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本当の名前

 一行は今、女神アイリーンの力によってヴァルト帝国帝都クラルヴァインにいる。

 この千年で文明は発達し、汽車が両国を走るようになった。これまでは馬車で一日、徒歩で二日かかっていた道程も、汽車の登場で数時間で着くようになった。とはいえ、一瞬で目的地に着く神々の力には勝てないのだが。

「確かにまた帝国に行きたいとは思っていましたけれど。まさか魔王との戦いで訪れるなんて思いませんでしたわ」

「俺も。ゆっくり観光出来るかと思ったぜ」

「いつ見ても本当に綺麗な国ね。アダムの言う通り、ゆっくり観光出来ないのが残念だわ」

「早く魔王を倒せば観光出来るかもよ」

「ですが、レイナード様はリンくんの恋人なのですよね? アイリーン様の言う通り、魔王を倒すと言うことはレイナード様を殺すということになりますわ。覚悟はありますの?」

「あるに決まってるよ。それに、魔王なんかに器にされてレイは苦しんでると思う。だから、この戦いはレイを苦しみから解放させることでもあるんだ」

「こんなに愛されてレイナード様も幸せ者ね」

 和気藹々(わきあいあい)としている四人から少し離れた所でシェーンとアイザックが話していた。

「なあザック、僕の記憶が正しければ、確か君は帝国皇家に仕えるリーデンベルク家に知り合いがいるんだよね? 王城に詳しいとかあるのか?」

「まあ、そうですね。結構遊びに行ったことがあるので、多少は詳しいと思いますよ」

「それはいい。君に城内の案内役を頼めるかな?」

「はい」とアイザックは頷いた。


 リンハルト達は城までの道中何かを話していたが、アイザックは彼らの話を聞いてはいなかった。というのも、頭の中では二人の姉のことでいっぱいだった。彼は王国に来る前にあることを頼まれた。アイザックに擬態し英傑の子孫の様子を見ること。そして、もしオスカーの魂を宿す者が現れたら女神の力を授かる前にその者を殺すこと。

 だが、彼は姉からの任務を遂行することが出来なかった。アルベルトの死後、魔力を持った皇帝が現れなかったことから魔王の復活など夢物語だと諦めていたことと、もう一つ理由がある。それは、リンハルト、シェーン、リリアン、アリス、アダムという人間を愛していたからだ。アイリーンの言う通り、彼はリンハルトらを裏切ることはなかった。


 姉上達は俺を見てどんな反応をするだろう。姉上が望む働きは出来なかったけど、久しぶりの再会なんだ。喜んでくれるかな。


 そんな淡い期待を抱き、彼は城の扉を開ける。

「でもあの門番達、よく俺達を簡単に通してくれたよな」

「アダム、忘れたの? 帝国皇家に仕えるリーデンベルク家に知り合いがいるって言ってたじゃんか。それに、隣国交流会の時ヴァルト城にお邪魔したじゃん」

「そうだっけか?」

 アダムが言い、それにリンハルトが突っ込む。

「貴方の記憶力大丈夫? それより、友達のことはちゃんと覚えておきなさいよ」

「そうですわ。アイザックさんとわたくし達は歳こそ離れていますけれど、共に旅をしてきた仲間であり友達ですわ。そんな方のことはちゃんと覚えておきませんと」

「友達……? 俺が……?」

「そうだよ。僕だって、君と主従関係ではなく対等に話せる友人になりたいと思っていたさ。いや、思っていたんじゃなく、もう僕は君と友人だと思っているよ。……何だい? 泣く程嫌だったかな?」

 慌てるシェーンに「違います。嬉しいんです。俺もシェーン様と友人になりたかった」と(すす)り泣きながら言う。

「そうか。良かった」とシェーンも安心したように呟いた。

「エーミール、わたしの命令は無視して仲良しごっこですか? 随分と偉くなったものですね」

 アイザックは二階から聞こえる懐かしい声がする方に目を向けた。視線の先には姉であるエルトリアとアデルが立っていた。エルトリアはアイザックを冷たく見下す。二人は階段を降りる。コツコツとハイヒールが大理石を叩く冷たい足音に六人の緊張は高まった。特にアイザックの様子は尋常ではなかった。彼の額からはじっとりと脂汗が流れ、体も小刻みに震えている。そんな尋常じゃない態度を察したシェーンは、彼の腕を掴み自分の後ろへと引き寄せる。そして、エルトリアに向かって叫んだ。

