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アルバン神殿

「この国も変わらないな」

「どういう意味ですか?」

 兵士達を王国に転移させた後、ヴィルヘルムはレイナードの寝室でベッドに横になっていた。エルトリアは側にある椅子に腰を掛けている。ヴィルヘルムが天井を見つめながらボソッと呟くと、彼女はその意味を問う。

「アルベルトもレイナードも、性的少数者は世間から認められないということだ。人を好きになるのは素晴らしいことなのに、相手が同性だと分かると気持ち悪いと言う。普通じゃないと言う。何故だ? エルトリア、お前はどう思っている?」

「わたしはヴィルヘルム様以外の男性に興味がないので分かりませんが、恋愛は個々の自由でいいと思います」

 突然問われたエルトリアは、そう答えた。

「お前みたいな考えの奴が増えればいいな」

 ヴィルヘルムは窓の方に顔を向ける。

「ヴィルヘルム様も性的少数者と呼ばれる者の一人なんでしょう?」

「どうしてそう思うのだ?」

「千年前のことです。貴方はエーミールを常にお側に控えさせていました。何をするにしてもまずはエーミールの名前を呼んでいた」

 エルトリアは一旦言葉を区切ると、ベッドに横になっているヴィルヘルムに(またが)る。

「わたしじゃ駄目ですか? わたしは誰よりも貴方を愛しています。わたしを、ずっと貴方様の隣にいさせてください」

 彼の胸に置いた手を上にずらしていき、両頬を包む。エルトリアは軽くキスをするが、彼は反応するわけでもなく、ただずっとエルトリアを見つめている。

「吾輩以外の男に興味ないだけあって、吾輩のことをよく分かってるじゃないか。最初はあいつのことを面白いおもちゃとしか認識していなかったが、段々愛おしく感じていたのであろうな。お前の告白は嬉しいが、吾輩は女は抱けぬ。すまぬな。今日はもう寝る」

「そう、ですか。ごめんなさい。変なことを言って困らせてしまって」

 エルトリアは少し涙ぐみながら部屋から出ていく。

「どうしてあの子が。わたしの方が愛しているのに」


 クリミナ王国、平原。

 リンハルトとリリアンは平原でクラスメイト達の到着を待っていた。平原で落ち合うことなど約束してはいないが、リンハルトには全員が平原に集まるという確信があった。暫くすると、シェーン、アイザック、アダム、アリスの四人がリンハルトとリリアンの元に現れる。シェーンはアイザックに手を引かれており、人形のように生気を失っている。アダムとアリスは叩き起こされたのか、どこか眠そうだ。

 やがて覚醒したアダムとアリスは、やはり最初にリンハルトの見た目に驚く。

「お前、リンだよな?」

「大聖堂で見たオスカー様と一瞬見間違えましたわ。整った顔立ちをしているだけあって、碧色の髪も似合いますのね」

「ありがとう。ところで、シェーンはどうしたの?」

 シェーンに問うが、彼はリンハルトに顔を向けるだけで、答えはしなかった。代わりにアイザックが答える。

 先程城で起こったことを事細かに話すと、最初にリリアンが口を開く。

「でも、エレン様もマルティナ様も亡くなってはいないのよね? ならまだ希望はあるわ。早く助けに行きましょう」

「どうやって? 僕達は英傑の子孫だけど、今の魔力ではあいつらには勝てない。……魔力といえば、アリア家の人間は代々魔法を使えないと聞いた。なのに、君は魔法であいつらを倒そうとした。君は一体何者なんだい?」

