


 ……だが……。


 ……早く到着したから状況がよくなるということはないのは確か。

 ……自らの力ではどうにもならないことで思い悩むのは判断を誤るもとになる。

 ……これをマンジュークまでどうやって兵を進めたらよいかをじっくりと考えられる時間と考えることにしようではないか。


 そう自らに言い聞かせる。


 たしかにボナールのこの言葉は間違っていない。


 これまでのことを考えれば、数日どころか十日遅くなっても、そう戦況が変わらない。

 さらにいえば、フランベーニュ軍は常に前進しているし、後退する要素は皆無。

 唯一の懸念であるアリターナの前進も、彼らの能力を考えれば、そのまま魔族をねじ伏せ、マンジュークに一気に到達することなどありえぬこと。


 とりあえず現状を受け入れるというボナールの判断には大きな誤りはないと考えるべきであろう。

 彼にとって不幸だったのは、この時に限っては予想しなかった要素がそこに加わっていたことだった。

 しかも、その要素は決定的なくらいの巨大なものというオマケ付きである。


 だが、そうであっても、そのことを残念がることくらいに留めるのが妥当なところであり、名将であるのならそこまでのことも予想すべきだったというのは、さすがにボナールに対して酷な意見であろう。


 不本意な王都逗留について半ば強引に自らを納得させて時間を浪費させていたボナールだったが、さすがに二日過ぎても三日過ぎても、まったく予定が立たない状況に痺れを切らす。

 次は戦勝報告のために参りますなどと言った王にボナールがそう言ってからそれほど日を置かず面会を求めたその理由。

 言うまでもない。

 現状打破をするための直談判である。

 そして、その具体的内容はどのようなものかといえば……。


「……そちが先行してクペル城に行き、貴族たちの部隊の到着を待ちたいと?」

「そういうことです。陛下。私の配下はすでに準備が整っていますので」

「なるほど」


 ボナールの言葉を聞き終えた王が視線を向けたのは、自らの血を受け継いだ三人の息子のひとりだった。


「ダニエル。おまえはボナールの言葉をどう思う?」


 もちろんこれには、それによって表に出てこない目的が破談になることへの確認となる。


 ……そもそも温存していたボナールをマンジューク攻略へ投入するきっかけになったのはアリターナの動きがあったから。

 ……それなのに、こんなつまらぬ理由で足止めしてアリターナに後れを取るなど出来の悪い芝居のネタにもならない。

 ……やむを得ない。


 心の中で吐き出すように呟いた男が口を開く。


「この際致し方ないかと……」

「そうだな。では……」

「少々お待ちを……」

 

 渋々であるがダニエルはそれを肯定することを口にし、父王もそれを承認する。

 いや。

 承認の言葉を口にしかけたところで、横槍が入る。

 その場に偶然いた十大貴族のひとりで今回の遠征にも参加するアレクサンドル・デ・タルドゥノア公爵である。

 

「それは困りますな。将軍」


 やってきた公爵の言葉に王は黙りこくり、この場ではアドバイザー役でしかないダニエルも発言できない。

 となれば、反論の言葉を口にできるのはひとりしかいない。


「その理由をお聞かせいただけますかな。公爵様」


 極めて穏便なボナールの言葉に公爵はこう答える。


「それでは我々貴族が将軍に後れを取ったように見えるではないか」


 ……事実そうだろう。


 誰にも聞こえぬ声で呟いたのはダニエル・フランベーニュ。

 そして、ボナールも。


 ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 だが、さすがにその言葉は口に出せぬと悟ったボナールは搦め手から攻めることにした。


