レイナードとリンハルト
「いいでしょ、千年前のオスカー様と同じこと言ったって。レイの体を返してほしいんだから」
リンハルトは反論する。
「そうよ。レイナード様だって、得体の知れない魔王に体を乗っ取られたままなんて望んでいないはずだわ。自分の体に知らない誰かがいるなんて、気持ち悪い」
「魔王に向かってここまで言うとはな。なかなか面白い子供達よ」
ヴィルヘルムは、まるで親が遊ぶ我が子を見守るように温かな笑みを浮かべる。この様子を見ていたアダムは驚いていた。それは、士官学校で座学担当教師であるアレクサンドルから教えられた魔王の像とは違ったからだ。授業中、復活した魔王ヴィルヘルムは王国を支配しようと当時の国王であるクロード殺害を企んだ悪として教えられた。だが、今目の前にいる魔王はどうだろうか? リンハルトとリリアンの反論に対して温かな笑みで返している。もしかしたら、魔王だって王国の支配なんて本当は嫌だったのかもしれない。無理矢理この世に復活させられて無理矢理王国侵攻の将として第三者に操られていたのかもしれない。実はこの人も可哀想な人なんだ。そう思うと、アダムはヴィルヘルムに対して親近感を持つようになった。
「まあ魔王さん、あんたも無理矢理操られている可哀想な人なんだろ? 今すぐには難しいだろうが、これから仲良くやらないか?」
アダムがヴィルヘルムに話しかけながら近付いた時だった。ヴィルヘルムが指をパチンと鳴らす。すると、アダムに向かって闇の玉が飛んでくる。
「うぉっと、危ねえ」とダリルがアダムを庇う。ダリルが弾き飛ばした闇の玉は、ヴィルヘルムのギリギリを掠める。
「おい小僧。今何と言った? 吾輩が可哀想だと? 可哀想なのはお前達の方だ。吾輩はこの世界をあるべき姿に戻そうとしているだけなのだ」
「それは帝国が一つだった頃の話かい?」とシェーン。
「流石は王子。よく分かっている。おいお前、リンハルトと言ったな? オスカーの記憶があるお前になら分かる筈だ。吾輩と戦うことを選ぶと多くの犠牲が出る。現に可愛いリーデンベルク姉弟が死んだ。このまま争いを続けても意味はないのだ。ならばどうすればいいか。降伏するのだ」
「確かに、千年前も今も多くの人が殺された。魔王との戦いでも全員生きて帰れるかは分からない。戦に絶対はないからね。でも僕達は負ける気はない」
リンハルトは真っ直ぐにヴィルヘルムを見つめる。それに続くように皆もヴィルヘルムを見つめた。
「それに、争いを避けたら貴方はレイの中にずっといることになる。そんなの嫌だ」
リンハルトがオスカーと同じ様なことを言うので、ヴィルヘルムは面白おかしく静かに嗤う。
「吾輩に逆らったらどうなるか、その見せしめにお前らを殺すのもいいだろう。その首を王都の門に晒してやる」
ヴィルヘルムはパチンと指を鳴らす。すると、六人は屋上に立っていた。
「ここなら存分に戦えるだろう? 忌々しい女神の血をここで断ち切り愛する皇子の元へ送ってやる」
ヴィルヘルムは闇の魔力を纏った剣を出現させ、片手に構える。それに倣い、シェーン達もそれぞれの神器を出現させ構える。
「王国に伝わる神器かもしれぬが、所詮は下級の神の力。あの時のように壊してやる」
そう言うと、ヴィルヘルムはシェーン目掛けて一直線に駆ける。そして剣が振り下ろされた時、シェーンはこれを盾で受け止める。闇の剣が光の盾に当たった瞬間、盾が光を発し剣を弾き返した。ヴィルヘルムが仰け反ったところを見逃さず、光を纏った剣で切り掛かる。その攻撃を受けたヴィルヘルムは、大きく後退した。
「どうしてこの吾輩が下級の神の攻撃を受ける? 何故吾輩の攻撃が通らない?」
「俺達だって、千年前の戦いから何もしていなかった訳じゃない。いつか起こり得るだろう魔王復活の為、四人で修行に励んでいたのさ」
そう言うと、ジーナスが淡い光を纏った非実体となって現れた。それに続き、パミラ、レティシア、ダリルも同じく非実体として現れた。
「これ以上、あたし達の美しい国を汚さないで!」
「蘇りし悪しき者よ。再び永遠の眠りに就きなさい」
「魔王だろうが、俺達が力を合わせればなんてことねえよ」
「調子に乗るなよ!」
「みんな! 大きいのがくる! 攻撃に備えて!」
ヴィルヘルムが剣に魔力を溜め、シェーン達が構えた時だった。
神様の言う通りだ。これ以上王国を傷付けることはこの俺が許さない!
