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帝国と王国

 昔の帝国は一つでした。魔王ヴィルヘルム様が帝国を治めていたのです。そんな彼の元で皆は健やかに、平和に暮らしていました。

 ですが、彼に異を唱える者がありました。帝国の東に住んでいたアイリーン、ジーナス、レティシア、ダリル、パミラの五人の神です。神々は魔王に抗議しました。帝国を東西で二つに分けてほしいと。東側は神々が治める神聖な国にしたいと。

 魔王がそんな勝手なことを許すはずがありません。その抗議は取り下げられました。けれど、神々は引き下がりませんでした。そして、決意したのです。魔王を討ち、神々の国を創ることを。それが聖戦です。魔王軍と神々の戦いは壮絶なものでした。多くの犠牲を出しました。

 そして、長きに渡る聖戦についに終止符が打たれます。魔王が討たれ、アイリーン以外の神々が死にました。聖戦は神々が勝ったのです。アイリーンは帝国を東西に分け、東側を神々の国としました。それがクリミナ王国です。


「以上が、曽祖母から聞いたヴァルト帝国とクリミナ王国の歴史です」

 ヴァルト帝国、帝都クラルヴァイン。ヴァルト城、執務室。

 リーデンベルク家の長女、エルトリアは皇帝アルベルトに昔の帝国について話していた。妹のアデル、弟のエーミール」も聞いていた。

「父上から聞いたことがある。君達リーデンベルクの一族は代々魔王に仕えていたって。それで、魔王と他の神々はどうなったの?」

「アルベルト様、この城の地下に聖廟があるのをご存知ですか? そこにヴィルヘルム様が眠っています。ヴィルヘルム様は帝国を創った聖人として今でも民から崇め奉られているんですよ。王国の神々についてはわたし達も知らないんです。曽祖母は話してくださらなかったから」と、アデルが答える。

「へえ。二十年生きてきたけど、聖廟があるなんて知らなかった。今度お詣りに行こうかな。それより、どうして王国のことは教えてもらえなかったの?」

 これにはエーミールが答える。

「憎かったんでしょうね、王国が。しかも、ヴィルヘルム様は死に、他の神々も死んだときた。リーデンベルク家ではアイリーンが皆殺しにしたと語られています。だから曽祖母はアイリーンのことを自分の欲の為には味方も躊躇いなく殺す悪魔だと言ってましたよ。でも、今は憎んだ王国は帝国と友好な関係を築いている。曽祖母が生きていたらなんて言ってたんでしょうね」

 エーミールは途中から笑いが堪えられないようだった。最後には吹き出していたが、エルトリアとアデルに睨まれなんとか緩んだ頬の筋肉をムニムニとマッサージして引き締めた。

「クリミナ王クロードが来るのは明後日でしたよね? アルベルト様、緊張されてます?」

「まあね。皇帝として色々な責務をこなしてきたけど、いつまで経っても他国の客人との交流は緊張してしまう。わたしもまだまだ子供だね」

「仕方ありませんよ。皇帝といってもアルベルト様はまだ二十なんですから。明後日も適当にやり過ごしましょ。案外なんとかなるもんです」

「もう、エーミールは適当すぎです。少しはしっかりなさい」

 はーい、と適当な返事をする。このやりとりを見てアルベルトは笑い出した。それを見たリーデンベルク姉弟も笑い出した。

「君達姉弟は本当に面白いね。ねえ、わたしが死ぬまでずっと傍にいてくれる?」

 アルベルトは不安そうに問う。

「安心してください。わたし達は貴方から決して離れません」

 エルトリアはキッパリと言い切る。これにアルベルトはホッとしたように胸を撫で下ろした。

「そう、わたし達は決して離れません。だって、貴方は大事な器なのですから」

 エルトリアは感情のない顔で呟いた。


 一方、クリミナ王国。

 神々が住んでいたとされる王国には、神殿や遺跡が所々に残っていた。その神殿にはある噂があった。マナ地方にあるアルバン神殿には女神アイリーンが住んでいると。だが、この噂を信じた考古学者達が調査に出かけたがそんな神殿は見つからなかった。

