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魔力覚醒

 いつもの様に魔道の授業。だが、未だに帝国の生徒達には魔力が覚醒するような(きざ)しは見られなかった。

“やはり、レイナード様にも魔力覚醒の兆しは見られないわね。残念だけど姉上、エーミールの言う通り、カミル様の子孫だからその力はないのよ。もう諦めましょう“

 そうアデルが心の中で呟いた時だった。何やら生徒の様子が騒がしい。その騒がしさで上の空だったアデルは現実に戻ってきた。

「どうしたのかしら?」とアデルが輪になっている生徒達の中心を覗くと、レイナードが顔を真っ赤にして倒れていた。脂汗が滲み出ている。

「何があったの?」

「分かりません。急に倒れたんです。先生、レイナード様は大丈夫なんですか?」

「命に別状はないと思うわ。とりあえず医務室に運びましょう。クリストフ、運ぶのを手伝ってくれる?」

「任せてください」と、クリストフはレイナードを軽々とおぶる。

 他の生徒達には自習を言い渡し、アデルも医務室について行く。


 学校も終わりがけの頃だった。レイナードが医務室から教室に戻ってきた。回復したことを喜ぶべき場面だが、皆は違和感を覚えていた。それは、何故こんな短時間で回復したのか? そして、何故髪と瞳の色が赤に変わったのか?

「あらレイナード、その髪色、なかなか似合ってるじゃない」

「アルベルト様みたいだな」

「そうか? 鏡を見た時は俺じゃない誰かだと思ったが、似合ってるんなら、これはこれでいいな。それに、これを見てくれ」

 そう言ってレイナードは指をパチンと鳴らすと、ボッと小さい炎が彼の手の上で揺らめいていた。これに皆が沸き、生徒達は暫くの間、レイナードの話題で盛り上がっていた。それをアデルは黙って見つめる。

“アルベルト様と同じ髪色に? 倒れて突然魔力が覚醒した? これは奇跡としか言いようがない。とりあえず、姉上に報告だわ“


 夜、ヴァルト城。アデルは今日学校で起こったことをエルトリアに事細かに報告した。

「突然の魔力の覚醒。髪色、瞳の変化。わたしもエーミールの言うことには一理あると思っていましたが、奇跡というものはあるのですね。これは、ヴィルヘルム様の器となる人間はレイナード様だということでしょう。わたしは地下の聖廟で儀式の準備を始めます。その間、レイナード様を地下に近付けない様にしてくださいね」

「ええ、任せて。それより、ここにエーミールがいたら今の姉上の発言に吹き出していたかもね」

「どういうことですか?」とエルトリアは首を傾げる。


 あれから数日が経った今も、学校ではレイナードの魔力のことで持ちきりだった。

 そんな平和な学校の裏ではエルトリアが準備を進めており、その日の夜、アデルがレイナードを地下の聖廟へと案内した。

「なあアデル、ここは何だ?」

「ここは聖廟です。あの棺の中にヴィルヘルム様が眠っています」

「へえ。じゃあ、その棺の周りに描かれている魔法陣は?」

 レイナードが訊いた時だった。

「貴方様の中にヴィルヘルム様の魂を宿させる為ですよ」

 今までどこにいたのか、突然エルトリアが現れ、レイナードを棺のある中央まで魔法で弾き飛ばした。

「ゔっ……!」と、棺に背中を強く打ち付ける。やり返そうとしたが、いかんせん覚醒したばかりの魔力。魔道に優れたエルトリアに敵う筈もなかった。

「今ですアデル!」

 エルトリアの言葉を皮切りに、二人は魔法陣に向かい呪文を唱え始める。棺の周りに描かれた魔法陣が光り始め、光は徐々に強くなる。すると、レイナードは全身から力が抜けたように床に倒れ込んだ。胸が焼けるように痛い。息が出来ない。力が上手く入らず、立ち上がることも出来ない。だが、(かす)かに二人に向かい叫ぶ。