 シェーンは今まで聞いたことのない低い声でアイザックを問い詰める。「あの……、それは……」とアイザックが答えようとした時だった。

「アルバン神殿」とリンハルトが呟いた。

「アルバン神殿? 何だっけそれ?」

「呆れた。マナ地方にある女神様が住まう神殿ですわ。王国の常識ですわよ? 貴方、ちゃんと祈りを捧げていまして?」

「むっちゃ祈ってるよ。俺の信仰心舐めるなよ。それで? アルバン神殿がどうかしたのか?」

 リンハルトは夢で見たことを話した。

(にわか)には信じられませんけれど、神殿に行ってみる価値はありそうですわね」

「ええ、そうね。早速行きましょう」

 リンハルト、リリアン、アダム、アリスの四人は神殿に向けて歩き出した。その後ろでは、アイザックがシェーンを支えている。

「シェーン様、俺達も行きましょう。王子がそんな調子じゃ、皆の士気も下がってしまいますよ」

「……そうだね」


 六人はラディン村を横切ると、神殿に続く道を(ふさ)ぐ様に二体の遺物が立っていた。その遺物はリンハルト達を視界に捉えると、侵入者達を排除しようと戦闘態勢をとる。

「ゴル、ゴア。彼らは悪い人間じゃない。王国を救う為に立ち上がってくれたんだ」

 シェーンが語りかけると、道を塞いでいた遺物は両脇に寄った。

「ありがとう」

 遺物を横目に歩いていると、大きな岩山に囲われた緑が美しい場所に出た。王国は全体的に緑が豊かだが、この場所はより一層美しかった。この一帯だけ別の世界のように見える。周りを見てみると、泉がありその周りでは無数の動物達が水を飲んでいる。その中央に(そび)え立つ巨大な木の周りにも、泉と同様に動物達が木の実を食べていた。そして、いやでも目に入る神秘的な建物。あれが女神が住むと言われているアルバン神殿だろう。

「うわぁ、とても綺麗ね」

「何という美しさなのでしょう。流石、女神様が住まう場所ですわ」

 その景観に目を奪われている女二人を他所に、アダムは扉を開けようと奮闘していた。だがその扉はとても重く、力に自信のあるアダムでもびくともしなかった。彼は顔を真っ赤にしている。

「どいてよアダム。それは君の力じゃ開かないよ」

 そう言いアダムを扉から離すと、リンハルトは扉に手を伸ばす。すると、ゴゴゴ……という音をたて、扉が開く。アダムはそれを口をポカンと開けて見ていた。中に入ると、またしても美しさに目を奪われるアリスとリリアン。全員が中に入ると、女神アイリーンが姿を現した。

「リンハルト。そなた、オスカーの魂が目覚めたようじゃな。その見た目、性格は違うが、オスカーそっくりじゃ。その反応ものう」

 アイリーンはリンハルトの顔に手を当てマジマジと見つめる。その間、リンハルトは顔を真っ赤にさせていた。

「オスカー様の魂が目覚めたって、どういうこと?」

「そのままの通りじゃ。オスカーの魂はリンハルトに転生しておった。じゃが、なかなか目覚めることはなく。そんな中、同じくアルベルトの魂が転生しておったレイナードの魔力覚醒、魔王の復活。そんなかつての恋人の異変を感じ取って、眠っておったオスカーの魂が目覚めたのじゃろう。してリンハルト、そなたらがやることは分かっておるな?」

 はい、とリンハルトは頷く。

「では、行って参れ。わらわはここでそなたらの帰りを待っておるぞ」


 六人は、まず最初にラディン村にあるカヴェルヌ洞窟を目指した。

「でも驚いたぜ。まさか俺達が世界を救う英傑だとはな」

「ただの子孫ではなかったのですわね。世界を救う使命を与えられた伝説の英傑! なんて美しい響きなのでしょう」

「魔王を倒したら、あたし達も歴史に名を残せるのかしら?」

「さあな。ま、とりあえず神器とやらを授かってちょっぱやで魔王を倒しちまおうぜ」

「ちょっとアダム。こんな時に変なダジャレを言うのはやめてくださる?」

「あのねえ君達、魔王と戦うんだよ? もっと気を引き締めてよ」

 魔王討伐に盛り上がるリリアン、アダム、アリスをリンハルトは(しず)めようとする。そんな四人をシェーンとアイザックは後ろから見つめていた。

「あの四人、なんだかんだ言って仲がいいですね。とても素敵だと思います」

「そうだね」

「アイリーンも言っていたでしょう? エレン様とマルティナ様は生きていると。なら、元気な姿を見せてあげてくださいよ。シェーン様がそんなに暗い顔をしていたら、エレン様もマルティナ様も心配されてしまいますよ」


