【14】 交渉終了
魔王軍王城駐留部隊の背後から現れた謎の男女。
男が毒針攻撃を仕掛けてゲルン達を分散させたあと、やせぎすの女トペルニータが6体の血霊騎士を呼び出し、トルカを襲い捕えた。
トルカの腹を押さえていたそのうちの一体が、トルカの首元にかじりついて血を吸い始めた。
ゲルンは救いに行こうとするが、その幻術と毒針を使う初老の男・グルーディオの毒針攻撃のために、駆けつけることができない。
その時、魔王軍のエゼルベルトが血霊騎士の正体を看破して、トルカの救出に向かう。
「大地の霊グノムよ、氷河の霊イーススタムよ」
静かに続けられていたエルゼベルトの高速呪文が一気に終盤の誓約文唱へと移る。
最初侮っていたかに見えたトペルニータもさすがにこの異変を察知し、呼び出した血霊騎士に警戒させる。
「あの女を止めろ!」
トルカを押さえていた血霊騎士6体のうち半数の3体が、エゼルベルトへと向かう。
だが、その半透明の身体がエゼルベルトに接近するも、途中で足が止まった。
血霊騎士の身体に、細い糸くずのような、綿くずのようなものがまとわりついている。
接近する3体の動きが止まり、トルカとエルゼベルトの中間で移動できずに、ぶるぶると震えるのみ。
足をとめられたのは、エゼルベルトに向かった3体だけでなく、トルカを押さえていた3体も、糸くずのような白い雪辺にとらえられ、身動きができなくなっていた。
「小娘、何をした?」
今まで無表情だったトペルニータに、驚愕の表情が浮かぶ。
「言った通りよ。タネが分かれば、魔王の娘たる私が対応できないわけがない」
血霊騎士の動きが止まったのを見て、トルカはその腕をはねのけて、地面に降り立った。
膝をついたまま、落とした湾曲刀を握りしめ、今度は下手投げでトペルニータがけて投げつける。
先程のルルによる槍攻撃の時は、自身を「陽炎」のように揺らめかせて狙いを外していたが、血霊騎士の呼び出しに魔力を集中していたため、「陽炎」魔術の発動が遅れた。
トルカの湾曲刀がトペルニータの肩口を切り裂いた。
だがその直後、再び陽炎のように自身の映像を中空に溶け込ませるようにして変化させたため、第2射はままならなかった。
このエゼルベルトの魔術を見せられて、グルーディオの方に一瞬の隙が生まれた。
それを見てゲルンとニレ、ルルもその毒針攻撃圏から脱出して、距離を取る。
「トペルニータ、戻れ!」
グルーディオの声とともに、トペルニータのゆらゆら揺れる陽炎が、戻ってくる。
「逃がすか!」
ルルが二人の合流した場所を目掛けて槍を投ずるが、またしても槍はトペルニータのからだをすり抜け、背後の地面に突き刺さった。
二人の映像がぼやけるようにして、大気の中に消えていく。
「今のが、エギュピタスの門衛を殺した敵、か」
ゲルンが誰に言うともなく呟いた。
毒針攻撃をかろうじて避けていたニレも足元に寄ってきて、
「恐ろしい相手でした。魔焔公に移動する間がとれませんでした」
とこぼしている。
「しかしこれではっきりした。敵は『器の少女』ではない。新手だ」
ゲルンはこう言って一行に合図して、庭園に待たせているメルシュの元に戻る。
「エルゼベルト、助かった。あの氷の綿が遅れていたら、私もトルカも危なかった」
ゲルンに感謝されて、エルゼベルトが少し説明する。
「あれは血霊騎士よ。東方の精霊術の一種。死霊でもあるので、殺せないし、死なない。術者を倒すしかないんだけど、足止めはできたみたいね」
「逃がしてしまったので、対策を立てておかないと」
とトルカが言うのを見て、ゲルンが傷について心配する。
「血を吸われたみたいだったが、大丈夫か?」
「うん、そんなに吸われていないから、特に影響はないみたい」
「でもなにか注毒されているといけないから、後でフリーダに見てもらいましょう」とエルゼベルト。
そう言ってエルゼベルトが簡単な治癒術をトルカにかける。
そうこうしているうちに庭園に戻り、メルシュと合流し、事の次第を説明した。
領土交渉を行っていたブレンダ一行とは夕方になって合流。
帰路、事の次第を説明する。