「ずっと……俺を……騙していたのか? 俺は……いつも優しいお前達姉弟が好きだった。……エーミール、リン、助けて……」

「可哀想に。エーミールとリンハルトには届きませんよ。それに、魔王様の魔力に耐えられる人間ならば誰でも良かった。そんな人間を探していたら、たまたま貴方様に魔力が覚醒した。それだけのことです」と冷たく言い放つエルトリアに対し、

「レイナード様、ごめんなさい」と小さく謝るアデルだった。

 やがてレイナード自身は動かなくなり、暫くしてヴィルヘルムの宿ったレイナードの体がピクリと動き出した。

「まさか再びこの世に蘇るとはな」

 ヴィルヘルムは床に倒れて汚れた服をポンポンと払いながら言う。

「吾輩を呼び戻したということは、お前は帝国統一を諦めていないということだな?」

「はい、その通りです。早速兵士達を王国に向かわせましょう」

「それは分かったが、先にグレンとヴァネッサの元に行きたい」

「……? 分かりました」

 三人はグレンとヴァネッサの寝室に向かった。夫妻の部屋からは明かりが微かに漏れている。まだ起きているのだ。ヴィルヘルムが扉を開けると、「どうしたの?」と話しかける。目の前に立っている息子が本当の息子ではないとは知らずに。ヴィルヘルムは腰に刺さっている短剣を引き抜いた。それを見たグレンは#咄嗟__とっさ__#にヴァネッサを抱き寄せる。

「どういうつもりだレイナード? 物騒な物を今すぐしまいなさい」

 グレンは叫ぶが、ヴィルヘルムにその声は届かない。

「お前達は親なのだろう? 何故レイナードを尊重しない?」

「どういうこと? 貴方、レイナードじゃないの?」

「吾輩がレイナードかそうじゃないかは今関係ない。何故レイナードを認めない? 男が男を好きになるのはそんなに変なことか?」

「変でしょう? 分からないの? ヴュルツブルク家は由緒正しき皇家の家系。子を作り家を継いでいかなければならない。男性同士で子供が出来る筈がないの。それに、同性が好きだなんて気持ち悪すぎるわ」

「そうか。お前も同じ意見か?」

 ヴィルヘルムが問うと、グレンは首を縦に振る。それを見たヴィルヘルムは溜息を吐き、

「吾輩からしたら、子供の気持ちを理解しようとしないお前達の方が気持ち悪いがな」

 そう吐き捨て、短剣でグレンとヴァネッサを刺す。二人の目からは涙が流れていた。

「アデル、城中の兵を集めろ」

「えっと……、集めてどうするつもりですか?」

「千年前もやっただろう? 王国に侵攻する」

「アデル、ヴィルヘルム様の命令ですよ。城中の兵を集めなさい」

 分かりました、とアデルは二人から離れ薄暗い廊下に消えていった。


 エルトリアとヴィルヘルムが執務室で待っていると、たくさんの兵を引き連れたアデルが戻ってきた。何事だ、と各々呟いている。

「今日お前達を集めたのは他でもない。今から王国に侵攻せよ」

「いくらレイナード様の命でも、それは出来ません。グレン様が何と仰るか」

「そのことだが、父上と母上は先程死んだ。今から吾輩が皇帝の座を継ぐ」

「グレン様とヴァネッサ様が亡くなった? レイナード様が新たな皇帝? 情報が多すぎて整理出来ない」

「ですが、流石に王国に侵攻というのは……」

「吾輩の言うことが聞けないのか? 可哀想だが、無理矢理にでも聞いてもらうぞ」

 兵士達に向かい呪文を唱えると、彼らからは正気が吸い取られ、中身が空っぽの人形のようになっていた。肌も灰色がかり、その姿は人間とは呼べなかった。兵士達は思い思いに(つんざ)くような雄叫びをあげる。その様子を見てヴィルヘルムは不敵に笑った。