 クリミナ王国国王クロードと側近のユージーンは、平原を歩いていた。

「クロード様よろしいのですか? 城を勝手に抜け出して」

「構わないよ。城に閉じこもりっぱなしも退屈だから、外の空気を吸いたくてね。それに、俺の望む未来を救うに相応しい奴を探す為に外に出たのもあるんだ。ユージーン、この村は?」

「ここはカルディナ地方のラディン村です」

 ユージーンは説明する。それをクロードは周りの景色を見ながら聞いている。ユージーンは景色を見ているクロードの横顔をマジマジと見つめていた。彼の金の髪と青い瞳はとても美しい。その横顔を見ている時間が堪らなく好きなのだ。

 その視線に気付いたクロードが

「どうした? 俺の顔に何か付いていたか?」と笑いながら問いかけた。

「いえ、そんなことは……! 申し訳ございません!」

 ユージーンは慌てて顔を手で覆う。顔から火が出そうなくらい熱い。

「よく分からないが、おかしな奴だな。そういえば……」

 言いかけた時だった。ラディン村から少し離れた所から二足歩行の植物のようなものがこちらに向かって走ってきている。よく見るとそれには大きい口が付いていて、その口からは大量の涎が垂れていた。

「何だあれは? 植物? 気持ち悪っ!」

「クロード様! 僕から離れないでください!」

 ユージーンは腰から剣を抜き構える。だが脚が動かない。二人が死を覚悟した時、植物のようなものの断末魔が聞こえ、それの体液が二人に降りかかった。恐る恐る目を開けると、そこには美しい碧い髪をした青年が立っていた。

「誰かと思えば、王様じゃないか。こんな所に何の用だ?」

「おい貴様。クロード様にそんな口の利き方……」

 ユージーンが青年に掴み掛かろうとしたが、

「構わないよ。それより助かった。ありがとう。お前、名前は?」とクロードが制した。

「オスカー。ラディン村出身だ。こいつは魔術で創り出したガルシア。親の影響で村から離れた所で様々なクリーチャーを創るのが趣味でな。そいつはその一つだ。害のない人は襲わないように命令したつもりだったんだが。可哀想なことをした」

 オスカーはガルシアと名付けられたクリーチャーの前に跪き、十字架を切った。

「お前は魔道が得意なのか?」

「他よりは強い魔力を持っているだけだ。両親の遺伝かな」

「なるほどね。いや会ったばかりでなんだが、お前に頼みたいことがある。城に来てくれないか?」

 ユージーンは抗議しようとしたが、クロードが目で制する。

「だが俺にはこいつらの世話が……」

 オスカーは断ろうとしたが、クロードは潤んだ瞳で彼を見つめる。

「チッ。おいゼルダ! ちょっと来てくれ!」

 ゼルダと呼ばれた華奢で美しい女性が走ってきた。肩には斧を担いでいる。

「悪いが、俺が留守の間こいつらの世話をしていてほしい。城に呼ばれた」

「え? お城に? まさかあんた、とうとう何かしでかしたのね? いつかやると思っていたわ。それより聞いて。また餌をぶちまけてしまって。困ったものだわ」

「困ったものはお前だ。何回ぶちまければ気が済む? いや、そんな話じゃない。何でも頼みがあるそうだ」

「王様直々に? 平民に頼み事なんて、お城の兵士達は使えないのかしら?」

 ゼルダは軽く毒づく。

「ははは。手厳しいな、お前は」

「何なんだ。ラディン村の人達は礼儀も知らないのか」

 わいわいと話しているクロード達を横目に、ユージーンは呆れていた。そのユージーンに気付いたのか、クロードは顔を真顔に戻し話し始める。

「別に兵士達は使えないわけじゃないんだ。ただ、剣の腕は確かなんだが魔道は使えない。そこで魔道に長けているお前に協力を仰いだ、というわけだ。先程は黒魔法を使ってあのクリーチャーを倒したのだろう? その力が必要だ」