「……レイ?」
「おい、誰だ? 吾輩の邪魔をするな」
ヴィルヘルムは見えない何かから攻撃を受けているようだ。何者かの仕業か分からないが、そのおかげでヴィルヘルムはシェーン達への攻撃の手を止めていた。見えない何かに襲われているヴィルヘルムを見て皆ポカンとしていたが、リンハルトが
「レイが僕達を助けてくれているんだ。皆! 仕掛けるなら今だよ」と叫ぶと、シェーン達は一斉に攻撃を仕掛ける。
アリスが弓矢に魔力を込めながら矢を引き絞る。その間にシェーン、リリアン、アダムはそれぞれの神器に魔力を込めながらヴィルヘルムとの距離を詰める。そして、弓矢に充分力が溜まった時、アリスは矢を放つと、それは見事ヴィルヘルムに命中した。これを合図に三人も一斉にヴィルヘルムに斬りかかる。見えない何者かに襲われたせいで再び魔力を溜めるのに十分な時間を得られず、そして見えない何者かにしがみ付かれているせいで避ける術もなく、ヴィルヘルムはシェーン達の攻撃を浴びてしまう。
「リン! お願い!」
リンハルトはヴィルヘルムに向かって片手を翳す。
「早くレイから離れて!」
力強く言うと、光が辺り一面を覆う。すると、ヴィルヘルムは苦しみだしのたうち回っていた。
「せっかく得たこの体が! 離れてしまう! 吾輩の器が……」
「それは貴方の体じゃない。高貴なレイの体を穢さないで」
のたうち回った後、ヴィルヘルムの精神がレイナードの体から離れていく。
精神が完全に離れると、それは光の玉となり女神の力が宿ったリンハルトの手の中に封印された。
「終わったのね……」
「ここまで長かったですわ」
「あれだな。俺達五人、王国を救った英雄だな」
「皆、ありがとう。王国を救ってくれて。王家の人間として心からの感謝を……って、リンは?」
リンハルトは皆から少し離れた所にいた。死にそうになっているレイナードを膝に乗せ、優しく頭を撫でる。
「シェーン、短剣を持っていたよね? 貸して」
「持ってるけど。まさか、皇帝を殺して僕も死ぬとか言わないよね?」
「そうなの? そんなことやめて。あたしを置いていかないでよ」
「リリちゃん。これはリンくん自身が決めたことですわ。彼の意志を尊重してあげて。それが友達というものですわ」
リンハルトの手を取ろうとするリリアンの手を遮りながらアリスは言う。
「ありがとう、アリス」とリンハルトはレイナードの元へ歩いていく。
「ねえレイ、苦しい? でも安心して。僕が今から解放してあげる。そんな悲しい目をしないで。君を一人にはさせたりしない。君を殺したら僕もそっちに行く」
「怖くないのか?」
「僕にとっては君を失うことの方が怖い」
「お前は本当に面白い奴だな。そういうところにも惚れたのかもしれねえ。なあリン、もし俺達が生まれ変わったら、また俺を愛してくれるか?」
「うん。僕はこれから先もずっと、もし君が僕を忘れても、君を愛すると誓うよ。でももしかしたら、僕が君を忘れるかもしれない。その時は、また僕を口説き落としてくれる?」
「ああ、絶対に。約束する」
リンハルトはふふっと笑う。
「何がおかしいんだ?」
「ああ、ごめん。なんだかこの会話、どこかでしたような気がして」
「奇遇だな。俺もどこか懐かしく感じた」
二人は笑いあうと、リンハルトはレイナードにキスを落とす。そして、レイナードの首を斬り、自分の首も斬る。
シェーン達が駆け寄ると、二人共穏やかな表情だったという。
魔王ヴィルヘルムを封印してからは、ずっと平和な日々が続いていた。シェーンがクリミナ王国国王に即位し、そして、帝国に新たな皇帝が即位するまでは王国が全てを統治することになった。
数年後、シェーンはリリアン、アダム、アリスを連れて帝国を訪れていた。アダムとアリスは結婚し、子を二人授かった。
「やっぱお母さんとお父さんが美形だと子供も美形なのね」
「ありがとう、リリちゃん。リンくんにも見せてあげたかったのだけれど」
「今から見せに行くじゃないか」
六人は聖イシリア大聖堂に行くと、帝国の士官学校に所属していた元学生達もいた。
「君達も来ていたのかい?」
「当然でしょ。今日はレイナード様が亡くなられた日。それと、彼を救ってくれたリンハルトさんの為に祈りに来たの」
「それより、貴方が手に持ってるものって……やっぱりアルジナの花だ」
「確かリンがその花のブローチを服に付けていたわね。覚えていたの?」
「あんなにいじめていたのに?」とアダムが茶化す。
「うるさいな。それは君も一緒だろう? 僕は国王として、仮の皇帝として、リンに恥ずかしい姿は見せられないからね。僕は生まれ変わると、今日はそれをリンに誓いに来たんだ」
その言葉を合図にレイナードとリンハルトが眠っている棺に向かい各々祈り始める。
「今も王国は立派だけど、僕はその上を目指していくよ。父上のような王になれるか不安だけど。僕の創る国、見ていてくれるかな?」
すると、室内は無風なはずだが、レイナードとリンハルトに捧げたアルジナの花がふわっと揺れた。
君は君が思う王になればいいと思うよ。君が創った国を肌で感じたかったけど、それは無理だからレイと二人で空から見ているね。
第二部『レイナード&リンハルト編』完結。




