葬列
その日は父の葬式だった。
雨がふりしきる中、さながら鉛筆の線のように黒い喪服を着た人々が列を成す。冷たいその雨は傘も刺さない葬列の人々の体温を奪っていく。
葬列には父の両親、母の両親、親戚、父の友人など数多くの人が顔を出していた。姉は顔を伏せ、葬列の人々も涙を流す。私は涙を流すことも出来ずにいた。質素な棺の中を見ると、父は顔を布で覆われ、生前より肌は青白くなっていたが、それでも未だ生命力を感じるようだった。
父は数年前から音信不通になっていた。ある日「主人様に呼び出された」と言って主人様の邸宅に向かったきりだ。しかし、つい最近になりある山で遺体が見つかったという。そのため腐敗が進んでいなかったらしい。最後に父に会えてよかったと思うばかりだ。
しかし、まるで優しさを生き写したような人で、色々な人から慕われた父がなぜ殺されてしまったのか。私には一生かかっても理解が出来ないだろう。
やがて葬列は目的地に辿り着く。
皆で父を埋めていく。
しかしその中に母の姿は見当たらなかった。
遠くで誰かが薄ら笑いを浮かべていたのを見た。
夜。
私は葬式を終え、姉と一緒に床に就いていた。
母はあの後無事に見つかったのだが、顔を覗くと、まるで般若のような、しかし抜け殻のような顔をしていて、はっきり言ってとても恐ろしいものだった。本当にアレは母だったのだろうか?
…そんな顔を思い起こしていたら眠れなくなってしまった。姉も母のあの様子を気にかけて眠れないようだ。お互い向き合って寝ようとする。
ふと、廊下から微かにギシ…ギシ…という音がしてきた。まるで息を潜めるような歩き方。しかし、この家には今は母と姉と私しか居ないので大丈夫。そう思っていた。
ゆっくり部屋の扉は開けられる。
そこからは早かった。
即座に母の持っていたナイフは手前に寝ていた姉に向けて振り下ろされた。
飛び散る鮮血。鉄臭い匂い。私はそれらを生まれて初めて体験した。
何度も何度も姉に向けて振り下ろされる刃は、たちまちそこらじゅう血の池へと部屋中を染め上げた。
咄嗟のことで理解が追いつかなかった。分からなかった。どうして母は姉を刺したのか。叫んだ声は届いていない様子。
ふと母は「貴方達を殺して私も死ぬ。」と呟いた。
その瞬間私は初めて死を身近に感じた。体は震え上がり、視界が揺れる。恐怖と絶望に頭が支配される。
力の全てをかけてもう一度「何故こんなことをするのか」と叫んだ。
「ねぇ…私聞いたの!貴方達は私含めてこれから主人に''出荷''されるって!!!それはもう滅茶苦茶にされて、全て踏みにじられて今に殺されてしまうわ!!逃げてもきっと夫みたいに地の果てまで追いかけられて死ぬ。…そうなったらもう皆で心中するしかないじゃない!!………ねぇお願い、私と一緒に貴方も死んで!!!!」
その瞬間ナイフは下ろされる。殺される。そう確証した時だった
突如姉が最後の力を振り絞って母の足に縋り付いた。
体制を崩す母。その手元からナイフが転がり落ちた。姉は弾き飛ばされ、事切れた。
私はまだ死にたくない。本能がそう叫ぶ。
意識しない内に、私はナイフを手に取り、構えていた。
ビシャ。ぐちゃ。
気づいた時には母は自分の足元で滅多刺しにされていた。
からん。
手から血の滴るナイフが滑り落ちる。
私は顔を手で覆った。