「さっきから君は誰のことを言っているんだい? エーミールなんて人、ここにはいないよ」

「そうですか。それは残念ですね。ですが、賢い王子様なら薄々気付いているのでは? 貴方の後ろに隠れている彼が偽物だということに」

 エルトリアの言葉に全員の視線がアイザックに注がれる。

「ねえ、偽物ってどういうことなの?」とリリアンが問うと、アイザックは笑いながら「こういうことですよ」と答え、擬態魔法を解く。

「俺の本当の名前はエーミールっていうんです」

 現れた薄紫色の短髪の見知らぬ男に皆が口々に騒ぐ中、いつもの涼しい顔で見つめるシェーンに問いかける。

「貴方は驚かないんですか?」

「そんな必要ないよ。実は、あの人の言う通り薄々気付いていたんだ。アリア家の人間は魔法が使えないのに城に帝国兵が現れた時に魔法を使おうとしていたし。何より神様達を呼び捨てにしていた。やっぱり君は別人だったんだね。逆に聞くけど、いつから成り代わっていたの?」

「貴方が士官学校に入学する前日です。貴方の従者を殺した俺が憎いですか?」

「憎んでなんかいないよ。ザックの変化にすぐ気付けなかった僕も悪いから、君だけを責めるわけにはいかないよ」

「貴方は優しい人ですね。アリスとアダムと一緒になってリンハルトを虐めていたことが嘘みたいだ」

 エーミールの言葉にアリスとアダムは顔を赤くする。その様子をリンハルトとリリアンは笑って見ていた。

「あの……、いつまで思い出話に花を咲かせるつもりですか? こちらも帝国統一の為忙しいんですよね。貴方達に構ってる暇はないんですよ」と痺れを切らしたエルトリアが言うと、また緊張に包まれる。そんな中、エーミールが口を開いた。

「姉上、俺は王国を愛している。国もそうだが、こいつらという人間も。魔王復活が何だ。魔王なんかに王国を滅ぼせさせはしない」

「まあ、ヴィルヘルム様に何てことを。貴方は冗談の上手な子だと思っていましたが、わたしの勘違いだったようですね」

 姉の話を最後まで聞かず、エーミールはリンハルトの方に視線を向けた。

「リンハルト、シェーンを頼んだよ」

 リンハルトは力強く頷くと、シェーンの手を掴み走り出した。

「待ってくれ。君はどうするんだ? ザック、一緒に来てよ。この手を離せよリン」

 シェーンは手を振り切ろうとしたが、リンハルトの力は強かった。

「心配するなシェーン。俺は姉上達と決着をつけてから行く」

「分かった」と、四人はレイナードの部屋に向けて走り出す。シェーンだけは手を引かれながらも後ろを振り返り、エーミールの身を案じていた。その視線に気付いたエーミールは、小さく微笑みかける。


 ひたすらに逃げていたリンハルト達は突き当たりまで走り適当に部屋に入ると、一旦呼吸を整える。シェーンは手を振り解き、リンハルトの襟元に掴みかかる。

「おいリンハルト! 何でザックを助けなかった?」

「彼に君のことを頼まれたからだよ。彼はあの人達から僕達を逃がしてくれたんだ。魔王を封印出来るのは僕達しかいないから。そんな彼の気持ちを尊重しようよ。それに、彼はアイザックさんじゃない。さっき憎んでなんかいないって言ってたけど、やっぱ憎くて仕方ないんでしょ? 君はただ強がってるだけだよ」

「何だと! もう一回言ってみろ!」

 殴りかかろうとするシェーンを、アダムは咄嗟に止めた。


 エルトリアの魔法によって、エーミールはボロボロになり床に倒れていた。

「さっきまでの威勢はどこにいったのですか? わたし達と決着をつけると言っていた気がしますが、聞き間違いだったのでしょうか?」

 エーミール、生きていますか? とエルトリアは彼の腹を蹴り上げる。その衝撃で血を吐き、仰向けになり何とか息をしようとする。アデルはボロボロの弟に近づこうとしたが、エルトリアがそれを止めた。

