【15】 二人の弟子
再び王都の魔法使いエーデルヴォルフの屋敷。
以前のメンバーに加えて、エルゼベルト、セルペンティーナらが加わったエギュピタスと魔王軍の一行。
「わたくしまで同行させてもらってよろしいのですか?」
エルゼベルトの肩口でトグロを巻きつつ、セルペンティーナがブレンダに尋ねた。
「もちろんです。我々は今や同盟関係なのですから」
ブレンダの回答に少し嬉しそうなそぶりを見せたその小蛇は、魔王の娘の両肩を行ったり来たりしながら、動き回っている。
「そういやテトロは一緒じゃないんだな」
ゲルンがセルペンティーナに尋ねると、
「疲れるから嫌だ、ですって。こんな南方にまでついてきているのに、あの子の『疲れた』はどういう基準なのかさっぱりわかりません」
と、金色の小蛇は呆れたように答えた。
ほどなくして、一行を待っていた木造の応接間に、エーデルヴォルフがプーペを伴って現れた。
よいしょ、と腰を下ろした老魔法使い。
「ようこそ参られた。そちらの、えーと、鍛冶師殿はかなり久しぶりですな」
「ブルーノです。魔法使い殿」
と、ブルーノが返す。
会話から察するに、彼がエギュピタスにスカウトされた時以来らしい。
「そうでした、そうでした。齢を重ねるとなかなか名前が覚えられなくて」
そう言いつつ、エーデルヴォルフはニコニコしている。
「エーデルヴォルフ殿、この前はプーペを急使に立てていただきありがとうございました。今回参ったのは、そのあたりのことをもう少し詳しく知りたかったからです」
ブレンダがそう言うと、老魔法使いは振り向いて、言う。
「ふむ、ラメンタインのことですな」
「ラメンタイン、と言うのが、その弟デシの名前ですか?」
ブルーノが尋ねると、エーデルヴォルフは肯定しながら、説明する。
弟デシと言っても、かなり年齢の開きがあります。
もっとも見た目だけで言えば私の師ヘッケルはそれ以上に変わってますが。
それはともかく、ラメンタインは私が師匠の元を出てから十数年経た後、師匠の元に弟子入りしたので、人となりについてはあまり詳しくありません。
加えて私は師の元を出てから王城に勤めるわけでもなく、一人魔術研究に没頭しておりましたので、あの男を知ったのは、師の元に挨拶に戻った時くらいでした。
しかしつい先日、風の噂にそのラメンタインが教会の暗部組織と繋がっている、ということを知ったのです。
なんでも法外な力を持つ石を探しており、その所有者がこの王城に入ってきた、と。
その情報を得て我が弟デシが暗部組織と結託して動いている、と聞き、あなたがたの宝玉を狙っているのではないか、と思いいたった次第です。
弟デシが絡んでいるとすれば、甚だ困ったことなのですが、私どもは既に師匠の元から立ち去っておりますし、師匠も恐らくそのような世俗のできごとに関心はないと思います。
そこで最悪のことを考えて、あなた方に教会の暗部組織を一掃してもらえたら、と思った次第です。
ムシの良い話で恐縮なのですが...。
エーデルヴォルフがいたくへりくだって説明しているので、ゲルン達もその苦悩の何割かが理解できた。
「貴重な情報、ありがとうございます」
ブレンダがこう言うと、ブルーノがある提案をした。
「そのラメンタインという方とは対面できませんか?」
この問いかけに、エーデルヴォルフはしばらく考えこんでしまう。
「ちょっと、ブルーノ」
とブレンダがブルーノの発言を軽く諫めた。
「失礼しました、エーデルヴォルフ殿」
ブルーノがすぐさま謝罪の言葉を述べたため、エーデルヴォルフも沈黙の檻から出てくる。
「あ、いえ、別に失礼ということはないのですよ。ブレンダ様、お気遣いありがとうございます」
一息ついて、老魔法使いは話しだした。
即答できなかったのは、ラメンタインの所在がはっきりしないからなのです。
彼は表の顔として王都参事の重職も担っているため、教会にいること自体稀なのです。
そして、私自身、兄弟弟子と言っても年齢も離れており修業期間もまったく重ならないこともあって、ラメンタインとは数えるほどしかあったことがありません。
当然、あの男の人となり、あるいは何を考えているのかさっぱりわからないので、面談の場を設けることができてもあまり役に立たない。
そんなことが脳裏をよぎってしまったからでした。
しかし...。
ここで言葉を切った魔法使いの様子を見て、ブレンダが先を促した。
「しかし、とは?」
「いえ、あるいはわたくしの師匠ならばある程度の助言ができるかな、と思いまして」
「先ほど名前を出されたヘッケルと言う方ですか?」
「はい、しかしヘッケル師はまったく純粋に魔学の徒、研究者でありまして、俗事に思索の邪魔をされることを著しく嫌います」
「なるほど...」
ゲルンがその答を受けて腕組みをしていると、ブルーノがまた質問する。
「重ねて失礼なことを伺いますが、エーデルヴォルフ殿のお師匠様は、まだご健勝であられるのですね?」
「ええ、それはもう」
こう言ってまた少し考えこんだエーデルヴォルフだったが、今度はすぐに
「実現できるかどうかは自信もないし確約もできないのですが、師匠に面談できるかどうか連絡を取って見ます」
ゲルン、ブレンダ、ブルーノの顔が明るくなった。
「ただ、どのような用向きか、それだけ前もって聞かせておいていただきとうございます」
エーデルヴォルフの言葉に、ブルーノが答える。