 ❇︎


 アルバン神殿にて。リンハルト、リリアン、アダム、アリスが神殿から出た後、続けてシェーンとアイザックも外に出ようとした時だった。アイリーンがシェーンを呼び止める。

「そなた、エレンとマルティナが死んだと思うておるのか?」

「はい」

「死んだところを見たのか?」

「いえ、見てませんけど。あんなに帝国の兵に囲まれていて、そんな感じがするんです」

 アイリーンは呆れ、大きな溜息を吐く。

「両親を勝手に殺すでない。可哀想じゃろ」

 その言葉を聞くと、シェーンはパッと顔を上げてアイリーンを真っ直ぐ見つめる。

「まだ父上と母上は生きているということ?」

「そうじゃ。彼らは城の地下に隠れておる。ジーナスが助けたのじゃろうな。じゃからそなた、シャキッとせんか。エレンとマルティナが悲しむぞ」


 ❇︎


「そうだ。父上と母上は生きているんだ。それに君も言っていたね。王子である僕がこんなんじゃ、全体の士気が下がるって。まあ、あいつらは大丈夫そうだけど。僕はこの国の王になる男だ! 僕が先頭に立たないと!」

 そう言うと、シェーンは四人の元へ駆け寄っていく。

「悪いね君達! 僕はもう完全に復活したよ。さあ、神に力を授かりにいく旅に出かけよう。そして、僕達の手で王国を救うんだ!」

 四人は驚いた顔をしていたが、満面の笑みで先頭を歩き出すシェーンに次第に笑顔になっていく。

「シェーンの奴、やっと調子を取り戻したか」

「やはり彼はああではなくっては。こちらも調子が狂ってしまいますわ」

 その様子をアイザックも笑顔で見つめていた。


 ラディン村。アルバン神殿を見た時と同様、アリスは目を輝かせる。彼女は美しい風景が大好きなのだ。

「わたくしは王都から殆ど出たことがありませんけれど、こんなに美しい村があったのね。魔王を倒して平和になったら、ここに移住するのもアリですわ」

「そうだね、本当に綺麗だ。それより、リン、リリー、祠はどこにあるんだい?」

 こっち、と二人が同時に声を上げると、村の奥の方に向かって歩き出した。リンハルトとリリアンの後ろを四人はついていく。暫く歩いていると、大木の前に着いた。リリアンはその場にしゃがみ込むと、大木の根元の取手のようになっている所を掴み、扉を上に引き上げる。村の地下は鍾乳洞のような空間が広がっていた。梯子を降り更に奥に進んでいくと、小さな祠が建てられていた。六人がその祠に近付くと突然光だし、そこから可愛らしい少女が現れた。