「そのようなことはないでしょう。それよりも、私が先に現地に行き、皆さまをお迎えしたほうがよりすばらしい姿に……」

「そう言って、功を独占するつもりか」


 ……なるほど。そういうことか。


 ボナールはここでようやく真意を理解した。


 ……功を独占されるのは我慢ならぬ。

 ……であれば……。


 さすがのボナールも怒りをおさめ、次の言葉を口にするには相当の時間が必要だった。


「……皆さまの準備が終わるのはいつ頃になるかをお示しいただきたい」


 それは、ボナールにとって最大限の譲歩。


 それに対してタルドゥノアは悠然とこう答える。


「そうだな。では、五日後ということにしておこうか」


「承知しました」


 ……そこからさらに数日か。


 タルドゥノアの言葉に応じながらボナールが心の中で呟いたその言葉。

 当然それは現実のものとなる。

 もちろんボナールは歯ぎしりするものの如何ともしがたい。

 だが、ここで事態が大きく動く出来事が起こる。


 予定日よりさらに数日が過ぎたある晩、いつものように憂さ晴らしのために少しだけ値の張る酒場に出かけたボナールはその場に居合わせた見知らぬ貴族から声をかけられる。

 もちろんこのようなことは珍しいことではなかったので、いつもどおり形ばかりの挨拶をしたボナールだったが、続いてやってきた相手からの長いだけの自己紹介の最後につけ加えられたひとことに驚く。


