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千年後の帝国と王国

 魔王ヴィルヘルムと英傑達との戦いから千年が経った。

 千年前の帝国と王国は巨大な壁により分たれていたが、今はそれが取り壊され、聖イシリア大聖堂という建物が建てられた。ちなみにこの聖イシリア大聖堂というのは、ヴァルトの前皇帝アルベルトとクリミナの英雄オスカーの悲恋からせめて同じ場所で眠らせてあげようと建てられた大聖堂である。その為、二つの城を結び国境上で交わった所に建てられている。

 王国貴族についても変わり、平民であったヴァレンティン家とカルマ家は、英傑として王国を救った功績を讃えられ貴族に成り上がった。同じく平民であるサザンクロス家も貴族になる話が上がっていたが、幼馴染のオスカーとの思い出が沢山(たくさん)詰まったラディン村のことが忘れられず、ゼルダはこれを拒んだ。ゼルダは独身を貫いていたが、マルセルとラルトは結婚しそれぞれ子宝に恵まれていた。ここで不思議なことが起こり、マルセルとラルトには何の魔力もないのだが、何故か子供達には少量だが魔力が宿っていたのだという。

 そして、今帝国と王国には新たな命が生まれていた。

 ヴァルト帝国、ヴュルツブルク夫妻の間に第一子である男の子が産まれた。彼はレイナードと名付けられ、皇子として国民から祝福され城では沢山の愛情を注がれ育っていった。

 同じくクリミナ王国、エルロンド夫妻の間にも第一子である男の子が産まれた。彼はシェーンと名付けられ、彼もまた王子として国民から祝福され城では沢山の愛情を注がれ育っていった。代々王国王家に仕えるアリア家の末裔であるアイザックもシェーンを自分の息子のように可愛がっていた。

 クリミナ王国、ラディン村。イーズデイル夫婦の間に男の子が産まれた。彼はリンハルトと名付けられ、村人達に可愛がられて育っていった。

 そして月日が流れ、十八の誕生日。士官学校に入学する年齢である。士官学校では帝国と王国の悲劇を起こさないようそれぞれの国でお互いのことを学んでいる。レイナードが十八になった時、ヴァルト皇后ヴァネッサに生徒名簿を見せてもらったエルトリアは、アデルとエーミールを集め会議を開いていた。

「見てください、この王国の生徒を。英傑の子孫が揃っています。ここ数年、四人が揃うということはありませんでした。これは何かが起こるに違いありません」

「姉上の勘は当たるから。本当に何かが起こるかもしれないわ」

 アデルはエルトリアに賛同するが、エーミールは異を唱える。

「あれから千年が経ったんですよ? 歴代の皇帝も魔力が覚醒しませんし。やはりカミル様のお子だからでは? アルベルト様が亡くなった時から魔王を復活させるなんて夢物語だったんですよ。もう諦めま……っ!」

 エーミールの頬に激痛が走る。手を当てると、彼の手は生暖かい液体に濡れる。エルトリアの手には小刀が握られており、切っ先からはエーミールの血がポタポタと滴り落ちていた。アデルは笑いながらスカートの(すそ)を破り、エーミールの頬を拭う。

「貴方は曽祖母の悲願を達成したいとは思わないのですか? もしかして、アルベルト様の時代から王国の勝利を願っていました? 裏切るのなら、その先には何があるか賢い貴方になら分かりますよね? 死ですよ」

 エルトリアはエーミールの耳元に顔を近付けると、感情のない声で(ささや)く。それを聞いたエーミールの額からはじっとりと脂汗が流れていた。そして、小さく「ごめんなさい」と(つぶや)く。

「分かれば良いのですよ。では、貴方に頼みたいことがあります。王国王家に仕えるアリア家の末裔アイザックを殺し、その者に成り代わりなさい。擬態魔法は貴方しか使えませんからね」と先程とは別人のような笑顔でエーミールに話しかける。その時だった。エルトリアの足元をネズミが横切っていったのは。