「千年も祠にいると肩が凝るわ。あら、あたしはパミラ。大地を司る神よ。また魔王が復活したのね? まったく、帝国も懲りないわね」

 溜息を吐くパミラを、アイザックは申し訳なさそうな顔で見ていた。

「確かに祠って狭そうだもんな。知らねえけど」

「パミラ様、本題に移ってもよろしいですか?」とリンハルトが声をかけると、「ええ」と頷く。

「言わなくても分かっているわ。じゃあリリアン、前に来て。他の皆は下がっててくれる?」

 パミラの言う通りに行動すると、

「神より選ばれし英傑、サザンクロスよ。我が大地の力、そなたに与えん」と唱え両手を天に掲げる。

 すると、緑色の光の玉が現れリリアンの体内へと入っていった。そして、どこからともなく斧が現れリリアンの手に収まる。

「結構重量感あるのね」

「当然じゃない、斧だもの。それはあたしが聖戦の時に使っていた武器。きっと魔王戦に役立つわ。いえ、役立たないはずがないわ」

「流石神器。綺麗だな」

「まあ、それを片手で持っているリリちゃんも凄いというものですわ」

「ありがとうパミラ様。僕達は残る神器を授かり魔王を討ちます」

「負けるんじゃないわよ。シェーン、あんたが創る王国を見せてちょうだい」

「分かりました。頑張ります」

 パミラから神器を授かった六人は梯子を上り地上へと戻っていく。パミラはその姿が見えなくなるまで両手を大きく振るっていた。


「で、リン? オスカー様達の軌跡を辿ると、次はどこに行くことになるんだい?」

「次はジャバル村だよ。ベラハ山の頂上にあるんだ」

「ベラハって、確か活火山でしたわよね? 暑いのは嫌ですわ」

「まあ、そんなこと言わずに。ヴァレンティン家の末裔である貴女はレティシアの力を授かる英傑なんですから。他の皆はともかく、貴女は絶対に登らなくちゃいけませんよ」

「アイザックさん……。それはそうなのですけれど……」

 アイザックに言われたが、アリスはやはり火山に登るのは嫌そうで、ずっと不機嫌な表情は直らなかった。

 ジャバル村。クリミナ王国に聳える活火山、ベラハ山の麓にある村。緩やかな傾斜になっているこの村は、家畜の飼育が盛んである。村人達は皆、王子であるシェーンの登場に驚いていた。中にはシェーンに向かい黄色い歓声をあげる女達もいた。それにシェーンは笑顔で手を振って応える。そんなシェーンを見ると、女達は満足したように喋りながら自宅へと帰っていくようだった。

「改めて見ると、大きい山だね」

「いつ火山が噴火するか分かりませんわ。皆さん、早急に登ってしまいましょう」

 アリスに(うなが)され、六人は登り始める。最初は順調に進んでいた六人だったが、頂上に近づくにつれ、その足取りは重くなる。皆自分の足でかろうじて歩いていたが、アダムはリンハルトに支えられていた。

「あらアダム。あんなにリンを苛めておいて、今は情けなく支えられてるじゃない。あんたって意外に体力ないのね」とリリアンがアダムを揶揄(からか)う。

「ああこれ? いやこれは違えよ。なんかリンが体力をつけたいんだと。だから俺がリンにもたれかかって手伝ってやってんだよ」

 僕はそんなことは……、と反論しようとした時、

「アダム。貴方、見え透いた嘘はおやめなさい。顔が真っ赤ですわよ?」

「おいアリス、お前はどっちの味方なんだよ」

「わたくしは常に可愛い子の味方ですわ」

「はあ? 何だよそれ」

「君達うるさいよ。喋るなら静かに喋ってくれ。余計に暑くなる」

 はーい、ごめんなさい、と四人が口々に謝罪する。そこからの四人は終始静かだった。

 頂上に着いた頃、六人の体力は限界だった。今なら全身から吹き出した汗から取った塩でおにぎりが握れそうだ。顔を真っ赤にしていたアダムはというと、大の字になり倒れていた。

「アダム様、大丈夫ですか?」とアイザックがアダムに声を掛ける。アダムは声は出さず、ただ片手を上げてピースサインを作って応えた。

 息を整えていると、祠が光だし、美しい女が現れた。

「わたくしはレティシア。炎を司る神です。また魔王が復活したのですね。ふぅ……」と溜息混じりに言う。涼しい顔をしているが、面倒くさいという表情が隠しきれていない。神様も人間なのだろうか。

「ご安心をレティシア様。魔王など、わたくし達が早急に討ってみせましょう」

「ふふ。アリス、貴女はとても自信に満ち溢れていますね。心強いです。分かりました、貴女に加護を授けましょう」

 アリスは祠に近寄る。

「神より選ばれし英傑、ヴァレンティンよ。我が炎の力、そなたに与えん」

 レティシアがそう唱え両手を天に掲げると、赤色の光の玉が現れアリスの体内に入っていった。アリスの手には弓矢が収まっている。

「それはわたくしが聖戦で使用していた聖なる弓矢です。アリス、それは貴女にしか使いこなせない」

「これがレティシア様の武器。とても綺麗。ありがとうございます」

「礼には及びません。英傑に神器と力を与えるのは女神より与えられた使命ですから。それより、貴方方(あなたがた)には時間がないのでしょう? 早くお行きなさい。それにしても、この会話をした千年前が昨日のことのように思い出されます。となると次は……」

「レティシア様、まさか徒歩で下山しろとか言いませんよね? 俺、もう無理ですよ」

 千年前は国王であるクロードが文句を垂れていたので今回もエルロンド家の末裔であるシェーンがぐちぐちうるさいのだと予想していたが、まさかの体格が良いアダムだったので、レティシアは思わず吹き出した。