「それは大変でしたな」とラーベフラム。
「でも交渉は終わりました。文書調印なども完了し、あとは移動するだけです。すぐに、と言うわけにはいきませんが」
ブレンダの説明を聞いて、詳細を尋ねると、今そこに住んでいる住民をどうするか、という点を解決せねばならず、それが終わればすぐに民族移動となるらしい。
「たぶんそんなに時間はかかりませんし、私たちだけでも先にかつての古都へ入ってしまうこともできますし」
「戦争にならずに解決できたのは大きかったな」
ゲルンがそう言うと、ブレンダがにっこりと微笑んだ。
だがラーベフラムが今一つの懸念を言う。
「じゃが逆に言うと、我々を襲撃しようと狙っている一味にはもう時間がないことになる。襲撃はまた近い内に行われるかもしれない」
聖トマソ教会内陣秘密会議の間。
戻ってきたグルーディオとトペルニータをガルニエ卿が出迎えた。
「御苦労だった。だがその様子では宝玉奪取はままならなかったようだな」
「面目ない」
グルーディオが詫びているのを見て、ラメンタイン側の魔術師シモンが
「最終目標はなりませんでしたが、それなりに成果はありました」
と、言う。
「成果、だと? おまえとクララはいち早く逃げ出したじゃないか」
グルーディオがいささか苛立たし気に言った。
「前にも申しましたように、私とクララは真正面から魔術をぶつけあうような戦闘はできません。どうかご寛恕のほどを」
と何くわぬ顔で言う。
「まぁいい、それで成果とは何だ?」
グルーディオの問いに対して、シモンはトペルニータの方を向いて、
「魔王軍少女戦士の血を採集されました」
と言うではないか。
「血? ああ、そうね。あの小娘は処女だったみたいで、あいつらも喜んでいたわ」
「まさかもう吸収されてしまったのですか?」
「いえ、一部は吸収しているでしょうけど、霊魂が吸い尽くすには時間がかかります。それが何か?」
シモンはこの答を聞いて、クララに目で合図した。
クララが少し前に出て、提案をした。
「ほんの少しでいいので、その少女戦士の血をお分けいただけませんか?」
「かまわないけど、どうするつもりなの?」
トペルニータがいささか不審気に尋ね直すと、
「私たちは内偵を続けてきました。それで材料はほぼそろったのですが、相手方の血なり霊魂の一部なりが入手できれば、必要なピースがほぼそろいます」
クララは淡々と、まるで台本か何かを朗読でもしているように言った。
シモンが追加説明をする。
「我々が聞き及ぶところでは、厄介な相手は3人。黒剣の剣士、魔焔公、魔王の娘。うち魔力の強い二人はガルニエ様、ラメンタイン様におまかせするとして」
「おいおい、面倒なことを押し付けるなよ」
ラメンタインが笑いながら口をはさむが、シモンは動じる風もなく続ける。
「魔焔公以外の者は、我々でなんとか対処したく思っておりました。どうかおまかせください」
「まぁ、いいのではないですか、グルーディオ」
ここまで沈黙を守っていたガルニエ配下の一人ブラーカが言った。
「私としてはエギュピタス軍攻撃に、もう少し人手がほしい。活性化していないとは言え、私一人ではあの宝玉少女をさらうのは難しい」
ガルニエ卿が決断する。
「魔王軍は我々がしとめたかったが、もう時間がなくなっているようだ。残念だが、お前たちにまかすか」
そう言ってシモンの方を見た後、
「トペルニータ、そういうわけだから、採取した血を少しこいつらに回してやれ」
トペルニータは頷いて、クララを伴い、控室の間に移動した。
控えの間に移ったトペルニータは、暗闇の中で、血霊騎士を召霊する。
魔法陣の真ん中に立つトペルニータの周りに、実体をもたない亡霊が浮かび上がった。
昼の戦闘と違い、暗闇の中ではうっすらと茶色の色彩を帯びている、血霊騎士。
「人の子よ、何が知りたい?」
そのうちの一体が声を出した。
「さきほど吸った少女の血をほんの少しでいいから、分けてほしい」
そう要件を切り出すが、血霊騎士に返答がない。
「人の子よ。これは我らの獲物。それについては干渉しない契約だったが」
「これは命令でも契約でもない。お願いだ」