「きゃあああああ! 何故城にネズミが! 城にネズミが出たとグレン様達に知られれば、大変なことになります! エーミール! 早くネズミを殺しなさい」

 エルトリアはアデルに抱きつきエーミールに指示を出す。普段はクールな彼女も、嫌いなものを見れば子供のように騒いでしまうのだ。

 無事ネズミを駆除し終えたエーミールは再びエルトリアの前に立つ。

「では、わたしが今から貴方をクリミナ城まで転移させます。そこからは、自分で上手くやりなさい。失敗は許されませんよ。いいですね?」

「はい姉上。分かっています」

 その言葉を聞いて安心したエルトリアはエーミールに向かい呪文を唱える。すると、エーミールを光が包み込み、その光が消えるとエーミールも姿を消していた。


 夜。クリミナ王国、クリミナ城前。

 エーミールは門前に立っていた。門番は見慣れない男に声をかける。

「おいお前、何者だ? 城に何の用だ?」

「俺はエーミール。アイザック=エドマンド=アリアの友達です。彼に会いに来ました」

「こんな夜更けに?」と門番は不思議がっていたが、「待っていろ」と言うと城の中に消えていき、やがてアイザックを連れて戻ってきた。

「ここでは何だから向こうに行かない? 夜風に当たりながら話したいんだ」

 アイザックは怪訝な顔をしていたが、エーミールが歩き出すと黙って彼についていく。やがて城から少し離れた街頭の灯りが届かない暗い場所に着くと、それまで黙っていたアイザックが口を開いた。

「さっきから、誰だお前は? 俺にエーミールという知り合いはいないが?」

 そう言った時だった。エーミールはアイザックに飛びかかると、彼を押し倒し馬乗りになる。

「悪いなアイザック。姉上の為なんだ。死んでくれ」

 エーミールは首を切り裂こうと小刀を取り出した。が、アイザックはエーミールを振り下ろし、彼が地べたに転がったところで剣を構える。

「俺はこの一生をエルロンド家に捧げると誓った。こんなところで殺されてたまるか」

 アイザックはエーミールに飛びかかると小刀目掛けて剣を振るった。すると、小刀はエーミールの手から離れ地面に落ちる。小刀を落とした後、アイザックはエーミールの喉元に手をかける。

「形勢逆転だな。姉上の為とか言っていたが、知らない奴の為になんか死ねるか。俺の邪魔をしないでくれ。早くシェーン様の所に戻らないと」

 アイザックのエーミールの喉元にかけた手に力が入る。それと共に、エーミールは段々と意識が遠のいてゆく。

“失敗は許されませんよ“

 エーミールの頭の中でエルトリアの言葉が蘇る。そうだ、俺だってこんなところで死ねない。

 エーミールは片方の手でアイザックの手を掴み、もう片方の手に闇の力を込める。力を込めた手でアイザックの胸に手を当てると、そこから体内に闇の魔力を流し込む。流し込まれた途端、アイザックは苦しみだし地べたを転がり回る。

「体が、熱い……。苦しい……。なあお前、そんな所で突っ立ってないで助けてくれよ……。何でお前が泣いてるんだよ」

 エーミールは涙目で訴えるアイザックをただただ見つめるしかなかった。そしてアイザックの元にしゃがみ込み、

「俺だって、お前なんて殺したくなかった。でも仕方なかったんだ。お前はアリアの家系だから。恨むんなら、自分の家系を恨んでくれ」

 エーミールは今度こそ小刀でアイザックの首を切り裂く。すると、アイザックのエーミールに伸ばした手は地面に落ちる。アイザックが完全に死んだことを確認すると、自身の容姿をアイザックのものに変える。身長から体重、そして体臭まで全て。擬態魔法でアイザックに姿を変えると、エーミールは炎の魔法で彼の遺体を燃やした。