「ラメンタインの正体と、その力。できることならその背後にさらに大物がいるのかどうか、この王城の魔法使いが他にもどの程度関わっているのか」
この言葉にはブレンダ達も驚いた。
「できれば直接そのラメンタインと交渉がしたかったのですが」
これを聞いてエーデルヴォルフも少し表情が緩む。
「いやいや、腹蔵なく話していただき、大いに満足です。私も久しぶりに師匠と対面してみたくなりました」
王都の老魔法使いは、弟子にして使い魔でもあるプーペを呼び出した。
褐色の肌と赤髪を持つ炎の小悪魔のような少女が飛び込んでくる。
「プーペ、ここに儂が書面をしたためた。これからすぐに我が師の元へ飛んでもらいたい」
だがここでプーペの表情が少し曇る。
「えー! 師って、あのヘッケルちゃんのこと? 私あいつきらーい」
予想外の発言に、ゲルン達は驚いてしまった。
「これこれ、私の師匠ということは、おまえにとっては大師匠と言うことなのだよ。もう少し礼儀をわきまえなさい」
「だってー」
と、今まで明るく飛び跳ねていた少女とは思えぬほど渋っている。
「あいつ、私の頭の中を簡単に見てしまうんだもの。不安で不安で仕方ないよ」
「それはおまえがよからぬことを考えるからじゃないのか?」
「だってー」
「私のお使いでも聞けぬのか?」
「ううー」
すこし抵抗をしてみせたものの、その命令を拒否できないと知って、プーペは折れた。
「じゃあ、お使いだけ。それがすんだらすぐに帰ってくるから」
「それでけっこうじゃ。しかし返事はもらってくるのじゃぞ」
こう言ってエーデルヴォルフは書面をプーペに渡す。
プーペは嫌なことはさっさとすまして、という感じですぐに出ていった。
「まったく我儘な弟子でお恥ずかしい」
と言いつつも、エーデルヴォルフの顔には笑みが広がっている。
「それでは明日にでももう一度お越し下さい」
そう言って、エーデルヴォルフとの会談はいともあっさり終了した。
「どうですか、千里眼の娘。あの中に宝玉少女はいますか?」
エギュピタス人が常宿としている家屋の外側を遠望できる小さな茶屋で、4人の女性が卓を囲んでいた。
「いえ、いません。エギュピタスの姫は外出しているようです」
「ふうん、国王様との領土交渉が終わったって聞いたから、簡単に見つかると思ったんだけど」
するとその小柄な少女ノクトゥルナに護衛としてついてきていたミーヴァが、ガルニエの暗殺者ブラーカに忌々しそうに言う。
「ブラーカ、あなたは便利な道具のように思っているかもしれませんけど、千里眼もそれなりに魔力を消費するのです。こんなことはもうやめていただきたい」
だがブラーカはそれには意に介さず、何かを思案中である。
「ミーヴァお嬢さま、申し訳ありません」
と、今度はブラーカと一緒に来ていた痩せた女トペルニータが謝罪する。
しかしその顔はうっすらと笑みを浮かべており、謝罪の言葉が表面上に過ぎないのはあきらかだった。
「どうする、ブラーカ。宝玉少女が帰ってくるまで待つかい?」
「いや、迎え討とう。外に出ているのなら、戦力が少ないだろう」
だがこの答を聞いて、ノクトゥルナがいつもの弱々しい声で注意する。
「外出時でも戦力は落ちていない」と。
「なに?」
「どういうことだ?」
ブラーカとトペルニータが同時に声を上げた。
「あそこに黒剣士と魔王の娘がいない。おそらく宝玉少女に同行している」
「それが何か?」
ブラーカがこう返すが、ノクトゥルナは
「一応警告はしました」
と言って会話を打ち切った。
「疲れたので帰らせてもらいます」
器の1番ミーヴァがそう言って、器の4番ノクトゥルナを抱きかかえるようにして、店を出た。
二人が店を出ていく姿を見て、ブラーカが
「なんだいありゃ。ほんとに話は通っているのかい。全然協力的じゃない」
と少し腹立たし気に言う。
「あいつらはラメンタイン様側だからな。で、どうする?」
とトペルニータ。
「私の術は室内より野外の方が良い」
そう言って、ブラーカがニヤリと笑ったため、トペルニータはグルーディオとクジョーにも召集をかけた。
一方、茶屋を後にしたミーヴァがノクトゥルナに、誰にも聞こえないよう念話で話をする。
「あいつら、成功すると思いますか?」
「私は彼らの力を知らないので、なんとも。しかし、魔王軍とプロの暗殺者です。どちらかの一方的な勝利にはならないと思います」
「そうね、少し努力してみますか」
二人はラメンタインによって与えられていた『器の少女達』専用の宿舎に戻る。
「お帰り、ミーヴァ。ノクトゥルナ、変なことはされなかったかい?」
と器の3番レモナが駆け寄る。
「問題ないわ」
ミーヴァがそう言って、一同に呼び出された内容を伝える。
「確かに気にくわないな。ノクトゥルナを道具代わりに使うなんて」
器の7番パーヴィエが吐き出すように言う。
「それで、お嬢としてはやるつもりなの?
器の8番ライラがアーモンドグリーンの目をくるくる動かしながら尋ねると、ミーヴァが答える。
「そうね、様子見ではあるけど、千載一遇かも知れないわ」
「戦いが終わったあとを狙う、と言うのは、私好みの戦略だ」
と器の9番ポーシャが、傷の癒えた黒装束の衣装で忍び笑い。
「もしあいつらが勝って宝玉少女がやつらの手に落ちてしまっていたらどうするの?」
器の2番オルガナが尋ねると、
「そりゃあ決まってるじゃないか」
ポーシャが嬉しそうに応えるのだった