 クロードは頭を下げる。それに倣い、ユージーンも頭を下げた。

「おい、貴族が平民に頭を下げるな。……チッ。仕方ない。お前達の話を聞こう。だから頭を上げてくれ」

「本当か? 良かった、嬉しい」

 上げられたクロードの顔は満面の笑みだった。ユージーンはつまらなそうな顔をする。

「そういうわけだからゼルダ、こいつらの世話頼んだぞ」

「分かったわ。あんたも問題起こさないでね。お城まで謝りに行くなんて大変そうだわ」

「うるさいな。気を付ける」

 三人は城へと歩き始めた。それをゼルダは大きく手を振って送り出す。オスカーも小さく手を振り返した。


 クリミナ王国、王都アディセル。クリミナ城、執務室。

「それで、先程の話だが」

 クロードが椅子に座り話し始める。

「昔、元は一つだった帝国が聖戦によって王国と帝国、東西に分かれたことは知っているか? ……あ、いや、知らないならいいんだ。昔の帝国はヴィルヘルムという魔王が治めていた。だが、神々によって魔王が討たれ一つだった国は王国と帝国の二つに分かれた。これは俺の推測だが、いつか魔王が復活するんじゃないかと思うんだ。そこでお前に頼みたい」

「俺に王家付きの魔道士になって助けてほしいと? 魔王復活はお前の推測なんだろう? 気にしすぎだ」

 オスカーは話を遮り、クロードの頼みを断る。ユージーンは明るい表情をしてみせた。

「お前の言う通りだ。気にしすぎかもしれない。だが、もし本当に復活したら? 王国は帝国に支配される。それは何としても避けたい。頼む、俺は見ての通り小心者だ。お前の力で王国の未来を救ってくれないか?」

 クロードは平原でした時のように頭を下げた。

「お前は簡単に平民に頭を下げるな。……チッ。俺はそれに弱いんだ。分かった、お前の言う王国の未来を救ってやろう」

 その言葉を聞いてクロードは顔をクシャッとさせて笑う。ユージーンは何か言いたげな表情だが、飲み込んでいた。


 同日、夕方。クリミナ王国、ラディン村。

 王家付きの魔道士になることになったオスカーは、クロードの許可を得て一時村に帰ってきていた。ゼルダにこのことを伝えにきたのだ。

 昼は大体村のはずれでクリーチャー達を育てているのだが、夕方は家で夕食の準備をしている。彼女の両親は母の浮気で離婚しており、それが原因で父は自殺。母は新しい男性とこの村を出て行った。今はゼルダと二人の弟のマルセルとラルトと暮らしている。

 家のドアをノックすると、マルセルとラルトが眩しい笑顔で出迎えた。

「姉さん! オスカーが帰ってきた!」

「あの小屋に行ったら姉さんしかいなかったから。心配したよ」

「おかえり。結構遅かったわね。さ、入って」と、オスカーの手を取り、家の中に招き入れる。

 テーブルの上にはご馳走が並んでいた。それぞれの好きな料理が。中には真っ赤なスープがある。辛い物好きのゼルダが唐辛子をたっぷり入れたスープを作ったのだろう。オスカーは「フッ」と笑った。それを見て、ゼルダも笑っていた。

