乙女ゲー世界に主人公の聖女としてTS転生した元男の独白
転生7日目
「聖女の立場を利用し、魔導図書館にあった秘匿されしTS魔法を気合いで会得した。しかし魔法を掛ける為には対象の相手から親愛の情を抱かせる必要があるらしい……つ、つまりある程度までは男と親密にならなきゃなのか……うぅ、嫌だけど仕方ないな……! 頑張ろう!」
8日目
「攻略対象である騎士団長の息子と出会った。頭はあまり良くないけど剣の腕は学生の中では1,2を争う実力者。それでいて粗暴ではなく陽気で人懐っこい性格をしていて普段はまるで子犬のような少年だ。だけど戦いとなるとその表情は一変、獰猛な狼を思わせる精悍さを垣間見せ……そのギャップが女子生徒のハートを掴んでる……よし、まずはお友達からはじめよう」
14日目
「友達になって暫く経ったが、ほんとに運動とか剣の修行とか身体動かす事に専ら興味が向いているようだ。私生活ははっきりいって壊滅的。寮暮らしでなければ早晩生活破綻してるんじゃないかコイツ……? というか汗かいたからってグラウンドで躊躇いなくシャツ脱いで半裸で暴れるか普通。挙句にその脱いだシャツの事も忘れて帰っちゃうし……ああもうしょうがねぇなぁ、洗っておいて後で返しておこう」
20日目
「なんか仲良くなったは良いんだけど、同性の友達と同じ扱いだし全く女として見られてない……それもどうなんだろう。い、いや女の子として扱われたい訳じゃないが、こっちが苦労して猫被って清楚な聖女を演じてるのを無碍にされてる様でちょっと腹が立つ……子供みたいで手が掛かるし、ああもう口元にソース付いてるよ!」
30日目
「とうとうこの日がやって来た。アイツとの親密度が規定値に達し、TS化魔法が発動可能なこの時が。相変わらず男友達と変わらない距離感で接してくるアイツなら、女の子になったとしても変わらない付き合いが出来るだろう」
?日目
「あの時の私はそう信じて疑わなかったんだけどね……」
31日目
「TS魔法を発動させ、アイツが女の子になった日。アイツの見た目は、ぶっちゃけあまり変わらなかった。乙女ゲーの攻略対象というだけあって顔面偏差値は高く、美少女と見紛う少年だったし女になっても違和感を感じない。背丈もそう変わらず、ただ胸だけが不釣り合いに大きくなっていたのを三度見した……別に羨ましいとかではない」
「最初のうちは自分に起きた変化を何だコレと無邪気に笑いはしゃいでいたが、すぐに様子がおかしくなった。三度の飯より修行が好きだったアイツがその日を境に二度と剣を持つ事がなくなったのだ。女体化して腕力が急激に落ちたアイツは、今までの様に剣を振るえなくなってしまったんだ」
35日目
「アイツが学園寮の自室に引き籠り、数日が経った。空腹に耐えかねて部屋から出て来たその少女の顔はやつれ切って目の下には深い隈。女体化と共に長く伸びた髪は手入れもされずボサボサになっていた。恐らく一睡もしていなかったのだろう、風呂にも入らず着替えもしてない身体からはキツい体臭が漂う。そして私の顔を見て、表情を歪ませ泣きながら抱きついてきたんだ」
「私の胸に顔を埋め、赤ん坊の様に大きな声で泣く少女。涙声で自分に起きた変化を私に訴え、少ししてまた大泣き……それを繰り返す。以前の様に剣を振るえなくなった事が、強くなる事が人生の全てと言っても良いコイツにとっては……これまでの人生全てを否定するに等しかったのだと、その時ようやく知ったのだ」
「TS魔法は不可逆の魔法だ。一度掛けてしまえば二度と元には戻らない。元はと言えば男との恋愛なんか真っ平だという想いから死ぬ気で会得した魔法だが……それがどれだけ身勝手で残酷なモノかという事を、私は愚かにも取り返しがつかなくなったこの瞬間まで気付かなかったのだ……」
「少女が悩み、思いつめ……何もかもに絶望し、悲嘆の中に沈む生気の抜けた顔で呆けるのを見て私の胸は締め付けられる。この愚かな行為を少女の前で洗いざらいぶちまけ、衝動のまま謝罪の言葉を吐き出しかけて……止めた。それで彼女がどんな反応を見せるのか、考えただけで恐ろしかったから」
「だから代わりに私は、少女の耳元で優しくてからっぽな慰めの言葉を囁いた。頭を撫で、耳ざわりの良い言葉ばかりを並べ立てた。少女は暫くは何の反応も見せなかったが……やがて頭を私の身体に預けて来て、小さくか細くすすり泣く。どれだけ経ったのか、私の身体が痺れを訴える頃に少女は顔を上げ儚げに笑い……ありがとね、とだけ言ったのだ」
60日目
「それからと言うもの、少女は私の後を常に付いて回るようになった。どこに行くときも、トイレやお風呂それに寝るときも一緒。男だった頃に良く見せていた子供みたいな無邪気で爽やかな笑顔は消え失せ、表情はいつも暗いまま。ただ、私にだけは酷く卑屈な媚びた笑みを見せることがある。私に強く依存しているのは明らかだった」
「周りにはその様子が、突然の奇病(という事になっている)でか弱い少女になった騎士団長の息子を親身になって支えているように見えるらしい。流石は徳の高い聖女さまだと囁かれるのを耳にして、こんな酷いマッチポンプは中々ないなと自嘲の笑みを浮かべるしかなかった」
「自分の罪を曝け出す度胸もない私は、せめてこの子の為に残りの人生を捧げようと決意する。この子が女の子としての人生を受け入れるか……あるいは諦めてしまうまで、この子の傍に居ると誓った」
「何かの拍子で私の罪をこの子が知って、その手で裁かれる事を心のどこかで望みながら……」
?日目
「ともあれ、もはや二度とTS化魔法を使う事はあるまい。罪の意識に苛まれるのを繰り返すほどには愚かでないと……本当に、その時はそう思ったのだ。けれども、どんな運命の悪戯か……再び私がTS魔法を使う事になるまで、それほど時間は掛からなかったのである……」
続く?