「分かっていますよ。わたくしの力で皆を村まで帰してあげましょう。というか、もう光の柱は出しております。あそこにお入りなさい」

 五人は順番に柱に入り、村へと戻っていった。アリスは一人、その場に残る。

「レティシア様、この国の平和はわたくし達が必ず守ってみせますわ。なので、安心して待っていてくださいませ」

「貴女はフォティアと同じく強い子ですね。誇りに思います」

 そう呟くと、レティシアは祠の中へと姿を消した。

 アリスが村に戻ると、アダムが仁王立ちで彼女の帰りを待っていた。流石体格が良いだけあって、回復も早い。先程まで死にそうだったとは思えないような立ち姿だった。

「おいアリス、遅えぞ。日が暮れちまう」

「もうアダム。さっきまで死にそうな顔してたのに。調子乗らないでよ」

「あ? 乗ってねえよ。お前こそ調子乗んなよリンのくせに」

「あーもういいから、君達が本当は仲がいいのはもう分かったから。馬鹿なことしてないで、ダリル様が祀られているラーゴ村に行くよ」


 ラーゴ村への道中でも、皆のお喋りは止まらなかった。沢山歩いているのにこの元気、若さ故のものだろうとアイザックは思っていた。

 そんなこんなで歩いていると、ラーゴ村に着いた。村は沢山の緑が広がっており、流石は豊かな自然を誇る王国である。

「ダリル様の祠は湖の底にあるよ」

 こっち、とリンハルトは湖がある森まで歩いていく。五人はその後ろを黙ってついていった。

 湖へは一本道だった。暫く歩いていると、開けた場所に出る。六人の目には美しい湖が映った。

「えーっと。確か祠は湖の底って言ってたな? 誰が行くんだ?」

「カルマ家の末裔である貴方に決まっているではありませんか。早く行ってらっしゃいまし」

 アリスはアダムを湖に突き落とす。うわぁ、と小さく悲鳴を上げながらアダムは沈んでいった。リンハルトはこの光景を見て、かつてのフォティアとヒュドールを思い出していた。

 湖はとても深く、真っ暗だった。先は見えないが、彼はとにかく底に向かって泳ぐ。

 深い湖を無心に泳いでいると、小さな祠を見つけた。更に近付くと祠が光だし、屈強な男が現れた。

「俺はダリル。水を司る神だ。また魔王が復活したんだろ? それに対抗出来る力をお前に与えるが……って、お前大丈夫か? 死にそうな顔してるぞ?」

「そんなこと……ないですよ。ただ……やっぱり……息が……」

「祠から数メートルの範囲内は空気があるから普通に息は出来るが。まさか気付いてないのか?」

 その言葉を聞いたアダムは、神を信じて少し息を吸ってみた。すると、確かに息が出来る。全然苦しくない。何なら湖底に普通に立てている。息が出来ることにも、立っていることにも気付かなかったアダムの鈍感さにダリルは呆れていた。