「えらく豪華だな。今日は何かの記念日か?」

「あら、あんたの為よ? 王様からの頼み事なんて、何かめでたいじゃない? だから今日は豪華にしてみました。食べましょ」

 マルセルは真っ赤なスープをガブガブ飲む。半分飲んで皿を置いたマルセルの目には涙が浮かんでいた。

「何これ? 辛すぎるよ」

「それはね、あたし特製の涙が出る程辛い唐辛子スープよ」

 ゼルダは一気に飲み干す。それを見たオスカーは、

「ネーミングがそのまますぎるな」と呆れていた。

「ほらオスカー! あんたも飲みなさい!」

 ゼルダはオスカーに無理矢理飲ませる。むせてはいたが、涙は出ていなかった。

「ゼルダ……! お前なあ……!」

 ゼルダ、マルセル、ラルトは笑っていた。オスカーもそれにつられ、笑い出した。だが、その楽しい時間はすぐに終わりを告げる。

「そんなことより、今日はお前らに話したいことがあって帰ってきたんだ。俺はもうここには戻ってこないと思う」

 部屋中が一瞬で静かになる。ラルトが一番に口を開いた。

「それって本当の話? それとも、僕達を笑わせようと嘘で言ってる? だとしたら全然笑えないよ」

「なあラルト、俺がお前らに嘘をついたことがあるか?」

「それは……、ない……けど……」と口籠る。

「ねえ、戻ってこないってどう言うこと?」

「言葉の通りだ。クロードが魔王復活に向けて俺を王家付きの魔道士にしたいってさ。だから、俺はこれからは城で過ごすことになる。村には戻らない」

「どうしてオスカーなのよ? 魔道に長けてる人なんていっぱいいるじゃない。他の村にでもいるはずでしょう?」


 オスカーが村に帰る数時間前。クリミナ城、執務室。

「おいクロード、一つ聞いてもいいか?」

「構わないよ。どうした?」

「王家付きの魔道士にどうして俺を選んだ? この国には他にも村はある。魔道に長けている奴もたくさんいる」

 クロードはため息をついて答える。

「ラディン村に来るまでに色んな村に寄った。色んな魔道に長けている男に会った。でもどれもしっくりこなかった。そこにお前の登場だ。お前は今まで見たどの男より強くて美しくて。はっきり言おう。お前はタイプなんだ」


「意味分かんないんだけど。王様も我儘ね。我儘王がこの国の長じゃ、将来心配だわ」

「ちょっと姉さん。落ち着いてよ」

 マルセルが宥めた時だった。

「オスカー様。クロード様より、そろそろ戻ってこいと。お迎えにあがりました」と、ドアの向こうから声がした。

「じゃあな、俺はもう行く」

 オスカーが家を出ると、そこには一人の兵士がいた。二人が城に向かって歩き出そうとしたところをゼルダが止める。

「待って。少しだけオスカーと話をさせて」

「はあ。少しだけですよ。遅くなったら怒られるのはわたしなんですからね」

 ため息混じりに答える兵士を無視してゼルダはオスカーに近づき抱きついた。

「どうしても行ってしまうの? 魔王なんて王様の妄想でしょう? 無視しちゃえばいいじゃない」

「無理を言うな。どうもあいつのあの目を見ると断れなくてな。あいつを放ってはおけない」

「そう。じゃ、最後にあたしの気持ち受け取って」

 ゼルダは少し背伸びをしてオスカーの口に深いキスをした。これでいい。彼女の想いを受けて、彼が村に残るとさえ言ってくれれば。だが、

「いい加減にしてくれ。確かに俺はお前より年下だ。だが俺も二十だ。いつまで俺を子供扱いするつもりだ? それに、お前は失敗しても反省しない。気を付けるのかと思えば同じ失敗を繰り返す。俺は前からお前のそういうところが嫌いだった。だからセナさんに捨てられたんだ」

 冷たい言葉でゼルダを突き放した。

「そう。それがあんたの気持ちなのね。ありがとう。はっきり言ってくれて。早くこの村から出て行って。もう顔も見たくないわ」

「そうする。俺もお前の顔を毎日見なくて済むなんて清々する。おい兵士、行くぞ」

「え、あ、はい……」

 オスカーは振り向くことはなかったが、兵士はゼルダの方を振り向いた。しゃがみこんで震えている。泣いているのだ。

「姉さん、泣いてるけどどうしたの? オスカーと喧嘩した?」

「違うわよ。これは唐辛子スープが今になって効いてきただけだわ」

「そっか。姉さんでもあの辛さには敵わなかったか。とりあえず家に入ろう? 外は寒いよ。僕、あのスープまだ飲んでないから、後で飲む?」

「飲むっ!」

 兵士はゼルダ達が家に入るまで見届けていた。オスカーの呼ぶ声に自分が立ち止まっていたことに気付く。

 二人の道中は静かだった。兵士はオスカーに話しかける。

「オスカー様、あの女性に言ったことは本心ではないんでしょう?」

 オスカーからの返答はない。兵士が見上げると、オスカーは目に手を当てていて頬に一筋の涙が流れていた。

「泣いているのですか?」

「違う。あいつ特製の唐辛子スープが今になって効いてきただけだ」

「唐辛子スープ、ですか。よく分かりませんが、今はわたししかいません。思い切り泣いてもいいですよ。ですが、城に着くまでには泣き止んでくださいね。泣いている貴方を見てクロード様が何と言うか」

「ああ、分かっている」

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