「どれだけ強がろうと、所詮貴方はわたしには勝てない。自分の力のなさを思い知りなさい」

 そう言い捨てその場を後にしたと思うと、両手に斧を持ち、再びエーミールの元に戻ってきた。

「姉上、それは?」

「見れば分かりません? 斧ですよ。では、最期に貴方に聞きます。裏切りの先にあるものは?」

「……死あるのみ」

「流石わたしの可愛い弟。そんな貴方には、帝国に古くから伝わる処刑方法で殺して差し上げましょう」

 じゃあね、エーミール。と彼女は微笑みながら死にゆく彼に向かい(つぶや)いた。

 

 上からヴィルヘルム様が再び統治する世の中を見ていなさい。


 リンハルトとシェーンの喧嘩から、部屋の中は気まずい空気で満たされていた。その空気を変えたのはアリスとリリアンだった。

「わたくし達のやることはまだ終わっていないのではなくて? この部屋の中で魔王に王国が滅ぼされるところを指を咥えて見ているんですの?」

「アリスの言う通りよ。今は喧嘩してる場合じゃないわ。レイナード様と……エーミールだったかしら? 彼らの為にも早くしなきゃいけないんじゃない?」

 アリスとリリアンの言葉で、シェーンはハッとした。掴んでいた襟元から手を離す。

「ラスボスの手前で仲間割れなんて、馬鹿のやることだぜ。俺達は協力し合ってここまで来たんだ。最後まで全員でやり抜こうぜ。で、皆で生きて帝国を観光するんだ」

「ねえアダム、それ死亡フラグってやつじゃない?」

「死亡フラグ……? 何だそれ」

「何でもいいわよ。とにかく、早くこんなこと終わらせちゃいましょ。リン、魔王の居場所は分かっているの?」

「うん。オスカー様の記憶でもそうだったから、多分今回もあそこにいると思う」

「それはどこですの?」

「レイの部屋だ」

 リンハルトが部屋を出、その後をシェーン達が続く。

 目的地に近付くと、レイナードの部屋の前に二人の女が立っていた。それはエルトリアとアデルだった。

「ザックはどこかな? 姿が見えないけど」

「ザック? ああ、エーミールのことですね。もうあの子はいませんよ」

「いない? どういう意味かな?」

「言葉のままですが、分かりませんか? これを見れば理解出来ますか?」

 エルトリアはそう言うと、皆にある物を見せる。

「っ! それは……!」

 シェーンはエルトリアの手にある物を見て動揺した。エルトリアが皆に見せた物、それはシェーンが入学前日にアイザックに贈ったサファイアが散りばめられた美しい首飾りだった。エルトリアはそれを魔法で粉砕する。砕け散る首飾りを見て、シェーンは膝から崩れ落ち涙を流していた。

「知ってますか? 人間は大切なものを壊されて泣いている時が一番美しいんですよ」

 笑うエルトリアをシェーンは睨め付ける。アデルは何か言いたそうな顔でエルトリアを見たが、エルトリアは冷たい顔でアデルを見つめ返す。

「アデル、貴女もエーミールやこの子達の味方をするんですか? いいんです。何も言わなくて。結局、わたしの味方はどこにもいない……」

 エルトリアは俯くと、今度は大声で笑いながらアデルを見る。

「そう、わたしの味方はどこにもいない! 誰もわたしを解ろうとしない! なら、みんな死んじゃえ!」

 そう叫ぶと、エルトリアは両手を胸に当て呪文を唱え始める。呪文を唱え終え目を見開くと、彼女の体を闇の瘴気(しょうき)が包み込む。やがてそれが晴れると、肌は青白くなり背中には漆黒(しっこく)の翼が生え、その姿は人間とは言い難い悪魔のような姿に変わり果てていた。

「アデル! お前もわたしの一部となれ!」

 アデルの心臓に自身の手を突き刺す。そこから血を吸い取っていく。血を吸い取られたアデルの美しい陶器のような肌は段々としわがれていく。血を全て吸い付くしアデルが木の枝のようになると、突き刺していた手を引き抜いた。

「姉上……。わたし達はいつまでも貴女の味方……」

 その声はエルトリアに届くことはなく、アデルは静かに地面に倒れていった。

「なんてこと! その人は貴女の家族なんじゃないの?」

「うるさい! 皆わたしのこと解ろうとしないの。ヴィルヘルム様だってそう。わたしの方があの方を愛しているのに。それなのに、口を開けばエーミールのことばかり。ああ、もうほんと嫌になっちゃうな」

