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les fabricants -吟遊詩人は神を詩う-

作者: 少尉

ここはいつの時代、どこの場所かも定かではない場末の酒場。

誰とも知れない男達が酒を酌み交わし、大声で楽しんでいた。


壁には安物の絵画が飾られ、床は酒瓶で溢れている。

そんな喧騒の中、美しい音色と共に、歌声が響いていた。


透き通るような綺麗な声だ。


酒場にいる者達は、その歌に耳を傾ける。

そして、その主を目で追う。


深い緑の髪の少女だ。

カウンター席に座り、静かにリュートを奏でる。

だが、その耳は鋭く尖っていた。


人族の酒場で異彩を放つそのうたに、男達は耳を傾けていた。


ハーフエルフの国の物語。

呪いを受けた姉妹が、その運命に挑む物語だった。


姉が妹の為にその身を犠牲にして、呪いを受け止める。

救われない悲しい物語。


だが、呪いは姉妹だけには止まらず、国全体に広がっていく。

やがて、国は滅ぶだろう…。


そう吟遊詩人のうたは締め括られる。

誰もが息を飲み、聞き入っていた。


「おいおい、姉さん。もうちょい明るいうたはないのかよ?」


中年の男は、外見だけで言えば明らかに年下の少女に文句を言う。


少女はその言葉を聞き流し、ただ静かに微笑む。

すると、周りにいた他の客も口々に話し始める。


もっと、楽しいうたはなかったのか?

悲しすぎるぞ!

もっと笑える話はねぇのか!?


少女は、そんな言葉を気にする様子もなく、ただ黙って聞いていた。

そして、またリュートを奏でると、今度は先程とは違った優しい旋律が流れる。


それは、ある国の兵士と姫の話だった。

二人には明確な身分差があるが、それでも運命の歯車は、恋という感情を運ぶ。


だが、二人は結ばれず、最後は姫は他国へ嫁ぐ事となる。

それでも、二人は幸せだった。


例え遠く離れていても心は繋がっていると信じていたから…。


そんな詩が唄われる。

少女のリュートに合わせるように、店内は静寂に包まれた。


そして、曲が終わる頃には皆涙していた。


「だから、なんで悲しいうたばかりなんだよ!」


一人の男が怒鳴るが、誰も答えなかった。

少女は、優しく笑うと、初めてうた以外で言葉を発する。


——これは、神様達に捧げるうた


—— この世界を救ってと祈るうた


少女の言葉の意味を理解する者はいない。


彼女は悠久の刻を生きる純血のエルフなのだ。

外見に騙されてはいけない。


そして、エルフは長い年月を過ごすうちに壊れていく事を、男達は知っていた。


「神様なんて、どこにいるんだよ?」


だが、一人の若い男が尋ねる。

その問いに少女は少し考える仕草を見せる。


そして、立ち上がると壁に飾られた安物の絵画を指差した。

そこには、小さな絵が描かれていた。

有名な英雄物語の一場面らしい。


——この絵と同じ


——この絵の中からは、私達を見る事は出来ない


男達は更に首を傾げるが、彼女は気にする事なくリュートを手にすると、またうたを奏で始める。


それは、この小さな絵の物語だった。

一人の少年が冒険を夢見て、旅に出る物語。

始まりは雲より高い崖を見上げる場面。


少年の生まれた世界は、そんな崖の下に広がる貧しい大地だった。

そこに崖の上の世界から追放された王女が落ちてくる。


そこから二人の旅が始まる。

やがて、雲より高い崖の上の世界に辿り着くと、そこには国家という少年が見た事もない景色が広がっていた。


豊かで美しい世界だった。

しかし、その世界に住まう人々は、貧しい大地には存在しなかった陰謀に染まっていた。


追放された王女と王国の陰謀に巻き込まれながらも、少年は世界の謎を解き明かしていく。


そして、ついに黒幕を見つけ出すのだ。

魔王と呼ばれる古の怪物。


旅の途中で出会った仲間達と共に、少年は死闘の末にその魔王を倒す。

そんな英雄譚だ。


少年と王女の旅路を描いた物語は、最後には世界を救い、平和が訪れたところで終わる。


誰もが知る物語だ。

少女が指差した小さな絵には、その物語の魔王が描かれていた。


それは、醜く歪んだ邪悪な顔をしていた。


——私達なら、あの魔王を簡単に殺せるよ


少女はリュートをひと撫ですると、空中に小さな火球を作り出す。


酒場にいた者達は一斉に距離を取り、身構える。

エルフは正気で狂ってる事で有名なのだ。


だが、少女の顔は微笑んでいた。

小さな火球は、魔王の絵に燃え移ると、あっという間に燃やし尽くしてしまう。


それを見て、少女はほらねと満足そうな笑みを浮かべるのだった。


「おいおい、勘弁してくれよ…」


カウンターの奥で、グラスを拭いていたマスターの男が呟く。


——だって、わかってくれないから…


その端正な顔を小さく膨らますと、少女は小声で呟いた。

それを横目に見ながら、マスターはやれやれと頭を掻く。


少女は、罰の悪そうな表情を浮かべると、リュートを片手に立ち上がる。

そして、そのまま店を出て行った。

後に残された客達は、呆然とするしかなかった。


彼女は悠久の刻を生きる吟遊詩人。

またいつかどこかの場末の酒場でうたうのだ。


神様に、このうたが届きますようにと…。

こんな悲しい物語を、救って下さいと…。


そして、誰もが笑える物語を創って下さいと…。


お楽しみいただけたら、

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