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デューンの自宅で起きた不幸

 デューンのクラゲ、プルモーさんは死んではいなかった。

 よって俺はクラゲの恩人となり、そもそもの俺の目的、デューンの客人としてデューンの家に居候させていただくを達成できたようである。


 デューンは当たり前のように俺を引き連れて自分の家を目指し、俺も当たり前のような顔をしてデューンの横に並んで彼の家に向かった。


 帰れ。


 そんな言葉をデューンに思い出させてはいけない。


 そして、海辺から歩いて数分後、俺は呆気にとられたように大口を開けていた。


 デューンの家は海からほど近い丘に建っていた。

 大事なクラゲに新鮮な海水を与えるには海から離れすぎてはいけないと俺もわかっていたので位置には疑問も何もないが、明らかに生活破綻者風の大男が住む家がそれなりなお屋敷であったことに俺はかなり驚かされたのだ。


 大きくて白くて神殿みたいな形をした、ギリシャの小金持ちが住んでそうな、寝室が八つもあるお屋敷、だと?


 もしかして、デューンさんは男巫女か神官で、そのためにクラゲと異類婚させられた不幸な人なんじゃないのか?


「気兼ねなく入ってくれ。ハハハ。私と妻が魔王討伐で留守にしている間に、召使い達は全員逃げてしまったようだがな。」


 軽くデューンは笑うが、俺は良く笑えるなって思った。

 玄関ホールに一歩足を踏み入れただけで、デューンの屋敷内は、強盗が荒らしまわったようになっていることが分かったからだ。

 高級そうな家具はそこらじゅうで倒れて壊れおり、床には高級そうな絨毯が剥がされた途中で放棄され、さらに、どうして持っていなかったと強盗を問いただしくなる宝石の類がばらまかれているままなのだ。


「何があったのですか?」


「召使い達が私達の留守の間に泥棒をしようとしたのかな。」


「忠誠心は無いんですか?お給金をあげていなかった、とか。」


「ああ、そうか。私達が戻って来ないと思ったら、そう考えるかもしれないね。すごいな。君はやっぱりノートの弟なのだな。」


 当たり前のことを言ってしまっただけなのに、俺を凄いと褒めるなんて。

 デューンさんは、実は物凄く純粋で優しい人なのかな。

 俺は取りあえず散らばっている宝石を拾い集めてあげようと、屈んで宝石に手を伸ばした。


「宝石こそ一番に持って逃げそうなのに。」


「妻の呪いだ。妻は自分の持ち物を弄られるのがとても許せないたちでね。恐らく私達が留守の間に盗みを働こうとした人達全員、呪いによってフナ虫になってしまったのだろう。ハハハ。盗みを働くどころじゃないね。」


 俺は屈んだおかしな恰好のまま固まった。

 動けるわけねえ。

 俺はフナ虫になりたくはない。


「どうした?フナ虫になるのは悪意がある者だけだよ。」


「いや、あの、家具の下とかにフナ虫の死骸がある、とか?き、急にフナ虫が飛び出して来たら怖いなあって。」


「フナ虫は海にいるものだ。フナ虫に変化したそこで、彼等はフナ虫の習性のまま海に一直線に逃げたはずだ。そして、海辺で反省できたならば、彼らはちゃんと人間に戻れただろう。」


 思っていたよりも寡黙な人では無かったようで、気さくにデューンは俺と会話してくれたが、俺はデューンの語った彼のクラゲの呪いが恐ろしくて彼のフレンドリーに喜ぶどころでは無かった。


 彼はフナ虫化した人間が反省して人間に戻っているはずだと信じているようだが、フナ虫って魚さん達の餌なんだよ。

 反省する前に喰われていねえ?


 ガタン。


 動きが止まった俺とは違い、デューンは自分の家を整えるべく動き始めていた。

 玄関ドア直ぐそばに倒れていたテーブルを彼は起こし、そこに彼が大事に抱いていたガラス瓶を置いた。

 その次には一人では持ち上げられそうもない家具を軽々と起こして、まるで発泡スチロールで出来ているもののように持ち運んで置き直していくじゃないか。


 ええと、俺は役立たずでいいのか?

 でも、俺が出来る事は?


 急いで宝石類を拾うとクラゲ入りのガラス瓶の横にまとめて置いた。

 それから捲れている絨毯を敷き直そうとして、重たい!!

 俺とデューンは黙々と、いや、デューンは俺が無理そうなときは手を差し伸べてくれたから、殆ど彼一人で立ち働いていたと言って良い。


 なんていい男だよ。

 大人だからか?

 クラゲに対して偏愛がある変態でも、彼はやっぱり英雄だからか?


 しばらくの後、息が上がって動けなくなった俺がデューンによって長椅子に放り込まれた頃、デューンの家の中はそれなりに整頓されていた。


「何か、俺、殆ど役立たずですいません。」


「そうでもないよ。良く働いた。私にはよくあることだってだけだ。」


 よくあるんかい!

 もちっと召使い関係何とかしたらいいと思うよ。

 そんな返しは言えないと言葉を飲み込んだからか、ぐぐうと俺の腹は俺が空腹であった事を知らせてきた。

 ついでに、胃と腸が動いた事で尿意も俺に思い出させた。


 俺はゆっくり起き上がると、デューンに声をかけた。

 一人掛けの椅子に幾重ものシルクストールを使ってガラス瓶用のベッドを作っている男は、俺の問いに対して俺に振り向かずに方角だけ指し示した。

 俺はデューンが指さしたその方角にのろのろと歩いて行き、きっとそうに違いないと思いながら目的のドアを開けた。


「きゃああああああああ。」


 俺は生まれて初めてというぐらいの大声を上げていた。

 ここは、水洗トイレの概念がない世界だ。

 では、出したものはどう処理する?

 川が近ければ川に、海が近ければ海に出したものをそのまま流すのでは?

 そして、フナ虫は海水のある所に集まってしまうもの。


 青と白のタイル敷きで清潔感と高級感が満ち溢れていただろう、日本の古き時代の和洋折衷風トイレの床には、元召使いだったらしきフナ虫達が、嫌らしく汚らしく累々と蠢いていた、のである。

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