 エルトリアは手を天に掲げると、闇の雨を降らせる。壁に掛けられた絵画に雨が当たると、それはドロドロに溶けた。

「あれに当たったらヤバそうだな」

 能天気にアダムが言った時だった。シェーンの体からぽうっと光の玉が飛び出す。するとその光はシェーン達の周りをドーム状に囲む。闇の雨は光に触れると、跡形もなく消えた。そんなこともお構いなしにエルトリアは闇の雨を降らせる。

「ジーナス様が僕達を護ってくれたんだ」

「それはそうですけれど、この後はどうするんですの? あれに当たったら確実に死にますわ。ずっとこのドームの中で指を咥えて見てるなんて、わたくし嫌ですからね」

「僕だって嫌さ」

 シェーンは思考を巡らせていると、ふと城でアイザックと話したことを思い出した。

「あっ! そこに鼠が!」

「きゃあああああ! エーミール! 早く鼠を殺しなさい!」

 鼠に驚いたエルトリアの動きは狂い、子供のように騒ぎ立てる。すると次第に雨は止み、エルトリアは無防備な姿になった。

『今だ、シェーン』

 ジーナスの声がシェーンの頭に響く。それを聞いたシェーンはすかさず剣を構えると、エルトリアに向かって走り出した。そして、彼女の体を切り裂く。

「そんな……。嘘よ……、このわたしが君達みたいな子供に負けるわけがないの……」

 地面に倒れたエルトリアはシェーンを見上げながらそう言った。その二人の元にリンハルト達が駆け寄る。

「わたしは弟も妹も殺した。それなのに君達に負けた。笑っちゃうよね。向こうであの子達になんて言われるか」

 エルトリアは笑いながら天を仰いだ。

「ねえ王子様、シェーンと呼ばれてたね。一つ聞かせて。どうしてわたしが鼠が嫌いだって知っていたの?」

「ザック……、いや、エーミールが教えてくれたんだ」


 *


 クリミナ王国。深夜、クリミナ城。

 なかなか眠りに就けないシェーンは水を飲もうと厨房へ向かっていた。その道中で窓を開け夜風に当たっている男がいた。アイザックだ。彼はぼうっと月を見上げている。

「ザック、そこで何してるんだ? 寝ないのかい?」

「うわぁっ! シェーン様、いつからそこに……」

 余程ぼうっとしていたのか、勢いよく飛び上がると壁に体をぶつけた。

「ああ、悪い。そんな驚かせるつもりはなかったんだ」

「いえ、俺の方こそぼーっとしていて。姉のことを思い出していたんです。俺の姉は鼠が嫌いで。普段はクールで頼れる姉なんですが、その時だけは子供のように騒ぐんですよ」

「なあ、僕の記憶が正しければ君は一人っ子じゃなかったか? 誰の話をしているんだ?」

「あ……。そうでした。俺は誰を思い出していたんでしょうね」

 エーミールは再び月を見上げる。その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


 *


「そう、あの子が……。敵に弱点を教えるなんて、わたしも嫌われたものね」

「姉上、そんなことありませんよ」

「えっ?」とエルトリアが声の主を見上げると、そこにはエーミールが立っていた。

「俺は一度も姉上を嫌いになったことなんてありません。王国でアイザックとして過ごしていた時も、貴女のことを思わない日はありませんでした。ただ、俺は貴女に愛してほしかった。姉上、大好きですよ」

「エーミール……」

「わたしも。大好きよ」

 今度はアデルだ。

「アデル……。でも、わたしはそんな貴方達を殺した。自分の野望の為に」

「そんなこと、気にしちゃいませんよ」

「ええ、エーミールの言う通りよ。姉弟三人で向こうでやり直しましょう?」

 三つの魂は天に昇っていく。その様子をシェーン達は温かく見守った。

「あの人達が昔はどういう風だったのか知らないけど、向こうで仲良くしてるといいね」

「あの三人なら大丈夫さ」

「これで一段落だね。早くレイの所に急ごう。この扉の向こうだよ」

 リンハルトが扉を開けると、窓の側にレイナードが立っていた。だが今は彼の中にヴィルヘルムの精神が宿っているからか、禍々しい雰囲気を感じる。

「レイの体、返してもらうよ」

「その言葉、千年前も聞いたな。他の台詞が思い浮かばなかったのか? 王国はつまらない奴ばかりだな」

 ヴィルヘルムは嘲笑しながら振り向いた。

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