「子爵がプレゲール城の守備を仰せつかっていると?」


 ボナールからの呻き声に近い問いかけに、赤らめ顔の相手の男は事もなげに答える。


「そのとおり」


 ……私が出立するときは然るべき者ということだったが、それがこの男ということなのか。

 ……なるほど。


 ボナールはあることについて持っていた自らの疑問がようやく解けたことを実感する。


 ……とっくの昔にプレゲールを出立し、王都に到着しているはずの我が部隊がまったく姿を見せない理由がこれだったということか。

 ……もちろん彼らがここに現れないのにはそれなりの事情があると思っていたので、催促をすることは控えていたのだが、こういうことなら確認すべきだった。


 ボナールは心の中でそう呟き、それから、プレゲール城で後任者の到着をいらいらしながら待っている部下たちの顔を思い浮かべる。


 ……これは労いの言葉くらいはかけねばなるまい。


「ベオル子爵。陛下より命じられた出立の日はとうに過ぎているとは思いますが、大丈夫なのですか?」


 この男がここにいるかぎり、部下たちはプレゲールを動けない。

 本来なら、怒鳴り散らし追い立てるところなのだが、これ以上揉め事を抱えるわけにはいかない。

 つまり、これはボナールによる精一杯取り繕ったベオルに対して出立を促す言葉。

 だが、ベオルから返ってきた言葉にボナールは怒りを通り越して呆れてしまう。


 そして、そのすばらしき言葉がこれである。


「実は私も待っているのだよ。迎えが来るのを」


 ベオルの言い分をわかりやく解説すれば、プレゲールから迎えの者が来るまでは動かない。

 そういうことである。


「……陛下からそのような言葉があったのでしょうか?」


 そんな言葉を王が口にするわけがないことはわかっているものの、とりあえずそう尋ねるボナールの言葉にベオルは怪訝そうな表情でこう答える。


「いやいや、陛下の言葉以前にそれが常識というものだろう」


「私は子爵。その高貴な私が辺境の地に出向いてやるのだ。当然迎えが来るのが当然だろう」


 ……この男が私の前で堂々と言えたものだな。

 ……というか、私より自分が上であることを強調したいのか。


 こみ上げる怒りを再び抑えつけると、もう一度尋ねる。


「ちなみに、子爵の前任者となるその礼儀知らずのプレゲール城主は誰かご存じか?」

「知らん。まあ、爵位を持たない貧乏貴族か平民だろうな」

「名前は?」

「そんな下々の者などこの私が知るわけがないだろう」

「……なるほど」


 ……まあ、本人を前にしてここまで言えるほどの男には見えない。

 ……つまり、本当に知らないということか。

 ……ここで真実を語るのも一興だが、このような者にかかわるなど時間の無駄でしかない。


 一瞬だけ考えたその企みをすぐに捨て去ると、ボナールは適当な言葉を並べてその店を後にする。

 そして、そのまま向かったのは当然王宮となる。


「急用だ。至急陛下に……、いや、第三王子ダニエル殿下にお会いしたい」


 ボナールからの急な面会希望。

 実は、そのときダニエルは私邸に戻っていた。

 だが、王や他の王族、それに大臣たちと違い、彼は面会依頼があった場合は、いかなる場合でもその場で断らず、必ずダニエル本人に確認をするように各所に伝えてある。

 今回はその言葉が生きた。


 王宮から飛んできた魔術師から相手の名前を聞いた瞬間、ダニエルはすぐに向かうことを伝え、ボナールを王宮内の控室で待たせるよう手配させる。

 そして、一セパ、別の世界での約一時間半となる時間が過ぎた頃、正装したダニエルは、同じく王宮にやってくるにふさわしい身支度で待っていたボナールと面談する。

 そして、聞かされる。

 酒場でベオルが口にした言葉の数々を。


「……あの馬鹿は自分の役目をその程度にしか考えていないのか」


 普段なら口にしないような言葉をダニエルは吐き出した。


 王都にいる大貴族の出陣準備が大幅に遅れていることはもちろんダニエルも知っている。

 マンジュークへの到達競争でアリターナに出し抜かれることを恐れているダニエルとして大貴族の尻を叩き準備を急がせたいところであるのだが、さすがにこちらについては、王と貴族の力関係、それから自らの立ち位置のこともあり、口出しできない。

 だが、爵位持ちとはいえ彼等に比べれば一枚も二枚も落ちるベオルとなれば、話は別である。

 しかも、このままベオルを野放しにしていては渓谷内の戦いの切り札であるボナールの部隊が永遠に戦場に来られないなどという笑えない事態にだってなりかねない。

 大貴族からの反発があろうが、ここは動かざるを得ない。


「その件についてはすぐに処置する」


 ダニエルはボナールにそう約束する。

 さらに……。


「将軍には苦労かける」


 そう言って謝罪する。

 だが、これを絶好の機会と捉えたダニエルはそれで終わらせない。

 さりげなく、だが、確実にボナールの心に届くように、ある香りを漂わせた言葉を口にする。


「将軍も一連の事態でよくわかったとは思いますが、我が国は貴族の力が強い」


「もちろんブリターニャやアリターナも貴族はいる。だが、我が国は特別貴族の力が強い。もちろん力があっても、国を支える気があるのなら、それでも構わない」


「だが、彼等は違う」


「なにしろ彼らは自らの私腹を肥やすことしか興味がないのだから」


「それだけではない。彼等は自分たちが特別な存在だと思っている。そのため、同じ貴族でも爵位のない者やこの国の大部分である平民を見下し、彼らを自分たちのために働く物程度にしか思っていない。つまり……」


「彼らはこの国のためにならないのだ」


 それから、二セパ後。


 ……予想外だったが、良い機会が得られた。

 ……とりあえずこのような機会をつくってくれたあの愚かな貴族に礼をいっておこうか。


 ボナールを見送ったダニエルは心の中で呟く。


 ……酒が入っていたということもあるが、あの男が本音を語ってくれたのも大きい。

 ……そして、そこから見えたこと。

 ……王都から動けない件について、あの男も大貴族に対しての不満が溜まっている。

 ……まあ、将軍は武辺の男。戦場へ出られぬ足枷になっている者たちに好意を持つことなどないのは当然ではあるが。


 ……ということは、将軍の心には私の言葉が十分に沁み込んだことだろう。


 ……もちろんあの場面で名前を出すことはなかったが、大貴族と繋がりが深い兄たちに対しても今後将軍がよい感情を持つことはないだろう。

 ……そして、あれだけのことを思っているのであれば、将軍も貴族どもの殲滅に十分に尽力してくれる。


 ……とにかく、これで将軍は私の陣営に入ったと思っていいだろう。


 ……せっかく手に入れたのだ。逃げられないよう将軍とは今後も密に連絡を取ることにしよう。

 ……とりあえず、戦いが終わったら一度慰労会を兼ねた宴を催すことにしようか。


 ダニエルは転がり込んできた大きな駒を手にしてニンマリしながら、楽しそうに遥か未来に思いを寄せる。


 だが、このあとそれからそれほど日を開けることなくダニエルの予定はすべてがご破算になる。

 もちろんこの時の彼はそれを知る術はないのだが。

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