 城に戻ったアイザックの姿をしたエーミール。そこに二階の自室にいた金髪の美青年が現れる。

「ザック、随分長かったね? 何かあったのか?」

「いえ、別に何もありませんよ」

 美青年とアイザックが話していると、すらりと長身の男も降りてきた。アイザックは彼に声をかける。

「シェーン様、少しとは言え、お側を離れて申し訳ございません」

 二人の男は顔を見合わせ笑い合うと、美青年の方が口を開いた。

「君、疲れてるんじゃないのか? 僕がシェーンだよ」

「あ……。ごめんなさい」と、アイザックはゴニョゴニョと口籠(くちごも)る。

「で、俺がシェーンの父であり国王のエレンだ。改めてよろしく。……ははは、何か可笑しな感じだな」

 エレンはアイザックに手を伸ばすと、握手を交わす。それに(なら)い、シェーンも握手を交わした。

「なあザック、もう遅いから寝ようよ。自室はどこか覚えているか?」

 アイザックは(うつむ)き押し黙る。

「ふふ、覚えていないようだね。いいよ、ついてきて」

 シェーンはアイザックの手を取り二階へと上がっていく。シェーンは楽しそうにアイザックに何かを話しかけていた。そんな二人の様子をエレンは微笑みながら見つめていた。

 そして、アイザックの自室前。おやすみを言い部屋に入ろうとするアイザックを引き止める。

「明日は僕が士官学校に入学する日だ。それで、君に言いたいのは……ここまで僕を育ててくれてありがとうということだ。僕は君をもう一人の親だと思ってるよ」

 そう言い首に掛かったサファイアが散りばめられた美しい首飾りを外すと、それをアイザックの首に掛ける。

「これは?」

「僕が一人で城下町に行った時、一目惚れして買ったんだ。城に戻った時、父上と母上とザックの三人から怒られたのはいい思い出だよ」

 シェーンは笑いながら話す。アイザックは急に首に掛けられた首飾りを見て、まだ戸惑っていた。

「それあげるよ。今まで育ててくれたお礼だ」

 そして、「おやすみ」と言い、シェーンは自室に戻っていく。その後ろ姿を見つめ、アイザックは「ありがとうございます」と呟くと同時に、「すみません」とも呟いた。


 翌日。それぞれの国に建てられた士官学校では入学式が行われていた。

 ヴァルト帝国のアドラスベルク士官学校には、帝国貴族のカリーナ、クリストフ、そして平民のギーヴ、マチルダが在籍し、級長を皇子のレイナードが務める。

 クリミナ王国のアクロイド士官学校には、王国貴族に成り上がったヴァレンティン家のアリス、同じく貴族に成り上がったカルマ家のアダム、そして平民であり英傑サザンクロスの子孫のリリアン、平凡な夫婦の間に生まれたリンハルトが在籍し、級長を王子のシェーンが務める。シェーンの側には常にアイザックがいるが、それはオスカーの生まれ変わりと思われる者を探す為であった。

 帝国では座学担当のアデルによる授業が行われた。王国はマナ地方に女神が住んでいる神殿があり、カルディナからマナに続く道にゴルとゴアと呼ばれる守護神が設置された。これはクリミナ王エレンとクリミナ王妃マルティナが神殿に余所者が寄り付かないよう創り出したものであり、王族以外は排除するように組み込まれている。

 同じ頃、王国では座学担当のアレクサンドルによる授業が行われていた。それは、帝国の始まりから魔王の復活、そして魔王の封印までだった。そしてその内容は当時の皇帝であるアルベルトを(とが)めるような内容だった。

「アルベルト様は魔王の復活なんて望んでいませんでした! あの方は利用されたんです! 今貴方が話したことは事実ではなく、ただの憶測だ! 教師を名乗るなら、ちゃんと調べてから事実を生徒に伝えてください!」

