アルベルトとオスカー
「吾輩を倒して皇帝の体を取り戻そうという魂胆か? だがいいのか? 吾輩を倒しても皇帝は直に死ぬのだぞ?」
「ああ、理解している。それに、アル自身も訳の分からない奴に体を乗っ取られたまま死ぬより、自分に戻って死にたいと思っているだろうよ」
「そこまでこの青年を愛しているんだな。お前は昔の帝国と王国の話を知っているか?」
「クロードから聞いたことがある。聖戦とやらで王国と帝国が分裂したらしいな」
「帝国が一つだった頃、魔王であるこの吾輩が国を治めていた」
ヴィルヘルムは自分がこの世に復活した経緯を語り出す。それを六人は黙って聞いていた。
ヴィルヘルムの話が終わると、クロードが口を開く。
「まさか黒幕が可愛かったあの姉弟達だなんて。しかも、随分自分勝手じゃないか? 曽祖母の為に王国を滅ぼそうだなんて。なあ魔王さん。今迄通り仲良くやらないか?」とクロードは提案するが、ヴィルヘルムは首を横に振る。
「別にいいじゃないか。王国は帝国に吸収され昔の状態に戻る。仲良く出来るではないか」
「俺は自然豊かな王国が大好きだ。人々も温かい。それに、アルの治める帝国も好きだ。それぞれの国にそれぞれの良さがある。アルだって帝国が支配することなんて望んでいないと思うぞ」
オスカーは自分の想いを述べるが、ヴィルヘルムには届かない。
「そんなに興奮するなよオスカー。吾輩だって、出来れば争いは避けたい。ならどうすればいいか、利口なお前なら分かるだろう? 吾輩に伏すれば良いのだ」
「伏するなど、アルはそんな汚い言葉使わない!」
オスカーが語気を強めて言った時だった。今迄柔らかい表情をしていたヴィルヘルムは、次第に顔を顰めていく。
「口を開けばアル、アル、アル、アル! うるさい奴だなお前は! それに吾輩は大人だから子供相手にムキになるのはどうかと我慢していたが、お前の髪と瞳の色があの忌々しい女神を思い起こさせる! お前ら諸共ここで殺してくれる!」
ヴィルヘルムは声を荒げると、闇の魔力を纏った剣を出現させ、それを片手に構える。
「いいか皆! これが最後の戦いだ! 魔王を倒すこと、生きることを考えろ!」
クロードが発破を掛けると、皆は一斉に神器を出現させそれぞれ授かった魔力を纏わせる。
「おい貴様、相手が恋人だからって怯んでるんじゃないだろうな?」
「まさか」
「ならいい。ならばもう一つ聞きたいことがある。クロード様は生きることを考えろと仰っていたが、貴様は恋人と共に死ぬつもりなんだろう?」
「よく分かってるじゃないか。もしかして俺のこと好きか?」
「貴様も冗談を言うとはな。最後に得た新しい情報だ。……僕は何の魔力も持たない。王国の未来を賭けた戦いなのに、僕は完全に足手纏いだ」
「そう自分を卑下するな。お前は王国の地理に詳しい。英傑探しでは俺達を導いてくれた。お前は足手纏いじゃない」
「そうか……。ありがとう」
「ここじゃ狭すぎる。屋上に移ろう」
ヴィルヘルムは指をパチンと鳴らすと、アルベルトの寝室にいた七人は屋上に転移していた。
「何を驚いているのだ? 女神にならこんな転移魔法ごとき簡単にやってのけるのではないか? まあ良い。来ないのなら、こちらから行く! まずはそのガキからだ!」
ヴィルヘルムはフォティア目掛けて一直線に駆ける。フォティアは目を瞑ったが、ヴィルヘルムの剣は当たってはいない。目を開けると、ヒュドールが槍の柄でヴィルヘルムの攻撃を受け止めていた。
「可愛い女の子には優しく接しろよ。積極的すぎると嫌われちゃうぜ?」
「何の話をしているか分からないが、人間のくせに吾輩の攻撃を受け止めるとは、中々やるな。褒めてやろう」
ヴィルヘルムは後ろに下がり、距離をとる。
「ありがとうございます、ヒュドールさん」