「ヒュドールは変態で変わった奴だったが、お前は色々と鈍すぎるな。カルマ家はどうなってんだ? まあ面白い奴らってことは確かだな」とケラケラ笑っていた。

 アダムは段々と恥ずかしくなり、

「それより、俺に力を与えてくれるって話は?」と話を進めようとする。

「まあそう焦るなって。千年ぶりに人と会えて嬉しいんだよ察しろ」

 ダリルは照れたのを隠すように笑う。

「だがお前らには時間がないんだよな。よし、任せろ。神より選ばれし英傑、カルマよ。我が水の力、そなたに与えん」

 ダリルがそう唱え両手を天に掲げると、水色の光の玉が現れアダムの体内に入っていった。アダムの手には槍が収まっている。

「かっこいいし綺麗だし最高ですね」

「この俺が使ってた武器だしな。その槍はお前にしか使えないぜ」

「その特別感! マジかっこいいぜ!」

 アダムは改めて槍をマジマジと見つめている。

「俺の武器を気に入ってくれたのは嬉しいが、時間がないんだろ? 早く行かねえか。お前の後ろの柱の中に入りな。あいつらの所まで帰してやる」

 後ろを振り向くと、キラキラと光の柱が光っている。

「流石神様は無駄がないですね。ありがとうございます」

「じゃあな! 魔王なんか早くぶっ殺して王国の平和を取り戻してくれよ!」

「神様がぶっ殺すなんて物騒な言葉使わないでくださいよ。でも、王国の平和は約束します」

 アダムはダリルに向かって一礼すると、柱に入りシェーン達が待っている湖のほとりへと戻っていった。

「おかえりなさいアダム様」

「アダム貴方、先程まで水中にいたのですのよね? それなのに、何故濡れていませんの? 不思議ですわ」

「ねえ、ダリル様はどんな方だったの?」

「そうだなあ。大柄で豪快って感じだったな」

 ワイワイと話しているところにリンハルトが「ちょっといいかな」と声をかける。

「これでパミラ様、レティシア様、ダリル様の三柱の神様から加護を授かった。残るは……」

「ジーナス様だね。クリミナ城の地下にある」とシェーンが続きを引き取った。

「アイリーン様の話だと、父上と母上は地下にいると言っていた。早く行こう。手遅れになる前に」

 そう言うと、シェーンは先立って歩き始めた。五人はシェーンの後を追う。


 王都アディセルに向かい足早に歩くシェーンの後を必死に着いていく五人。皆息が上がっていたが、シェーンはスタスタと進んでいく。

「ちょっとシェーン。少しは皆を気遣ったらどうです? それでは立派な国王にはなれませんわよ」

 アリスに厳しく言われ、シェーンは立ち止まり後ろを振り返った。息を整える五人を見てシェーンは申し訳なさそうな顔をする。

「ごめん。父上と母上が心配で、皆のことを考えていなかったよ」

「親を心配する気持ちは分かるけど、城は今帝国兵が蔓延(はびこ)っているんだよね? なら、皆で固まって行動しないと。僕達がシェーンを護れなかったら、エレン様とマルティナ様に合わせる顔がないよ」

「リン……。君、逞しくなったね」

「そうかな?」

「そうよ。今のリン、とってもかっこいいわ」

「えへへ、照れるなあ」

「あの……、お話中のところ申し訳ありません。シェーン様、急がなくて大丈夫ですか? エレン様とマルティナ様はジーナスに助けられたとアイリーンが言っていましたが。ジーナスの力がいつまで保つか……」

 アイザックの言葉にシェーンはハッとする。と同時に、ある疑問が浮かんでいた。アイザックは今もそうだが、王国を創った神を呼び捨てにしている。王国の人間ならば、神々への信仰は当たり前のことだ。毎晩神々に祈りを捧げることも。これまでアイザックが祈るところを見たことがなかったシェーンは彼を誘ってみたが、「俺はいつも皆様が寝静まった時に一人で祈っていますので」と断られてしまった。それに、アリア家の人間は魔法が使えなかったと聞く。だが、彼は城に帝国兵が攻めてきた際に魔法で撃退しようとしていた。彼はアリア家の人間であり、王国の人間なのだろうか。

「シェーン様、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いんですか?」

 ずっと考え込んでいてぼうっとしていたらしい。ピクリとも動かないシェーンを心配したアイザックが彼に呼びかける。

「お前、ずっと動かなかったぜ。考えごとか?」

「まあね」とシェーンは再び歩き始める。

 暫く歩いていると、一行はアディセルの門前に到着した。

「ここから先はどこに敵が潜んでいるか分からない。気を引き締めて行こう」

 シェーンが皆に呼びかけると、

「ではここからは俺が先頭を歩きます」と皆の後ろを歩いていたアイザックがシェーンの隣まで歩いてくる。

「ザック、いいのかい?」

「俺はエルロンドの従者です。シェーン様は勿論のこと、皆様を護れなくちゃ従者失格です。それに、先程リンハルトも言っていましたが、シェーン様に傷を負わせてしまったらエレン様とマルティナ様に合わせる顔がありません」

「ザック、君は本当に頼もしいね。主人として誇りに思うよ」

「……ありがとうございます」

 アイザックは俯き、だが照れながらそう言った。

 アイザックを先頭に王都を進んでいく一行だが、王都には帝国兵の姿は見えなかった。エレンとマルティナを殺す為、城内を血眼で探し回っているのだろう。城に辿り着くと、扉の前に見張りの帝国兵が二人立っていた。