「皆の者! まずは王家の人間を殺せ! 王国を滅ぼすのだ!」

 ヴィルヘルムは兵士達を魔法で王国に転移させる。

「確か、蘇ったばかりでは魔力が充分ではないのでは?」とアデルが訊く。

「……二回目だからじゃないか?」

「そんなことあります?」


 同じ頃。クリミナ城、国王と王妃の寝室。

「エレン様、マルティナ様! ここは危険です! お逃げください!」

 兵士が慌ただしく寝室に入ってくる。

「何事だ?」と二人は飛び起きた。すると、「ぐわぁっ!」という兵士の叫び声と共に、帝国兵が寝室に入ってくる。

「え? 人間……じゃないみたいね。何が起こっているというの?」

「今はそんなことを考えている暇はない。シェーンとザックにも伝えなければ」

 エレンとマルティナはシェーンとザックの寝室を順番に回った。シェーンは突然の事態に驚いていたが、ザックは何が起こっているのか悟っていた。姉達が魔王を復活させたのだ。彼らは、まず先に王家の人間を殺すつもりなのだと。

「どうやら、魔王が復活したようです。俺が貴方達を護ります。俺についてきてください」

「それは分かったけど、どうして魔王が復活したと分かるんだい?」

「……勘です」

 四人は寝室の外に出る。瞬間、四人は目を疑った。二階には勿論のこと、一階にも帝国兵がうじゃうじゃといる。またこんなにも犠牲になったのか、と思っていると、一人の兵がこちらに気付き奇声を上げる。すると、その奇声を皮切りに兵達が襲ってくる。

「俺から離れないでください!」とアイザックは手に闇の魔力を込め、闇の玉を作り出す。だが、マルティナがその手を下にそっと下ろす。アイザックの手からその玉は消え去った。

「ザック、貴方、魔法が使えたのね。それより、ここはあたし達が守るわ。貴方はシェーンを連れて逃げて」

「ですが、エレン様とマルティナ様は?」

「俺達は大丈夫だよ。それに、ここは俺の家だ。自分の居場所は自分で守らなきゃな」

 言い終えると、エレンはシェーンとアイザックを掴み窓から二人を放り投げる。

「せめてお前達は生き延びてくれ。生きていたらまた会おう」

「待って! 父上、母上! ザック、城に戻ってくれ!」

 落下しながら叫ぶシェーンをアイザックは強く抱き締める。

「それは出来ません。シェーン様を連れて逃げろ、それがマルティナ様からの命令です。俺はこの命に替えても貴方様を守り抜きます」

「くそっ。僕が強かったら。あんな奴ら簡単に……」


 同時刻、ラディン村。イーズデイル家。

 リンハルトは夢を見ていた。辺り一面が水面になっている所に、彼は一人で立っている。その場所は無風で、一面の水面が巨大な鏡のような役割を担っている。ぼうっと立っていると、静かな水面が振動し波紋が広がる。そして、聞き覚えのある心地よい声がした。


 リン! 助けてくれ!


 その声はレイナードのものだった。だが、どこか可笑しい。何故そんなに切羽詰まっているのだろう。何か家で嫌なことでもあったのかな。リンハルトが呑気に考えていると、女の声がした。


 リンハルト、そなたはとうに目覚めておる。オスカーの記憶が蘇っておるはずじゃ。英傑の子孫と共にアルバン神殿に来い。


 リンハルトの頭の中でオスカー達が辿った軌跡が鮮明に映し出される。そこでリンハルトは目を覚ました。

 リンハルトは飛び起き、リリアンの家の扉を叩く。叩き起こされて不機嫌なリリアンがのそっと出てきた。

「誰よ……? って、リン? こんな遅くにどうしたの?」

「魔王が復活したんだ! これから僕達は神殿に行かなきゃならない。君達英傑の子孫も一緒に。ついてきて!」

「ちょっと! 話が読めないわ! ……貴方、本当にリンなの?」

 寝ぼけていたリリアンは覚醒すると、やっと自分の手を引っ張る男の姿をはっきりと捉えることが出来た。確かに声はリンハルトのものだったが、月明かりに照らされたその髪は美しい碧だった。それは英雄オスカーと同じ色である。

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