「我々は、報酬なしには交渉には応じない」
ここまで進展して、トペルニータはチラリとクララの方を見た。
クララはその意図を悟って、
「血霊騎士の諸侯、血を欲しているのは私です。どうかお分けいただけないでしょうか」
と言って、進み出る。
「汝は代価として何を提供するや?」
「私共の血でいかがでしょうか」
トペルニータが驚いて、クララを凝視する。
一体の血霊騎士が魔法陣から出て、クララに近寄る。
するとその血霊騎士から茶色が抜けて、半透明の輪郭だけになる。
しばらくクララの匂いを嗅いだ後、
「いいだろう、強い魔力の香がする」
そう言って手を差し出し、クララの首筋に触れた。
時間はほんの数秒だった。
しかしトペルニータにも、クララにも、長い時間のように感じられた。
「契約はなした」
そう言って、血霊騎士がクララの首筋から手を離した。
「汝の血と、あの娘の血を少しだけ取り換えた。これでいいのか?」
魔法陣の中に戻った血霊騎士が尋ねる。
「ありがとうございます、血霊騎士よ、これで十分です」
クララは血霊騎士の指が触れていた首筋を押さえながら礼を言い、深々と頭を下げた
魔法陣に戻った血霊騎士は、魔法陣の中に消えていく。
それを見てトペルニータはクララに尋ねる。
「これでいいのか?」
「ええ、ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、私の術をお見せしましょう」
クララはそう言って、術を無詠唱で発動させた。
それを見ていたトペルニータは驚き、そして同時に恐怖に顔が歪んだ。
宿舎に戻ったエギュピタスの一行。
そこにはゲルン達も招かれて、交渉終了の祝宴に同席させてもらった。
血霊騎士に血を吸われたトルカだったが、後遺症もなく、フリーダによる検診も受けて、注毒されていないことも明らかになり、出される料理を楽しんでいた。
そんな中、同じように出されるエギュピタス料理を楽しんでいたゲルンの元にラーベフラムがやって来て、あるお願いをする。
「剣士殿。楽しんでおられますかな」
「ええ、そりゃもちろん。本来部外者である我々にもふるまって頂き、感謝に堪えません」
「いやいや、荒事を引き受けてくれました。決して部外者ではありませんぞ」
そう言った後、本題に入る。
「明日、もう一度魔法使いエーデルヴォルフの元へ参ろうかと思っています。どうか同席していただけませぬか」
「エーデルヴォルフ...」
「先日は千里眼対策でしたが、今度は襲撃者の詳細について尋ねたいのです。そこで直接戦闘に当たられて剣士殿もご同行していただければ、と思いまして」
「それはもう喜んで」
襲撃者の情報については、何割かはエーデルヴォルフの使い魔プーペによってもたらされたものだった。
ゲルンは快諾して、翌日の同行に同意した。
一方こちらは少女組。
魔王の娘エルゼベルトと、エギュピタスの若き指導者ブレンダを軸にして、一同おしゃべりに夢中。
「ゲルン様から間接的に聞いているのですが、皆様の素晴らしい曲芸を私たちも拝見したいですわ」とフリーダ。
「故郷に錦を飾ったあと、盛大にお祭りも予定しておますから、皆さんには第一等の招待客として鑑賞していただきます」
と、こちらはエレオノーラ。
また別の場所では、ニレを膝の上に抱きかかえたトルカがブレンダ、フーゴ、ブルーノらと話している。
「平和裏に故郷が取り戻せたのなら、結局、ブレンダさんが宝玉を手にする必要はなかったんじゃないの?」
「いえいえ、そんなことは。国王一派が我々の要求を聞き入れてくれたのは、我々にこの宝玉の力がある、と知られていたからこそです」
「エギュピタス独立後に対等の不可侵条約が提案されたのも、宝玉の力、戦力なんかを考えてのことだと思いますし」
と、ブルーノが補足する。
「私たちとの同盟継続も、しっかり考えてくださいね」
「もちろんですわ。こちらからも強く希望いたしますし」
こうして祝宴の夜は更けていった。
だがその祝宴の影で、既に新たな戦いの目が光っていたのを誰も気づいていなかった。