 当時の主人であるアルベルトへの侮辱に激昂(げきこう)したアイザックは思わず声を荒らげて叫ぶ。皆の視線は一斉にアイザックに向けられる。そして、暫くの間教室を沈黙が支配していた。冷静になったアイザックは再び口を開いた。

「すみません、でしゃばりました。どうぞ授業を続けてください」

「いや、俺の方こそすまなかった。確かに君の言う通りちゃんと調べていなかったよ」

「それより、君はその皇帝のことを知っているのか? まるで会ったことがあるような口ぶりだったよ」

「はい、帝国に知り合いがいるんです。皇家に仕えるリーデンベルク家の」


 数日後。今日は魔道の授業だった。帝国では座学の時と同じくアデルが生徒達に教えている。帝国では王族とそれに仕える者しか魔力を持たなかったので生徒は皆魔法が使えなかった。レイナードも王族ではあったが魔力に覚醒しなかったカミルの子孫であった為、帝国の生徒達は全員が一から魔道を学ぶことになった。

「ねえ先生、あたし達は皆魔力がないけど、本当に魔法が使えるようになるの?」

「心配しないで、大丈夫よ。皇帝だったアルベルト様も魔力を持たなかったけれど、突然覚醒したの。だから、今魔法が使えないからって焦らないで。魔力に覚醒出来る日は必ずくるわ」

 その頃、王国でも魔道担当のメルザによる授業が行われていた。ここで帝国と違うのは、英傑の子孫である四人の生徒は魔力を少し宿しているということだ。だが、何の力も持たない平凡な夫婦の間に生まれたリンハルトだけは魔力を宿せずにいた。皆それぞれ課題をクリアしていく中、彼は一つ目の課題で止まっていた。そんな彼の元にシェーン、アリス、アダムの幼馴染三人組が集まる。まず口を開いたのはシェーンだった。

「なあリン、この士官学校で魔法を使えないのは君だけなんだけど?」

「まあいいじゃない。リンくんは平凡な家庭で育ったんだもの。使えなくて当然ですわ」

「そうだぞシェーン。でも一人だけ出来ないってのはなあ……」

「ごめん……。なんか、僕が皆の足を引っ張ってる感じだよね……」

 その様子を見ていたリリアンが四人に近寄り、シェーン達とリンハルトの間に割って入る。

「ちょっと! 三人で一人の子を虐めるなんて最低だわ。それでも貴族なの?」

「あら、リリちゃんったら逞しいですわね。こういう関係も素敵ですわ」

「そうか? なあリン、女に守ってもらって恥ずかしくねえか?」

「あのねリリー、僕達は事実を述べているだけなんだけど? それに、君だけ英傑の子孫じゃないよね? なんか場違いじゃないかな」

「学校は皆が平等に学べる場所よ。どういう血統かなんて関係ないわ。ここは階級とか関係なく仲良くやりましょう?」

「シェーン様、リリアンの言う通りですよ。それに、エレン様が貴方のこんな姿を見たらどう思われるか……」

 四人の言い争いを見かねたアイザックが割って入る。それにシェーンは溜息を吐いて応えた。

「ザック、君はどっちの味方なんだい?」

「俺はシェーン様に仕えているからといって特別扱いはしません」

 そしてリンハルトの方を向き、

「リンハルト、すみません」と彼に謝る。

「いえ、僕が魔法を使えないのが悪いんです。貴方が謝らないで」

「そうですか……。分かりました」と、アイザックは五人から少し離れる。

「アイザックさん、素敵な人ですわ。主人だからって贔屓(ひいき)しない。ちゃんと相手に謝ることが出来る。理想の男性です」

 アリスがアイザックにときめいている中、五人から離れた所にいる彼は皆に聞こえないように呟いた。

「確かに英傑の子孫は四人揃っていますが、残りの一人は魔力自体を持っていません。今年もハズレだと思います」

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