「シェーン、これでは正面から入るのは難しそうですわよ。何か考えがありまして?」

「確か裏に地下に通じる隠し通路があったよね?」

 リンハルトが横から口を挟む。

「ああ、リン。オスカー様の記憶を見たんだね。隠し通路はこっちだよ」

 言うと、シェーンは皆を引き連れて城の裏側へと回り込む。裏側の壁は一面灰色で塗られており、一部分は他の壁と微かに色が違っていた。

「簡単じゃねえか。こういう隠し通路の入り口は他と違う所を叩くと現れるもんだぜ」

 アダムは色が微かに違う部分を叩いたり蹴ったりしてみる。だが、何の反応もなかった。びくともしない仕掛けにイライラしたアダムは怒りに任せて壁を叩く力を強める。

「ちょっとアダム? 時には諦めることも大事ですわよ?」とアリスが制し、アイザックがアダムを押さえる。

「リン、貴方はオスカー様の記憶を見て仕掛けの解き方が分かっているのよね? どうするのかしら?」

「僕に任せて」とリンハルトは暴れるアダム達から数メートル離れた壁まで歩くと、そこの壁をググッと押し込む。すると、壁が押し込まれた部分を中心に開いていき、地下へと続く階段が現れた。

「はあ? そんなんありかよ……。絶対ここの壁が怪しいと思ったのに」

 アダムは一人納得のいっていない様子だった。そんなアダムを他所に、

「ありがとう、リン! 待っててください父上、母上」とシェーンは我先に地下へと続く階段を降りていく。地上に残された五人はシェーンを追いかけるのだった。

 階段を降りきると、扉にあたった。シェーンが扉を開けると、光に照らされる祠が目に入った。だがシェーンの目には祠よりもその横にいるエレンとマルティナが映る。そして、エレンとマルティナの横には金髪の男が二人に何かを語りかけていた。シェーンはその男に見向きもせず、エレンとマルティナに抱きつく。

「父上! 母上! ご無事で良かった……」

「シェーン。そんなにきつく抱きつかれたら痛いわよ」

「お前が生きていてくれて良かった。実はあの後、帝国兵に囲まれたんだが、ジーナス様に助けていただいたんだよ。ジーナス様は本当に命の恩人だ」

「エレンとマルティナを助けられて良かった。それに、シェーンはまだ十六だ。早くに親を亡くしては可哀想だからな」

 ジーナスは静かに笑う。

「ありがとうございますジーナス様」

「礼はいらない。人を救うことは、神として当然のことだ。……ん? お前、その姿。そうか、オスカーの魂が目覚めたのか」

 ジーナスはリンハルトを見て優しく微笑む。

「目覚めたということは、魔王が復活したということなのだろうな」

「はい、そうなんです。今、俺達は神々より加護を授かりに各地を巡っています。残るは貴方の加護だけです」

 アイザックはそう説明すると、「分かっている。俺にはお見通しだ」とジーナスが誇らしげな顔で言うので、その可愛さにリリアンは笑いそうになってしまったが、それは何とか耐えた。

「神より選ばれし英傑、エルロンドよ。我が光の力、そなたに与えん」

 ジーナスがそう唱え両手を天に掲げると、金色の光の玉が現れシェーンの体内に入っていった。シェーンの手には剣と盾が収まっている。

「それは俺が聖戦で使っていた聖なる剣と聖なる盾だ。この城はまだ帝国兵に占拠されている。奴等を倒し、城を取り返してくれ。そして、王国の平和を取り戻してほしい」

「任せてください。魔王を倒し、帝国の脅威から王国を守ってみせますよ」

 シェーンはそう言うと、その場を去ろうとする。それをエレンとマルティナが呼び止めた。

「シェーン。本当に逞しくなったわね。あたしの自慢の子よ」

「俺もお前のことを誇りに思っている」

 シェーンはにこりと笑うと、皆を引き連れて地下室から出て行った。アイザックも三人にぺこりと頭を下げ、皆の後を追う。

 一階に上がると、帝国兵達が城内で宴を開いていた。クリミナ城を制圧したと皆喜んでいるようだ。

「コレデ王国ハ終ワリダナ」

「ヴィルヘルム様モ、サゾオ喜ビニナルダロウ」

 盛り上がっているところに、シェーンが切先から光の玉を放ち、それを帝国兵にむかって撃つ。その衝撃で幾人かの帝国兵が吹き飛んだ。彼らがこちらを振り返ると、シェーンが声を上げる。