「いいよいいよ礼なんて。仲間を助けるのは当然だろ? ですがクロード様。流石は魔王です。受け止めるので精一杯ですよ」
「お前の様子を見てたら分かるよ。何かいい手はないかな」
「フハハ。この状況でぺちゃくちゃと。それを貴様らの最後の会話とするがいい! 安心しろ。苦しまずに殺してやる」
すると、ヴィルヘルムは再び剣を構えクロード達目掛けて一直線に駆ける。クロードはヴィルヘルムの闇の力に対し、ジーナスの光の力で対抗しようとした。剣が振り下ろされると、クロードはこれを盾で受け止める。盾から淡い光が出現しクロード達を覆うように護っているが、闇の力に気圧され、光が鈍くなりやがて消えた。そして、盾に亀裂が入ってしまう。
「ちょっとクロード様! それジーナス様の神器なんでしょ? 壊れちゃったじゃない!」
「所詮下級の神の力はその程度なのだ。魔王である吾輩には到底及ばない。今度こそ死んでもらうぞ」
ヴィルヘルムは剣に闇の魔力を集中させる。
まさか神器が壊れるなんて……、やはり魔王には勝てないのか、そう皆が思っていた時だった。一人の男がヴィルヘルム目掛けて飛び込んでいった。
「僕は足手纏いじゃない! たとえ死んでも! 僕は貴様を離さない! 王国を滅ぼさせはしない!」
飛び込んでいった男はユージーンだった。ヴィルヘルムは不覚にも驚き、闇の魔力をユージーンに浴びせる。真正面から喰らって一瞬怯んだユージーンだったが、根性で体勢を立て直し、ヴィルヘルムの胸ぐらを掴んだ。
「今です!」と力の限り叫ぶと、クロード達は一斉に攻撃を仕掛ける。
フォティアが弓矢に魔力を込めながら矢を引き絞る。その間にクロード、ゼルダ、ヒュドールはそれぞれの神器に魔力を込めながらヴィルヘルムとの距離を詰める。そして、弓矢に充分力が溜まった時、フォティアは矢を放つと、それは見事ヴィルヘルムに命中した。これを合図に三人も一斉にヴィルヘルムに斬りかかる。先程の力で全てを終わらせようと思っていたヴィルヘルムはその全てをユージーンに浴びせてしまったせいで弾き返すことも出来ず、そしてユージーンにしがみ付かれているせいで避ける術もなく、ヴィルヘルムはクロード達の攻撃を浴びてしまう。
「オスカー! お願い!」
「言われなくても分かっている!」
オスカーはヴィルヘルムに向かって片手を翳す。
「早くアルから離れろ!」
力強く言うと、光が辺り一面を覆う。すると、ヴィルヘルムは苦しみだしのたうち回っていた。
「せっかく得たこの体が! 離れてしまう! 吾輩の器が……」
「それはお前の体ではない。高貴なアルの体を#穢__けが__#すな」
のたうち回った後、ヴィルヘルムの精神がアルベルトの体から離れていく。
精神が完全に離れると、それは光の玉となり女神の力が宿ったオスカーの手の中に封印された。
「ユージーン! おい! 目を開けてくれ! 俺はずっとお前に支えられてきた。お前がいなくなったら俺は何も出来ない。俺を一人にしないでくれ」
クロードは血だらけのユージーンに何度も呼びかけている。だが、それも虚しくユージーンの反応はない。それを見ていたオスカーは溜息を吐いた。
「うるさいぞクロード。心配しなくてもユージーンは生きている。どいていろ」
オスカーはユージーンに手を翳すと、優しい光がユージーンを包み込んだ。すると、女神の力でユージーンの体から傷は綺麗に消え去り、目を開けた。
「ユージーンお前! 死んだと思った。生きてて良かった。お前は本当に無茶をする。だが、お前のおかげでヴィルヘルムを倒すことが出来た。ありがとう」
クロードはユージーンを強く抱きしめる。ユージーンは苦しそうだったが、どこか嬉しそうだった。
「だから言っただろ。お前は足手纏いじゃない」
「そうだな。ありがとう、オスカー」
「何の話だ?」
「何でもない。こっちの話だ」