「王国は君達に滅ぼされる程ヤワな国じゃないよ! 舐めないでくれるかい? 次期国王がここに鉄槌を下す!」

 聖なる剣に光を纏わせ、そのまま突撃していく。

 シェーンの後に続くぞ! というアダムの言葉で、皆も応戦する。だが、リンハルトは皆の戦いぶりを見守っているしかなかった。

 数分後、皆は少し傷付きながらも城中の帝国兵を倒すことに成功した。倒した後、皆はリンハルトの元に集まる。

「ごめんね皆。オスカー様の魂は目覚めたんだけど、肝心の魔法は使えないや。オスカー様は魔道に優れていたのに。僕が役立たずなばかりに皆がこんなにボロボロになっちゃって」

 それを聞いたシェーンは大きく溜息を吐く。リンハルトはまた「ごめん」と謝った。

「違うよリン。僕は怒ってるんじゃない。どうして自分を卑下するの? 僕達をここまで導いてくれたのは君だ。君は役立たずじゃない。むしろ謝るのは僕の方だ。ずっと君をいじめていた。それなのに君は……、本当にすまない」

「シェーンだって、謝らなくていいよ。それに、僕は君を頼りにしてる。勿論君だけじゃない。リリーにアリス、アダムだって。皆は僕の大切な友達だよ。ほら、だからそんな悲しい顔をしないで? この戦いも、もう少しで終わる。最後まで力を合わせて頑張ろうよ。今の僕達は無敵だ」

 リンハルトが手を差し出すと、シェーンもそれに応える。

「仲直りも済んだことだし、早くアイリーン様の元に帰ろうよ」

「そうだな。一刻も早くこの戦いを終わらせようぜ!」


 一行は城を後にし、神殿に向かい歩みを進める。

 神殿に着き扉を開けると、アイリーンがリンハルト目掛けて飛び込んできた。そのままの勢いで彼に抱きつく。

「そなたら遅いぞ! いつまで待たせる気じゃ? わらわがお婆ちゃんになったらどうする?」

「アイリーン様ってこんなキャラでしたっけ? 別人のようですわ」とアリスが首を傾げた。

「神器と英傑の加護を授かったようじゃな。後はわらわがそなたに女神の力を授けるだけじゃが、一つ問いたいことがある。そなたと魔王の器である皇帝レイナードは恋人同士じゃそうじゃな。して、魔王を封印するということは皇帝を討つということ。その覚悟はあるのか?」

「当然です。普通じゃなくなった恋人を元に戻すのは僕の役目ですから」

 その言葉を聞いたアイリーンはコロコロと笑う。

「オスカーと同じことを言うな、そなたは。クリミナの英雄よ、我が女神の力、そなたに与えん」

 アイリーンがそう唱え両手を天に掲げると、金色の光の玉が現れリンハルトの体内へと入っていった。女神の力を授かったリンハルトは、先の戦いでボロボロになったシェーン達の傷を癒す。

「ありがとう、リン」

「ではアイリーン様、僕達は早速帝都に向かいます。この戦いを早く終わらせる為にも。レイを救う為にも」

「わらわにも手伝わさせてくれぬか? そなたらを帝都まで転移させよう」

 アイリーンが両手を広げ詠唱を始めると、六人の後方に光の柱が現れた。

「その中に入ると即座に帝都に転移出来る。皆、生きて帰るのじゃぞ」

「ありがとうございます。行ってきます」と五人は順に柱の中に入っていく。アイザックが入ろうとした時だった。「待てアイザック」とアイリーンは彼を呼び止めた。

「なんでしょうか?」

「そなたはアリア家の者ではないであろう? そも、王国の人間でもない。そなたはヴァルト人じゃ。違うか?」

 アイリーンの言葉に、アイザックは溜息をつく。

「女神様には全てお見通しなんですね。帝国の人間だと分かった俺をどうします? 殺しますか?」

「いや、わらわには分かる。そなたは彼らを裏切らぬことを。それに、殺すなら最初に神殿に来た時にとうに殺しておるわ」

「ははは、それもそうですね。俺はこの命に変えてもシェーン様達をお護りします。目の前にいる女神に誓って」

 そう言い残すと、アイザックは柱の中に消えていった。

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