「ううう……」と唸る声がする。アルベルトだ。無事に魔王の精神は離れたが、長い間器として使われていた体には限界が来ていたのだ。
「クロード、短剣を持っていたな? 貸せ」
「持ってるけど。まさか、皇帝を殺して俺も死ぬとか言わないよな?」
「そうなの? そんなことやめて。あたしを置いていかないでよ」
「おいゼルダ。これはあいつ自身が決めたことだ。あいつの意志を尊重してやれ」
オスカーの手を取ろうとするゼルダの手を遮りながらユージーンは言う。
「ありがとう、ユージーン」とオスカーはアルベルトの元へ歩いていく。
「なあアル、苦しいか? だが安心しろ。俺が今から解放してやる。そんな悲しい目をしないでくれ。お前を一人にはさせたりしない。お前を殺したら俺もそっちに行く」
「怖くないのかい?」
「俺にとってはお前を失うことの方が怖い」
「君は本当に面白い人だね。そういうところにも惚れたのかもしれない。ねえオスカー、もしわたし達が生まれ変わったら、またわたしを愛してくれるかい?」
「ああ。俺はこれから先もずっと、もしお前が俺を忘れても、お前を愛すると誓おう。だがもしかしたら、俺がお前を忘れるかもしれない。その時は、また俺を口説き落としてくれるか?」
「うん、絶対に。約束する」
「そうか、嬉しい。だがあれは口説くと言うよりアタックの方が強かったかな」
「そうだったかな? まあいいじゃない。あの時の君も嬉しそうだったし」
二人は笑いあうと、オスカーはアルベルトにキスを落とす。そして、アルベルトの首を斬り、自分の首も斬る。
クロード達が駆け寄ると、二人共穏やかな表情だったという。
数日後。ヴァルト帝国、帝都クラルヴァイン。ヴァルト城、玉座の間。
この日は、前皇帝アルベルトの葬儀が行われた後、新皇帝カミルの戴冠式が行われた。カミルに帝冠が授けられると、カミル、エルナバス、ベルタの三人はバルコニーに出、庭で新皇帝を見ようと集まっている国民の前に姿を現した。
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます。兄アルベルト亡き後、帝位を継ぐことになったカミル=フォン=ヴュルツブルクです。僕はまだ十歳で、お恥ずかしい話、何も知りません。皇帝のお仕事も全然知りません。僕は助けてもらわないと何も出来ないです。だから皆さん、もし何かあったら僕を助けてください。あ……、いや、支え合いながらこの国をよくしていきましょう。皆さん、これからよろしくお願いします」
カミルが頭を下げると、国民達はそれぞれ、いいスピーチでしたよ、等と声を上げている。
三人は室内に戻ると、ベルタはカミルを強く抱き締める。
「痛いよお母様。それより、僕はきちんと挨拶出来ていたかな?」
「心配しないで。貴方は完璧だったわ。ああカミルちゃん。あたしの天使。貴方はまともな皇帝になってね」
その日の夜。ヴァルト城、地下。
エルトリアはアデル、エーミールを呼び出していた。
「今日貴方達を呼び出したのは、薬が完成したからです。体に悪そうな色をしていますが、彼女を尊重したのですよ」
エルトリアはピンク色の液体が入った小瓶を持っている。不老不死の一族、ルーグの女王であるヴェンデルガルトを研究し、遂に不老不死の薬を完成させたのだ。
「姉上、何ですこれ?」
何も知らないエーミールが問う。
「ルーグ族を研究して作り出した不老不死の薬です」
「ですがあの里は滅ぼされたと……。もしかして、あれは姉上が?」
「エーミール、だからどうしたの? 姉上は何か目的があってああするしかなかったの。今は姉上の話を聞いておきなさい」
エルトリアはまだ帝国が支配する世界を諦めてはいなかった。その為には子孫に目的達成を委ねるのではなく、自分達で最後までやり遂げるべきだと。姉の説得で、妹と弟も不老不死の薬を飲み干した。
第一部『アルベルト&オスカー編』完結。